見本①
多元的無知理論と第三者理論による広告効果に関する研究
東海大学 時野谷 浩
一、はじめに
マスメディアの効果研究(1)は、メディアが、受け手や社会や文化にもたらしたことは何か、を研究することを一貫した目的としている。この中で世間の「人々が考えていることは何か(what these persons think)」という、しばしば繰り返されている認知的効果についての問いがある。今日、広告によって共通した社会意識が創り出され、人々の意見や行動に大きな影響を与えている。しかし、人々は広告が創り出した消費環境において、他者の意見の知覚、すなわち(自己を除く)他者が広告について、考えていることを正しく認知できるかという問いがある。
コミュニケーションの立場から、この問いに接近するためには、次の三つのアプローチがある(2)。
① マスコミュニケーション理論(3)
② 情報処理(information processing)理論
③ パーソナルコミュニケーション理論
本研究では、①のマスコミュニケーション理論の中で、多元的無知(Pluralistic ignorance)の理論を用いて、広告に関する先の問いに接近することを目的としている。また第三者効果(third person effect)理論による関連分析を行うことを目的としている(4)。
二、多元的無知理論と第三者効果理論の広告研究への適応
多元的無知では、集合的意見や態度への認知の正確度と次に一致のレベルが研究される。この理論は、人々が世間の人々の意見や態度を正確に認知していない状況を説明する。マートン(5)によれば「ある集団の個々のメンバーは、自分たちが事実上、特定の社会的態度や社会的規範を持っていると仮定し、他の人々がこれらをひそかに共有していることを全然知らない」ことがある。これは「成員間の相互の観察可能性がわずかしかない集団にしばしば見られる状態」があり、「形式的に似ていても、実質的に異なった状態を説明するのに役立つ」のである。多元的無知の研究は、オルポート(6)がこの概念を提示し、シヤンクら(7)が概念を拡大していった。当初、主として、人種差別、偏見の分野で、八〇年代以降では、教育政策、環境規制、老人などを対象に研究されてきた。
世論研究の立場にたってテーラー(8)は、多元的無知を新たに理論構成し、「世論において少数派の人が、多数派の立場にあるとして、不正確に認知していること、また逆の状態」と定義している。
多元的無知は、
少数派の割合に対する多数派の見積もり>実際の少数派
多数派の割合に対する少数派の見積もり<実際の多数派
であることを示している。すなわち、多数派が小数派を過大評価し、少数派が多数派を過小評価している状況を意味している。多元的無知では、多数派と少数派のレベルに分割され、①多元的無知の成立の判断(他者の意見と自己の意見を比較)②多元的無知の量を測定することによって研究される。
広告研究に多元的無知の概念を応用することは(9)、
第一に、流行が人々の行動や思考の様式に影響を与えることや、ノエレ=ノイマン(10)が流行は世論であると述べたように、広告がイメージの疑似的消費環境を形成し、人々の判断に作用すること。
第二に、広告は、しばしば「皆が」「誰でも」あるいは「他の人が既に購入している」と不正確に他人の判断を強調しており、人々の消費に対する他者の知覚に影響を与えている。消費におけるバンドワゴン効果があり、CMの中に集団を登場させ、メタコミュニケーションを行うこともある。
第三に、現代の高度消費社会における絶え間のない製品の広告は、消費者の認知を相対的不安性の中に置くことになる(11)。
また消費者の流行や新しい出来事、新しい情報を知ろうとする認知を変化させる動機水準は高い(12)。
第四に、特にCMは、新聞、雑誌の活字による広告に比べて、映像とことばに基づく情緒的な訴求性により伝達され、消費の認知に不正確さを生じさせるなどによる。
広告に対する多元的無知は、広告についての自分の意見と、他者の広告についての意見を推定し、これらを対比し、その認知の不正確性を研究する。広告では特定の製品の属性を強調することによる意識的次元と、そのイメージを増幅させる言外のメッセージの無意図的次元がある。多元的無知は、広告の認知を通じて、無意図的に形成される側面を持っている。広告領域の多元的無知について次のような仮説が設定されるであろう。
