私は2023年度の1年間、サブゼミとして大石ゼミに参加させていただきました。今回は、私が大石ゼミのゼミ生と一緒に行なったプロジェクトについてご紹介します。
私は現在、オーストラリアにおける入植者や移住者と先住民族との「和解」に関する卒業論文を執筆しています。その中で注目してきたのが、Reclaim the Voidというプロジェクトでした(https://www.reclaimthevoid.com.au/)。
Reclaim the Void(以後“RTV”と略記)は、2021年に西オーストラリア州レオノーラ(図1)で始まった、「オーストラリア先住民の大地に残された採掘の穴に、手編みのラグを繋げた1枚のアートワークで蓋をする」プロジェクトです。
(図1)レオノーラ。2023年夏に訪れたときは、East Perth Terminalから列車で7時間、そこからさらに車で3時間かかった。(出典:Google Map)
文面だけでは理解しづらいので、写真を用いて順にご説明します。
図2: Reclaim the Voidの説明
オーストラリアでは、ウラン・金・鉄鉱石などの鉱物資源の開発が盛んです。多くの場合で地表を掘り下げていく「露天掘り」の形がとられており(図2①)、大地にはたくさんの採掘の穴が放置されたままになっています。
この状況に対して、オーストラリア先住民族は心を痛めていました。なぜなら、「クラン」と呼ばれる出自と血縁関係によって定められたオーストラリア先住民のグループは、特定のドリーミング(注1)をもち、特定のカントリー(注2)と強い結びつきを保持しているためです(久保, 1993)。
注1:「ドリーミング」とは、「アボリジニの神話体系、法概念、霊的世界観をもっとも集約した形で表現した概念 (保苅, 2018, p.69)」。アボリジナルは、カントリー(大地)から現れた祖先神が大地を歩き回ったことで、山や川などの地形、動植物、人間、秩序などのこの世のあらゆるものを創造したと考えている。
注2:「カントリー」とは、「精神、文化、言語、家族、法律、アイデンティティなど、アボリジナルの存在のあらゆる側面をつなぐもの(The Common Ground Team, 2021)」。アボリジナルは、特定のカントリーと相互依存の関係にある。各人は親族制度を通じて自分が関わる土地を「世話する」ための文化的知識と責任を託されており、日常的実践を通して「健康なカントリー」の維持を行なっている。この密接な関係のため、カントリーが尊重されず傷つけられると、先住民の健康状態に実際の影響が生じることがあるとさえ言われる(The Common Ground Team, 2021)。
以上のように、オーストラリア先住民は特定のカントリーと深く結びついており、私たちが土地を「所有する」ような関係性とは異なります。カントリーが傷ついたことで、彼らは心を痛めていました。
プロジェクトのディレクターであるVivienneさんが、レオノーラの先住民族である”Ngalia”(注3)の年長者が語った「痛み」について聞いたことが契機となり、RTVが始まりました。RTVは、Ngalia Heritage Research Council Aboriginal Corporation(アボリジナルの文化、言語などを復元し、研究し、保護することを目的として1990年に結成された組織)の設立者であり、Ngaliaの伝統的知識を保持しているKadoさんが指導をしています。
注3: NgaliaはWati語の方言の一つで、伝統的には、西オ―ストラリア州のGold Fields北部(Cosmo Newberry、Leonora 、Wilunaに囲まれたエリア)で話されていた(Goldfields Aboriginal Languages Centre, n.d.)。以下に示すように、Wati語の方言の1つとされており、”Western Desert cultural block”と呼ばれる、西部砂漠地方の類似した文化、言語、親族制度を持つ40のグループのうちの一つ(Dousset, 2011)
Pama-Nyungan (語族。大陸の約3分の2を占める)>Nyungic(言語グループ)>Wati(言語)>Ngalia(方言)
“Reclaim the Void”が「空白を取り戻す」という意味を持つ通り、このプロジェクトでは、何千枚もの手織りのラグを繋げた一枚のアートワークで、アボリジナルのカントリーに残された採掘の穴に蓋をすることを目指しています。最終的な作品は、Ngaliaのドリーミングを伝える「ドット」アートワークになる予定です(図2④)。ラグ作りの協力を広く募っており、現在3000枚以上が収集されています。各地で作られたラグは、2024年5月までに現地に届けられ、現在1つのアートワークに繋げる作業(図2③)をしているそうです(Reclaim the Void, 2024)。
オーストラリアから多くの鉱物資源を輸入している「日本社会」の責任について考えていた私にとって、先住民の「痛み」から出発しそれを「癒す」という目標に向けて活動するRTVは、謝罪や和解に繋がる興味深いアプローチに感じられました。「日本からこのプロジェクトに参加したい!」と思い、外大でのワークショップを企画するに至りました。
