ガーナ英語のナゾ

by 井出有紀(アフリカ地域研究専攻)

日本人だとわかると、よく「日本語教えて!」と言われる。

こういう時どんな単語を選んで訊いてくるのかに「文化」ってよく表れるものだ。日本人なら、基本的なあいさつの後に「ありがとう」の言い方をきく人が多いだろう。しかしアクラ(首都)では「Good morning」「Good afternoon」「Good evening」「How are you?」ときて、次は十中八九「Come」である。日本人としては「へ?」という感じだが、実際ガーナ人はあいさつの終わりに「Go and come」とよく言うのだ。

ガーナで生活していると、こういう不思議な英語―「ガーナ英語」を耳にすることがたくさんある。はじめは何を言っているのかよくわからない。このナゾを解くには、ガーナで実質的な共通言語として使われているTwi語の会話様式を理解するのがミソである。

写真1: 週2回ほど日本語教室のアシスタントをする。専攻にかかわらず、日本語を学び日本で英語教師として働きたいと思っている学生は多い。

ガーナの公用語は「一応」英語だ。授業は基本的に英語で行われるし、公的な書類も英語で書かれている。しかし実は、ほとんどの人は英語を自由に使いこなせない。聞いて理解はできるけれどそんなにしゃべれない人、日常会話の語彙を超えると理解できない人、ほとんどわからない人―。

レベルは様々だが、母語レベルで英語を話す人がほんの一部であることは確かだ。そんな公用語のかわりに実質的な地域共通語として機能しているのがTwi語である。これは、約44(もっと詳しく分類すると90を超える)の民族が暮らすガーナの人口の約40%を占めるAkanの人たちのことばだ。Akanは文化的にも経済的・政治的にも圧倒的な存在感を誇るため、そのほかの民族は母語+Twi語を身に着けて育つのである。

写真2: Twi語を教わる2年前の私 (2017年2月)

Twi語での会話様式に英語を当てはめたのが、いわゆる「ガーナ英語」だ。冒頭で紹介した「Go and Come」ももともとTwi語の表現で「Ko(行く) bra(来る) waii(語感をやわらかくする言葉)」、つまり「いってらっしゃい」とか「また来てね」という意味である。

また、ガーナにおいてHow are you?はとても大事である。これはTwi語でHelloにあたるあいさつよりもHow are you?のほうが重要視されているためだ(Helloにあたるあいさつは割と省略されがちである)。だから「How are you?=お元気ですか?」と教えたあとに「これは普段はあまり使わないんだよ」というとみんな「変なの!」というふうに首をかしげる。

そして、ガーナ英語には敬語がある。ガーナ人は常に「please」「waii」「oo(主に書き言葉)」などを文末につけるのだ。「No please」とまで言う(初めて聞いたときはYesかNoかわからなかった)。“No please, I want to sleep oooo😢 I beg you oooo”といった具合である。日常的にこんな感じなので、慣れないと常に大げさに何かを懇願している人たちに見える(ちなみに上のセリフは何か深刻な理由があって哀願しているのではなく、単に怠けたいだけだと推察できる)。

写真3: 友人のコフィとおばあちゃん(82歳くらい)。おばあちゃんはほとんど英語が話せないので、頑張ってTwi語を勉強しておしゃべりしたいなと思う。

このように、ガーナは超礼儀正しい社会なのである。何も知らずに 「please」なしで何かを頼もうものなら「Pleaseって言えないのっ!?」と怒られることだろう(私は一回トロトロ(ミニバス)ドライバーに怒られた)。これは、アフリカに対して粗野なイメージを持つ傾向にある日本の一般社会には驚くべき情報なのではないだろうか。

実際、日本でテレビ番組のインタビューなどをみていると、白人系の外国人の答えが「僕は○○なんだ」などと比較的やわらかい表現で訳されるのに対し、黒人の答えは「俺は○○だぜ」といささかワイルドさが強調される傾向にある。そのほうが「話し手の性質を伝えられる」というのだ。私はアフリカの他の国については知らないので何とも言えないのだが、もし本当にそうしたいのなら、ガーナ人についてはたいへんかしこまった表現を使っていただくことを希望する。

ここまでガーナ英語のナゾについて話してきたが、最大のナゾはこれを話している当の本人たちが「自分たちはイギリス英語を話している」と思っていることである。「僕たちガーナ人はきれいなイギリス英語をしゃべるからね、ナイジェリア人もガーナに英語留学に来るんだよ(by Uberドライバー)」とTwi語独特の感情的なシャウトで主張するのだ。そういうとき、私は全身の膜という膜をびりびり震わせる声に耐えつつ、それだけは絶対賛同しないぞー、と思う。

最終更新:2018年11月13日