こはぎさんと笹岡さん
福家洋介(友人、元大東文化大学教員)
彼女はインドネシア語を学びながら、マレーシア・サバ州のオランウータンのサンクチュアリで調査・研究に向かって行った。彼女はその後教職に進み、理科の先生になって授業の準備に追われている姿を思い出す。こはぎさんと笹岡さんを結び付けたのはNINDJAの活動を通してだと思うが、もうひとつのルートがあったと推測している。それはウォレス・ダーウイン研究家の新妻昭夫さん(恵泉女学園大学)の影響だ。こはぎさんは新妻さんの教え子に当たる。オランウータンが出てきても、笹岡さんがクスクスやオウムに焦点を当てた調査も納得がいく。新妻さんは貪欲なほどの現場主義の人だった。笹岡さんもそれに負けてはいない。ふたりの著作や論文を読めばそれがよくわかる。笹岡さんはボルネオ島の小規模金採取の研究を構想していたという。安易に「論」の世界に逃げ込まない姿勢はとても貴重だったと再認識させられた。