野菜の効用(明治37年)

野菜の効用(明治37年)

祖父が熊本県農会報の編輯兼発行者であった事実が,農林水産省関係試験研究機関等の総合データベース (AgriKnowledge)で判明したことは以前に紹介した.その第八号[熊本県農会(明治37年2月27日発行)1904 pp.58-60 ]に「野菜の効用」について記している.執筆者名は書かれていないので編集者が「話題」として掲載したものである.農村の人達の啓蒙を目的にしたものであるが,祖父自身や家族のためでもあったことは確実である.祖父は4男1女に恵まれたが,父(次男)以外は皆早世し,祖父もこの号の出版3年後の明治40年に37歳で病死している.110年前に書かれたものであるため,一部理解し難いところもあるが,「医食同源」的な考え方として興味深い.

日露戦争が勃発した年であり,クレオソートが征露丸として殺菌効果を期待して胃腸薬として内服使用された時代である.熊本では,私立熊本医学校が私立医学専門学校に昇格した年である(病院は明治34年に本庄に移転している).また,山崎町に在った私立熊本薬学校は明治41年に私立九州薬学校になり,翌年九品寺に移転している.


それぞれの「野菜の効用」について,最近の知見を追記した.

大根と蕪菁(かぶ)

大根と蕪菁は呼吸器に有効なり.気管支の煩(わずらい)や喘息気のあるものは多く此野菜を取る可し.大根卸汁は毒を消すのみか胃に効用あり

追記 ダイコン(大根),[英名]Daikon Japanese radish[学名]Raphanus sativus var. longipinnatus アブラナ科ダイコン属

ビタミンCやジアスターゼを多く含む.葉はビタミンAを多く含む.野菜でもあるが薬草でもある.消化酵素を持ち,血栓防止作用や解毒作用がある.喉の痛みの緩和のための「大根飴」は今でも市販されている.

各種効用については,今月の薬用植物2013年2月(熊本大学薬学部)を参照.

蒿苣(チシャ,レタス

不眠を憂ふるものは蒿苣を多く食す可し.之れ睡眠を與へ,神経を柔げ,休息を與へる處の阿片(注 レタスを切ると出る白い乳状の液は,レタス阿片,レタスオピウム,ラクチュコピクリン等と呼ばれた)を多量に含有す.蒿苣の葉はまた血を清潔にす.葉を食せずとも柔き汁多の茎を「サラド」にして用ゆるも可なり

追記 和名は,チシャ(萵苣・苣、チサとも)[英]Lettuce 学名 Lactuca sativa L. キク科[アキノノゲシ属]

新鮮なレタスを切ると白い乳状の液体が滲出する.この苦い液体にはラクチュコピクリン (lactucopicrin, 構造式) と呼ばれるポリフェノールの一種が含まれている.レタスの語源はラテン語で「牛乳」という意味の語である.和名のチシャ(チサ)も「乳草(ちちくさ)」の略,共にレタスの切り口から出る液体の見た目に基づき付けられた呼び名である.茎に多く含まれるラクチュコピクリンには「軽い鎮静作用,催眠促進」の効果がある.19世紀頃までは乾燥粉末にしたレタスを鎮静剤として利用していたと記されている.

玉葱

タマネギも亦適当の睡眠剤又発汗剤なり.寒胃の際,生の玉葱を食して寝ると発汗を来し,且つ睡眠を催す.煮たる場合には,其効果を減殺す.葱類は凡て硫黄分を含有すれば,血を清潔にする.即ち,硫黄は他の塩類と結合して硫酸塩類を形成するを以て,体内に於ける他の酸類を新らしき有益なる化合物とする効力あり.食欲を失したるものには玉葱は最も良好なり


追記 タマネギ [英]Onion 学名 Allium cepa L.. ユリ科 [ネギ属]

ニンニクと同属であり,イオウ化合物を含む.俗に「コレステロールを下げる」,「血圧を下げる」,「血小板凝集を抑制する」などといわれている.最近「玉ねぎで血液サラサラ」と宣伝している食品メーカーもある.主成分はジプロピルジスルフィドを含む.多種の有機イオウ化合物を含み,そのほとんどはタマネギを切ったりする際にアリイナーゼ酵素の働きにより,より単純なイオウ化合物,チオスルフィネート,ジフェニルアミン,スルフィド類に変換される.