まず行なったことは、企画書の作成でした。自分でイベントを企画したことがなかった私は、「企画書」がどんなものかも分からない状態でした。大石先生やTUFSフィールドサイエンスコモンズ(以後“TUFiSCo”と記載)の先生方に添削やコメントを頂き、最終的には1万字を越える分量を執筆しました。
「誰が読んでも分かるもの」にすることを心がけたため、自分の中ですでに「あたりまえ」と思える情報を文章化する作業に苦労しました。「どんなプロジェクトで、なぜ日本から参加したいのか」ついて改めて考え言葉にする、重要なプロセスでした。
続いて、ラグ制作の材料を収集しました。
RTVでは、ラグの材料に古布を用いています。オーストラリアにおける一 人当たりの布消費量がアメリカに次ぐ世界第 2 位であることを受け、資源の過剰消費に対する意識づけを行なう狙いがあるためです 。そして、「古布」も大地に残された鉱物資源の「採掘穴」も、「資源の過剰消費」という社会問題が根底にあることを訴えています(Ruben, E. 2022)。現地のラグ作りでは、参加者に不要な布を持ってくるようお願いをしています。自らが実際に布を持ち寄ること、そして完成したアートワークの大きさを目の当たりにすることで、私たちが無意識のうちに相当な量の資源を無駄にしていることに気付くことができると考えます。
私の実家から持参した古布だけでは量が足りなかったため、学生の皆さんから古布を募ることにしました。まずは、古布回収ボックスの設置について、外大のボランティア活動スペース(以後“VOLAS”と記載)に相談をしました。VOLASの先生方は快く承諾して下さり、チラシを作成後、VOLASにボックスを設置させていただきました(図3)。
図3:VOLASに設置した回収ボックス
また、VOLASの先生方から「夏休み中に帰国する留学生が、シーツを寄付してくれるのではないか?」と助言をいただき、国際交流会館にも回収ボックスを設置しました。
留学生の皆さんからは、白いシーツをたくさん寄付していただきました(図4)。
図4:留学生の皆さんから寄付していただいた白いシーツ
「白いシーツが沢山集まった」とInstagramに投稿したところ、染料を寄付してくださった方がいらっしゃり、白いシーツをカラフルに染めることもできました(図5, 6)。
図5:寄付してくださった染料
図6:染色後のシーツ
ある程度の量の古布が集まったところで、2023年の秋頃からは、大石先生の卒論ゼミ終了後にラグ作りを始めました。授業内で私の研究発表を聞き、興味を持ってくれたゼミ生の皆さんが参加してくれました(図7, 8)
図7-8:卒論ゼミの皆さんと
他にも、3年ゼミで1コマ時間を割いていただき、研究発表とラグ制作を行ないました(図9)。3年生の皆さんは、熱心に話を聞き、たくさんの質問をしてくださいました。
図9:説明をする私と3年生の皆さん
2023年度の春休みに、5日間のワークショップを開催しました。大石ゼミの皆さんと編んでいた制作途中のラグが10枚以上あったため、それらを完成させることを目標にしました。エレベーター横にポスターを貼付したり(図10)、Instagramでお知らせしたりし、外大生ならば誰でも参加できるように準備をしました。
図10:作成したポスター
期間中は雪が降ったりして参加しづらいコンディションでしたが、学部生から院生まで、5日間で計15名程の学生が参加してくださいました。
オセアニア地域専攻でアボリジナルのことを既によく知っている人もいれば、「手芸が好きだから」「何だか楽しそうだから」「綺麗だから」といった理由で参加してくださった人もいました。
堅苦しい場所にはしたくなかったので、プロジェクトについて簡単に説明した後は、その場で一緒になった人々と雑談をしながら制作を進めました(図11)。
図11:お喋りしながらラグを編んでいる様子
ラグの作り方はとっても簡単です。円形の枠(今回は百均で購入したフラフープを使用)に軸を張り、細く割いた布を上下に交差させながら編みこんでいきます(図12)。
図12:ラグの編み方
5日間で12枚のラグを完成させました(図13)。後日、作りかけだった1枚を完成させ、3月13日に合計13枚のラグを現地宛てに発送しました(図14)。
図13:完成したラグと記念撮影
図14:発送に向けて段ボールに詰めたラグ
5月27日、プロジェクトの主催者であるVivienneさんからラグが届いた連絡をいただきました。船便だったため2か月以上の時間がかかりましたが、無事届いてほっとしています。6月13日には、私を含めた友人3人で外大敷地内の「PAL国際保育園」に伺い、制作に用いたフラフープ(図15)を寄付させていただきました。
図15:制作にもちいたフラフープ
保育園の先生方から「せっかくなので園児と一緒にフラフープで遊んでもらえませんか?」とお声がけいただき、1時間ほど時間をいただきました。「どうやって一緒に遊ぼうかなあ」と不安に思っていましたが、園児の皆さんはフラフープを腰で回したり、くぐったり、列車ごっこをしたり、分解してまた繋げたり、各々自由に遊んでくれました。処分してしまうことは避けたいと思っていたので、有効活用ができて嬉しく思います。現地でのプロジェクトはまだ進行していますが、外大での活動はラグの郵送をもって一区切りとなりました。
