『ウナギと人間』

ジェイムズ・プロセック[著] 小林正佳[訳] 築地書館、2016年

不思議な魚に関わる不思議な人々の物語

大石高典(現代アフリカ地域研究センター)

ウナギは不思議な魚である。魚であるのにヘビのような形態。川と海をまたいだ大回遊をするが、どこで生まれ、どのように産卵するのか。ウナギはいったいどこから来るのか。ウナギ漁の道具であるヤスの蒐集をきっかけにウナギに魅せられた著者は、疑問を胸に足かけ11年をかけ世界中のウナギと人間の関係を追ってゆく。北米東海岸、ヨーロッパ、ニュージーランド、ミクロネシア、サルガッソ海、そして日本。

アメリカ・ニューヨーク州ではウナギ梁漁師と交流を続け、ついに大移動を見届ける。メイン州では世界を股にかけるシラスウナギ・ディーラーや、その一方でウナギの保護に立ち上がる活動家兄弟と対話する。ニュージーランドでは、ヒレナガウナギと先住民マオリ、入植者をめぐる政治が克明に描き出される。ミクロネシアのポンペイ島では、ウナギをトーテムとする人々の口頭伝承を追いかける。日本では、食文化とともに、大海原を舞台としたウナギの回遊研究や養殖技術の最前線に焦点が当てられる。本書は一般向けのノンフィクションだが、それぞれのフィールドに著者は人類学者顔負けに深く入り込んでいて、複数地点の民族誌(multi-sited ethnography)としても読むことができる。

全体を通読していくと、それぞれの現場でのローカルな観察と発見が、より大きな物語のなかで、どのように結びついているのかが重層的に浮かび上がってくる。それは例えば、ウナギの生活史と重ね合わせられながら示される、ウナギがいかに商品となるかというプロセスであったり、全く異なる立場でウナギに関わる人々の間での宇宙観の類似性であったりする。人々がウナギに関わる動機は多様だ。科学的な関心、経済的な関心、民俗的な関心。本書では、生き物への多様な関心が別々に扱われるのではなく、複数の構えを越えた人間とウナギの関係性についての理解が目指される。

ウナギはいま、日本を筆頭とする消費によって絶滅が危惧されるまでに追い詰められている。終戦前後に生まれた私の母にとっては、ウナギは子ども時代に家の前の側溝に住んでいたごく身近な魚だったらしい。その後、私たちの生活からウナギは遠くなった。

本書を読むと、日本のウナギ消費が、世界に与えている影響の深さをまざまざと感じさせられる。しかし、著者の語りは終始穏やかで、保全か利用か、保護か開発か、ウナギの謎は解明されるべきかどうか、などの問題について押しつけがましくいずれかの主張に与するところがない。ウナギ消費の問題を、グローバルに考えるうえで役立つこと請け合いである。

旅を続ける中で、著者はウナギよりもウナギと人間の関係、そしてウナギに関わる人々の個性や生きざまそのものに魅了されている自分を発見する。ウナギがどう不思議な生き物なのか。本書では、それがウナギを追って旅をする、著者自身の変化を通して語られている点も魅力である。

ところで、ウナギと同じようにぬるぬる、くねくねした魚にナマズがある。最近日本では、ウナギに代わる魚としてナマズが注目されている。巷で養殖ナマズの蒲焼きの宣伝を目にすることも多くなった。ウナギとナマズ、両者の来し方を比べながら本書を読んでみるのも面白いかもしれない。

【参考文献】

秋篠宮編『ナマズの博覧誌』誠文堂新光社、2016年。

※本稿は、生き物文化誌学会・学会誌『ビオストーリー』28号(【必読書コーナー】p. 109.)に寄稿したものの投稿前ヴァージョンである。