「フランスに捉まった話」

小林碧

西南ヨーロッパ第一地域専攻

率直に言って「フランス」という国の文化について私は何も知らなかった。せいぜいエッフェル塔、パリコレ、ルーブル美術館、クロワッサンにベレー帽などなど、一般的に日本で普及しているフランスのイメージ程度だったと言うところだろうか。一年前留学に飛び立った時も初めての海外生活にワクワクしてはいたが、たまたまフランス語が専攻語だからフランスに留学するだけで正直そこまでフランスに固執してはいなかった。だが留学を終え一か月以上が経つが、今なおフランスでの生活が恋しくて今すぐフランスに「帰り」たいと思う自分がいる。何がこんなにも自分の心を捉えたのか、自分の留学生活の思い出から拾い上げてみたいと思う。

積み上げられた色鮮やかな野菜や果物、たくさんの種類のチーズ、「Allez allez(アレ、アレ)」という掛け声やあちらこちらから漂う食べ物の香り…。フランスでは日常的にマルシェ(市場)に出会う。野菜や果物、肉や総菜など食べ物中心のマルシェもあれば、骨とう品のマルシェ、日用品が買えるマルシェ、BIO製品のみのマルシェなどもある。規模も大小さまざま、常設の屋内マルシェや曜日限定の露店型屋外マルシェも。私が住んでいたリールで一番大きなマルシェはワゼンヌと呼ばれる地区の日曜マルシェだった。毎日開いている食べ物のみの屋内型のマルシェと露店型のマルシェが両方あって、食べ物だけでなくキッチングッズや服、洗剤や本まで何でもありのマルシェだ。このマルシェがフランスで初めて訪れたマルシェだった。しかし、正直最初の印象はあまり良くなかった。ワゼンヌは移民が多く、治安が良くない地区だと聞いていたので初めて訪れたときはかなり緊張していた。それに追い打ちをかけたのが「ニーハオ、ニーハオ」というからかいともとれるお店の人の反応だ。そんなに悪気があって言っているわけではないと思うが、それをあしらう余裕がまだ自分にはなかった。また市場での買い物は基本対面販売だ。野菜や果物などは自分で欲しいだけ袋に入れ量ってもらい言われた金額を渡す。つまりフランス語でのやり取りが必須である。フランスについたばかりの時点ではフランス語で話すこと自体にコンプレックスがあったので、マルシェで気になるものがあってもなかなか手を出せなかったりもした。そんなわけで初めてのマルシェはなんだか疲れて帰ってきてしまった。

こうやって振り返ってみると最初のマルシェの思い出は散々だったようだ。だが日本に帰ってきて恋しく思うもののひとつに間違いなくマルシェがある。あの活気、香り、人が生きていると感じられる空間がたまらなく恋しいのだ。ワゼンヌのマルシェも慣れてくれば活気にあふれた楽しい市場だった。移民が多い地区ということで、アジア系の屋台や中東系の食品がたくさん売られていたのも面白かった。ある屋台で売られていたバインミーは今すぐにでも食べたいくらいお気に入りだ。おすすめのチーズは何か聞いたり、よく熟れたアボカドが欲しいと頼んでみたり、お店の人とのコミュニケーションも今となってはいい思い出だ。そしてまさにこの「コミュニケーション」が私にとってのフランスの魅力なのだと思う。

「フランス人は冷たい。」このイメージはどこから来たのだろうかと、フランスから帰ってきてしみじみ思う。自分に関して言えば全くと言っていいほど逆だったからだ。ここで私が学んだ町、リールについて少し触れておこう。リールは’Nord(北)’県の県庁所在地である。バカンスは太陽がさんさんと照りつける南仏で過ごすのがある種のステータスであるフランスにおいて、北フランスはあまり良いイメージがないらしい。いつも天気が悪くて寒くて、あんな所に住むなんて考えられない、というようなことを南フランスにいたときによく言われた。しかし寒い気候に反比例するかのように「北の人はchaleureuxだ(温かい)」と言われる。実際レストランのホールスタッフとして働いていた時はリールの人の温かさ、寛容さにかなり助けられた。手際が悪くても、言葉がへたくそでも、レストランを出る時に「Bon courage!(がんばって)」と声をかけてくれる優しさが本当に嬉しかった。リールに限らず、フランス人はよくしゃべるし基本的に親切だ。おしゃべりに口が動くからご飯の時間が2時間なんてこともざらだ。知らない人に対してもためらわずに話しかける人が割と多い気がする(「今何時?」とか、「タバコの火貸してくれない?」とか)。こちらから声をかけると、よほどのことがない限りとりあえず聞こうとしてくれる。私のへたくそなフランス語でも、いぶかしげな顔をしながらも理解しようとがんばってくれていることが伝わってくる。お店では例えスーパーマーケットのレジでも「bonjour(こんにちは)」、「bonne journée(よい一日を)」とあいさつを交わす。だから私はフランス人が冷たいと思ったことはほぼ皆無だ。逆に少しめんどくさいと感じるくらい人と関わるのが当たり前の生活だった。

