現代日本社会において、喫煙行為は否定的に捉えられている。健康への悪影響を筆頭の理由として、国を挙げて禁煙化を進め、紙たばこの喫煙者は年々減少の一途を辿る。このような社会で育った筆者は、本研究を開始する以前は、非喫煙者として、喫煙に若干の嫌悪感を抱いていた。一方で、近年わざわざ専門店に足を運び、長時間の喫煙体験を楽しむ「シーシャ」が人気を高めている。シーシャは、たばこの長い歴史の中で、中東やアジアといった地域で発展し、現代日本に輸入された比較的新しい喫煙形態であり、日本においては依然謎に満ちた文化と言えるだろう。筆者は、この独特な喫煙文化の魅力に迫るため、船橋市のシーシャ専門店である「はっち」でフィールドワークを行った。その特異な喫煙形態のみならず、専門店という物理的な場における利用客同士や店員との交流といった社会的な体験がシーシャの魅力であると仮定した筆者は、「はっち」を社交空間として捉え、調査を実施した。
本研究では、3 つの目的を設定している。第一に、「はっち」において「誰が」「どのように」交流しているのか、その実態を把握すること。第二に、その実態が成立する仕組みや要因を分析すること。第三に、それらの知見をもとに、シーシャの魅力について論じることである。第一の目的に関して、「はっち」の客層は、シーシャに詳しい愛好者である常連客が多く、常連客がシーシャの知識や個人的な情報を共有しながら談笑する様子が見られた。また、店員も常連客の交流に積極的に加わり、業務を超えて個人的な話題を楽しむ場面が頻繁に見受けられた。さらに、店員は客の精神状態をシーシャの味を通じて認知するほか、常連客と海外のシーシャ専門店に赴くなど、シーシャを通じて、両者は深く親密な関係を築いていることが明らかになった。第二の目的では、こうした親密な関係が構築される過程に迫る。「はっち」の外観、内装や座席、雰囲気といった空間的特性や、提供されるシーシャの特徴と店員の工夫、店員と客の関係の境界が緩いことなど、様々な要因が複合的に作用して、このような親密な交流が生まれていると分析した。
最終的に、筆者は、シーシャという喫煙形態の最大の特徴は、紙たばこや加熱式たばこと異なり、専門店という空間を共有することで、利用客と店員が交流体験を得られる点にあると考える。現代日本社会では、喫煙は否定的に捉えられがちだが、シーシャ専門店は、喫煙者が肩身の狭さを感じることなく、喫煙仲間と温かい交流を楽しめる場を提供している。また、筆者自身が驚いたように、専門店での偶発的な他者との出会いは、都市生活者にとって刺激的な体験であるだろう。このようなシーシャを通じた他者との出会いと交流こそが、シーシャの最大の特徴であり、独自の魅力である。本研究を通じ、黎明期にある日本におけるシーシャ文化の実態を記録するとともに、読者のシーシャへの関心を喚起できれば幸いである。