肥後の史料
肥後の史料
隈本から熊本への地名変更は加藤清正が行ったとされている.
熊本の歴史学者が編纂した熊本藩年表稿の慶長12(1607)には,下記の記載がある.
是年 隈本新城に移り、隈本を熊本と改称すか、未詳 (清正伝502) (肥国誌上36)。
出典は「清正伝」(中野嘉太郎著)と「肥後国誌」(後藤是山著)の二つだけで,詳細は分からないらしい.
精査すると,両誌とも明治時代の版において,天保12(1841)年に完成した「新撰事蹟通考」を引用していることがわかった.
このことは,「熊本改称」についての手掛かりは2世紀以上わからなかったことを意味している.
「肥後国誌」は増補が続いてきた.その原本は「事績通考」よりかなり歴史は古い.引用の時期,資料の背景を知らないと判断に迷うことがある.
そこで,本題である「熊本改称」からそれて,肥後歴史書の関連性(依存性)について調べてみた.
熊本県山鹿市鹿央町霜野にある山岳密教寺院 康平寺ホームページの「古文献史料のもくじ」に,肥後國誌の流れがまとめられているので,参考にさせてもらった.
肥後國誌は,宝永3年(1706),井沢蟠龍(ばんりゅう)が北島雪山(せつざん)の『国郡一統志』15巻と,辛島道珠(どうしゅ)注)の『肥後名勝記』を踏まえて,『肥後國誌』17巻をまとめたのが最初とされている.注)辛島格熊本市長(3-5代)は子孫,辛島公園で有名
享保13年(1728)には,成瀬久敬(きゅうけい)が『新編肥後國誌草稿』18巻を著した.
明和 9年(1772),森本一瑞(いちずい)が『肥後國誌草稿』を増補して,『肥後國誌』25巻を著した.
明治17年(1884),水島貫之(つらゆき),佐々豊水(ほうすい)が,森本一瑞の原本を増補校訂し,これに八木田桃水(とうすい)の著『新撰事蹟通考』をはじめ,『古記集覧』,『雑華錦語集』,『阿蘇文書』,『桃源問答』,『古塔調査録』を引用,補入して,『肥後国誌』14巻を著した.実際は肥後國志と書かれている.
近代デジタルライブラリーで公開されているのは以下の巻である.
肥後国志. 巻之7 森本一瑞 著[他] (熊本活版舎, 1885)
肥後国志. 巻之8 森本一瑞 著[他] (熊本活版舎, 1885)
肥後国志. 巻之9 森本一瑞 著[他] (熊本活版舎, 1885)
肥後国志. 巻之11 森本一瑞 著[他] (熊本活版舎, 1885)
肥後国志. 巻之12 森本一瑞 著[他] (熊本活版舎, 1885)
肥後国志. 巻之13 森本一瑞 著[他] (熊本活版舎, 1885)
肥後国志. 巻之14 森本一瑞 著[他] (熊本活版舎, 1885)
肥後国志. 巻之15 森本一瑞 著[他] (熊本活版舎, 1885)
増補校訂 肥後國志
故森本一瑞遺纂 翕巷水島貫之校補
佐々豊水助補 熊本活版舎 明治17年
「新撰事蹟通考」は以下に収められているのでデジタル化資料を見ることができる.
肥後文献叢書. 第3巻 図書 武藤厳男 等編 (隆文館, 1910) 1-475頁
なお,肥後文献叢書は第1−6巻が公開されている.各巻の目次を以下に表示した.
