蛋白質溶液学入門
凝集や変性、相互作用などの基本的な現象をまとめたページ
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現象の比較
◆凝集ストレス
加熱による凝集
加熱による凝集(thermal aggregation)は、温度上昇によってタンパク質の立体構造が不安定化し、内部に埋もれている疎水性コアが崩壊して疎水面が露出することから始まる(1)。その後、露出した疎水性残基が分子間で相互作用し、疎水性相互作用を主導因として凝集が進む。その過程で、分子内外のジスルフィド結合が再編成され、不可逆的な凝集体が形成される場合もある(2)。生成した凝集体は、一般にβ構造に富む凝集体であり、凝集の速度や形成される凝集体の性質は、温度やイオン強度、pH、共存する添加剤や溶質の種類に大きく依存する。
酸性処理による凝集
酸性処理による凝集(acid-Induced aggregation)は、pHの低下によりカルボキシル基がプロトン化され、タンパク質全体の電荷が正に偏ることから始まる。このとき、酸性化により負電荷が減少して表面電荷分布が不均一となり、分子内塩橋が崩壊して疎水面が露出する。その結果、局所的な正電荷反発は残るものの、全体として静電的安定性が失われ、疎水性相互作用が優勢となって凝集が進む(3)。この際、多くのタンパク質はモルテン・グロビュール様の中間体を経由し、部分的に構造を保持した状態で凝集する(4)。そのため、酸変性による凝集は立体構造が残っているものが多く、熱変性に比べて可逆的な凝集体を形成しやすいことが特徴である。
アルカリ処理による凝集
アルカリ処理による凝集(alkali-Induced aggregation)は、pHの上昇によりアミノ基やチオール基が脱プロトン化され、タンパク質全体の電荷が負に偏ることから始まる。アルカリ処理による凝集は、S–S結合の再構成やペプチド主鎖の部分的加水分解などの化学反応を伴いやすく、熱変性や酸変性と比較して、より不可逆で構造崩壊度の高い凝集体を与える(5)。したがって、アルカリ処理は可溶性タンパク質の変性・失活に直結しやすく、再フォールディングが困難な条件として知られている。
長期保存による凝集
長期保存中の凝集(aggregation during long-term storage)は、温度やpH、光、酸化、容器との界面接触など、わずかな環境変化が時間とともに蓄積することで生じる(6)。急激な加熱やpH変化による変性とは異なり、主に部分変性や酸化、脱アミド化などの化学的修飾を契機として進行する。これらの修飾は局所的なアンフォールディングを誘発し、その結果、ゆっくりと凝集が進む。生成した凝集体は、初期には可溶性オリゴマーやサブビジブル粒子として存在し、時間とともに不溶性沈殿へと成長する。これらの凝集は不可逆的であり、タンパク質製剤では有効性の低下や免疫原性の上昇を引き起こす。
参考文献
1.Chi, E. Y.; Krishnan, S.; Randolph, T. W.; Carpenter, J. F. Physical Stability of Proteins in Aqueous Solution: Mechanism and Driving Forces in Nonnative Protein Aggregation. Pharm. Res. 2003, 20, 1325–1336.
2. Yang, M.; Dutta, C.; Tiwari, A.; Udgaonkar, J. B.; Leite, V. B. P.; Roy, S. Disulfide-Bond Scrambling Promotes Amorphous Aggregates in Lysozyme and Bovine Serum Albumin. J. Phys. Chem. B 2015, 119, 12568–12579.
3. Latypov, R. F.; Hogan, S.; Lau, H.; Gadgil, H.; Liu, D. Elucidation of Acid-Induced Unfolding and Aggregation of Human Immunoglobulin IgG1 and IgG2 Fc. J. Biol. Chem. 2012, 287, 1381–1396.
4. Acharya, N.; et al. Evidence for Dry Molten Globule-Like Domains in the pH-Induced Partially Unfolded State of a Multidomain Protein. J. Phys. Chem. Lett. 2016, 7, 4435–4441.
5. Wetlaufer, D. B.; Ristow, S. S.; Gerhart, J. C. Mechanism of Protein Denaturation. Alkali-Induced Unfolding and Disulfide Interchange in Ribonuclease A. J. Biol. Chem. 1961, 236, 3199–3203.
6. Rahban M, Ahmad F, Piatyszek MA, Haertlé T, Saso L, Saboury AA. Stabilization challenges and aggregation in protein-based therapeutics in the pharmaceutical industry. RSC Adv. 2023, 13(51):35947-35963.
