Notes
Date notation: YEAR/MONTH/DAY. Not every date and place are accurate.
These lists do not cover all live performances of Rory Gallagher. Archived the song titles I have listened to from official/unofficial released albums or bootlegs which I have got from collector friends.
These are not the complete setlists of his live shows. Frequently, only the sources have remained with the number of songs reduced and the order of songs changed.
I'm no longer trading those sound/video sources or collection.
Megumi M.
ロリー・ギャラガーの全ライブを網羅的にアーカイブ化しているわけではありません。公式・非公式にリリースされたアルバムやライブ映像、コレクター仲間とのトレードで入手した音源から、私自身が実際に聴くことができた曲名リストです。
ロリー・ギャラガーのライブの完全なセットリストではありません。ライブを最初から最後まで録音できなかったり、(特に昔のブートレッグはLP両面で40~50分程度しか入らなかったので)曲数が削られたり、曲順が変えられたりした音源しか残されていないことも多いのです。
日付表記は 年/月/日 の順。日付不明や不正確な場合もあります。
with David Levy (bass), Richard Newman (drums), Mark Feltham (harmonica), John Cooke (keyboards) and Jim Leverton (keyboards)
1994/ (date unknown) The Best Of Taste Featuring Rory Gallagher CD issued from Polydor
The Best Of Taste Featuring Rory Gallagher CD 1994
The Best Of Taste Featuring Rory Gallagher CD 1994 (back)
1994/06/03, photographer Shu Tomioka interviewed with Rory at Chelsea London. Record Collectors, Japanese magazine 1994/10 issue
1994/06/17-19 Roundhouse Studios, London, UK (recording for Peter Green Songbook)
Leaving Town Blues - Rory Gallagher (guitars/mandolin/vocals/percussion), John Cooke (keyboards), Rich Newman (drums), Spoon (Jew's harp)
Showbiz Blues - Rory Gallagher (slide guitar/bass/vocals), John Cooke (piano), Rich Newman (drums/percussion), Spoon (percussion)
1995 Peter Green Songbook - a tribute to his work in two volumes 2CD released in UK
1997 Rattlesnake Guitar - The Music of Peter Green 2CD released in USA
Peter Green Songbook, 2CD from UK 1995
Rattlesnake Guitar: The Music Of Peter Green, 2CD from USA 1997
photo by Shu Tomioka, image from a page of inner notes of re-issue 1CD Peter Green Songbook - a tribute to his work in two volumes - first part
1994/06/30 Mühle Hunziken, Rubigen Bern, Switzerland
1994/07/02 Pistoia Blues Festival, Piazza Duomo, Pistoia, Italy (with Paul Rodgers, Joe Louis Walker)
Continental Op
Moonchild
I Wonder Who
Tattoo'd Lady
Ghost Blues
Out On The Western Plain
Amazing Grace / Walking Blues
The Loop
Shadow Play
Messin' With The Kid
La Bamba
with Frank Mead (harmonica, sax) and John Cooke (keyboard)
1994/07/12 Montreux Jazz Festival, Auditorium Stravinski, Monteux, Switzerland
Continental Op
Moonchild
I Wonder Who
The Loop
Tattoo'd Lady
I Could've Had Religion
Ghost Blues
Out On The Western Plain
Amazing Grace / Walking Blues / Blue Moon Of Kentucky (session) *
Off The Handle
Messin' With The Kid
I'm Ready (session)
Rory Gallagher Live At Montreux 2DVD released from Eagle Vision 2006
*Amazing Grace / Walking Blues / Blue Moon Of Kentucky session with Bela Frec (banjo), included in Wheels Within Wheels official CD 2003.