仮説1 CMに対する多元的無知が成立するならば、その量は各CMにおいて異なる。
仮説2 CMに対する多元的無知が生じるならば、広告によって形成される他者の意見の知覚の方が、多元的無知に関連する傾向がある。
仮説3 多元的無知にパーソナルコミュニケーションや話題性が影響し、多元的無知が拡大するように作用する。
仮説4 CMに対する多元的無知が成立するならば、時間的経過よりも製品の属性の影響の方が強い。
CMへの多元的無知を説明するためには、デーヴソン(13)により提出された第三者効果からの分析が有効であろう。第三者効果では、他者へのメディア効果と自己へのメディア効果を区別する。次に人々は、マスメディアが自己自身よりも他者に大きく作用することを予測するのである。すなわち個人が、マスメディアに出現する意見(第三者)を過大評価し、大多数の意見のように認知することである。第三者効果については、次の仮説が考えられる。
仮説5 CMに対し第三者効果が成立し、その第三者効果は、多元的無知とも関連する。
三、実証手続き
多元的は当初、単に自己の意見と他者の意見の比較、多数派意見の少数派意見としての認知などが研究されてきたが(14)、次いで多元的無知の研究範囲は拡大され、自己の意見と他者の意見の過大評価などが研究されるようになってきた(15)。多元的無知の状況は直接的に測定されるものだけではなく、意見の相違と他者の意見の知覚の相違により四つの状況が考えられる(16)。テーラーによれば多元的無知は世論、コミュニケーション、正確性に基づく理論であるが、先の研究をもとに図表1のクロス表を提示した(17)。
多元的無知の実証的研究は、
① 自己の意見と知覚された多数派の意見との二つの変数。
② 一定の範囲の状況、自分の意見と他人の意見を一致させる広がり、公衆の意見の支持に対する正確さを前提としている。
多元的無知の実証的研究は、次の手続きで行われる。
① 自己の実際の意見の分布に対して多数派なのか、少数派なのかを判別する。
② 推定される他者の意見の分布に対して、多数派なのか少数派なのかを判断する。
③ ①と②を比較する→多元的無知の質、(正確さ)の判断。
④ ③が図表1のような関係にあるならば、多元的無知が成立する。図で判断された多元的無知は、(1.0-Pa)で測定される→多元的無知の量(18)。
図表1に説明を付記すると、Aaは多数派の位置にいると思っている実際の多数派、Baは少数派の位置にいると思っている実際の少数派、Abは少数派の位置にいると思っている実際の多数派、Bbは多数派の位置にいると思っている実際の少数派である。
第三者理論は、CMによる自己の意見と他者の意見の影響を比較し、どちらの影響力が強いかで判断される。
分析に用いられたデータは、これまでに時野谷によって行われた調査の中で、CMについての項目が用いられた。
調査1 CM1~8
1990年1月層化二段無作為抽出法により、東京都25地点から 500名を抽出し、訪問面接法による回収率62%。
調査2 CM9~13
1991年1月層化二段無作為抽出法により、東京都34地点から 850名を抽出し、訪問面接法による回収率59%。
調査3 CM14、ビデオCMとワープロCM
1992年2月層化二段無作為抽出法により、東京都25地点から 700名を抽出し、訪問面接法による回収率61%。
調査4 ビデオCMとワープロCM
1984年9月層化二段無作為抽出法により、世田谷区民 400名を抽出、訪問面接法による回収率は76%。
(調査1は、すべて吉田秀雄記念事業財団の研究助成を得て実施したものであり、ここに記して厚く謝意を表したい)
測定に用いられたCMは次の14CMである。
CM1 ソニーのハンディカム55(カメラ付小型8ミリビデオ)
CM2 ナショナルのマックロードムービー(カメラ付小型8ミリビデオ)
CM3 ソニーのウォークマン
CM4 トヨタのセルシオ(高級車)
CM5 トヨタのMR―2(小型スポーツカー:マイナーチェンジ)
CM6 東芝のバズーカ(高画質テレビ)
CM7 東芝のダイナブック(小型パソコン)
CM8 ナショナルのパナカラー(テレビ)
CM9 サントリーの鉄骨飲料(鉄分入り清涼飲料)
CM10 キリンビールの一番搾り(一番搾りの麦汁で作ったビール)
CM11 三共のリゲイン(肉体疲労時の栄養補給ビタミンドリンク剤)
CM12 ナショナルのブレンビー(手ブレを抑えた小型8ミリビデオ)
