大石ゼミ修士1年の築地です。「日本の動物園において見られるアジアゾウと飼育員の相互交渉」を研究テーマとしています。
今年度の秋学期は、コロナ禍の状況を見計らいながら国内の動物園を出張訪問して、アジアゾウの飼育展示についての観察をしたり、研究会に参加したりしていました。今回は、2021年12月に参加させて頂いた大三島での研究会と、その帰路で訪れた福山市立動物園での観察について報告します。
2021年12月18日~20日、大三島セミナーハウス(愛媛県今治市)に滞在し、研究会「コミュニケーションの場としての熱帯林―森林への人類学、生態学、認知科学からのアプローチの架橋に向けたブレインストーミング」に参加させていただきました。
「大三島セミナーハウス」は、京都大学の名誉教授である木村大治さんが、ご出身である瀬戸内海の大三島に作った施設です。木村さんは人類学を通して相互行為論やコミュニケーション論について研究されており、人と動物の相互交渉(注1)に関心のある自分にとっても研究の中で参考になる点が多くあります。今回は、木村さんとの共同研究のご経験もある大石先生にお誘い頂き、研究会に参加させて頂きました。
研究会では、参加者から研究分野や関心に基づいた話題提供が行われ、発表をもとにディスカッションが行われました。
彭宇潔(立命館大学)さんからは、カメルーン東南部のバカの人々が行う刺青実践に関して、HRAF(Human Relations Area Files)のデータベースを使った分析とその考察についての話題提供がありました。刺青を入れる人々のジェンダーやその動機、刺青の色、施術の方法、また身体のどの部位に入れるのか、といった様々な項目について、研究論文等の記述からまとめた分析を共有していただき、そこから考察できる刺青の社会文化的意味について検討されていました。データベースを用いた研究手法は興味深く、発表後もデータ分析により振り分けられた分類の定義などについて議論が行われました。
カメルーンから外大に招聘教授としていらしているエヴァリスト・フォンゾッシ先生(東京外国語大学・ドゥアラ大学)からは、2019年の名古屋議定書で承認・交付された「ABS(access and benefit sharing: 遺伝資源の取得の機会とその利用から生ずる利益の公平かつ衡平な配分)」(注2)が、カメルーンでのバリューチェーンや現地の植物学研究にどのような影響をもたらすかについての発表がありました。
発表ではカメルーンの植物分布や利用法についての説明をしていただいた後、ABSの導入によりバリューチェーンについての理解を広めることについて民族植物学の観点から検討されていました。研究会参加者にはカメルーンをフィールドとしている方が多くいらしたこともあり、カメルーンの植物知識について深く議論がされていました。
また、私(築地)も、修士研究の計画をもとに話題提供をさせて頂きました。国内の動物園におけるアジアゾウと飼育員の相互交渉について人類学の観点から研究するにあたり、動物行動学の分野で行われている個体追跡法を用いることや、飼育員が餌やり等でゾウに対して行う「声掛け」に着目するという研究計画案を発表しました。
ディスカッションでは、既存の行動分類をどの程度参考にするのかや、個体追跡の具体的な計測方法についてどういった手法が考えられるかなど、詳細なご助言やコメントを頂きました。
それぞれの研究内容は様々でしたが、目的に応じた調査手法を見定め、実施することの大切さを改めて実感した研究会でした。
写真:大三島セミナーハウスでの研究会の様子。
注1: 人類学における人と動物の関係についての研究では、人間以外の動物を含めた行為主体どうしで見られる相互の働きかけを「相互行為(相互交渉)」として捉え、発話や行動の連鎖についての実証的な分析を手掛かりとして、人と動物の間に見られる社会的なつながりが検討されている(木村編2015)。参考:木村大治編(2015).『動物と出会うI:出会いの相互行為』ナカニシヤ出版。
注2: 環境省ウェブサイト「ABS 名古屋議定書について」 http://abs.env.go.jp/nagoya-protocol.html (2022年2月15日アクセス).