「Let's go to work !」というロリーの掛け声で始まる、1994年モントルー・ジャズ・フェスティバル。公式DVD『Live At Montreux』で全曲鑑賞することができる。 彼の死へのカウントダウンがもう始まっていることをーーそして彼の死後に知られるところとなった、ロンドンで住まいとしていたコンラッド・ホテル7階の窓から「飛び降りる寸前だった」という、ファンにとってはショッキングな話もこの前後の出来事らしいーーそのことを我々は知っていて見るので、どうしても涙が出そうになるのだが、彼は20代の健康な頃から「明日という日は来ないもの」とでも言うかのように、毎ステージ全開でやってきたが、複数の疾患でボロボロの体になっても、それは変わらなかった。特に「I Could've Had Religion」からアコースティック・セットを挟んで「Off The Handle」までの演奏は、健康だった頃よりも凄みを増している。
見どころは、ベーラ・フレックという若く誠実なテキサス・バンジョー奏者と共演の「Walking Blues」メドレー。この部分の音源は2003年にリリースされたオフィシャルCD『Wheels Within Wheels』にも収録されている。ロリーはボブ・ディランといつかセッションをという話をしており、このフェスティバルで実現しかけたが、直前に都合で出演をキャンセルしたディランの推薦で来たのがベーラ・フレックだったらしい。
(上述のマーカー行の記述は不正確だったようで、2024年発行の書籍:Lauren Alex O'Hagan & Rayne Morales, Rory Gallagher - The Later Years (UK 2024) の記述を参考に書き直してみた。)ボブ・ディランは同じフェスティバルの別の日のヘッドライナーだった。ロリーの出演日、楽屋にディランから電話が掛かって来て「いつか必ず一緒にセッション(レコーディング)しよう」というような会話が二人の間で交わされたらしい(その時楽屋にいたベーシスト、デヴィッド・リーヴィの記憶にもとづく)。それでこの日ロリーのステージにディランがゲストで共演するという期待が高まってしまったようだが、ディランは現れなかった。フェスティバル創始者でゼネラルマネージャーだったクロード・ノブスがそれを見て、ロリーに会ったこともなければロリーの音楽もほとんど知らなかったバンジョー奏者ベーラ・フレックの「えり首を掴んで」ステージに押し出し、ぶっつけ本番のセッションとなった。ロリーはブルーグラスのルーツ、ビル・モンローの「Blue Moon Of Kentucky」をこの時初めて演奏した。ロリーの日本製タカミネ・アコースティックギターとベーラ・フレックのバンジョーの掛け合いは楽しいものになり、客席の大喝采を浴びた。
with Bela Fleck, screen shot image from Montreux 1994/07/12
screen shot image from Montreux 1994/07/12
screen shot image from Montreux 1994/07/12
poster 1994 (designed by Per Arnoldi)
Wheels Within Wheels, CD 2003
Wheels Within Wheels, CD 2003 (back)
Wheels Within Wheels, CD 2003 (inner)
1994年、ロリーはライブ中盤に差し掛かり「Out On The Western Plain」を演奏するためにアコースティック・ギターをDADGADにチューニングすると、「ケルティック・チューンの曲です」などと言いながら、ある印象的なメロディを静かに弾き始めることが多かった。彼が歌うことはなかったが、特にアイルランドと英国では聴衆の多くが知っていたはずだ。楽しげに市場を歩きまわっていた若い娘が、夜には幽霊となって恋人を訪れたという、悲しい歌だということを……。
元々アイルランドとスコットランド両方の田舎に広がっていたメロディで、1900年代初頭にアイルランド北西部ドネゴール県(たまたまロリーの生まれ故郷でもある)で採譜され出版されたという古い歌。歌詞は様々なバリエーションが伝えられ、出版者により改変され、新たに創作されもしたが、基本は1960年代ブリティッシュ・フォーク・シーンに大きな影響力があったアン・ブリッグス(Anne Briggs, 1944- )が伴奏なしのアカペラで歌ったバージョンや、フェアポート・コンヴェンションがアルバム『What We Did On Our Holidays』のために1968年にレコーディングしたサンディ・デニー(Sandy Denny, 1947-1978)のバージョンだろう。ウィキペディアによれば、1936年から2015年までの間にリリースされたレコードやCDで、この曲かそのバリエーションが収録されたものは約90も挙げられ、その中にはハードロックやパンクの意外なアーティストのものも含まれる。
特筆すべきは英国のフォーク&ブルース・ギタリスト、デイヴィ・グレアム(Davy Graham, 1940-2008、ジョン・レンボーン等の言によれば「DADGADチューニングの発明者」)による、ラーガというインド音楽の旋法をも採り入れ、国籍とジャンルを完全に超越した1963年の演奏(歌なし)で、それにインスピレーションを得て「White Summer」と曲名を変え、ヤードバーズの1967年アルバム『Little Games』に収録された。その際に作曲者はジミー・ペイジとクレジットされ、後にレッド・ツェッペリンがライブで頻繁に演奏するが、元歌がアイルランド民謡だとは思わない人達もいるだろう。