◆タンパク質変性
尿素変性
尿素(Urea)は、一般に濃度 6–8 M 程度でタンパク質の高次構造を可逆的または不可逆的に変性させる代表的な化学変性剤である(1)。尿素はタンパク質の主鎖および側鎖と多点相互作用を行い、疎水コアを解体し、構造水の秩序を乱す。近年の分子動力学シミュレーションにより、尿素がタンパク質表面に直接吸着し、疎水性相互作用を弱めることが示されている(2)。また、尿素は中性付近の pH でも作用するため、pH 変化を伴わずにタンパク質を変性させることが可能である。多くの系では比較的可逆的であり、透析や希釈によりリフォールディングが可能な場合も多い。ただし、高濃度・長時間の暴露では、凝集やカルバミル化などにより不可逆化する点に注意が必要である。
塩酸グアニジン変性
塩酸グアニジン(Guanidine hydrochloride, GdnHCl)は、化学変性剤のうち特に強力な部類に属し、典型的には濃度 4–6 M 程度でタンパク質の高次構造を変性させる(3)。GdnHCl は極性の高いグアニジニウムイオンを有し、静電的および π–電子的相互作用を介して水素結合や疎水相互作用、塩橋を破壊する。また、高濃度の塩化物イオンが溶媒の誘電特性を変化させ、疎水コアの安定化を阻む環境を作る。このため、GdnHCl は完全アンフォールド状態を得るための標準変性剤として用いられる。凝集や酸化的劣化を避ける適切な条件(低濃度、短時間、還元環境など)を整えれば、可逆的に扱える系も存在する。
熱変性
熱変性は、温度上昇によってタンパク質の高次構造が崩壊する現象である(4)。温度上昇に伴い、タンパク質分子間の相互作用が不安定化し、融解温度(Tₘ)を境にネイティブ構造が協同的(corporative)に失われる。加熱によるエントロピー増加が構造安定化エンタルピーを上回るとアンフォールディングが進行する。多くのタンパク質では、変性後に疎水面同士の再会合による凝集が起こり、不可逆変性となる。一方、条件を整えれば可逆的な熱展開も観測される。示差走査熱量測定(DSC)を用いることで、可逆変性、Tm、エンタルピー変化などの熱力学パラメータが定量できる。
圧力変性
圧力変性は、高静水圧(通常 100–1000 MPa)を印加することでタンパク質の高次構造が崩壊する現象である(5)。高圧下では疎水性コアの空隙体積が圧縮され、水分子の侵入が促進されるため、疎水相互作用が弱まり、アンフォールディングが進行する。これは体積変化(ΔV)を伴う平衡変化として記述できる。圧力変性は熱変性と異なり、しばしば可逆的であり、フォールディング中間体の検出や高圧安定タンパク質の研究に有用である。
有機溶媒変性
有機溶媒変性は、エタノールやアセトニトリル、ジメチルスルホキシドなどの極性有機溶媒が混合された系で、タンパク質の水和構造や疎水コアを乱すことで生じる(6)。有機溶媒は水の水素結合ネットワークを破壊し、タンパク質表面の水和層を剥離させるため、構造安定性を低下させる。特にトリフルオロエタノール(TFE)では、多くのタンパク質の立体構造が壊され、 α–ヘリックス含量を増加させることが知られている。有機溶媒中では水素結合が安定化し、近距離の水素結合による α–ヘリックス構造が形成されやすくなる。変性の程度は溶媒の種類・水との混合比・極性に依存し、可逆から不可逆まで多様な挙動を示す。
酸変性
酸変性は通常、pH 2 以下の酸性条件でタンパク質の高次構造が崩壊する現象である(7)。カルボキシル基のプロトン化により分子全体の正電荷が増加し、負電荷間の静電反発が減少するとともに塩橋が破壊される。これにより電荷バランスが崩れ、疎水性領域が露出して構造が不安定化する。酸変性では、完全ランダムコイル化前に部分的構造を保持したモルテングロビュール状態が現れることが多く、フォールディング中間体解析に広く利用されてきた。
アルカリ変性
アルカリ変性は通常、pH 10 以上の条件でタンパク質の構造が崩壊する現象である。カルボキシル基やフェノール性水酸基の脱プロトン化により負電荷が増加し、静電反発が強まる。また、ヒスチジンやチロシンの電離によって金属結合や π–カチオン相互作用が失われる。アルカリ条件下では、構造の不安定化だけでなく、脱アミド化(8)やジスルフィド交換反応(9)などの化学的変化を伴うことが多く、不可逆的変性に至る場合が多い。
参考文献
1. Auton, B. J.; Bolen, T. R. Urea denatured-state ensembles contain extensive secondary structure. Proteins 2008, 71(2), 638–645.