CM13 ナショナルの画王(高画質テレビ)
CM14 ヱスビー食品の北のラーメン屋さん うまいしょ(インスタントラーメン)
四、結果
(1) 多元的無知の成立
<多元的無知の量>
多元的無知の分布を図表2からは、すべてのCMに多元的無知が成立している。例えば、多元的無知の量が多いCM1の分布を見てみよう。CM1からCM14までは層化二段無作為抽出法によって測定されているので、これは母集団の推定された他人の意見でなく、実際の意見を反映していると考えられる。こうした実際の意見の分布は、「関心がない」人が多数派である。推定された他人の意見では「関心がある」が72%であり、自己の意見と、推定された他者の意見の比較から、実際に多数派の人が、他人の大多数の意見を誤って推定しているという多元的無知が存在している。
図表2からは、調査1、2とも多元的無知の量が多いグループと少ないグループに分けられる。因子分析の結果は、調査1、2とも、多元的無知の量によって二つのグループに分類された。調査1を例示すると、因子分析の結果(図表3)は、第一因子に、注意度(あるいはビデオ対テレビ)、第二因子に属性(テレビ対車)が抽出されている。調査1では、仮説4を検討するため、調査時点までに時間的経過を経ているCMと新しいCMの新旧三つの対を組み合わせたが、図表2の因子分析の結果からは、時間的要素によって分類されたものではなかった。これは仮説4に一定の支持を与えている。このことは、ただ時間が経過すれば、すベてのCMに多元的無知が生じることではない。製品CMの属性が、消費者にアピールしなければ多元的無知が生じないことを示唆している。図表2の14のCMの多元的無知の量には高低があるが、その量の平均は57%である。これはかなり多い量であると思える(21)。ホーキンズら(22)は、多元的無知を研究したものではないが、放送の中での誤解がCM以外の部分でも発生し、広告を含めて誤解の発生をまぬがれられないことを指摘している。更に放送の全情報の30%が誤解されているという知見を提出している。こうして図表2では各CMに多元的無知が成立しているが、その量が異なることが明らかになった。これは仮説1を証明している。
<保守的ゆがみと鏡像知覚>
図表2から見ると、CMの多元的無知は、自己の立場での関心と一致する方向に出現するのでなく、他人の意見の知覚に関心がある傾向が出現している。
多元的無知には、次の二つの形式があると考えられる(23)。フィールズとショーマンによれば(24)、
① 鏡像知覚(looking glass)とは、“投影”ともいわれ、他人の意見が自己の意見と同じであることを信じる意識のことである。
② 保守的ゆがみ(conservative bias)とは、“文化的ゆがみ”ともいわれ、実際よりもある意見をより保守的に見積もる傾向のことである。つまり社会の中に位置する優勢な意見、価値、規範、イメージ、争点の属性(25)などを過大評価し、自己の意見などを一致させる意識のことである。
図表2では、実際に「関心がない」グループが多数派であるにもかかわらず、他者の意見の認知では「関心のない」方に出現している。このことは保守的ゆがみによる多元的無知のパターンを示している。図表2から見ると多元的無知の少ないCMは鏡像知覚へ近づいていることを示しており、逆に保守的ゆがみが増加するほど多元的無知は拡大する。広告における多元的無知の形成は、鏡像知覚→保守的ゆがみへの変化の過程である。この知覚は仮説2に一定の支持を与えている(25)。
以上、広告において保守的ゆがみの傾向が強いことを述べてきた。保守的ゆがみが前に述べたように価値、規範、争点の属性などに基づくことに注目する時、保守的ゆがみに特徴がある図表2のCMは、(注)の(9)でズッカーが指摘するように、争点と広告が同じであるならば、広告によって提示された争点(=広告)の属性が多元的無知に関連するのである。従って図表2の多元的無知は製品CMの属性によって分類されることを意味している。これは多元的無知にとって属性が重要であることを示すものであり、仮説4にも関連する結果を示唆している。
他人の意見の知覚が自己の意見より優先して出現することは、次の理由によるのであろう。
第一に、広告では、消費者の製品の購入を戦略目標としている。更に広告のような「説得的コミュニケーションにさらされる人々は……コミュニケーションが人々自身よりも、他人に強い効果を持つことを期待しがち」(27)である。広告は製品の消費に関する他人の意見が優勢な存在であるとして繰り返し訴求し、社会的規範と製品価値、属性へのイメージなどを形成する。