ロリーもアコースティック・ギターの歌なしで、これを「Out On The Western Plain」の前奏のように演奏している。このライブ・アーカイブ掲載のトラックリストから確認できた限りでは、1988年2月20日のダブリンが最初、次に確認できたのは同年11月~12月のUKツアー中だ。その後しばらく現れず、2年以上経て1991年2月28日のメルボルン、3月中旬の全米ツアー中盤に数回。1992年5月24日のスコットランド・フラー出演時にはどうだったか、音源もセットリストも見つかっていないので不明だが、同年8月のダブリンで再開し、その後は1994年まで、ライブ開催地の如何を問わず、セットリストの定番のように演奏し続けた。1993年12月20日アムステルダム・パラディソのライブ録音をCD化した『Meeting With The G-Man +』にも収録され、ロリーの没後に一般発売されている。
また、2003年にリリースされた未発表音源CD『Wheels Within Wheels』の第6トラックは、インストルメンタル・メドレー「She Moved Thro' The Fair / Ann Cran Ull*」(*ゲール語で「りんごの木」、やはりドネゴール県出身のバンド、クラナドの1980年アルバム『Crann Ull』に収録された曲と同じ)、バート・ヤンシュ(Bert Jansch, 1943-2011)が共演と記された。これについてドナル・ギャラガー氏がライナーノーツに書いている。
バート・ヤンシュもまた僕の兄が大好きだった人で、ロリーが亡くなった翌年に僕はバートと出会い、ロリーが果たすことのできなかったフォーク・アルバム制作という夢について彼に話した。するとバートは「ロリーと僕が一緒に演奏したことがあるのを知ってるかい?」って言って、後で送ってきたのがこのトラックだった。(訳:野村伸昭)
ほぼ同じ頃、コリン・ハーパーが出したロリーの評伝には以下のような記述がある(Colin Harper & Trevor Hodgett, Irish Folk, Trad & Blues, Cork, 2004)。
(マンザキ訳)ハードロックとブルースでキャリアを築いた後、人生の最終章にロリーがレコーディングしたいと願った音楽は、トルバドール(訳注:ロンドン・アールズコートで1954年から営業し、ブリティッシュ・フォーク・リバイバルを牽引したライブカフェ)で彼自身が楽しんだ音楽と類似の、もっと穏やかなサウンドのものだった。(中略)ロリーはヤンシュに自分のデモテープを送っていた。さらに磨きのかかった合作となるよう、ヤンシュにアレンジを期待したのだ。「ロリーはじつはアン・ブリッグスと一緒にやりたかったんだ。」ヤンシュは、20年前に音楽シーンから姿を消していた伝説のトラッド・シンガーに言及した。「ロリーはアンに連絡を取り、自分のテープを送った。だがアンは、彼(ロリー・ギャラガー)はたかがポップスターだと考え、それを手に取らず拒絶してしまった(訳注:アン・ブリッグスは商業主義的な音楽や業界を嫌悪したことで知られる)。その後も僕は彼女の説得を試みたが、彼女は聞く耳を持とうとしなかった。それで僕はマギー・ボイル(Maggie Boyle, 1956-2014)をロリーに紹介し、僕とマギーは実際そのために2曲ほどアレンジを準備した。ロリーがやりたかったのは、たとえば『She Moved Through The Fair』のデイヴィ・グレアムのバージョンに近いもの、それと2~3曲クラナドのものを考えていたようだ。マギーはヨークシャー在住だったが、ロリーと会って僕達がアレンジを準備した曲を一緒にやるために、わざわざロンドンに出て来た。だがロリーは現れなかった。このアレンジの話があったことすら彼は記憶していなかったのだ。この時ばかりは僕もがっかりしてやる気が失せてしまった。(後略)」
『Wheels Within Wheels』に収録されたトラックは、実際にはその時ロリーがヤンシュに送ってそのままになってしまったデモテープに、ヤンシュが後から自分の演奏をダビング録音したトラックだったことを、ヤンシュ自身も後に証言していたようだ。
「She Moved Through The Fair」を自分のギター伴奏で、ブリティッシュ・フォークの女王アン・ブリッグスに歌ってもらうことは、ロリーの見果てぬ夢だったのかもしれない。
(Lyrics based on Anne Briggs/Sandy Denny version)
My young love said to me,
my mother won't mind,
And my father won't slight you
for your lack of kind.
And she laid her hand on me
and this she did say,
Oh, it will not be long, love,
till our wedding-day."
She laid her hand on me
and she moved through the fair,
And fondly I watched her
move here and move there,
And then she went onward
just one star awake,
Like the swan in the evening
moves over the lake.
Last night she came to me,
my dead love came in,
So softly she came,
her feet made no din,
And she laid her hand on me
and this she did say,
Oh, it will not be long, love,
till our wedding-day.