2. Bennion, B. J.; Daggett, V. The molecular basis for the chemical denaturation of proteins by urea. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2003, 100(9), 5142–5147.
3. Lai, Z.; McCulloch, J.; Lashuel, H. A.; Kelly, J. W. Guanidine hydrochloride-induced denaturation and refolding of transthyretin exhibits a marked hysteresis: equilibria with high kinetic barriers. Biochemistry 1997, 36(33), 10230–10239.
4. Privalov, P. L. Thermodynamic problems of protein structure. Annu. Rev. Biophys. Biophys. Chem. 1989, 18, 47–69.
5. Chatani, E.; Nonomura, K.; Hayashi, R.; Balny, C.; Lange, R. Comparison of heat- and pressure-induced unfolding of ribonuclease A: the critical role of Phe46 which appears to belong to a new hydrophobic chain-folding initiation site. Biochemistry 2002, 41(14), 4567–4574.
6. Shiraki, K.; Nishikawa, K.; Goto, Y. Trifluoroethanol-induced stabilization of the α-helical structure of β-lactoglobulin: implication for non-hierarchical protein folding. J. Mol. Biol. 1995, 245(2), 180–194.
7. Dolgikh, D. A.; Gilmanshin, R. I.; Brazhnikov, E. V.; Bychkova, V. E.; Semisotnov, G. V.; Venyaminov, S. Y.; Ptitsyn, O. B. Alpha-lactalbumin: compact state with native-like tertiary structure in conditions denaturing for the globular state. FEBS Lett. 1981, 136(2), 311–315.
8. Wakankar, A.; Borchardt, R. T. Formulation considerations for proteins susceptible to asparagine deamidation and aspartate isomerization. J. Pharm. Sci. 2006, 95, 2321–2336.
9. Liu-Shin, L. P. Y.; Zhu, J.; Nunn, M. H.; Rathore, D. Evidence of disulfide bond scrambling during sample preparation under mild alkaline conditions. mAbs 2018, 10, 1213–1222.
◆相互作用と添加剤効果
1. 水素結合
概要:水素結合(Hydrogen Bond)とは、水素原子が電気陰性原子(O, N など)に共有結合しているとき、その水素が別の電気陰性原子の孤立電子対と静電的に引き合う相互作用である。タンパク質中では、主鎖のカルボニル酸素(C=O)とアミド水素(N–H)の間、またはアミノ酸側鎖(Ser, Thr, Tyr, Asn, Gln など)間、さらには主鎖・側鎖・水分子間にも広く形成される。
役割:水素結合は、αヘリックスやβシートの形成を支える主要な相互作用であり、タンパク質の二次構造を安定化する。また、立体構造内部では疎水性コアを囲むように水素結合ネットワークが広がり、構造の密度と柔軟性のバランスを調整する。表面では、水分子とアミノ酸残基間の水素結合が水和殻を形成し、外部環境変化(pH, 温度, 溶媒組成)に対する安定化のクッションとして機能する。
