日本に住む外国人の数は増加の一途をたどり、それに伴っていわゆる「外国にルーツを持つ子どもたち」が増加している。2019年には日本語教育推進法が制定され、日本語教育に際し、児童生徒の母語や継承語に配慮することが明文化された。外国にルーツを持つ子どもたちへの母語教育・継承語教育は法的にも重要性を増しているはずだが、日本社会におけるマイノリティ言語の価値づけはいまだ低いままだ。そして日本で生きる移民の子どもたちのなかには、親の母語と日本語のはざまで不本意な板挟みに陥っている子どもがいる。
筆者は継承語教育に関心を持っていたことから、自身の専攻言語であるスペイン語を生かして、ペルー人アソシエーション・Xが運営する継承スペイン語教室に一学習者として通いはじめた。実際に教室に赴いてみると、そこには幅広い年代の学習者が集まり、中には日本人の初学者も数名通っていることが分かった。本来移民子弟のために開かれている継承スペイン語教室に、日本人も通っている。移民アソシエーションが運営する継承語教室には一種排他性があるはずだが、Xの教室はむしろ、日本社会との重要な接点を生み出しているのではないだろうか。この疑問に端を発し、本研究は始まる。
本研究で考察するのは、「Xの運営する継承スペイン語教室において、若い移民子弟と第二言語学習者が共に学ぶことにはどのような意義があるのか」という問いである。日本人の学習者やXの日本人支援者と、若い移民子弟がどのように教室で関わり合っているのか、参与観察とインタビュー調査を通して検討した。本研究は、本来移民子弟を対象としている継承語教室の現場に、第二言語学習者である筆者自身が彼らのクラスメイトとして参与しているという点で独創性がある。約9か月にわたるフィールドワーク、つまり、移民子弟向けの継承語教室の現場に第二言語学習者として筆者が通い、彼らと共に学ぶ実践からは、学習者が互いの不得意な点を補い合い、助け合ってスペイン語を学べる可能性を示唆した。
本研究全体を通して浮かび上がるのは、「日本における継承スペイン語教育の当事者とは誰か」という新たな問いである。継承語教育は必ずしも移民と移民子弟の間だけ、移民コミュニティの中だけで成り立つものではない。日本社会におけるスペイン語やルーツのある文化の意義をどう定義し、生かしていくのか。Xの継承スペイン語教室で筆者が中高生らと席を並べて学んだように、若い移民子弟と彼らの言語や文化に関心を寄せる学習者らが共に知恵を出し合っていくことが必要だ。