本研究では、京都市動物園で飼育されるアジアゾウ(Elephas maximus,以下「ゾウ」)が日常的に示す行動を押さえたうえで、ゾウ個体群の社会関係について、他のゾウ個体への接触・接近行動に焦点を当てて分析した。
動物園における飼育員と動物との関係は、狩猟や牧畜、使役など、様々な場面における人と動物の関係の特徴を複合的に持ち合わせている。とくに飼育員とゾウとの関係について、飼育員はゾウによる侵襲の危険が高い一方で、飼育時にはゾウとの信頼関係の構築が求められる。本研究ではまず、動物福祉学や動物行動学、人類学に見られる飼育員とゾウの関係研究の動向を整理した。先行研究では、次に、調査地である京都市動物園のゾウ飼育についての特徴と飼育員の仕事について示した。また、飼育ゾウ5頭の行動観察を主に実施し、観察時のゾウの行動については飼育員に聞き取りを行った。以上により、飼育員が業務中にゾウに示す行動と、ゾウ個体群の反応や行動変化との関係について、人類学における相互行為の理論を参照して検討を試みた。
本研究では、飼育作業を通して飼育員がゾウに向けて行う「声掛け」の観察事例について取り上げた。飼育員による指示の投げかけに対して、ゾウが行動反応を示すことで、ゾウ個体と飼育員との相互のやり取りが観察された。一方で、ゾウ個体からの応答可能性が低いと考えられる場面で、飼育員がゾウに話しかける事例も見られる。飼育員からゾウへの声掛けの意図と、それに対するゾウの応答行動についての共時的な分析調査は、両者の関係についての先行研究で見られる表象的な分析を再考することができるだろう。
また動物園飼育下のゾウ個体群は、人為的な空間ながらも、それぞれに社会行動を示している。動物園では、飼育員による観察や獣医師の診療によって、繁殖のための同居や収容などが行われ、その度にゾウの飼育場所は調整される。ゾウ個体群の行動観察調査の結果、ゾウ同士の社会行動は、繁殖による雄雌の同居のためにゾウの場所を移動するなどの人為的な介入によって、ゾウ同士の社会行動に変化が見られることが示された。