「抜毛症 Hair-Pulling Disorder(トリコチロマニア Trichotillomania)」は、自分で自分の体毛を抜く精神疾患である。その発症要因には、ストレスとの関わりが多く指摘されている。人は、ストレスを受けると、それに対する反応が、「ストレス反応」として身体面、心理面、行動面に現れるが、ストレス反応に対して十分に対処されなければ、身体疾患や精神疾患につながっていく。そのような疾患の1つとして、抜毛症がある。
これまで抜毛症に関して、多くの研究が行われてきたが、日本では医学の分野でのものが主で、人類学の分野での研究は皆無に近く、海外に目を向けてみても、いくつかはあるもののその数は非常に限られている。その中で筆者は、自分自身が抜毛症を10年近く患ってきた経験も踏まえ、抜毛症に関して人類学的な研究を試みた。
抜毛症には、患者のみならず患者ではない人も関わっている。その中で、人は抜毛症とどのように向き合っているのだろうか。それを考えるに当たり、抜毛症患者は自分の抜毛行為やそれによって変化した外見を人にどう思われるかを気にするが、実際はどのようなことが考えられるのだろうかという疑問点を出発点に、抜毛症患者でない人に対して、抜毛症とその患者に関して聞き取り調査を行った。
聞き取り調査の内容と抜毛症患者自身のことをもとに、抜毛症患者と患者でない人の双方に関して、人の抜毛症への向き合い方について考察する。