第二に、人々は個人的には、マスメディアの強力な影響を求めたがらないことによる(28)。
第三に、人々はマスメディアが自己自身の生活より、他者の生活により大きな影響を受けることを信じやすいことによるのである(29)。
(2) 多元的無知の判別分析
分析に用いられたCM1から14に共通する会話度、注目度、テレビ視聴時間(接触度)、性、年齢の変数と数量化Ⅱ類による解析を行った。ここではCM1の分析結果を図表4に例示した。14のCMにおける多元的無知と非多元的無知グループの判別分析の結果は、
① 判別に最も有力な変数としてCMへの注目度がきている。注目度のレンジ値は、多元的無知の量と比例している。CM8と14は、多元的無知の量も少なく、会話度が上にきたが、それ以外のCMは、すべて注目度が上位にきている。
② 注目度についで効いている変数は会話度である。多元的無知が多くなるほど会話度は高くなり、多元的無知が少ないCM6、7、8では会話度は逆方向に作用している。このことは仮説3をある程度、支持するものであろう。
こうして分析に用いられた5変数の中では、注目度と会話度のレンジ値が高く、多元的無知を安定して説明する要因となっている。
③ レンジ値の幅は狭いが、CM6と8を除き女性の方が多元的無知が高く、男性が低いという一貫した傾向がある。
④ 年齢別に見ると、性別ほど明確な傾向ではないが、概して高額製品などは30代が高く、低額製品では20代が高い。製品の特性に応じて多様に反応しているといえるであろう。
⑤ 接触時間は、全体的に接触時間が多くなるほど、多元的無知が増え、接触時間が少なくなるほど、多元的無知が減少する傾向にある。しかし注目度、会話度より、レンジ値は小さく、必ずしも安定した結果ではない。これは①と対照的である。多元的無知効果の形成は、CMへの単なる接触時間の量でなく、意識的なCM接触によることを示している。
次にCM9から14について、購入意図、購入経験、価格、製品の性能、製品への態度、CM依存、CM要求、期待・充足(12変数)など19変数を加えて、数量化Ⅱ類で分析した。この結果は図示されていないが、変数を増加した結果でも6つのCMの注目度が、他の変数と比べて極めて高いレンジ値として出現している。6つのCMの注目度のレンジ値の平均は、0.26であり、他のすべての変数の平均は、0.06である。ウィーバーら(30)は、現在のマスメディアの効果研究にとって、第一に注意(attention)が重要な変数であり、メディア接触とは、概念が異なり峻別すべきことを証明している。第二にさまざまな争点(=広告)とメディアにおける効果を予測するものとして注意を強調している。広告の多元的無知効果における今回の研究は、ウィーバーの主張を明確に証明する結果となっている。
会話度は、全部で24変数になった時、レンジ値の幅から見ると、平均値は0.05であり、そのランクは低下する。会話度の値の小さいことは、多元的無知は、周囲の直接情報が少ないほど、マスメディアヘの情報に注目し、メディア依存を深め、多元的無知が発生しやすいことを意味している。ブリードら(31)は、「多元的無知は、パーソナルコミュニケーションが少ないゆえに、大規模なグループで大きくなる」ことを指摘する。
しかし、レンジ値の少なくても、CM9から13では、多元的無知の方向に会話度が、非多元的無知の方向に非会話度が出現しており、これは仮説3を狭義的・部分的に支持している。
(3) 多元的無知の時系列的分析
消費の世界では、多元的無知の現象は恒常的であった。図表5では、ワープロCMとVTR(ビデオテープレコーダー)CM全体のイメージに対する多元的無知を、8年間の時間差をおいて、その傾向を比較している。用いられた調査は3と4であり、調査尺度は同一である。