(マンザキ訳)俺の可愛い恋人が言った
母さんはダメと言わないわ
父さんもあなたに財産がないからといって
あなたを軽んじたりはしないわ
それから俺の手に手を重ねて
あの娘はこう言ったんだ
ああ、あなた、長くは待たされないわ
私達の婚礼の日まで。
あの娘は俺の手に手を重ねて
市場の中を歩きまわった
俺はやさしい気持ちで見つめていた
あの娘があっちへこっちへと歩くのを
そして一番星が出た途端
あの娘は行ってしまった
夕暮れ時の白鳥が一羽
湖の上を行くように。
昨夜あの娘がやって来た
いとしい恋人が死人となって
あの娘はそっと忍び入って来た
足音ひとつ立てないで
あの娘は俺の手に手を重ねて
こう言ったんだ
ああ、あなた、長くは待たされないわ
私達の婚礼の日まで。
Anne Briggs 1963 at the recording of Decca's Edinburgh Folk Festival albums (image from a book: Irish Folk, Trad & Blues, 2004)
1994/07/29 Rock'n The North (1) Big Band Blues
1994/08/02 Rock'n The North (2) The Taste Of Rhythm And Blues
Total 50 minutes TV program broadcasted from UTV, N-Ireland, unraveling the history of Belfast rock scene from early 1960s showband era.
Interviews (order of appearance):
George Jones (ex. The Monarchs)
Eric Bell (ex. Thin Lizzy)
Gerry Anderson (ex. The Chessmen)
John Wilson (ex. Taste)
Rory Gallagher (as ex. Taste)
Henry McCullough (ex. Wings)
Eric Wrixon (ex. Them)
Rab Braniff (ex. The Aztec's)
Billy Harrison (ex. Them)
Van Morrison (as ex. Them)
Sam Mahood (ex. The Big Soul Band)
Jim Armstrong (ex. Them)
David McWilliams
Session 1: Jim Daly, Jim Armstrong, Henry McCullough
Session 2: Rab Braniff, John Wilson, Eric Bell
Session 3: Rory Gallagher (That's All Right Mama acoustic solo, from London)
Session 4: Billy Harrison, Eric Wrixon & The Belfast Blues Band (Baby Please Don't Go)
Clips: Van Morrison, Gary Moore, Rory Gallagher (from Irish Tour '74)
1994年夏に北アイルランドのUTV(アルスター・テレビジョン)で放送された2回分合わせて約50分のドキュメンタリー番組。ショーバンド全盛の1960年代からリズム&ブルースを経て、本格的なロックへと羽ばたいてゆくベルファストの音楽シーンの歴史を、往時ベルファストで活躍し、主に収録当時も北アイルランドに住むミュージシャンへのインタビューや、豊富なアーカイブ映像で回顧する。南のアイルランド共和国でRTEが2000年に放送した『From A Whisper To A Scream』(Release 1995-2004 ページ内の同項参照)とは違い、ベルファストで頭角を現したミュージシャン達は、自分達はショーバンドから出てきたと認識していた様子だ。元シン・リジィのエリック・ベル、元ゼムのエリック・リクソン、ビル・ハリソン、「元ゼムの」ヴァン・モリソン等とともに、元テイストのジョン・ウィルソン、「元テイストの」ロリー・ギャラガーが別々にインタビューに応じて当時を語る。ロリーの出演シーンはロンドン市内コンラッド・ホテルの自室で収録され、ブルースとアイルランド音楽の旋律について語り、エルヴィス・プレスリーの『That's All Right』をアコースティック・ギターで演奏するが、これが最後のテレビ番組セッションとなったと思われる。他に3セット、北アイルランド在住組の出演者たちによるスタジオ・セッションが行われ、いずれも往年の名プレイヤーのリラックスした好演奏が嬉しいが、それだけにロリーの孤立が際立ってしまう。この番組の放送後、ジョン・ウィルソンは幾度かロリーに会いたい、また一緒にやらないかと手紙を出したらしいが、ロリーからの返事はついに来なかったと言われている。ロリーの出演シーンは、彼の死後の1995年夏、同じUTVの追悼番組『Gallagher's Blues』(1995 ページ内参照)に再利用された。
(追記)ロリーはこの番組への出演を非常に渋り、当日午前中、北アイルランドから来た撮影スタッフがロンドン市内のスタジオで準備に入っている時、マネージャーのドナル・ギャラガーからロリーの出演を取りやめるという電話がかかってきたそうだ。だが夜遅い時刻になって「やっぱり出演してもよい」と電話があり、その時間ではもう使えるスタジオがなかったので、やむなくコンラッド・ホテル(現チェルシー・ハーバー・ホテル)7階のロリーの自室で収録することになったのだという。その際もロリーは「演奏は絶対にしない、話だけ」と宣言し、膨れた顔と二重顎が目立たないようにカメラアングルに注文をつけたりしたのだが、インタビューがブルースの具体的な話に進むうち、自らアコースティック・ギターを持ち出して演奏を始めたのだそうだ。
参考書籍:Julian Vignoles, Rory Gallagher - The Man Behind The Guitar, 2018
1994/08/06 Nau-Rock open air festival, TSV-Sportanlage, Langenau, Germany
1994/08/07 Freilichtbühne Stadtpark, Hamburg, Germany
1994/08/10 Festival Interceltique, Lorient, France
Continental Op
Moonchild
I Wonder Who
The Loop
Tattoo'd Lady
I Could've Had Religion
Ghost Blues
She Moved Through The Fair / Out On The Western Plain * / unknown Irish song
Amazing Grace / Walking Blues / Don't Think Twice, It's All Right
A Million Miles Away
Shadow Play
Don't Start Me Talking / Revolution / Treat Me Nice / Dust My Broom (session with Dan ar Braz) *
Messin' With The Kid / La Bamba
*_Inheritance Of The Celts, an official DVD of Festival Interceltique 1994 released, featuring various artists including 2 tracks of Rory Out On The Western Plain and Don't Start Me Talking with Breton guitarist Dan ar Braz.