「フランス人は英語を話さない」このイメージに関しても全く違う印象を持った。フランス人は英語を「話さない」のではなく、「話せない」のだ。つまり日本と一緒なのだ。話せる人もいれば話せない人もいる。ヨーロッパの国だからと言ってみんながみんな英語でコミュニケーションがとれるわけではないのだ。それでもパリなんかはやはり観光地だけあって、ショップ店員などは基本的に英語でコミュニケーションができる。私のようなアジア人はそもそもフランス語で話すことを期待されていないので英語で接客されることがざらだった。ちょっとフランス語で質問すると「Vous parlez le français!(フランス語を話すのですね!)」という反応が返ってきたものだ。毎度お決まりのこのパターンに内心にやりとしていたのはここだけの話。こんなふうに実はおしゃべりで親切なフランス人との思い出も、フランス生活を懐かしく思う要因の一つだと思う。

フランスに「流行」はあるのだろうか?日本に帰ってきて気づいたのは、日本では食やファッションなどのトレンドが常に目まぐるしく変化しているということだ。購買意欲をかきたてる「期間限定」の商品などもあちこちにある。その一方でフランスでは流行らしい流行を見かけることがあまりなかったように思う。例えば人々の服装を見てもまさに十人十色。流行の発信地であるはずのフランス(特にパリ)だが、街中で特定の服を着た人があちこちにいる、という光景に出会うことはなかった。食の面で見ると、例えば日本では新味のポテトチップスやグミなどがどんどん発売されるのに対し、フランスのスーパーマーケットでは常に同じような品揃えのお菓子がずらりと並んでいた。このようなことから推測すると、フランス人は新しいものや未知のものに対してかなり保守的・懐疑的なのではないのだろうかと思う。同じことが、美術や食など自国の文化を守り続けようとする姿勢からもうかがえる。目新しいものにすぐ飛びつくのではなく、自分の価値基準を持って判断しているのだなと感じた。実は私は日本のファッションの動きや食のトレンドがあまりにころころ変わるのが好きではない。去年は「ありえない」と言われていたファッションが今年は「キテる!」とかそういうのにも疑問を抱く。新しいものは斬新な楽しさがあるが、「みんなが着てるから、食べてるから」というような理由で追いかけるのはどうかと思う(このあたりで自分の性格がいかにひねくれているかがわかる)。その一方でフランスでは、いつも他人の目を気にすることなく自分の振舞いたいように振舞えた。着たいものを着て、食べたいものを食べる。留学中服やその他の雑貨は必要最低限しかもっていなかったが特に引け目も不自由さも感じることはなかった。今ここにあるもので十分やっていけるじゃないか、日曜日店が休みでも、長いバカンス(休暇)があっても問題なく生活していけているじゃないか。そんなことを肌で実感した。日本での生活は便利だ。正確な電車、24時間365日開いているコンビニやレストラン、素早い手続きに洗練されたサービスなどなど。だがフランスで生活した私には、これらの便利さがあるがゆえに多くの人が余裕を失い、整備されすぎた世の中で疲弊しているようにも感じられるのだ。常に便利さを追い求める日本と、多少の不便さの中でも満足するフランス。「向上心」という意味では前者のほうが断然優秀だが、自分の適当な性格とうまくやっていけるのはやはりフランスの風潮なのだと思う。

とは言うものの、今回私は「交換留学生」という立場でたった1年間フランスで生活しただけに過ぎない。手続きの面でも経済面でもかなり支援を受けていたので、例えば賃貸や仕事を自分の力で探さなければならないような立場だったら、フランスという国の見方も変わってくるだろう。いずれにせよフランスという国は、知れば知るほどおもしろい。おしゃれだ、すてきだ、というイメージを抱かれる反面、実は適当で素朴であるという面も持つ。一年間過ごしてみて、私はどちらかというとこの「適当で素朴」なフランスのとりこになってしまったようだ。各書類の手続きにありえないほど時間がかかる、公共交通機関のサービスもムラがあるし日曜日は基本店が閉まる。でも、こんなふうに自分の力ではどうにもできないことが色々あるから「まぁどうにかなるさ」精神を持っていれば生きていける国、それがフランスなのだ。不便さの中でも見ず知らずの人と「不便だね、困るね」と言いながらなんとかなっちゃう国、それがフランスなのだ。世界が均一化しつつあるが、どうかフランスにはこれからも周りに流されず我が道を歩んでいってほしい。そして、いつか自分もそこに合流したいと思っている。

写真1: マルシェで野菜が山積みになっている風景。 色とりどりの野菜の中には見たことのないものも。対面販売だとどうやって食べるのかお店の人に聞くことができて楽しい。

写真2: ワゼンヌのマルシェはかわいい教会のふもとで開かれる。

写真3: こちらはフランスのマルシェの定番ロティサリチキンのお店。一人暮らしなのににおいにつられてつい丸ごと1羽購入したことも(笑) 。

写真4: こちらはパリのバスティーユのマルシェ。比較的大きくて観光客でも気軽に楽しめる。ここでものすごく好みの羊のチーズに出会った。

写真5: バスティーユのマルシェにて、パン売り場の様子。焼きたてのパンが山積みで、どれを買おうか目移り必須。

最終更新:2018年9月23日