この結果、VTRCM、ワープロCMとも、実際の意見への多数派は、必要ない(1984)→必要である(1992)に変化している。これは製品の普及率の状況を反映している(33)。図表5からはVTR、ワープロのCMとも多元的無知は必要である→必要でないと変化している。モールらは、多元的無知の生じる“状況”(34)に関心を持った研究をしているが、多元的無知理論は、“プロセス”でなく“状況”を研究領域としている。このアプローチの特徴から見て時系列的な領域は妥当な手法となる。長期的な時系列的変化は、消費状況の変化により、多元的無知が変化することを示している。このことは、多元的無知を構成する認知構造、ゲシュタルトが絶えず変化の中に置かれていることを意味している。すなわち製品への自己関与が「位置を与えること(35)」であるならば、ブランド認知の位置が絶えず変化し、それとともに多元的無知の量と内容が変動してゆくのである。
五、第三者効果による分析と多元的無知との関連
CMについて第三者効果を図表6のようにCMによる自己の意見(第一者)とCMへの他者の意見(第三者)の影響の知覚から比較する。ここで各「CMはあなたが製品を知るのに役に立つか」か各「CMは他の人が製品を知るのに役に立つか」が比較された。CMによる他者の意見の影響をとる者は、自己の意見の影響をとる者より、すべてのCMで多く、CMの他者の意見の知覚が評価され、意見形成過程へのマスメディアヘの影響が出現し、第三者効果が成立する。CMにおいて第三者効果が成立したことは、マスメディアが自己の生活よりも他者の生活に大きく影響すると考える傾向にある(36)。デーヴソン(37)も第三者理論をCMについて適応し立証した。一般に第三者効果は、生活状況の事例でよく適合しており、CMの場合、より適切な研究領域である。
次に第三者理論と多元的無知との関連を分析する。多元的無知は図表1によれば、個人と他者の意見の知覚が一貫しない多元的無知(Ab)と、一貫する多元的無知(Bb)に分けられる。デーヴソン(38)によれば、多元的無知は第三者効果をあるケースでは含むとし、「他者の大多数が個人と意見をわかちあうことを知らない」ことを仮定するならば、それは第三者効果(マスメディアによって強力な影響をうけている他人)であるとした。AbとBbを比較する時、第三者効果はBbよりAbに、より関連する。
CMへの両理論の関係をAbとBbで分析すると、Ab>Bbの関係になり、図表7で示されている。例えばCM1、2などではAbの方がBbより、よりその量が多い。すべてのCMにこの関係が見られるわけでなく、14のCMのうち8CMに出現している。これは次の理由による。
第一に、第三者効果が多元的無知を発生するには、「個人的なグループよりもマスメディアで広範囲に論じられている争点(39)」においてであり、出稿量の多いCMにほぼこの傾向が見られる。
第二に、注目度の高いCMにAb>Bbの関係が出現している。これは「メディアのゆがみ(40)」が第三者効果では生じるが、このゆがみが「より一層注意を与える」からである。
第三に、多元的無知が属性と関連するが、第三者効果も「基本的に属性の誤解(41)」によって予測できるからである。
六、結論
本研究は、広告による個人の意見と他者の多数意見の知覚との関係を探索するものである。研究の結果は、
第一に、広告の多元的無知の状況は、今回のデータでは、57%に達し、広告が人々の認知形成に強力な影響力を持つことを明らかにしている(42)。こうして多元的無知理論の広告効果領域への適応が有効と考えられ、消費者のCM認知研究へ新たな観点を加えている。
第二に、多元的無知は必ずしも、広告→多元的無知と直接的な関係で成立するものではない。多元的無知効果の形成に影響する随伴条件が存在している。最も影響するのが製品の属性である。また時系列的には状況的要因が作用している。
第三に、広告において多元的無知理論と第三者効果理論が、製品に応じた関連性があることを明らかにしている。
今後の研究として、
第一に、知識の量の多少による多元的無知、第三者効果との比較研究が設定されなければならない。製品への知識の量が少ないと、多元的無知、第三者効果が増加するという仮説が設定されよう。更に商品への専門的知識を持つ者は、自己評価が高いとすると多元的無知、第三者効果が増加するであろう。
第二に、広告メッセージが認知的不協和や葛藤を創り出すならば、否定的要素が含まれた場合に、多元的無知、第三者効果が増加するという仮説を導きだすことができる。こうした二つの仮説が実証され、両理論の広告研究への適応を更に深めることになろう。
更に広告への知覚の正確性は、今回の研究でかなり提示されたが、沈黙のスパイラル理論、共志向性理論、統一同意理論などにより、多角的に研究されることにより、一層その特徴が分析されるであろう。また、多元的無知、第三者効果を取り巻くCMメッセージの内容、メディア環境、消費環境、社会的文化的相違があるので、国際比較(43)による研究が推進され、理論の体系化を図ることが重要である。
