魚の涙(あかつき ほか) 2026年5月4日
魚の涙(あかつき ほか) 2026年5月4日
魚類学者である、さかなクン(本名:宮澤 正之(みやざわ まさゆき))が、自身の経験を基に、いじめの構造を説いた作品です。2006年に朝日新聞の「いじめられている君へ」という連載に掲載され、大きな反響を呼んで翌年に書籍化されました。現在では、あかつきと日本文教出版、光村図書では中学1年生に、教育出版では小学校6年生にコラムとして掲載されています。興味深いのは、日本文教出版と光村図書はC 公正,公平,社会正義であるのに対して、あかつきはD よりよく生きる喜びで扱われている点です。今回は、どちらかと言うとD よりよく生きる喜びで扱う展開を紹介したいと思います。
人間と魚の世界を比べる
まず、人間と魚が同じ・似ているところ、違う・似ていないところを整理するとよいのではないかと思います。
人間と魚が同じ・似ているところ・・・
・突然、誰も口を利かなくなったり、急に無視したりするところ。
・1匹を救い出しても、新たないじめられっ子が出てくるところ。
・いじめっ子を追い出しても、また新たないじめっ子が表れるところ。
・小さな世界(狭い水槽)の中に入れられると仲間外れを作って攻撃するところ。
⇒ 確かに、ストレスや集団の中で優越感を得たいという気持ちから他者を攻撃してしまうところは、人間と同じ・似ている部分として挙げれるかもしれません。
人間と魚が違う・似ていないところ・・・
・ 仲間外れにされた子とよく魚釣りに行ったところ。
⇒ 放っておけない、安心させたい、自分にできることを…
・ 広い空の下、広い海に出られるところ。
・ いじめのある環境に嫌悪感を覚えるところ。
・ 弱い心に負けたくないと思えるところ。
⇒ つまり、いじめに対して放っておけない、何とかしたい、自分にできることを・・・と考えられるのが魚とは違う・似ていない部分だと思います。
このように整理すると、本能のままに動いている魚とは違い、人間には理性や感情があることに気付きます。ただし、最初にあくまでもこの文章を基に考えることを注意しておかないと、魚の生態系に詳しい子は、「魚にも感情がある」や「仲間とコミュニケーションをとる」という話を出して、ねらいからそれてしまう恐れがあります。
魚の世界と同じにならないためには
さて、上の整理を生かして中心発問に向かうのですが、ここで大切なのは「人間の世界と魚の世界があるのではない」ということです。人間の中に、魚の世界のような部分もあるということを理解させておくことが重要です。だから問いとして、「魚の世界のような部分に負けないためには、人間としてどのようなことを大切にすべきか」といった文言がよいと思います。できるかできないかは、状況によると思いますし、いつも正しいことができないのが人間であることは最後におさえつつも、でもそれでも魚の世界のような部分に負けたくないと思えるのが人間として誇りであり、よりよく生きようとすることだと考えられたらよいのではと思います。