「 健康食品 」の安全性・有効性情報 タマネギ 2007/4/3 独立行政法人 国立健康・栄養研究所


蒜と韮(ひるとにら)

蒜も玉葱と同じものにて効能は遙かに優る.これも睡眠剤には適当なり.只其臭気を嗅ぐとも睡眠を促す.寝汗にも効験がある.生で喰ふを最良とす.煮も差支なし.東京の或著名の病院などにも肺病患者には重に此蒜から製したる大蒜丁幾(にんにくチンキ)を用ゆ.韮も同じく食欲を増進せしむ.又,下痢を止める効あり.鼻血の時に韮を揉んで鼻へ差込めば,自然出血を止む.総じて葱韮類は血液を清潔にすれば菜中最有益なり


追記 ひる【蒜/葫】とは,ネギ・ニンニク・ノビルなど,食用となるユリ科の多年草の古名.

ニラ(韮)[英名]Oriental garlic [学名]Allium tuberosum ヒガンバナ科[ネギ属]栄養価が高く,スタミナが付く食材として利用されている.βカロチンやビタミンA,ビタミンB, C, E,カルシウム,カリウム,リン,鉄などのミネラルに富む.また.ニンニクと同じ成分のアリシンがビタミンB1と結合して活性化しその吸収を良くし,代謝機能,免疫機能を高め,疲労回復に役立つ.さらに、整腸作用があり,昔より胃腸(特に下痢)に効く野菜として親しまれている.ニラの煮汁を飲んでも効果がある.

ニラ:今月の薬用植物2006年10月 (熊本大学薬学部)

ニンニク(蒜、大蒜、葫)[英名]Galric [学名] Allium sativum) ヒガンバナ科ネギ属.ニンニクとビタミンB1が反応するとニンニクの成分アリシンがB1(チアミン)に作用してできる「アリチアミン」が生成する.活性ビタミンB1ブームのきっかけとなった.

芹と波稜草(せりとほうれん草)

此二種は多く鉄分を含有す.鉄分は血液の滋養品なり.美容を欲するものは此種の野菜を多く取る可し.之れ皮膚面に生ずる汚點を除去し,且清血にするを以てなり.芹は血液内の石灰を中和する効能あり.此石灰は皺を寄せ,人間を老衰せしむるものなれば,紅顔を欲する人は芹を取る可きなり


追記 ホウレンソウ(菠薐草)[英名] Spinach [学名]Spinacia oleracea L. 日本には江戸時代初期(17世紀)頃に渡来.ビタミンAや葉酸が豊富である.ルテインというカロテノイドを多く含む.葉酸は鉄分の吸収を促進するため,貧血予防に効果がある.ホウレンソウにはシュウ酸が多く含まれており,体内でカルシウムと結合し腎臓や尿路にシュウ酸カルシウムの結石を引き起こすことがある.ホウレンソウのスピナコシド(spinacoside)類とバセラサポニン(basellasaponin)類には小腸でのグルコースの吸収抑制等による血糖値上昇抑制活性が認められた.

セリ:今月の薬用植物2012年2月 (熊本大学薬学部)


野菜と伝染病

伝染病は凡てバクテリアの媒介である事は今更云う迄もなし.人血液が純粋なる時は,此米バクテリアと戦て打勝つ力あり.即ち純粋血液中に含有する白血球は熱性病や何かのバチルスを包んで食ふものなり.血液を純良にすることは健康上より又夏秋の交伝染病流行の際予防の為なり.此血液を純良にする唯一の食物は果実及野菜に含有する純良なる酸に外ならず,殊にバチルスを殺す最も有力のものは玉葱及蒜などであるから熱病の流行する時などには葱や蒜を盛に喰ふ可し.甘藍なども敗血病を医して血を清鮮にするのみならず,又バチルスに抵抗するの素質を養はしめる.其他新鮮の果実は多く皆血液を新鮮になす効あり.人体組織に最も必要なる化学的成分ポッタース(カリウム)塩類,マグ子(ネ)シャ,石灰,鉄分等は最も吸収され易き状態で野菜及果実の中に含まれて居るので,野菜及果実は実に人体に対する天然の医薬たり


甘藍,豌豆(キャベツ,エンドウ)

多くの燐(並に石灰)を含有す燐を要する素質のものには最も適当の食物である.