第1巻
目次 (tableOfContents)
標題紙 / (0001.jp2)
目次 / (0008.jp2)
銀台遺事四巻 / 1p (0009.jp2)
銀台附録一巻 / 76p (0047.jp2)
銀台拾遺一巻 / 94p (0056.jp2)
官職制度考五巻 / 105p (0061.jp2)
古城考三巻 / 220p (0120.jp2)
飽田郡 / (0120.jp2)
託摩郡 / (0126.jp2)
宇土郡 / (0128.jp2)
益城郡 / (0130.jp2)
祭礼通考一巻 / 349p (0183.jp2)
時習館学規一巻 / 356p (0187.jp2)
玉山詩集六巻 / 362p (0190.jp2)
巻之一 / (0190.jp2)
巻之二 / (0193.jp2)
巻之三 / (0197.jp2)
巻之四 / (0201.jp2)
巻之五 / (0205.jp2)
巻之六 / (0208.jp2)
玉遺山稿十二巻 / 411p (0214.jp2)
巻之一 / (0215.jp2)
巻之二 / (0217.jp2)
巻之三 / (0222.jp2)
巻之四 / (0226.jp2)
巻之五 / (0229.jp2)
巻之六 / (0235.jp2)
巻之七 / (0240.jp2)
巻之八 / (0245.jp2)
巻之九 / (0251.jp2)
巻之十 / (0255.jp2)
巻之十一 / (0260.jp2)
補遺 / (0266.jp2)
二葉集抄二巻 / 517p (0268.jp2)
志能数多礼七巻 / 546p (0282.jp2)
第2巻
目次 (tableOfContents)
標題紙 / (0001.jp2)
目次 / (0005.jp2)
清正記三巻 / 1 (0006.jp2)
続選清正記七巻 / 46 (0038.jp2)
藤公遺業記一巻 / 135 (0073.jp2)
柏原家旧記一巻 / 166 (0089.jp2)
二天記一巻 / 177 (0094.jp2)
桃元問答一巻 / 198 (0105.jp2)
孝経説一巻 / 257 (0135.jp2)
太平策十二巻 / 296 (0154.jp2)
楽泮集十巻 / 369 (0190.jp2)
紫溟先生詩集一巻 / 475 (0243.jp2)
紫溟先生遺稿六巻 / 491 (0251.jp2)
壺梁先生遺稿八巻 / 594 (0303.jp2)
高本大人家集一巻 / 743 (0377.jp2)
田廬歌集六巻 / 761 (0386.jp2)
先君子歌集一巻 / 816 (0414.jp2)
呉淞園歌集巻一 / 834 (0423.jp2)
第3巻
標題紙 / (0001.jp2)
目次 / (0003.jp2)
新撰事蹟通考 / 1p (0004.jp2)
巻之一 国郡原始 / (0011.jp2)
郷荘沿革上 / (0014.jp2)
巻之二 郷荘沿革下 / (0019.jp2)
巻之三 編年考徴一 / (0027.jp2)
巻之四 編年考徴二 / (0035.jp2)
巻之五 編年考徴三 / (0044.jp2)
巻之六 編年考徴四 / (0052.jp2)
巻之七 編年考徴五 / (0060.jp2)
巻之八 編年考徴六 / (0066.jp2)
巻之九 編年考徴七 / (0075.jp2)
巻之十 編年考徴八 / (0083.jp2)
巻之十一 編年考徴九 / (0090.jp2)
巻之十二 編年考徴十 / (0098.jp2)
二天記は宮本武蔵伝記
雑著 / (0105.jp2)
巻之十三 系図之一 / (0107.jp2)
巻之十四 系図之二 / (0113.jp2)
巻之十五 系図之三 / (0121.jp2)
巻之十六 系図之四 / (0126.jp2)
巻之十七 系図之五 / (0133.jp2)
巻之十八 系図之六 / (0144.jp2)
巻之十九 系図之七 / (0153.jp2)
巻之二十 系図之八 / (0159.jp2)
巻之二十一 系図之九 / (0168.jp2)
巻之二十二 系図之十 / (0174.jp2)
巻之二十三 系図之十一 / (0179.jp2)
巻之二十四 系図之十二 / (0186.jp2)
巻之二十五 系図之十三 / (0194.jp2)
巻之二十六 系図之十四 / (0200.jp2)
巻之二十七 系図附録一 / (0208.jp2)
巻之二十八 系図附録二 / (0217.jp2)
巻之二十九 系図附録三 / (0222.jp2)
巻之三十 系図附録四 / (0228.jp2)
巻之三十一 系図附録五 / (0236.jp2)
菊地風土記 / 476p (0242.jp2)
巻一 旧跡 / (0242.jp2)
巻二 山河郡村里程 / (0255.jp2)
巻三 神社 / (0263.jp2)
巻四 寺院廃寺 / (0272.jp2)
巻五 城墟 / (0287.jp2)
巻六 世系 / (0290.jp2)
巻七 雑録正誤評説器物古墳 / (0305.jp2)
巻八 一国一己 / (0317.jp2)
民草婦利 / 631p (0319.jp2)
同附録 / 658p (0333.jp2)
和田厳足歌集 / 664p (0336.jp2)
和田厳足集補遺 / 702p (0355.jp2)
第4巻
目次 (tableOfContents)
標題紙 / (0001.jp2)
目次 / (0003.jp2)
肥後孝子伝前編三巻 / 1 (0004.jp2)
一 鍛冶孫次郎 / (0007.jp2)