(注)
(1) マスコミュニケーンョンの効果研究は、次のような三段階を経ている。第一期の直接効果論の時期(1920年代から1940年代前半)、第二期の限定(無)効果論の時期(1940年代後半から1960年代後半)、第三期の強力効果論の時期(1970年代前半から現在まで)。現在は第三期に入り、マスコミュニケーションの効果理論及び受け手理論は全盛をむかえ、百花繚乱ともいうべき理論の新たな展開があり、現状に至っている。
(2) Ward, S. (1987), "Consumer behavior", in Paerger, C. and Chaffee, S. H. (eds.), Handbook of Communication Science, Beverly Hills: Sage.
(3) マスコミュニケーンョン理論を広告効果研究に適用した例は、極めて数が少ない(時野谷の7回にわたる広告効果とマスコミ理論の接点を探索した大規模な調査研究がある)。これには次の理由が考えられる。マスメディア効果理論と広告効果理論は、1960年代まで、W・シュラムを中心に交流が行われてきた。しかし(注)(1)にもあるように、マスメディアの効果理論が、第二期で極端な間接、無効果論に陥るにつれ、両研究は別々の道を歩み始め、今日に至っている。同時に投票行動、世論研究ともマスメディア効果研究は分離されていった。しかし、第三期に入り、メディアの力が強まるにつれ、選挙、世論研究との関係から研究が重ねられる部分があり、これらの関係が修復されたが、広告効果研究に関しては、皆無に近かった。今後、マスコミュニケーション理論と広告効果理論の交流は、互いの発展に貢献すると考えられるので、その進展を期待したい。
広告効果研究が、主として認知、情緒、行動の分析次元を中心とするのに比べ、マスメディア効果研究は、分析次元が多様であり、意識的・無意識的次元、短期(従来の広告・宣伝)的・長期的次元、積極的・消極的次元などのより広範囲な効果研究を対象としている。また現代社会状況下での、イベントの増加など新展開を見せる広告状況のあり方に対応できるマスコミュニケーション理論も出現している。
(4) 本研究でマスコミュニケーション理論の中から多元的無知理論を選んだ理由を述べておこう。第一に実証的方法論の問題がある。今日マスコミュニケーンョンの理論は効果研究と受け手研究に分けられる。効果研究は議題設定理論、沈黙のスパイラル理論、依存理論などに分けられるが、その実証的方法論はいまだに完成を模索中である。最も進んだ議題設定理論でも最適効果スパンは確立されていない。しかし多元的無知理論はその概念そのものが古く、またその実証的方法もいくつかの検証を経て、ある程度安定したものになっている。第二に、理論的有効性である。議題設定理論は自己の認知を中心としており、また沈黙のスパイラル理論、依存理論は時野谷の数多くの実証研究でもその有効性に結論を出すまでに至っていない。こうした中で多元的無知理論は、欧米から導入された他の効果理論に比べ、日本のメディア構造、受け手の特性から見て理論的有効性が予測される。第三に、理論的独創性である。沈黙のスパイラル理論がその仮説として準統計的感覚という認知の正確さを前提としているが、多元的無知理論は認知の不正確を前提としており、極めて独創的である。また不正確性に関しても多元的無知は多数派の不正確、沈黙のスパイラルは少数派の不正確を主張し、同一現象を見ながらその立場は異なる。
また、第三者効果理論は今日多くの効果理論が強力効果理論でなく、結局条件つき強力効果論の範囲に規定されたことに比べ、第三者効果論は強力効果論に最も近い理論である。
今回こうした理論の中で、特に多元的無知理論と第三者効果理論により、広告効果を分析しようとするものである。
(5) Merton, R. K. (1959), Social Theory and Social Structure, New York: Free Press.(森東吾、森好夫、金沢実、中島竜太郎訳『社会理論と社会構造』、みすず書房、1961年)
(6) Allport V. H. (1924), Social Psychlogy, Boston: Hougton Mittlim.