特徴:水素結合のエネルギーは 2–10 kcal mol⁻¹ 程度で、単体では弱いが、数多く形成されることで集合的に大きな安定化効果をもつ。水素結合はエンタルピー駆動の相互作用であり、温度上昇により切断されやすい。構造安定化においては、水素結合そのものよりも、結合を支える水和構造の維持が重要である。
添加剤効果:ポリオール(グリセロール、ソルビトールなど)、糖質(トレハロース、スクロースなど)、ベタイン、コスモトロープ性イオン(SO₄²⁻, PO₄³⁻ など)は、いずれも水と強く相互作用し、タンパク質表面からの選択的排除が起こる。この結果、タンパク質表面の水素結合ネットワークが強化される。
2. 疎水性相互作用
概要:疎水性相互作用(Hydrophobic Interaction)とは、非極性側鎖(Val, Leu, Ile, Phe, Met など)が水中で集合し、水分子の秩序化を避けるために駆動されるエントロピー的相互作用である。水分子は非極性表面の周囲で自らの水素結合ネットワークを維持しようとして局所的に秩序化されるが、疎水性分子同士が凝集するとその秩序化した水分子が解放され、溶媒のエントロピーが増大する。この現象が疎水効果であり、タンパク質フォールディングの主な駆動力となる。
役割:疎水性相互作用は、タンパク質フォールディングの主要な熱力学的推進力である。疎水性残基が内部に集まり、水との接触を最小化することで疎水性コアを形成し、三次構造を安定化させる。疎水性コアは、構造全体の密度を高めるだけでなく、極性残基を外側に配置して水和を保つ構造的合理性をもつ。また、サブユニット間や膜タンパク質の脂質界面でも、疎水性相互作用は界面安定化や会合体形成に寄与する。
特徴:水構造変化に基づくエントロピー駆動型現象。温度依存性があり、高温ほど疎水性相互作用は強まる。つまり、高温ほど水の秩序は弱まり、疎水面への水分子の束縛が緩む結果、疎水性相互作用は「エンタルピー的には弱まる」が、「エントロピー駆動性」は増加する。熱力学的自由エネルギー(ΔG = ΔH – TΔS)でみると、高温では TΔS の寄与が大きくなり、全体として疎水効果が強くなる。
添加剤効果:塩酸グアニジンや尿素はカオトロープとしての性質をもち、水の水素結合ネットワークやタンパク質の疎水性コアを破壊するため、ネイティブ構造を変性させる。そのため、変性したタンパク質を可溶化させるが、タンパク質濃度が高い場合には分子間の衝突頻度が高まるため凝集しやすくなる。アルギニンはハイドロトロープ的に作用し、タンパク質表面の芳香族残基や疎水領域と可逆的に相互作用する。その結果、タンパク質の非特異的凝集を抑制し、可溶化を促進する。
3. 静電相互作用
概要:静電相互作用(Electrostatic Interaction)とは、タンパク質を構成する正電荷残基(Lys, Arg, N末端)と負電荷残基(Asp, Glu, C末端)間のクーロン的な引力および反発力を指す。これらの荷電残基が近接すると、しばしば塩橋が形成される。静電相互作用の強さは媒質の誘電率(ε)や距離(r)に依存し、典型的には力は1/εや1/r²に比例する。特に、周囲溶媒の誘電率が高い水溶液の環境では静電相互作用は減弱されるが、タンパク質内部など誘電率が低い環境では、同じ距離・同じ荷電対であっても静電相互作用が強くなる。
役割:静電相互作用は、主にタンパク質表面やサブユニット間に多く存在するが、誘電率の低い内部領域にも一部形成される。内部の塩橋は水から隔離されるため、表面のものよりはるかに強い相互作用エネルギーをもち、局所構造や活性部位の固定化に寄与する。
特徴:溶液中では、周囲のイオンによる静電遮蔽が生じ、イオン強度が上がるほど相互作用は指数関数的に減衰する。一般的には、イオン強度 10 mM 程度で遮蔽が著しくなり、100 mM 程度の生理的条件付近では静電相互作用の有効距離(デバイ長)が 1 nm 以下に短縮され、実質的な長距離静電的相互作用はかなり減少する。
添加剤効果:静電相互作用は、溶液中のイオン環境や添加剤によって大きく変化する。低イオン強度(例えば純粋なバッファー中)では、荷電残基間の引力・反発が顕著に働き、局所構造を安定または不安定化させる。中イオン強度以上(> 100 mM塩)になると静電遮蔽効果により荷電残基間のクーロン力はほぼ消失する。
4. ファンデルワールス力
概要:ファンデルワールス力(van der Waals Interaction)とは、原子間や分子間に働く瞬間的な双極子‐誘起双極子相互作用による弱い引力である。疎水性残基や中性残基など、電荷をもたない原子同士の間で主に働く。個々の力は極めて弱いが、密に詰まったタンパク質内部では多数の原子間で生じるため、構造全体としては無視できない安定化エネルギーをもつ。
