私は2024年8月2-3日に滋賀県長浜市余呉町で行われた焼畑プロジェクトに参加してきました。焼畑には主に適地、伐採、火入れ、間引き、収穫の作業があるそうで、今回私が参加したのはこの内の火入れ作業になります。この火入れ作業について日にちごとに順を追って述べていきたいと思います。
私が現地に着いたのは1時過ぎで既に作業が行われていました。今回の焼畑地は急な斜面上にありました(写真1)。まず私が最初に行った作業は防火帯の草刈りです。この作業は火が焼田地以外に燃え広がらないようにするために行います。因みに焼畑地の左右と上はトタンの柵が火の広がりを防いでおり、この柵は火入れ後、獣害から作物を守るための柵として機能するそうです(写真1)。
草刈りは木の枝等を除けて、鎌で草を取り、鍬で地面が見えるまで耕しました。
写真1: 下から見上げた焼き畑地
次に行った作業は燃え草を焼畑地の真ん中に集める作業です。燃え草とは焼き畑で燃やす草木のことを指します。先ほど防火帯の草刈りをしている間に他の方が焼畑地の青草を刈ってくださり、その作業が終わり次第この作業を始めました。先程防火帯の草刈りをした際に出た草や枝が焼畑地の下に溜まっていたため、焼畑地の下側の火が強くなりすぎないように燃え草を真ん中に集めました。
次に行ったのは杉葉(すぎっぱ)の準備です。杉葉は杉の木の先端を切ったもので、これは焼畑の火が他所へ飛び火したときに叩いて火を消すためのものです(写真2)。焼畑地のすぐ近くの林で切られたものを焼畑地まで運びました。
写真2: 杉葉
焼畑の炎が強くなりすぎた時のために焼畑地の左右に小さいタンクが1つずつ、下に大きなポンプとホースが設置されていました。最後にこのホースの動作確認を行って1日目の作業は終わりになりました。
2日目の作業は8時過ぎから始まりました。まずはホースの最終確認をしました。その後鍬を使って焼畑地の燃え草をひっくり返しました。この作業を皆天地返しと呼んでいました。
朝露を乾かすために作業しているのかな?と考えていると、作業をしていた方が「焼畑で大事なのは地温を上げること。100度に達すると有機物は無機物になり植物が吸収できるようになる。そうするために草を地面に近づけ地温を上げやすくするんだ。」と教えてくださりました。
上記の作業をしばらく行っていると他の参加者も大勢集まってきました。全員が揃うと地元の方が祝詞をあげ、いよいよ火入れとなりました。
火入れは10時頃始まり、焼畑地の左上から行いました(写真3)。はじめは焼畑地が日陰かつ朝露の影響で湿っていたためあまり燃えませんでした。火の上に草を乗せ、少し離れた場所でも火を入れると次第に火が広がっていきました。
写真3:火入れの瞬間
10時45分頃。炎は時間をかけてゆっくりと真ん中あたりまで広がりました。この辺りまでくると炎の勢いも強くなりました(写真4)。
11時10分頃、炎はだいぶ下の方まで広がりました。防火帯に火止めの木があり、ホースでこの木を濡らしました。焼畑では炎の勢いが弱い時や、炎を消す際などに下からも火をつけて上の炎とぶつからせ火を打ち消す「逆焼き」をすることがあります。今回は炎が強かったためそのまま下まで炎を下すことになりました。
写真4:真ん中まで燃えている焼畑地
11時15分頃、あらかた燃え終わりました。特に水や土をかけることなく炎が下まで下りると自然に消えていきました(写真5)。今回は例年に比べてゆっくり炎が広がっていったようで、地元の方によると地面がよく焼けるため良い燃え方だったそうです。
写真5:火入れが終わった後の焼畑地
火入れ後、懇談会を兼ねた昼食をとり午後の作業が始まりました。焼畑地にはちょこちょこ燃え残った枝が落ちていました。これら燃え残りを集めて焼くことを「コツ焼き」というそうで、この作業を何人かの方が昼食中に行っていたようです。
この作業が終わると焼きむらが無いように鍬等を使って炭が満遍なく広がるように耕しました。上記の作業を行っている間に残りの方は粘着式ゴキブリ取りを設置しました。これはコオロギの駆除対策に設置しているそうです。
炭を満遍なく広げた後、種まきを行いました。まいた種は3種類あり、上から順にそば、かぶ、大根を蒔きました。余呉町ではヤマカブラと呼ばれる特徴的な赤みの強いものが伝統的に作られてきたそうで、今回のかぶにもこのヤマカブラが使われました。種まきが終わると最後に片付けをし、今回の火入れ作業は終わりとなりました。
今回始めて焼畑作業に参加した私にとってこの2日間は新たな発見の連続でとても充実したものでした。そして焼畑には焼畑を営んできた方々の様々な知恵や工夫が詰まっているのだと感じました。今回私が2日間で見たものは焼畑の本(参考文献)の一部にすぎないのでしょう。今回の焼畑作業と焼畑プロジェクトに参加されている様々な方と話していく中で、焼畑というものにより惹かれていきました。
そして漠然と農業に対して興味があった自分にとって大事なのは、実際に農業の現場を訪れたり、農業に携わる方々と話したり、作業をしてみたりすることだと感じました。今回このような機会を与えてくださった大石先生と、様々なことを教えてくださった焼畑プロジェクトに参加された方々に感謝したいです。
鈴木玲治・大石高典・増田和也・辻本侑生 (2022) 実生社 『焼畑が地域を豊かにする 火入れからはじまる地域づくり』 p145~261
最終更新:2024年8月23日