日焼け止め剤の成分

日焼け止め剤の成分

知人に「日焼け止めに配合されている酸化亜鉛は有毒?」と質問された.

日本薬局方では亜鉛華であり,有毒なら湿布剤や軟膏に使えないはずである.そんなことはないと答えたが,インターネットにその種の記事があるらしいので,調べてみると確かにフリーラジカル絡みの記事が見つかった.


米国ミズーリ科学技術大学ホームページをみると,News & Evens (May 7, 2012 9:41 AM) にSunscreen ingredient may pose skin cancer risk, researchers find(日焼け止め成分が皮膚がんのリスクが発生する可能性が、研究者が発見)

"UV(紫外線)日光にさらされたときに酸化亜鉛は、フリーラジカルを生成することがあり,それらのフリーラジカルは、細胞を殺すことがある。"と書かれている. 詳細な論文が存在するわけではないらしい.投稿中かもしれないがインターネット情報が先走りしたと言えそうである.


日焼け止めの成分については,有機化学の講義では芳香族化合物について教える段階で紹介する「パラアミノ安息香酸 (PABA)」が有名である.「薬剤師は医薬品だけではなく化粧品にも精通しておく必要がある」と言うと,学生が一斉にカラーペンを動かしていたのを思い出す.

注)細菌では,PABAは葉酸前駆体として必須,エチルエステルは局所麻酔薬である.


パラアミノ安息香酸は紫外線吸収スペクトルで260nm辺りの紫外線を吸収する.それ以上のことについてはベンゾフェノン系化合物が使用される程度の知識しか持っていなかった.女性が顔だけではなく露出したところに毎日塗る薬剤とは一体いかなるものか,その詳細を知らないのは薬学人として迂闊であった.改めて調べてみると意外と単純なものばかりである.

注)薬学部で香粧品学を開講しているところもある.

無機化合物 酸化チタン,酸化亜鉛

有機化合物 UVB吸収剤(波長290-320nm) 桂皮酸系 PABA系 カンファー系

UVA吸収剤(波長320-380nm) ベンゾフェノン系 ベンゾイルメタン系

次図の左側はUVB系,右側はUVA系の代表的化合物である.

UVB系の母核である桂皮酸,PABA, カンファーは天然物由来である.


微粒子酸化亜鉛等は,「紫外線散乱剤」と言われ,皮膚の表面に塗布することで、照射された紫外線を反射・散乱させたり、吸収したりして、皮膚内に有害紫外線が進入することを防いでくれる.

実際の日焼け止めは,亜鉛華と有機吸収剤を混ぜるようである.次図は,酸化亜鉛とEusolex 8020の混合物(緑曲線)が広い範囲の紫外線,可視光線をブロックする様子を示している.参考文献 ブラジル化学会誌

問題の記事は,肺細胞に紫外線を照射すると細胞は破壊されるが,そこにZnOを共存させるとフリーラジカルの発生が増加し,細胞の破壊が著しくなるという内容である.実験系と生体の皮膚で同じ理屈が成り立つか疑問であり,その後の研究発表が待たれる.

それにしても燦燦と降りそそぐ陽光下,リゾートに遊ぶ女性達の体が実験室の薬品棚に列んでいるベンゼン系共役化合物誘導体の皮膜で覆われていると思うと何となく女子を見る目が変わってくる.日焼け止めの効能をテストする規準は,1cm2当たり2 mg程度塗るとなっている.23センチ四方の皮膚には1グラムになる.1日一回では済まないらしい.最近は子供用,男性用も発売されているので消費量は膨大な量になる.環境汚染に繋がらなければよいのだが・・・・

以前,「彼氏が塗り忘れたため,背中にムラができた」と女子学生から聞いたことがある.耳なし芳一は,耳だけに般若心経が書かれていなかったため,怨霊に耳をちぎられた.サンスクリーンは現代版の「耳なし芳一」である.


追記

日焼け止め剤は,光を吸収するとラジカル分解してしまうため,塗り直す必要がある.そこで,従来より安定な化合物が開発されている.上記薬剤の部分構造をtriazine環で結び共役系を長くした化合物(次図)は比較的安定であり,UVB, UVAの両吸収帯に対応できると報告されている.

(2012.2.23)