There are some unofficial 99 minute DVD with various titles Celtic Festival, Last Concert Tour 1994, etc, including all songs above, maybe captured from TV.
フランス北西部ブルターニュの港町ロリアンで毎年(原則)夏に開催される「インターケルティック・フェスティバル」には、ブルターニュ、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、ガリシア、アメリカ、カナダなどからケルト系ミュージシャンが集合する。1994年にはエレクトリック・ケルティック・ハープを弾きながらブレトン語で歌うアラン・スティーヴェル、アイリッシュ・トラッドの大御所チーフタンズ等に並んで、アイルランド出身のロリーのロックバンドも招かれた。日本製タカミネのアコースティック・ギターをDADGAD(ロリー言うところの)ケルティック・チューニングで演奏する「Out On The Western Plain」、地元ブルターニュ出身でフェアポート・コンヴェンションに在籍していたこともあるギタリスト、ダン・ア・ ブラースとのリラックスしたセッション「Don't Start Me Talking」の2曲だけ、フェスティバルの公式コンピレーションDVD『Inheritance Of The Celts』に収録された。だが実際にはブルターニュのTV局がコンサート全長版で録画、放送したようで、後年になり99分間の全長版DVDが「Celtic Festival」「Last Concert Tour 1994」などのタイトルで非公式販売されている。
ロリーらしくなく曲と曲の合間の喋りが冗長で、以前のように歯切れの良い早口ではなく、何だかたどたどしい。歌詞をど忘れし笑ってごまかすことも一度ならず。だが何よりも、チューニングを変えるのを忘れて「Moonchild」のノンストップ・リフを弾き始め、不協和音のまま無理やり最後まで行ってしまったのは……(この後に続けるべき言葉がわからない)。1980年前後の頃など、彼は連日のライブで演奏が雑な印象を与える時期もあったが、まずいと思ったら演奏を中断して最初から弾き直したり、喉の調子が悪く思いきり調子外れのガラガラ声でも、それがむしろブルースを歌う時はセクシーでカッコ良く聴こえ、「ローリー何やってんだよー」みたいな客席の不躾な野次も含めて、それなりにスリリングで楽しめた。だが1994年、ここでのロリーはちょっと変だし、映像をまともに見ていられなくなるほど痛々しい。客席最前列の暖かげな眼差しも、どこか憐憫の表情なのが悲しい。だがブルース「I Wonder Who」の熱演、アンコールのセッションのリラックスした好演、そしてアコースティック・セットの「Walkin' Blues」からボブ・ディランの「Don't Think Twice, It's All Right」にかけての流れ、そして20年前のオリジナル曲「A Million Miles Away 100万マイルも離れて」は美しい。この曲が8か月後には彼の葬送の曲になることを、私達は知っていて聴くせいかもしれない。マーク・フェルトハムのハーモニカ・ソロを、優しい眼で慈父のように見守るロリーの姿が何度もクローズアップで映される。後にロリーが危篤に陥った時、弟ドナルはマークを病室に呼んでハーモニカを吹かせた。ロリーの枕元には、ボブ・ディランの伝記本と、ディラン自身から届いたお見舞いカードが置かれていたという。
Inheritance Of The Celts, compilation 1DVD from Festival Interceltique 1994. Featuring artists: Alan Stivell, Rory Gallagher, Tri Yann, The Chieftains, Cherish The Ladies, Jacques Pellen, Dan ar Braz, Martyn Bennett, Ar re Youank, The Brothers Morvan, Denez Prigent
1994/08/11 E-Werks, Koln, Germany
1994/08/12 Open air festival, Thun, Switzerland
Don't Start Me Talking / Revolution / Dust My Broom
I Could've Had Religion (10 mins)
Ghost Blues
The Loop
Moonchild
Garota De Ipanema / I Wonder Who / Just Like A Woman
She Moved Through The Fair / Out On The Western Plain / William Of The Green
Shadow Play
La Bamba
Howling voice of Rory in Ghost Blues!