20日午前に研究会参加者の皆様と広島県福山駅にて解散した後は、電車とタクシーで移動して、福山市立動物園を訪問しました。この訪問は、私が研究対象としているアジアゾウの飼育展示を観察することを目的としていました。
写真:福山市立動物園入口。無人駅のJR戸手駅から車で約10分の、山あいの住宅街を超えた先に位置している。戸手駅-動物園間の往復でお世話になったタクシーの運転手さん曰く、「福山には動物園くらいしか見るものがない」のだとか。
現在、日本では32の動物園で計82頭(注3)のアジアゾウが飼育されています。
遺伝子研究などから、現在アジアゾウはインドゾウ・セイロンゾウ・スマトラゾウ・ボルネオゾウの4亜種に分類できると考えられているのですが(注4)、本園で飼育されているメスのアジアゾウ「ふく」は、日本で唯一飼育されているボルネオゾウとされています。
園内掲示によると、ふくはマレーシアのボルネオ島北東部生まれで、推定3歳の2001年に森で迷子になっていたのを保護されたそうです。その後、同年4月に福山市立動物園に来園し、現在は推定23歳とのことでした。園内のゾウ舎前には地元の小学生が作成した紹介パネルがあり、ボルネオゾウの分布や生態について説明されていました。
また、ふくは2016年に結核にかかったことがあり、その後2年半の投薬治療を経て回復し、現在は経過観察中です。結核治療の継続に向けては園職員がクラウドファンディングを行った経験(注5)もあり、現在も健康に暮らすための工夫や改善がされているようです。
職員による入園ゲート近くやゾウ舎前にあるアジアゾウ説明の掲示には、「病気と闘っているため、しずかに見てね」といった内容の言葉が添えられていたのが印象的でした。
注3:2022年2月15日現在、各園のHP等の情報から筆者調べ。
注4:WWFジャパンHP「アジアゾウについて」https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/4306.html# (2022年2月15日アクセス).
注5:Readyfor「福山市立動物園の結核にかかったゾウ「ふくちゃん」を救いたい!」https://readyfor.jp/projects/fukuzoo (2022年2月18日アクセス)
写真:アジアゾウの「ふく」が飼育されている、福山市立動物園のゾウ放飼場。右下に見えるのは小学生により作成されたパネル達。
私がこの日に観察していた計1時間半ほどの間、ふくは屋外の放飼場におり、エサを食べる様子や放飼場を何周も回る様子など、多様なゾウの行動を見ることができました。
エサを食べる際には、飼育員の方が放飼場に投げ入れたキューブ状のエサを落ちたところまで拾いに行ったり、穴の開いた丸太のようなフィーダー(餌やり装置のこと)を転がしてエサを見つけたりと、様々な方法で餌を入手し食べていることが分かりました。
写真:フィーダーを転がしているふく。
また飼育員による健康チェックの様子も20分程度観察することができました。ふくは、シャワーホースで足の裏を洗ってもらったあと、飼育員の声による指示で足を左右交互に出して爪の手入れをしてもらっていました。
爪の手入れが終わった後は、閉園時間も近かったためか 放飼場にあるタイヤやほうきを飼育員の立っている柵まで取ってこさせるという飼育員の指示に従う様子も見られました。
写真:コンクリートで過ごすことの多い飼育ゾウは、足の手入れが重要とされている。
また、園内を全体的に観察してみると、ゾウ以外の動物展示でも地元の小学生による解説パネルが複数あることが分かりました。地域の学校なども巻き込み、個体に寄り添った動物展示の取り組みがされている印象を受けました。
今回の滞在では、のどかな風景の広がる瀬戸内海や福山の自然を感じながら考えを広げることができ、とても有意義な時間を過ごすことができました。
特に研究会では、発表でのディスカッションを通して参加者の皆様から調査方法について具体的なコメントやご助言を多く頂き、私自身大変参考になりました。また、コロナ禍でオフラインの学会や研究会参加の機会が少ないなか、直接研究に携わる方々との議論ができ、院生として大変貴重な経験となりました。
また、福山市立動物園への訪問では、ゾウの行動について様々な動きを見ることができ、今後の行動観察に向けての参考になりました。ボルネオゾウが国内で唯一飼育されている動物園として、現地の熱帯雨林減少の現状についてのパネル展示も多く、飼育ゾウの出自を生かしたメッセージ性のある展示から学ぶことも多くありました。
研究会の参加およびセミナーハウスでの滞在を快く受け入れてくださった木村大治さん、お誘いくださいました大石先生、また研究会への参加を歓迎してくださり、研究内容について適確なコメントをしてくださいました島田将喜さん、高橋康介さん、彭宇潔さん、エヴァリスト・フォンゾッシ先生に心より感謝申し上げます。
この滞在を通して吸収したことを今後の研究構想に生かしていきます。
木村大治編(2015).『動物と出会うI:出会いの相互行為』ナカニシヤ出版。
彭 宇潔. (2017). 「女性のファッション ―バカ・ピグミーの刺青実践を事例に」.『コンタクト・ゾーン』 2017, 9: 331-346.
環境省ホームページ「名古屋議定書について」http://abs.env.go.jp/nagoya-protocol.html (2022年2月15日アクセス)
WWFジャパンHP「アジアゾウについて」https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/4306.html# (2022年2月15日アクセス).
最終更新:2022年2月27日