アメリカのキリスト教徒は 2010 年代の段階で 78.3%を占め、アメリカ人の大多数がキリスト教徒である。また、アメリカは植民地時代からクリスチャンによって築かれた国であり、そのため多くの政府制度や文化にキリスト教的影響が色濃く残っている。筆者はアメリカのテネシー州ノックスビルに家族と住むために 1 年半滞在していた。その際にクリスチャンの祖父と一緒に住んでいたため毎週日曜日は祖父と教会に行くことになった。筆者にとって教会はそれほどまでに遠い存在ではないものの、行くとしてもクリスマスにアメリカに訪れた際に家族と一緒に行く程度であった。しかし、実際に毎週教会に通うことで今まで見えていなかった教会の側面を知ることになった。通っていた Good Samaritan 教会(以降 Good Sam)はアメリカ聖公会の教会であり、通っている人はほとんど年齢層が高い白人であった。聖公会は 2015 年の段階でアメリカの全人口においての割合が 1.3%と、そこまで大きい教派ではないものの Knoxville にはいくつか聖公会の教会がある。信者たちは毎週教会に集まり、礼拝で聖書の一部を読み上げ、誰かがその一部の中での学び等を説教するのである。しかし、教会はそれだけでは終わらない。毎週礼拝の途中でアナウンスメントの時間がある。そこでは、直近の教会が行うイベントや教会の信者の個人的なお悔やみや嬉しいニュースなどを共有するのである。また、礼拝だけでなく、教会では社会福祉やボランティア活動、募金など、さまざまな形で社会貢献が行われている。筆者もこれらの活動に参加する中で、教会の意義だけでなく、特にコミュニティの絆の強さを実感するようになった。一方で、ノックスビルには大きい大学があるため、多くの同じ年代の友達ができた。ほとんどの友達は白人ではない LGBTQ のコミュニティに所属する人であったため、教会に行くという話をすると多くの場合なぜ行くのか、それはいい教会かなどの質問をもらうことが多かった。つまり、教会は彼ら彼女らにとってネガティブなものであったのだ。元々サードプレイス (レイ オルデンバーグ, 2013)に興味があったこともあり、この教会のコミュニティとしての在り方と、コミュニティとしての強さに興味を惹かれた。オルデンバーグは、特にアメリカの中級階級を対象にサードプレイスの定義を提示した。都市生活者にとって「ファーストプレイス」としての家、「セカンドプレイス」としての職場・学校の他に、インフォーマルな公共の場である「サードプレイス」が必要であると提唱した。筆者は教会に行くと、温かみのあるフレンドリーなコミュニティーがあり、多くの人にとって教会はサードプレイスになっていると感じた。毎週日曜日教会に行き、同じ人に会い、礼拝を行った後に会話を交わす。まさにサードプレイスに見えた。そこで、どのようにコミュニティが形成されるかだけでなく、信者たちが教会に何を求めてきているのか、そしてどのように地域の中に多くある教会の中でこの教会を選んでいるのかと言うことが気になった。アメリカには多くの教派があり、同じ地域でも同じ教派の教会は多くある。彼らはどのように教会を選んでいるのだろうか。そして、教会は彼らにとってどのような存在なのか。本論文では、信者個人に焦点を当て、インタビューを通して信者にとって教会はどのような存在か、そして何を教会に求めているのかを紐解く。