追記 キャベツ(甘藍)[英語]Cabbage [学名]Brassica oleracea var. capitata) アブラナ科アブラナ属

2008年,厚生労働省研究班は,野菜や果物を多く食べる男性は,あまり食べない男性よりも食道がんになるリスクが低いという調査結果を発表した.

野菜や果物の総摂取量を毎日100グラム増やすと,食道扁平上皮がんの発症率が11%低下した.大根やキャベツなど特にアブラナ科の野菜をとることで,がんの予防効果が期待できるという.キャベツに含まれるMMSCはビタミンUとよばれている.胃潰瘍を防止する作用がある.

エンドウ 学名:Pisum sativum L. マメ科エンドウ属.カロリーが高く,ビタミンB群が多い,豆類には珍しくビタミンAが含まれる.

松茸

マツタケを始め菌類は不消化であるとの妄想を抱けるもの多し,菌類必ずしも不消化ならず,多くの滋養分を含んで居って脳を使ふものなどの善い食料品なり


追記 学名 Tricholoma matsutake(S.Ito et Imai) Sing.)はキシメジ科キシメジ属

ビタミンB1,B2,B6,B3 (ナイアシン),D, 葉酸,カリウムなどがバランスよく豊富に含まれている.また植物繊維も多い.

免疫を高める多糖体の存在も注目されている.


生薑(生姜)

ショウガは不消化の為めに胃壁に炎(?)衝を起こしたもの等を柔げる効あり.又内蔵を温めて悪寒を駆除し咳嗽にも効あり

追記 ショウガ(生姜)[英名] Ginger [学名] Zingiber officinale ショウガ科 [ショウガ属]

古くから香辛料として世界中で広く用いられている.また、根茎は健胃作用のある生薬としても利用され,多くの漢方処方に配合されている.俗に「胃の働きを助ける」「殺菌作用がある」「風邪によい」「のどによい」などといわれている.消化不良と乗り物酔い等にも用いられる.精油にはジンギベレン (zingiberene) ,クルクメン (curcumene) ,ビサボレン (bisabolene) などを含む.刺激成分がgingerol, shogaolは加熱による二次生成物である.

果実

果実は尤も能く熟したる新鮮なものが良し.凡て血清に適し皮膚面を清くし間接には胃の消化を助く.慢性の不消化を憂ふるものは芭蕉實(バナナ)や林檎を食す可し.殊に煮た林檎は胃の活力を増進する

桃は又下痢を止むるに効あり.赤痢患者に良し(煮るを要す)蜜柑類の外煮るを良とす

胆汁病を憂ふるものは蜜柑及赤茄子を取る可し.是等の果物は強く肝臓を刺激し胆汁の分泌を盛んならしめ,肝臓を健全ならしめる.又是等の果物の酸は脂肪の消化を助く

毎朝梅干を取るは甚だ良し.梅干酸はバチルスを殺す力もあり,また鉛毒を防ぐ効あり

赤汁と黒汁の果物は凡て鉄分を含んで居る故に,血液の滋養になる.たとへばカランツ(山葡萄を乾燥させたもの)とか蠻苺黒苺無花果の如きものなり


追記 カロリー,ビタミン,無機質等の含有量については,文部科学省の「五訂増補日本食品標準成分表」を参照.

モモ:今月の薬用植物2001年4月 (熊本大学薬学部)

ウメ:今月の薬用植物2001年2月 (熊本大学薬学部)

瓜類

うり類はまた血液を清涼にするの効あり.胡瓜(キュウリ)の如きは夏季之を多く用ゆ.間接に呼吸を容易ならしめ,酸素の吸収を多からしむるの効あり.胡瓜の汁で顔を洗へば,色を白くなす.西瓜の如き繊維は随分不消化なり.西瓜,甜瓜(まくわうり,メロン)は多く食す可からず .注)西瓜は植物繊維が豊富


追記 キュウリ(胡瓜)[英名] Cucumber [学名] Cucumis sativus L. ウリ科[キュウリ属]

江戸時代は,当時の知識人が栽培を勧めないほど不人気な野菜であったが,品種改良された.他の野菜に較べると栄養素は低い.

