ニュージーランドのミステリにはマオリが登場する。当たり前じゃないかと思われるかもしれないが、これが存外難しい。先住民を娯楽小説に登場させるにはそれなりの理由付けが必要となり、ミステリという娯楽においてそれらはノイズとなりがちだからだ。
しかし、ニュージーランドの小説にはマオリが頻繁に登場する。それを可能にするのは彼らの人口の多さだ。一方で発表年代を見ると登場するマオリの描かれ方は変わってきているように見える。そこで本稿では、『ヴィンテージ・マーダー』(1937)『死んだレモン』(2016)の二つの作品を取り上げ、それぞれの作品でのマオリの描かれ方に着目することによって白人によるマオリ表象の分析を試みた。
結果、両作品を比較することによって人種差別に対しての認識が確実に変わってきていること、そしてマオリがそれぞれ「新しい国」「多民族国家」ニュージーランドの象徴として取り上げられていることが分かった。一方でそのような表象はマオリの自己認識とはすれ違っており、多民族国家形成の難しさを改めて認識する結果となった。