石田きなり(笹岡ゼミ生)
(写真左)水俣実習中、相思社の台所にて
笹岡先生とは主に学部2年、3年の水俣への実習や、野外調査法実習でのご指導で2年間お世話になりました。
水俣ゼミでの思い出などここには書ききれないほど、たくさんの思い出がありますが、ここでは笹岡先生との個人的なやりとりでの思い出を残したいと思います。
私は学部3年前期に行う野外調査実習で、水俣で経験の継承に取り組む人々への調査を行い、笹岡先生にご担当いただきました。水俣を訪れたのは数回でしたが、そこで出会った人々の言葉や、圧倒的な被害と加害の歴史、そしてその延長線上にいる自分の特権性に向き合い、どうしていいかわからず悩んでいました。そこで、さまざまな立場の方々がいる中で自分がどのような姿勢で調査に臨めばよいのか分からずに悩んでいることを先生にお話ししました。その際に笹岡先生が「立場のない立場はない」と言ってくださり、無理に客観性を保とうとせず、悩みながらフィールドに入っていってもよいのだと思えるようになりました。
また、そんな笹岡先生の言葉と姿勢からは、常にご自身も含め権力性というものに向き合おうとする姿勢を学びました。私の悩みにも何か決まった答えを教えるのではなく、一緒に悩んでくださいました。先生/学生という関係でしたが、私の小さな気づきも一つ一つ丁寧に尊重して聞いてくださり、面白がってくださったことがとても嬉しかったです。
野外調査法実習では、3人の方にお話を聞き、お聞きした内容から分析をし、水俣病を継承しようとする人びとのことをレポートにまとめました。当時のスキル不足はありましたが、それ以上に彼らの言葉や複雑な歴史と現実をできるだけ自分の言葉で書こうとすると、あまり論文らしくない形になってしまいって、レポートとしてこれでいいのか少し迷いがありました。そちらをお見せしたところ「あなたの文章には色があるね、僕にはできないけどそれはそのままで良いと思う。」と言っていただけたことが強く印象に残っています。これでいいのか悩んでいたものを、先生のやり方との違いを認めながらも「色がある」と言っていただけたことはとても嬉しかったです。
思い返すと、簡潔に表すことだけではなく、目の前の調査に協力してくれた人びとや歴史に対して誠実でいること、それを借り物の言葉ではなくちゃんと自分の言葉で表すこと、それらの大切さは笹岡先生から学ばせていただいたものです。大学院修士以降は研究を続けるかどうかまだ決めかねていますが、先生からいただいたものは研究でも研究外でも生き続けます。本当にありがとうございました。