【書評】島田周平・上田元編『アフリカ(世界地誌シリーズ8)』朝倉書店、163頁、2017年(定価3400円+税)


大石高典(現代アフリカ地域研究センター)

本書は、2018年4月現在で最も新しい、日本語で読めるアフリカ研究の入門書である。「アフリカ」というタイトルがついているが、主に扱われているのはサハラ砂漠以南のサブサハラ地域である。全体に、地誌学、地理学の視点が打ち出されている点に特徴がある。口絵の11点のカラー写真をはじめとして、本書全体に写真や地図などの図表が豊富に盛り込まれていることからもそれが伺える。

評者は、現在東京外国語大学国際社会学部で「アフリカ」に関心を持って入学してくる学部生を対象に、アフリカ研究の入門となる授業を受け持っている。多くの学生は、アフリカについて日本のメディアがよく取り上げられる紛争、飢餓、貧困、感染症、人口増加などといった典型的にネガティブな話題と、一見それらと対照的にも見える急速な経済発展、世界経済の中でのアフリカ市場の存在感といった両極化した話題に親しみを持っていることが多い。しかし、具体的な地域のイメージとなると、ほとんどあやふやなものしか持っていない。取り立ててアフリカに関心の無い一般社会人を対象に授業や講演をすると、アフリカをひとつの国だと思い込んでいる人が結構いて驚かせられることがある。さらに数年おきに繰り返される政治家によるアフリカ差別発言の問題に触れるたびに、日本社会で、なかなかアフリカへの理解が根付かない理由は何だろうかと考えさせられる。

本書を、地理学を中心とするアフリカ研究者からのそんな日本社会への応答としてみると、ともすると陥ってしまいがちな一面的なアフリカ理解への徹底した批判が様々なレベルで散りばめられている。様々な時間スケール、空間スケールで、これでもかとアフリカの多様性が描き出されてゆく。それはまず、編者二人による冒頭の総説から始まる。サブサハラ・アフリカについて学ぶ上で、最低限必要な自然、民族、歴史の多様性について解説がなされ、その上で開発・援助・環境などアフリカと国際社会をめぐる現代的な課題が概観される。「総説」の後は、テーマ別に「自然」、「自然と生業」、「生業と環境利用」、「都市」、「地域紛争」、「グローバル化とフォーマル経済」、「開発・協力と地元社会」の7章が続く構成になっている。

(※参考:目次は出版社のページで確認できます。)

以下、それぞれの章について簡単に見ていく。

「自然」の章は、アフリカ各地の気候と植生が、降水のメカニズムなど理論的な背景の解説とともに簡潔に示される。自然条件がそれぞれの地域の文化や社会経済的な特徴と一緒に説明されているので、地域の自然条件について知ることがなぜ大事なのかを直感的に理解できるようになっている。その上で、現在進行しているアフリカの気候変動が、10,000年、1,000年、100年という異なるオーダーで見られる気候変動と比較しながら、丁寧に解説されている。

「自然と生業」の章では、焼畑と牧畜に着目して、生業のなかの多様性が具体的に示される。ひと言で焼畑と言っても、湿潤地域と乾燥地域、休閑の入れ方、換金作物生産との関係性などによって実に多様な姿を見せる。この節は、アフリカにおける焼畑研究史のレビューにもなっている。牧畜については、サバンナ帯各地で見られる牧畜について地域性の比較がなされた上で、近代化と牧畜をめぐる問題が簡潔に紹介されている。章の後半では、古い時代から続く生業だけではなく、南アフリカのワイン産業についても取り上げられ、自然地理と歴史の両面から産地形成が論じられる。

「生業と環境利用」の章では、狩猟採集、牧畜、農耕のそれぞれについて、定住化や市場経済化によってどのように変化しつつあるのかが概観される。大規模開発の投資先となった地域では、人々の生業と土地利用は大きな変化を迫られている。その上で、突っ込んだ事例研究が示される。エチオピアの焼畑農耕民マジャンギルの森林利用から環境利用の持続性が、またボツワナの農牧民オヴァンボの昆虫食や酒造りと世帯間の相互扶助から生業複合と人々の社会関係について論じられる。