日本は、先住民問題への関心が低いと言われています。アイヌや琉球の人々の話題を目にする機会も少ない中、オーストラリアの先住民の話をしても「オーストラリア先住民ってまだいるの?」という疑問を投げかけられることも少なくありません。そんな中、Reclaim the Voidの説明をしたところで、「オーストラリアのことは日本に関係ないでしょ」「ラグを編んで穴を埋めるなんて、なんの意味があるの?」なんて言われてしまうこともあり、このプロジェクトの意義を伝えることに苦労していました。
個人的には、ウランや金、牛肉などを輸入している「日本社会」の責任や、日本人が和解にコミットする可能性について考えています。だからこそ、日本からこのプロジェクトに参加することに大きな意味があると感じています。しかし、いきなり「日本人の責任」などの政治的な話をしても敬遠されてしまうと考え、「どこまで踏み込んだ話をするべきか」について非常に悩みました。
結果的には、より多くの人に「知ってもらうこと」が第一に重要だと考え、「誰にでも開かれた敷居の低い場」にすることを心がけました。
参加してくださった皆さんは、「知らなかった」「面白いプロジェクトがあるんだね」と前のめりになって話を聞いてくださいました。また、「無になれた」「こういう時間が必要」といった感想もいただきました。
RTVは「癒し」を一つのキーワードにしています。昨年の夏、現地で主催者のViviennさんとお会いした時、「先住民の人々の心とその大地を癒すことは、私たちの癒しに繋がる」と話していました。授業や課題、アルバイトなどの日々の生活に追われる外大生の皆さんが、何も考えず眼の前の手を動かすことに集中し、少しでも「癒された」のであれば、それだけで意味のある活動だったと思います。先住民や資源開発に関する話題に興味を持つ契機となっていれば、尚更嬉しいです。
現在私は「Reclaim the Voidの運動はオーストラリア先住民との『和解』に繋がるのか?」という問いを立てて、卒業論文を執筆中です。引き続き、このプロジェクトの動向を追っていく予定です。興味を持ってくださった方がいれば、各種SNS(下記「関連サイト」)を是非チェックしてみてください。
最後に、様々な場面で手を差し伸べて下さった大石先生をはじめ、本ゼミ指導教官の山内先生、企画書にコメントを下さったTUFISCOの先生方、快く相談に乗ってくださったVOLASの先生方、ラグ制作に参加したり古布を寄付してくれたりした外大生の皆さん。そして日本からプロジェクトに参加することを歓迎し、応援してくださったVivienneさんとKadoさんにお礼を申し上げます。
【関連サイト】
Reclaim the Void ホームページ URL: https://www.reclaimthevoid.com.au/(最終アクセス 2024/8/28)
Reclaim the Void @ TUFS Instagram URL: https://www.instagram.com/rtv_at_tufs?igsh=MXY4dGFhZzN5eHF5&utm_source=qr (最終アクセス 2024/8/28)
【参考・引用文献】
久保正敏 (1993) 「オーストラリア・アボリジニの現在」『地理月報』 412, 1-3.
保苅実(2018)『ラディカル・オーラル・ヒストリー』岩波書店
Dousset, L. (2011). Part one: A historical and ethnographic overview.
In Australian Aboriginal Kinship (1–). pacific-credo Publications. URL: https://doi.org/10.4000/books.pacific.561 (最終アクセス 2024/9/1)
Goldfields Aboriginal Languages Centre (n.d.) Ngalia. URL: https://wangka.com.au/ngalia-3/ (最終アクセス 2024/9/1)
The Common Ground Team (2021) Connection to Country URL: https://web.archive.org/web/20210709190709/https://www.commonground.org.au/learn/conn-ection-to-country (最終アクセス 2024/8/28)
Reclaim the Void (n.d.)URL: https://www.reclaimthevoid.com.au/(最終アクセス 2024/8/28)
Ruben E. (2022) In a land scarred by mining, Elders weave rugs to reclaim Ngurra. National Indigenous Times. URL: https://nit.com.au/21-04-2022/2977/in-a-land-scarred-by-mining-elders-weave-rugs-to-reclaim-ngurra(最終アクセス2024/8/28)
最終更新:2024年9月4日