「Ghost Blues」の歌声があまりにも悲しくて胸に迫る。
1994/08/20 Geelhouse Rock Festival, Geel, Belgium
1994/08/21 SDR-3 Festival, Reistadion, Stuttgart, Germany
Continental Op
Moonchild
I Wonder Who
The Loop
Tattoo'd Lady
Bye Bye Bird / Ghost Blues
Out On The Western Plain / Irish medley
Amazing Grace / Walking Blues / Don't Think It Twice, It's All Right
Shadow Play
Bullfrog Blues / Dizzy Miss Lizzy
Existing 94 minute without cut almost complete version of video. Great concert. Beautiful Spanish guitar prelude for Tattoo'd Lady (including a certain problematic scene) has been recovered. On the halfway of the first song Continental Op, Rory hit his right hand against microphone, began to bleed at his right hand but continued and never stopped to play. Close-up shots of his bleeding right hand would remind traditional Christian people the word STIGMATA. (I'm a Christian but Japanese, not in Christian tradition. Forgive me if my opinion is wrong.)
非公式だがライブ映像が広く出回っていると思う。上掲セットリストの中から9曲、一部曲順を入れ替えて67分間に収めたTV版と、上掲全曲カットなし、おそらくTV放送されなかった94分全長版がある。67分バージョンの場合、普通のライブ番組にしては、ラスト「Bullfrog Blues」中途でのスローモーションとフェイドアウトの映像処理がドラマチック過ぎるので、おそらくロリーの死後に放送されたと思われる。ロリーは1989~93年には年間20日前後しかライブができなくなっていたが、1994年には再び精力的にヨーロッパ・ツアーをやっている。以前の栄光はないと言っても、1990年代のライブビデオは意外と(ビデオの普及で当然といえば当然)多く残っているのだが、その中で最も感動的な1本だと思う。
1曲め「Continental Op」の途中で、いきなりマイクスタンドに打ちつけたか、右手の甲の中指の付け根あたりが大きく傷ついて血が流れ出る。合間にバンドエイドを貼りに戻るでもなく、そのまま2曲め、3曲めと、時々ジーパンのお尻で拭って、なお血を流しながら弾き続けるロリーの右手が、クローズアップで執拗に映し出される。凄まじい映像だ。伝統的なキリスト教文化の中で育った人はこれを見て、スティグマ(聖痕)という言葉を思い浮かべ、ロリーをカトリックの聖人や殉教者と結びつけたがるのかもしれないが、もともと彼はしなやかな右手のアップがじつに絵になるギタリストだった。「Bye Bye Bird」ではマーク・フェルトハムとハーモニカの二重奏。1本のマイクで歌とハーモニカが交差する(力強い肺が必要な)この曲は、テイスト時代の1968年マーキー(ロンドン)でのライブ録音しか、私は他に聴いたことがなかったが、いまだ挫折の経験の少ない勇敢な20歳の若者だったロリーの元気な歌声と、打ちひしがれた心の底から必死で絞り出すような26年後のしゃがれ声を聴き比べると、人間は死への長い坂道を、ある者はゆっくりとペースを保ちながら、ある者は彼のように無茶して駆け足で下って行くのだと思わされる。また「I Wonder Who」の熱唱の合間に、キーボードのジョン・クックをロリーは「心理セラピー担当」と紹介する。長年のバンド仲間だった同じアイルランド人のジェリーやブレンダンには心を閉ざして話せなかったようなことを、彼はジョン・クックになら話すことができたのだろうか?
