編集者として接した笹岡さんのこと
安喜健人(新泉社編集部)
笹岡正俊・藤原敬大編『誰のための熱帯林保全か——現場から考えるこれからの「熱帯林ガバナンス」』カバー(写真撮影:笹岡正俊氏)
シリーズ 環境社会学講座 5『持続可能な社会への転換はなぜ難しいのか』本扉(写真撮影:笹岡正俊氏)
今年(2025年)の2月、病床の笹岡さんから突然の電話をいただき、たいへん驚きました。
そもそも、笹岡さんの闘病のことすら知らずに原稿のやりとりをしていたなかで、ご本人の口から、入院中であること、手術後の経過が思わしくないこと、日々の体調に波があり仕事を思うように進められないこと、そして、「この本が出来上がるまでに僕は持たないと思う」という衝撃的な事実を告白されたショックははかり知れないものでした。
笹岡さんが執筆に参加されていたその本は、環境社会学研究の第一線に立つ方々の知見を集大成した「シリーズ 環境社会学講座」の1冊だったので、いつでも全力で取り組む笹岡さんがよりいっそう気合いを入れて執筆し、その後も何度も推敲を重ねて原稿を完成してくださったのでした。ですが、こちら側の勝手な事情で制作進行に遅れが生じ、締め切りを守って原稿を提出してくれていた笹岡さんを長らくの間、お待たせする形になってしまっていたのです。それがようやく動きだし、いよいよ初校の校正ゲラを出校します、というアナウンスをしたタイミングで電話をもらったのでした。
振り返ると、出版社の編集者という立場で笹岡さんと向き合うことになったのは、北大の宮内泰介先生のご紹介で、インドネシアの熱帯林ガバナンスについての編著本を出版したいという打診があった2018年の12月からでした。
その日以来、笹岡さんからは毎度、密度の濃い、思いのいっぱい詰まった、一切手を抜かずに真っ向勝負で全力投球してくるメールが矢継ぎ早に届くようになりました。残念なことに、本の制作過程で最も重要である執筆から改稿、校正のやりとりをする期間の大半は、新型コロナウイルスのパンデミック期に入ったため、直接お会いしたりお話ししたりする機会は限られてしまいましたが、本の出版を通して笹岡さんが日本社会に問いかけたい思いとその熱量には、常に圧倒され続けました。
笹岡さんが知己の研究仲間やNGO関係者たちとともにつくり上げたその本は、『誰のための熱帯林保全か——現場から考えるこれからの「熱帯林ガバナンス」』(笹岡正俊・藤原敬大編)として2021年の3月に無事、刊行に至りました。現場を虫の目でくまなく歩き、日本社会で「不可視化」されている「不都合な現実」の問題の所在を一つひとつ丁寧に整理し、世界の歪な構造のなかで不利益をこうむっている人びとの現実をどうにかして変えようとする、笹岡さんと共著者の強い意志が至るところに散りばめられている本であることが、とてもよくわかると思います。
そして、この本の完成を前にして、今度は「シリーズ 環境社会学講座」の企画がスタートしました。笹岡さんには第5巻『持続可能な社会への転換はなぜ難しいのか』(湯浅陽一・谷口吉光編)に、「第三世界における環境問題解決への取り組みは、どのように機能しているのか」というテーマで執筆していただくこととなりました。記録を確認すると、笹岡さんから最初の草稿が届いたのは2022年の4月、そしてそこから時間をかけて改稿を重ねていただき、最終稿を受領したのが1年後の2023年でした。推敲を重ねるなかで最終的に提出された題名は、「環境・人権を守る企業の取り組みは何をもたらしたか——自主規制ガバナンスの「進展」による被害の不可視化」でした。すでに刊行がスタートしていた本講座シリーズで言及されている、公害被害の「不可視化」といったキーワードも意識されてのことだったのかもと想像しています。ところが、そこから初校ゲラが出るまでの間、笹岡さんには1年半以上、実質的には2年近くをお待たせすることになってしまいました。
今年の2月にようやく初校ゲラが出てからも、病床の笹岡さんからは、これまでと変わらずすぐに返事が届きました。病床で熱心にゲラのPDFファイルを確認してくださっているお姿が、さも実際に見ていたかのように、私の脳裏に勝手に鮮明に浮かんでは消えてくれません。カバーの袖(見返しの部分)や本扉に笹岡さんが撮影されたお写真を使わせてもらいたい、という打診にも即座に快諾の返信がありました。記録を振り返ると、4月2日付けのメールでした。その後、4月8日にあらためて、当方で用意した写真のキャプションの確認を依頼するメールを送ったものの、返信が来ないな、と思っていたところに接したのが、突然の訃報でした。
このように、お亡くなりになる数日前まで、笹岡さんには全面的なご協力をいただいておりながら、結局のところ、本の完成を間に合わせることができなかったことに、なんとも忸怩たる、申し訳ない思いを抱き続けています。ですが、この本で笹岡さんが訴えておられたこと、すなわち「なぜ被害は不可視化されるのか」、その要因を問い、「加害—被害構造の是正に向けて」私たちにできることは何かを考え、行動し、世界の構造を変えていくこと。それを実現するために、まずは笹岡さんの思いを広く、多くの読者と共有していけるよう、最善を尽くしていきたいと思っています。