(7) Shank, R. C. (1932), "A study of community and its group and distitutions conceived of as behaviors of individuals", Psychological Monographs, 43(2).
(8) Tayler, D. C. (1983), "Pluralistic ignorance and white estimates for racial segregation", Public Opinion Quarterly, 31.これはオゴーマンに基づいて実証的研究のため操作的に定義されている。
(9) マスコミュニケーション理論が主に政治的コミュニケーションの中で形成されてきたことから、広告メッセージと争点メッセージとの関連が問題になる。この両者が同一であるならば適応が可能である。マスメディア効果理論の中で、議題設定効果に及ぼす随伴条件として争点を研究したズッカーは、間接経験的争点(外交、政府の支出など)と直接経験的争点(景気・インフレなど)に分類した。Zucker, H.G. (1978), "The variable nature of news media influence," in Rubin, B.D.(ed.), Communication Yearbook, 2.
ズッカーは広告と争点が同一の立場に立つことを述べている。彼によれば、直接経験的立場に立つ製品は、広告によることが少なく、間接経験的立場に立つ製品は、広告に影響されることが多いとされている(以上、ズッカーと時野谷の対談による)。こうして広告と争点の区別がないとするならば、マスコミュニケーション理論を広告研究に適応することへの問題はない。
(10) Noelle-neumann, E. (1984), The Spiral of Silence, Chicago: University of Chicag press.(池田謙一訳『沈黙の螺旋理論』、ブレーン出版、1988年)
(11) 広告の働きとは、「本来では自然に結びつかない概念同士をリンクさせ、様々な購買状況と競合状況の中で、その銘柄の購買により有利な状態を作り出すことに他ならない」(仁科貞文監修、田中浄・丸岡吉人『新広告心理』、電通)のである。
(12)
テレビ番組全体の充足構造については、McQuail, D., Blumler, J. G. and Brown, J. R. (1972), The television audience ," in Mcquail , D. (ed.), Sosiology of Mass Communication, Harmondswrth: Penguin.(時野谷浩訳「テレビ視聴者――視点の再検討」『マス・メディアの受け手分析』、誠信書房、1979年)に詳しい。
(13) Davison, W. P. (1983), "The third person effect in communication" Public Opinion Quarterly, 47.
(14) Katz, D. and Allport, F. H.(1931), Student Attitude, Syracuse: Craftman Press.
Shank, R. C. (1932), op. cit.
(15) Fields, J. and Schmann, H.(1976), "Public beliefs about the belief of the public", Public Opinion Quarterly, 40.
O'Gorman, H. J. with Garry, G. L. (1976), "Plurralistic ignorance: a replication and extension", Public Opinion Quartely, 40.
(16) 争点についてA、Bの立場があるとするならば、
①自己がAであり他者がAの状況②自己がAであり他者がBの状況③自己がBであり他者がAの状況④自己がBであり他者がBの状況がある。
(17) Tayler, D. G. (1983), op. cit.
(18) 多元的無知の測定はPAとPaあるいはPBとPbとの比較が考えられるが、この方法では多元的無知の量を正確に比較できない。もし鏡像知覚が成立し、自己の意見と他者の意見の知覚を統制するならば、PAとPa、PBとPbとの間に誤認が存在しない。例えば、PAを45%、Paを45%と仮定すれば45-45=0となる。あるいは実際の少数派の数値がBbに 100%集中した場合に計算できない。従って多元的無知は正確性と不正確性の量の測定に中心をおくべきである。Tayler, P. G. (1983), op. cit.参照。
(19) テーラーのクロス表に付記した。
(20) *印は電通(1989年)『平成元年の話題商品・ヒット商品』である。
(21) ニュースの時野谷調査からは、イメージだけで見ると多元的無知は10%であり、ニュースの8つのトピックスの平均は28%で、広告の多元的無知の方が高い。
(22) Hawkins, D. I. and Best, R. J. and Coney, K. A. (1989), Consumer Behavior: Implication for Marketing Strategy, Boston Business Publications.
