危険なデマ飛んだ
危険なデマ飛んだ
平塚警戒宣言誤放送の波紋
「ロシア上陸」「謀略」 学者グループ調査 不安反映、広がる
神奈川県平塚市で十月末に起きた東海大地震事件で、「ロシアが上陸してくる」「市長が売名のためにやった」「御前崎に異常潮位を感じた」などのデマや憶測が発生していたことが、現地調査した心理学者らのグループの速報で25日までに明らかになった、デマの中には、73年愛知・豊川信用金庫とりつけ騒ぎでみられた「犯人さがしデマ」や、関東大震災での朝鮮人虐殺の引きがねとなった「来襲デマ」も含まれており、今回の誤放送事件の伝達度が極めて低かったにもかかわらず、パニックに結びつ<危険なデマは急速に広がりつつあったことがわかった。
この誤放送事件は10月31日夜9時3分ごろ、「市民の皆さん。私は市長石川です。先ほど内閣総理大臣から大規模地震の警戒宣言が発令されました……」というテープが、市内45カ所に設置された広報スピーカーから誤って流されたもので、一部の市民があわてて戸外へ飛び出すなど混乱に陥った。
事件直後から東京外語大、東海大、東大、日大、未来工学研究所の心理学、社会学者らがそれぞれアンケートや面接方式で住民の対応行動などの調査を実施した。デマの発生について直接調べたのは、日大生産工学部の榊博文講師。
「デマや、デマに類することを耳にしましたか」という質問に対し、アンケートに回答を寄せた 528人中34人が「聞いた」と答えた。この聞いた人のうち計15人が「デマを信じた」「半信半疑だった」と答えている。
具体的なデマは「ロシアが上陸してくるのではないか」(60歳代、男)、「今回の誤放送は誤りではなく、意図的になされた謀略だ。市長が国家公安と協力して名を売るためにやったものだ」(30代、男)「誤報は上層部の仕業だ」(2例)、「暴走族がデマをとばして回っているそうだ」など。
榊氏によると、最初の「ロシア上陸」は、デマの原型ともいうべきもの。ふだんから気になっていたことや不安に思っていたことが社会的混乱の際に意識にのぼるというのが、災害心理学では定説化している。
こうした「来襲デマ」が、朝鮮人と結びついたのが関東大震災での虐殺事件。地震に襲われる前までごくあたり前の市民だった人たちが自警団を組織して武装、朝鮮人をみるとリンチを加え殺害した。死者だけで4000とも7000ともいう。
また、今回、誤放送とわかった時点で流されたとみられる「謀略説」や「暴走族説」は、心理学的に「犯人さがしデマ」といわれるタイプ。豊川信金事件では、「豊川信金があぶない」というデマを流したのは、被差別部落や労働組合だ、というデマが発生した。
未来工学研究所の調査では、デマを聞いたかどうかではなく「人づてに聞いた情報」をアンケートに記入させた。その結果、「御前崎に異常潮位を感じた、という放送を聞いた」「湘南地方に地震発生の恐れがある」「地震の訓練みたいなことがあるらしい」などのうわさや情報が流れたことがわかった。
さらに、東海大文学部の時野谷浩・教授の調査では、誤放送を聞いた人たちの最初の反応として「自衛隊がクーデタを起こした」「過激派が市役所を乗っ取った」などと思い込んだ例があった、という。
時野谷氏は市民の反応の心理的な背景を探るため、「日ごろ不安を感じているもの」を三つあげさせたところ、「地震」4割、「健康」3割などに交じって「戦争」と答えた人が25%もいた。「4人に1人というのは意外な高率でした。ロシア上陸というデマも、こうした潜在的な意識が反映したものかもしれません」といっている。
1981年12月8日(朝日新聞)
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『定説』破った地震警報騒ぎ
平塚市民は情報を〃主体的〃に利用
10月31日夜9時3分、週末のだんらんのひとときを過ごす平塚市民に、突如として大規模地震の発生を告げる地震警戒宣言が、市内四十五カ所のスピーカーから放送された。これはほどな<、市当局の大誤報であったことが判明したが、11月4日付の「天声人語」が的確に指摘していたように、突然の緊迫した情報にたいする人びとの反応を探り、科学的な分析をするためにこの上ない機会であった。東悔大学広報学研究室では直ちに調査を実施した。
調査地には市内25カ所を選んだが、スピーカーの性能不良のため、意外に警報の到達率が低かったことが判明し、スピーカーの音をはっきり聞<ことができた地区を再調査することにした。再調査地区は情報の絶対至近距離内にあり、この意味で従来のパニック論者がいうような、情報パニックがおきやすい条件下にある地区であった。しかし調査の結果は、突然重大な情報に接したとき、非常に高い確立でパニックが生ずるというこれまでの定説と異なって、市民の反応は冷静であったことが判明した。
まず約40%の市民は、自らの知的判断力のみで約3分間の地震警戒宣言の個々の部分、あるいは情報全体の中から事態を的確に判断する手がかりを見いだし、その結果情報の矛盾を発見していたことがわかった。
すなわち①市民へのお知らせに先だって必ず流されるチャイムやコール・サインが、今度の警報に限ってなかった②警戒宣言の中に緊迫性を欠き、警報であるかどうかを疑わせるような個所があった③警戒宣言に続いて当然あるべき地震情報が流れてこなかった――などから冷静に独自の判断を行い、誤報であることを見抜き動揺しなかったもので、この40%はむしろ意外な高率であった。
ついで、55%の市民は、警戒宣言をさらに確かめるためテレビ、ラジオ、電話などを通じて他の情報源にあたった。その大部分はテレビを利用し、地震についての緊急時別放送がないことを確認して、不安や半信半疑の気持ちを沈静化している。このような市民の反応の仕方は、市民が情報にたいして受け身でなく、自分の聞きたい情報を選定し利用する姿勢を持っていることを示している。
このことは、突然の重大な情報を即刻認知する手段として、テレビやラジオが極めて高い信頼を受けていることがわかる。また一部には、警報確認の電話が回線を上回った結果、市民の中にはパニックが起きたと見る向きもあったが、実際の調査結果では、この55%の市民の多<はテレビで誤報を見破り、電話をかけた人自体が少数であった。
さて、以上実際の意味でパニックと呼べる状態に陥った人は、なんとわずか5%にすぎない。調査によると、これらの市民は共通して日ごろから情緒的で安定感に乏しく、あるいは危険な事態に直面するとその影響を受けやすい傾向を持っている。しかもそのとき夫が不在、一人住まい、近所づきあいの少なさなど、周囲に頼る人がいなかった。また過去に関東大震災のような大地震を体験し、同じ経験を即座に想起しやすい比較的年配の人たちであった。これらのごくわずかの人たちだけがあわてて避難準備をするなど、誤報に直接動かされた跡をうかがわせた。
今回の出来事を平塚市全体としてみた場合、スピーカーの内容が聞きとれなかったこと、なによりも地震が実際にこなかったといった条件があるにせよ、市民は突然の重大な情報にたいしても、冷静に判断し行動していたということである。総じて情報化社会の中で、人びとは情報を〃受け身〃でなく〃主体的〃に利用し判断しているという、われわれのこれまでの研究仮説が、この調査によっても立証されたといえる。
(東海大学文学部教授・マスコミ理論=投稿)
1981年12月26日(朝日新聞)