二 大見村四郎兵衛 / (0007.jp2)
三 谷川村次右衛門 / (0008.jp2)
四 糸原村四子 / (0008.jp2)
五 大島村藤市 / (0009.jp2)
六 中小野村源四郎 / (0010.jp2)
)
七 長柄者平助 / (0010.jp2)
八 松本才兵衛 / (0010.jp2)
九 荒谷村久八 / (0010.jp2)
十 多久村太郎右衛門 / (0011.jp2
十一 新大工町助七 / (0011.jp2)
十二 原源右衛門 / (0012.jp2)
十三 庄村助太 / (0012.jp2)
十四 横手村宇平 并妻とい / (0013.jp2)
肥後孝子伝後編三巻 / 57 (0032.jp2)
同附録孝経賤が枝折一巻 / 114 (0061.jp2)
旦夕覚書四巻 / 191 (0099.jp2)
堀内伝右衛門覚書一巻 / 289 (0148.jp2)
御預人記録一巻 / 341 (0174.jp2)赤穂事件
拾集昔語三巻 / 353 (0180.jp2)
拾集物語二巻 / 433 (0220.jp2)
拾集記一巻 / 480 (0244.jp2)
渡辺玄察日記一巻 / 512 (0260.jp2)
渡辺先祖以来今事記一巻 / 552 (0280.jp2)
早川故事一巻 / 573 (0290.jp2)
孚斉存稿三巻 / 598 (0303.jp2)
孚斉存稿拾遺一巻 / 666 (0337.jp2)
第5巻
目次 (tableOfContents)
標題紙 / (0001.jp2)
目次 / (0004.jp2)
四時園詩集初編四巻 / 1 (0005.jp2)
巻之一 / (0007.jp2)
巻之二 / (0009.jp2)
巻之三 / (0013.jp2)
巻之四 / (0017.jp2)
四時園詩集二編四巻 / 35 (0022.jp2)
巻之一 / (0023.jp2)
巻之二 / (0028.jp2)
巻之三 / (0036.jp2)
巻之四 / (0044.jp2)
霊雨山人集五巻 / 101 (0055.jp2)
滄浪草稿七巻 / 144 (0077.jp2)
烟霞洞集一巻 / 166 (0088.jp2)
桧岡詩集一巻 / 179 (0094.jp2)
日岳文集十五巻 / 185 (0097.jp2)
含和園詩集一巻 / 356 (0183.jp2)
朝来先生遺稿三巻 / 382 (0196.jp2)
桂風集一巻 / 425 (0217.jp2)
夕佳園遺稿一巻 / 443 (0226.jp2)
塩井遺稿十巻 / 466 (0238.jp2)
采芹集八軸 / 583 (0296.jp2)
采茆集二帖 / 647 (0328.jp2)
采芹采茆名録 / 678 (0344.jp2)
第6巻
目次 (tableOfContents)
標題紙 / (0001.jp2)
目次 / (0003.jp2)
征西大将軍宮譜十二巻 / 1 (0004.jp2)
同附録三巻 / 559 (0283.jp2)
松花僻案一巻 / 596 (0302.jp2)
刀合剣或問三巻 / 625 (0316.jp2)
同 附録三巻 / 660 (0334.jp2)
養菊指南車一巻 / 679 (0343.jp2)
青項目は紹介済み
大正 5年(1916)には,後藤是山(ぜざん)が,『肥後國元始大略』,『天草島鏡』,『求麻(くま)外史』,『南郷事蹟考』,『(旧肥後領)豊後三郡等』の新しい史料を増補して,『肥後國誌』上・下二巻を出版した.
大正5年の後藤是山著「肥後國誌」は,肥後研究のバイブル的存在になっていると言っても過言ではない.
大正4年の熊本縣教育會総集会において,肥後国誌刊行が発議され,九州日日新聞社の事業(熊本縣教育會後援)として刊行された.
後藤是山は,肥後国誌の序文で次のように書いている.
「・・・・元来,肥後には是迄肥後全體として集約されたる,地誌も無ければ歴史も無し.最初肥後に関して,地理的歴史的概念を得んと欲する者に執りて,第一に遺憾を感ずるは,由って繙く(ひもとく)可きの著述無き點なり.然るに僅に森本一端氏遺纂水島貫之氏校補の肥後国志ありて,従来聊か(いささか)此缺陥を補足し来れり.・・・・」
後藤是山は,それまでの著作を否定している訳ではなく,「肥後全体を網羅した地誌,歴史がない」ことを指摘している.結果として,水島貫之(かんし)の著書に欠けている郡部を加えて上下二巻に纏めている.現在,近代デジタルライブラリーで見ることができるのは上巻のみである.下巻はデジタル化されていない.1972年に復刻版が出版された.下巻は熊本県立図書館,国会図書館等で読むことができる.
結論として,隈本(熊本)の歴史を調べる場合,他誌の重要事項は肥後國誌に集約されているので,明治時代にまとめられた肥後国誌を見れば十分と言っても過言ではない.その後のことは平成肥後国誌に記載されているようである.熊本改称の資料については次稿にまわした.
参考資料
熊本藩年表稿(熊本大学レポジトリー) リンク変更(2022.1.12)
肥後國誌(明治17年)の著者は下記の人達である.
肥後熊本藩士 森本一瑞 遺纂
肥後 翕巷 水島貫之 校補 注)翕巷(きゅうこう:『肥後國誌』を校補した水島貫之の号)
近代デジタルライブラリー 加藤清正伝 中野嘉太郎 編 (隆文館, 1909) .肥後國志を引用している.
近代デジタルライブラリー - 加藤清正伝 - 国立国会図書館
清正以前の隈本城 - 【熊本城公式ホームページ】 リンク変更予定
(2013.12.8)