キュウリ(胡瓜):今月の薬用植物2010年12月 (熊本大学薬学部)

スイカ(西瓜):今月の薬用植物2009年1月 (熊本大学薬学部)

茄子

ポッタース塩類を多く体内に供給する或地方にては茄子は啖が切ると云ふ或は然らんか

追記 ナス(茄子)[英名]Eggplant[学名]Solanum melongena ナス科[ナス属]栄養価の高い野菜ではないが,カリウムの含有量は他の成分より高い.

果実

果実は小児には制限せざる可からず.果実の酸は蛔虫に通薬なれば小児が果実を好むのは自然的必要に迫らるゝが故なり.されば強て制限せず新鮮なるものを食せしむ可し

追記:果実の酸と蛔虫との関係は,現在のところ確認できていない.使君子の駆虫作用の知識に基づいた記述と思われる..


葡萄と苹果(へいか,林檎の実)

ブドウとリンゴは果実の王なり.葡萄は血清剤のみか多く滋養分を含有す.葡萄療法とて葡萄一式にて療病する處ありと以て其効を窺ふ(うかがう)に足るされば,血液の不要なるもの敗血症の傾きあるもの盛に葡萄を食す可し.種と皮は避けざる可からず干葡萄も滋養を有す

追記 ブドウ [英]Grape [学名]Vitis spp. ブドウ科 [ブドウ属]

参考資料 ブドウ 「健康食品」の安全性・有効性情報国立健康・栄養研究所

リンゴ [英]Apple, [学名] Malus pumil, バラ科リンゴ属

栄養価が高い果実のひとつ.食物繊維やビタミンC,ミネラル,カリウムが豊富である.1日1個のリンゴを食べると医者要らずといわれている.また,リンゴに含まれるリンゴポリフェノールには脂肪の蓄積を抑制する効果があるともいわれる.

参考資料 アサヒビール - リンゴ・ポリフェノールの脂肪蓄積抑制作用 2004

鳳李(鳳梨,パイナップル?)

鳳梨?も鑵詰(缶詰)は至る所にあり.不消化病者には適当なり.之れ胃液と同様なる性質の醗酵素を含有す.鳳李はペプシ子(ペプシネ,ペプシン)と云ふ説あり.然れども澱粉質の砂糖と共に取る可からず.鳳李は又汁は咽頭の病気にも有効ありルイジアナ黒奴などはジフテリアの時に其汁のみを以て癒すと云ふ


追記 「鳳李」と書かれているが,内容から「鳳梨」と思われる

鳳梨(パイナップル)英:pineapple,学名:Ananas comosus パイナップル科アナナス属

生果肉100g中全糖分として9.85g,クエン酸やリンゴ酸などの酸類,ビタミンB群,ビタミンC,カルシウム,カリウム,鉄,マグネシウム等を含んでいる.果汁中にはタンパク質分解酵素ブロメラインを含み,肉類の消化を助ける.


ペプシ子について

近代デジタルライブラリー

太田雄寧著 薬物学大意

明治11年1878

ペプシ子

「是れ牛羊或は家猪の胃液を採り精製して乾かし之に澱粉を混合したる者なり」

「胃液の欠乏より起る所の消食不良に用ふ」

と記されている.(変体仮名)

用法の単位に用いられている文字(氏の横線がない)はグレーン(外来語の国字,Gを表現)

注)資生堂も1877(明治11)年以降,医薬品の製造販売と卸も手がけるようになった.1884(明治17)年に新発売した「ペプシネ飴」は「健胃強壮ノ効」をうたった胃弱諸症に用いる保健薬である.ペプシネ飴 : 健胃強壮 - Waseda University Library - 早稲田

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資料

熊本県農会報の切り抜き

AgriKnowledge(アグリナレッジ)

農林水産研究総合ポータルサイト「AGROPEDIA(アグロペディア)」で提供している各コンテンツや,外部の情報も含めて効率的に迅速にアクセスできるように,検索機能を強化した統合検索ツールの名称である.

◯文部科学省「五訂増補日本食品標準成分表


(2013.7.9)