TV用の67分バージョンでは、コンサートの前後や曲と曲の間のロリーのおしゃべりをカット、またアンコールの「Bullfrog Blues」もフェイドアウトで終わっていたが、94分全長バージョンは、「Shadow Play」で終えていったん楽屋に引っ込んだロリーが、汗でびしょ濡れになったシャツを着替えてアンコールで再登場するまで、満場のチャントや夜空の満月(野外フェスティバルだから)を延々と見せられるのには少し忍耐が要るが、その後グレッチ・コーヴェットの速弾きで「Bullfrog Blues」を最後まで見届けることができる。また、中盤の「Tattoo'd Lady」のシーンが全長バージョンでは復活している。スパニッシュギター風の前奏からじっくりと入るのだが、ロリーはポケットから小さな折り畳みナイフを取り出して、血の流れる右手に構えてみせたりする。これはいったい何の真似だったのだろうか。悪ふざけだったとしても、そもそもなぜロリーはポケットにナイフなんか入れていたのだろう?このシーンはTV放送には不適切ということだったのだろうか、せっかくの美しい前奏と合わせて丸ごとカットされていた。「シャロン・ストーンみたいなイイ女…」がどうしたこうしたという「I Wonder Who」の前のロリーの無駄話も、TVバージョンではカットされていた。
1994/10/16 L'Olympia, Paris, France
Continental Op
Moonchild
I Wonder Who
The Loop
Tattoo'd Lady
Mean Disposition
Ghost Blues
Shin Kicker
Out On The Western Plain
Amazing Grace / Walking Blues
Shadow Play
Off The Handle
A Million Miles Away
Messin' With The Kid
Bullfrog Blues
When My Baby She Left Me / I'm Ready
Existing audience shot nice video. Nice Rory!
遠い客席からのハンディカムによるオーディエンス・ショットが残されている。画質の劣化とテープの乱れはいたしかたないが、ロリーの顔の表情とギターを弾く手元をタイミング良く捉えたズームアップなど、かなり上手いカメラマンだ。やや上方からステージを見下ろすカメラ・アングルなので、ロリーも晩年は頭のてっぺんが結構薄かったのが見えちゃう。中盤の「Shin Kicker」やアコースティック・セット後の「Shadow Play」などは息も絶えだえだが、プレイしながら時おり客席に向かって見せる微笑、ロリーってやっぱ最高!客席の反応が熱く、ロリーもたびたびステージ下の客と握手をし、1970年代のライブを思い起こさせる。
1994/10/17 Top Live, Europe 1 (radio), France
Out On The Western Plain
Walking Blues
Ghost Blues
1994/10/25 Aeronef, Lille, France
Continental Op
The Loop
Don't Start Me Talking
Off The Handle
Shin Kicker
I Could've Had Religion
Ghost Blues
Amazing Grace / Walking Blues
Moonchild
A Million Miles Away
Messin' With The Kid
When My Baby She Left Me
La Bamba
Existing audience shot video
なぜかモノクロのハンディカム・オーディエンス・ショット、コンサートの途中までしか録画されていなかったのが残念だが、今のところロリーのライブ映像では最後の1本と思われる。小さめの会場なのか、客席との一体感が素晴らしい。ステージ下から客が差し出したドリンクのグラスを、ロリーはかがんで礼を言いながら受け取るが、自分では口をつけず、ベースのデヴィッド・リーヴィに手渡すと、彼がそれを一気に飲み干してしまう。
1994/ (date and place unknown, maybe early in the year) recording for Energy Orchard album
Remember My Name (with "special guest" Rory Gallagher on Dobro/harmonica/electric guitar)
band: Bap Kennedy (vocals/guitars/harmonica), Paul Toner (guitars), Kevin Breslin (keyboards), Spade McQuade (bass/mandolin), David Toner (drums/percussion)
1995 Energy Orchard - Pain Killer released
Energy Orchard was an Irish folk-rock band from Belfast led by singer/songwriter Bap Kennedy.
Energy Orchard: Pain Killer, CD 1995 (image from Discogs.com)
Energy Orchard: Pain Killer, CD 1995 (back image from Discogs.com)
1994/12/01 L'Usine, Reims, France
1994/12/03 Saar-Mosel Halle, Konz, Germany (gig with Energy Orchard)
1994/12/04 Lowensaal, Nurnberg, Germany
1994/12/05 Huxley's Neue Welt, Berlin, Germany
1994/12/07 Haus Auensee, Leipzig, Germany
1994/12/08 Kulturzentrum, Erfurt, Germany
1994/12/09 Terminal 1, Munchen, Germany
1994/12/11 Le Plan, Ris-Orangis, France
1994/12/12 Talence, France (venue unknown)
1994/12/13 Espace Medoquine, Bordeaux-Talence, France
Continental Op
Moonchild
Don't Start Me Talking / Revolution
Ghost Blues
I Could've Had Religion
unknown Irish song / Tattoo'd Lady
I Wonder Who
The Loop
Out On The Western Plain
Walking Blues
A Million Miles Away
Shadow Play
Messin' With The Kid
1994/12/15 Petit Quevilly Exo 7, Rouen, France
1994/12/16 Le Chabada, Angers, France
1994/12/17 La Monjoie, Besancon, France
1994/12/18 Le Transbordeur, Lyon, France
1994/12/19 La Luna, Brussels, Belgium
I Could've Had Religion
Ghost Blues
I Wonder Who
I don't know the words to express properly. Unearthly guitar sound and bloody vocals. Regret there existing only 3 tracks of good quality audience recording.