役割:タンパク質の疎水性コア内部では、残基同士が原子レベルで緊密に詰まっており、ファンデルワールス力が分子パッキングを支えている。これにより、三次構造の形状補完性が実現する。また、酵素の基質結合部位やタンパク質–タンパク質界面でも、この相互作用が基質特異性や分子認識を支える。
特徴:ファンデルワールス力のエネルギーはおよそ 0.5–1 kcal mol⁻¹ 程度と非常に弱いが、1つのタンパク質分子には数千〜数万個の原子対が存在するため、総和としては疎水性効果や静電相互作用にも匹敵する安定化寄与を示す。距離依存性が強く、原子間距離が最適値(約 3–4 Å)より短くなると反発力が働き、エネルギーが急増する。そのため、適切な分子パッキングはタンパク質の安定性にとって極めて重要である。
添加剤効果:糖アルコールやポリオール類は、溶媒分子の運動を抑え、タンパク質内部の微小振動を減少させることで、分子内の密着性を維持する。PEGは溶液粘度を上げることで、外部からの衝突や熱ゆらぎを緩和し、タンパク質の立体構造変化を物理的に抑制する。ただし、これらの効果は直接的なファンデルワールス力の強化というより、分子運動の抑制を通じて結果的に相互作用を保持するものである。
5. π–π相互作用
概要:π–π相互作用は芳香族アミノ酸残基のπ電子雲同士が相互に引き合う非共有結合性相互作用である。主にロンドン分散力と四重極–四重極相互作用の組み合わせで成立するため、疎水的でありながら、電子密度分布に由来する方向性ももつ。
役割:芳香族残基の局所的配置の安定化や、タンパク質フォールディング過程での疎水性コア形成に役立つが、特にリガンドや補酵素の認識、オリゴマー界面に多く見られる。たとえば、抗体–抗原複合体や酵素–基質相互作用では、TrpやTyr残基のπスタッキングが結合親和性を増強し、界面の特異性を高める。また、膜タンパク質の芳香族層では、π–πネットワークが脂質環境下での立体安定性を支えている。
特徴:π–π相互作用のエネルギーはおよそ 1–3 kcal mol⁻¹ と比較的弱いが、疎水性残基が密集する領域では多数形成され、全体として顕著な安定化効果をもたらす。芳香環間の距離が約 3.5–4.0 Å のとき最も安定である。単純な静電相互作用とは異なり、生理的なイオン強度の環境でも機能する。
添加剤効果:糖質やポリオールなどのコスモトロープ性分子は、水分子の水素結合ネットワークを強化し、水の構造化を促進することで、芳香族残基の溶媒露出を減少させる。その結果、芳香族残基間のπ–πネットワークが間接的に保持され、タンパク質の立体構造が安定化する。これらの添加剤は、直接的にπ電子雲に作用するのではなく、溶媒構造を介した間接的な疎水性安定化因子として機能する。
6. カチオン–π相互作用
概要:カチオン–π相互作用(Cation-pai Interaction)とは、陽電荷をもつ残基と芳香環のπ電子雲との間に生じる静電的引力である。π電子は芳香環の上下面に広がるため、カチオンはこれらの電子雲に引き寄せられ、安定化する。この相互作用は、主として芳香環の電荷四重極場に対する静電引力と誘起分極の組み合わせによって生じるものであり、水素結合やπ–π相互作用を上回る強さをもつことがある。
役割:カチオン–π相互作用は、タンパク質フォールディングやリガンド認識において重要な役割を果たす。例えば、酵素活性部位における基質や補酵素の立体的な安定化や、サブユニット界面やフォールディング初期構造での局所的な構造の固定化などによく見られる。
特徴:単一のカチオン–π相互作用のエネルギーはおよそ 2–5 kcal mol⁻¹ と見積もられ、π–π相互作用より強い場合も多い。溶媒の誘電率が高いと遮蔽されやすく、疎水的環境では顕著に強まる。生理的イオン強度でも比較的安定であり、静電遮蔽の影響を受けにくい短距離相互作用として機能する。Trp > Tyr > Phe の順でカチオン–π親和性が高い。
安定化する添加剤:アルギニンやポリアミンは、カチオン–πを含む多点・可逆相互作用により、非特異的凝集を抑え可溶化を促進する。スペルミジンやスペルミンなどのポリアミンは、複数の陽電荷をもつため、多点での静電相互作用により、構造の固定化やサブユニット間の緩やかな架橋に寄与する。これらの作用は直接的な構造強化だけでなく、タンパク質表面の電荷分布を平滑化し、局所的な疎水面露出を抑える効果もある。
7. 双極子–双極子相互作用
概要:双極子–双極子相互作用(Dipole–Dipole Interaction)とは、極性基(C=O, N–H, C–N, O–H など)が恒常的な電気双極子モーメントをもつために生じる、双極子同士の静電的な引力または反発力である。この相互作用は、クーロン力に基づく長距離の相互作用ではあるが、角度依存性が高く、双極子ベクトルの配向が平行・反平行のときに最も安定化する。