「都市」の章では、都市化によって都市と農村の関係がどのように変わりつつあるか、アフリカ各地で進む都市化の地域差が多くの図版をもちいて示され、構造調整政策との関係から概観される。そして、肥大する都市における住宅事情から、都市で盛んなインフォーマル経済とそのグローバル化までが論じられる。

「地域紛争」の章では、西アフリカと北東アフリカが取り上げられ、それぞれ年代別に紛争の特徴が概観される。独立をめぐる紛争、東西冷戦構造の発達とその崩壊の影響、地下資源の開発、テロリズムの拡散などについて、それぞれの地域固有の事情と国際関係の錯綜した状況が示される。

「グローバル化とフォーマル経済」の章では、新興国需要に合わせて成長が著しいアフリカでのフォーマル経済の発展の動向について概観される。具体的には、衣料品、加工食品、自動車産業などが取り上げられる。また、アフリカ経済に大きな影響を及している中国アフリカ間の経済関係が取り上げられる。

「開発・協力と地元社会」の章では、外部からの介入とアフリカの地域社会の関係に焦点が当てられる。具体的には、観光・自然保護と開発協力の二つをテーマに、国際社会が主導するマクロな政策の流れが概観されるとともに、開発・援助と地元社会との間の関係性について「コミュニティ主体」や「草の根」の視点から現状と今後の課題が批判的に検討される。

ここまで見てきたように、本書では、随所で現代的な事象について歴史を踏まえた位置づけや背景説明がなされている。特に、ボコハラムの過激化のように、2000年代以降の最近のアフリカ情勢を分析した最新の研究動向がふんだんに盛り込まれていることで、読者は説明にリアリティを感じるにちがいない。

初学者の目で眺めると、国別の基本統計が巻末に付されている点、巻末の読書案内に加え、重要な人名や用語には英語での綴りも付されている点などは、読者が自発的に文献を検索しながら学ぶのに役立つ。このように教科書として学習者への配慮が行き届いた本書だが、いくつか読みにくいと感じられる点もあったので記しておく。例えば、文献引用の密度や文献の明示の基準が執筆者によって異なっているので、記述の統一性という意味では違和感を感じた。また頻度としては決して多くはないのだが、たまに誤字・脱字が見られたのは内容の完成度と不釣り合いに感じた。

ヨーロッパやアジアに比べればまだまだ少ないのだが、評者が学生時代だった1990年代後半に比べると、日本で出版されるアフリカに関する入門的な位置づけの学術書や教科書はずっと増えてきている。教科書として、あるいは独学のアフリカ入門に本書をもちいるときには、異なる視点や方法論でアフリカを扱ったテキストと併用するのが効果的と思われる。例えば、本書ではアフリカの歴史についての記述は総説の中の一節である「歴史的多様性」の5頁ほどで簡単に紹介されるに留まっている。人類進化から現代史までを通史として扱う松田・宮本編『新書アフリカ史』(1997年、講談社)で通史の概観をつかんでもらうことによって、本書で厚く扱われている生業や経済の地理的多様性の意味がより深く把握できるだろう。本書8章の内容をより深めて、アフリカと関わる日本のNGOの活動に関心を持つ学生には、舩田編『アフリカ学入門―ポップカルチャーから政治経済まで―』(2010年、明石書店)と本書の特に後半を読み比べることで、現代アフリカの紛争や開発・援助についてより鮮明に2010年以降の動向がつかめるはずだ。

本書は、高校の地理・世界史科目でのアフリカについての記述に飽き足らない高校生、アフリカを本格的に学びたい学部生の教養課程での学習に最適と思われるが、同時にアフリカに関わっている研究者や実務家にも有用と思われる。各専門分野でレビューすべき研究が増えるなか、アフリカ内部の特定の地域や文化複合のなかで視野が閉じがちな専門研究者は、本書を読むことで、アフリカ全体を見渡したときに自身の研究や実践がどのように位置づけるのかを考えさせられるだろう。それは、自身の研究にとって「アフリカ」がもつ意味や広がりについて再考する機会となるに違いない。

※本稿は、『日本熱帯生態学会ニューズレター』111号(書評コーナー:pp. 22-23.)に寄稿したものの投稿前ヴァージョンである。