鬼気迫るとしか表現しようのないギターと、血を吐くような歌声だ。良質のオーディエンス録音だが、なぜ3曲(しかもラストの「I Wonder Who」は半分ぐらいでカット)だけしか残っていないのかは不明。
1994/12/22 (date uncertain)* Warner Chappell Studios, London, UK. Recording for Italian violinist Roberto Manes's album
Raga For G.M. Volonte
Voices From The Bazaar
with Roberto Manes (electric violin), Peter Lockett (world percussions), Rory Gallagher (acoustic guitars/harmonica/voices)
*_Rory wanted to dedicate the first track recording to G.M. Volonte (Italian actor Gian Maria Volonte) who died 1994/12/06. Their recording session should be finished until 1994/12/22.
1999 Phoenician Dream - Roberto Manes released in UK
ロベルト・マネスはイタリア・ミラノ出身のジャズ・ヴァイオリニスト。エレクトリック・ヴァイオリンを駆使したこのCDは「World Music」に分類されるだろうか。レコーディングにロリーを呼んだ経緯はわからない(追加修正あり)が、それまでのロリーにはないタイプの、北アフリカ風のエキゾチックな楽曲だ。曲名はいずれもロリーのインスピレーションから付けられたという。砂漠の向こうの蜃気楼、乾燥した赤銅色の風景が目に浮かぶようで、涙が出そうに美しい。ロリーの死後1999年のリリース。全10曲入りだが、うち2曲だけのロリーの参加が最大のハイライトだったようで、下掲のCDアートワークに書き記されたロベルト・マネスの「ロリー・ギャラガーとのレコーディングについて」を参照。
(2024年発行の書籍、Lauren Alex O'Hagan & Rayne Morales『Rory Gallagher - The Later Years』を読むと、ロベルト・マネスとの2022年のインタビューにもとづき詳細が記述されているので、追加修正したい。)ロベルト・マネスは1990年にワーナー・チャペル・ミュージック社と契約した後、ミラノからロンドンに移住し、フルハム・ロードの「ポロ」という小さなナイトクラブで演奏していた。当時ロリーはその店の近所のアパートに住んでいたので、時々来ては音楽を楽しみながら夜中まで過ごした。ロベルトのバンドの演奏も何度か聴き、二人は音楽について意気投合して会話する仲になった。特にジャズ・ヴァイオリニストであるロベルトの「即興」にロリーは興味を示した。ある時ロベルトが自分のアルバムのための録音に来てもらえるかとロリーを誘ったら、ロリーは当日本当にスタジオにやって来た……それが1994年12月22日のことだったらしい。スタジオにはロリー、ロベルト、パーカッションのピーター・ロッケット、エンジニアのアンディ・フライヤーの4人だけ。事前の打ち合わせもリハーサルもなく、まったくの即興で自然にセッションに入り、録音も一回で済ませたそうだ。ロベルトはロリーの幅広い音楽の知識と好奇心、演奏時の集中力の高さに感服している。この録音のCDリリースを、ロリーはどんなに待ち焦がれたことだろう?(『Phoenician Dream』がリリースされたのは1999年だった。)
Roberto Manes: Phoenician Dream, CD 1999
Roberto Manes: Phoenician Dream, CD 1999 (back)
Roberto Manes: Phoenician Dream, CD 1999 (inner)
(訳)ロリー・ギャラガーとのレコーディングについて
1994年12月22日記す
芸術と人生を一致させて生きる人物はまれだが、ロリーはそんなまれな人物の一人だ。私はロリーとステージ内外で数度会う機会があったが、いつも彼について思ったことの一つは、彼のとてつもない内面の強さと、自分の行ないに対する確信だ。そのことはさらに、このレコーディングで再認識された。彼がレコーディング・セッションに当たって示した厳粛な態度も、その後に感じた完全な静けさも、私は絶対に忘れないだろう。
私達はこれらのトラックのタイトルを確定することができずにいた。しかしロリーは私に、レコーディングした最初の1曲は彼のお気に入りの俳優ジャン・マリア・ヴォロンテ(訳注:1994年12月6日没)に捧げたい、そして2曲めはアフリカの路上市場の空気に、と言った。
他にも私とロリーが共有した数々の瞬間を、私はいつまでも大切にするだろう。そして多くの愛情と最大の敬意をもって、私はこの2曲のレコーディングを発表するが、そのことはこの2曲が自(おの)ずから語るはずだと思う。
ロベルト・マネス