役割:タンパク質内部では、カルボニル基やアミド基などの双極子モーメントが部分的に整列しており、αヘリックスやβシートの形成時に水素結合と協調的に働く。また、双極子の方向性はαヘリックスダイポールとして蓄積し、αヘリックス端に位置する荷電残基の安定化にも寄与する。表面付近では、極性残基間の双極子–双極子相互作用が水分子との水素結合ネットワークと連動し、局所的な立体配向の固定化を助けている。
特徴:相互作用エネルギーは通常 0.5–3 kcal mol⁻¹ 程度と比較的弱いが、方向性と配向性が強く、分子全体の整列や立体構造安定化に大きく寄与する。エネルギーは距離rの 1/r³ に比例して減衰し、角度依存性が高い。
安定化する添加剤:トレハロースやグリセロールなどのポリオールや糖類は、強い水和能と多数のOH基により、タンパク質表面の極性基と選択的に相互作用し、双極子の向きを部分的に固定する。これにより、C=O···H–N 配向のゆらぎを抑制し、二次構造の崩壊を防ぐ。メチルアミン類は、水の構造化を強めて溶媒極性を高め、タンパク質内の双極子配列を間接的に安定化する。
8. 金属配位
概要:金属配位(Metal Coordination)とは、ヒスチジンやシステイン、グルタミン酸、アスパラギン酸などの側鎖原子が、金属イオンと配位結合を形成する相互作用である。電子供与体となる残基の孤立電子対(主に N, O, S 原子)と金属中心の空軌道との間で配位共有性をもつ結合が形成される。
役割:酵素からDNAまで多様な機能を支える基本的な結合である。構造的役割としては、 Zn²⁺ や Ca²⁺ は金属結合部位で局所構造を固定し、折り畳みの核やサブユニット界面を安定化する。触媒的役割として、Fe²⁺/³⁺ や Cu²⁺ は酸化還元反応に、Zn²⁺ は加水分解や脱水反応に関与し、電子移動・基質活性化を担う。また、 金属結合は可逆的で、金属の結合・解離が酵素活性のオン/オフや構造転移を制御する。
特徴:結合エネルギーは一般に 10–100 kcal mol⁻¹ 程度と強く、共有結合に近いが、結合様式が可逆であるため広義の非共有結合に含まれる。pH や酸化還元状態、キレート剤の存在によって容易に変化し、金属の供給や除去によって酵素活性や構造安定性が制御される。金属結合はしばしばヒスチジンやシステインに配位している。
添加剤効果:キレート剤やヒスチジン含有ペプチドなどの分子は、金属イオンの過剰結合や沈殿を防ぎ、金属中心が適切に配位された状態を維持することによりタンパク質の構造・機能を安定化する。さらに、適切な金属イオンを添加することや、金属結合部位を修飾ペプチドで補強することによって、金属配位による立体構造の固定化を強化することも可能である。
9. 水和
概要:水和(Hydration)とは、タンパク質表面の極性残基や荷電残基が水分子と選択的相互作用をする現象であり、溶媒構造全体がタンパク質の立体構造安定性を左右する。水分子はタンパク質表面に緻密な水和殻を形成し、極性基や電荷をもつ残基と水素結合・静電相互作用を介して配置される。この水和殻の安定性と動的構造が、タンパク質の立体構造や安定性に関連する。
役割:水和はタンパク質の構造維持・可溶化・変性防止における最も基本的な要素である。特に、選択的水和は、変性状態よりも天然状態の周囲に水分子が優先的に存在することを意味し、この状態が熱変性への抵抗性を高める。水和殻はまた、表面電荷分布を安定化し、サブユニット間の脱水による凝集を防ぐ。乾燥、塩濃度変化、有機溶媒添加などにより水和構造が崩れると、タンパク質の変性や凝集が進行する。
特徴:タンパク質周囲の水和水は、バルク水と比べて拡散速度が低く、平均寿命が数ピコ秒~数ナノ秒と長い。熱変性時には水和水の秩序化が崩壊し、疎水面が露出して水構造を乱す。これによりエンタルピー的に不利な状態となる。選択的水和は、添加剤が水と競合せず、むしろ水をタンパク質表面に保持させることによって達成される。対照的に、尿素や塩酸グアニジンのようなカオトロープは水和殻を破壊し、選択的結合を起こして構造を不安定化させる。
添加剤効果:ポリオール類(グリセロール、ソルビトールなど)、糖(トレハロース、スクロースなど)、アミノ酸(Arg, Pro, Gly など)、オスモライト(ベタインやトリメチルアミンN-オキシド)は、いずれも選択的水和を促進し、変性速度を低下させる添加剤である。
◆参考文献(添加剤効果に関する総説)
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