(23) マートンによれば、この形式には、「自分自身の態度や期待が共有されていないという根拠なき仮定」(保守的ゆがみを示唆)と「それが一様に共有されているという根拠なき仮定」(鏡像知覚を示唆)があるとされている。Merton, R. K. (1959), op. cit.
(24) Fields, J. M. and Schuman, H. (1976), "Public beliefs about the belief of the public," Public Opinion Quarterly, 40.
(25) Korte, C. (1972), "Pluralistic ignorance about student radicalism," Sociometry, 35, pp. 576-587.
(26) CMでは保守的ゆがみが主であるが、時野谷調査によると、ニュースでは鏡像知覚の形式が主流である。ニュースでは事実を知り、自分の判断に役立てようとするからである。しかしすべてのニュースで鏡像知覚が成り立つわけではない(後藤将之『「中曽根内閣支持」をめぐる多元的無知の検出』東京大学新聞研究所編『選挙報道と投票行動』泉京大学出版会参照)。
(27) Davison, W. P., op. cit.
(28) Tiedge, J. T. (1978), "Public opinion on mass mdeia effects," presented paper in Speech Communication Association.
(29) Fields, M. and Schuman, H. (1976), "Public beliefs about the beliefs of the public," public Opinion Quarterly, 40.
(30) Drew, D. and Weaver, D. (1990), "Meddia attention, media exposure, and media effects," Jounalism Quarterly, 64(4).
(31) Breed, W. and Ktsanes, T. (1960), "Pliralistoc ignorance is the process of opinion formation," Public Opinion Quarterly, 25.
(32) 測定尺度は4投階であり、自己と他者の意見は同一評点の場合は同じ、自己>他者の場合は自己、他者>自己の場合は他者として計算した。
(33) 世帯あたり普及率は、VTRは1984年に19%、1991年に72%、ワープロは1988年に14%、1991年に28%である(経済企画庁調べ)。普及率は20%を超えると「どうしても欲しい層」から「そろそろ欲しい層」に層的変化を起こす(朝日新開1992年4月14日による)。
(34) Moor, W. and Tumin, M. (1949), "Some social funnction of ignorance, American Sociological Review, 14, pp. 787-795.
(35) Freedoman, J. I. (1964), "Involvement, discrepancy and change", Journal of Abnormal and Social Psychology, 69.
(36) Tiedge, J. T. (1979), op. cit.
(37) Davison, W. P. (1983), op. cit.
(38) Ibid.
(39) Ibid.
(40) Ibid.
(41) Gunther, A. (1989), "What we think others think," Communication Research.
(42) 今回の多元的無知と第三者効果の研究は、(注)(1)で述べたマスコミュニケーンョン効果論の第三期の強力効果の観点に一定の支持を与えている。第三期の強力効果論は、現状では随伴条件が強調され、(条件つき)効果論として見直されているが、広告のこの分野への適用は、メディアの強力効果論への再構築を示している。
(23) 日本でCMの多元的無知が成立しやすいのは、国際比較の結果、テレビ中心型のメディア構造を持つことが指摘できる。
Gantz, W. and Tokinoya, H. (1987), "Diffusion of news about assassination of Olofpalme," European Journal of Communication, 2(2).
Greenberg, B. S, Hairong, Li, Ku, Linlin and Tokinoya, H. (1991), "Affluence and mass media behaviors among youth in China, Japan, Korea and Taiwan," Asian Jounal of Communication, 2(1).
Roddy, J. (1982) "Hard sell falls for S.E.Asia," Advertising Age, 21.
文化的には集団主義文化と広告との関連が研究されるべきである。ロディは「アジアにおいて、知覚されあるいは実際の人気の高い商品を売る」と述べ、人気度と集団主義的価値との関係がアジアでは深いことを述べている。
Roddy, J. (1982), "Hard sell falls for S. E. Asians" Advertising Age, June, 21.
出典:時野谷浩「多元的無知論と第三者理論による広告効果に関する研究」『日経広告研究所報』Vol. 144.pp. 61-71。