二通の手紙(私たちの道徳 ほか) 2025年11月13日
二通の手紙(私たちの道徳 ほか) 2025年11月13日
「二通の手紙」は、平成9年3月に文部省が発行した『道徳教育推進指導資料(指導の手引)6』に初めて掲載されて以来、長きにわたって親しまれている教材です。現在でもすべての教科書に収録されています。雑誌「道徳教育」(明治図書)では度々特集が組まれていますが、2020年1月号では執筆者本人による資料作成秘話を読むことができます。そのタイトルにもあるように、この教材ではC 遵法精神,公徳心にとどまることなく、「生き方を問い、目には見えない心意へ誘う授業」をしたいといつも思います。
見えない人にどのような影響を及ぼしてしまうか
この教材を扱った授業では、「あなたが元さんだったらどうしますか」や「元さんが姉弟を動物園に入れたことに賛成ですか」といった発問をよく見かけます。タブレット端末で心の数直線やハートメーターが使いやすい発問でもあるのでしょう。しかし、元さんの判断の是非を議論すると、必ず「きまりよりも大切なことはある」といった意見が出てきます。そして遵法精神なのか、思いやりなのか、どっちつかずの授業になってしまうことがあります。でもだからと言って、「きまりは大切」「きまりには意味がある」という結論に収束してしまうのも、中学3年生には物足りなさが残ります。では、どうしたら深い学びとなるでしょうか。
まず大前提として確認しておきたいのは、元さんの判断は間違っているということです。なぜなら、姉弟を危険にさらしてしまったからです。子どもの安全を守るのは大人の責務です。また、園内職員を挙げて捜索することになってしまったという理由もあります。これは「結果的に何事もなかったらよかった」では済まされません。(だから、元さんの判断の是非を問うような授業はできないと思います。)したがって、懲戒処分の通告(上司からの手紙)は、佐々木さんはこの時は納得いっていませんでしたが、妥当ということになります。
次に、それでも私たちが元さんに同情してしまう理由を確認しておきます。まず、幼い姉弟は毎日来ていたということ。しかも、姉が弟を抱っこしてのぞかせてやるなど、微笑ましい様子であったこと。さらに今日は弟の誕生日であり、今にも泣きださんばかりの姉の手には入園料が握り締められていたことなどが考えられます。そしてそこに母親からの何とも心温まる感謝の手紙が追い打ちをかけてきます。それを何度も読み、佐々木さんにも聞かせる元さんに共感してしまうのも無理ありません。
ここで、上記で確認した二通の手紙を生かして、授業のねらいを考えてみたいと思います。情にほだされる元さんがそうであったように、私たちが目の前の人の痛みや苦しみに寄り添いたいと思うのは自然なことです。しかし、それによって規則を破ってしまうと、その場にいない人に不都合を与えたり、将来的にもよくない影響を及ぼしてしまったりすることがあります。元さんの誤った判断は、関係各所にとどまらず、もっと広く様々なところに波及し、この園だけの問題ではなくなってしまいます。だから、見えない人にどのような影響を及ぼしてしまうかというところまで深く考えることはとても大切なのです。
これをそのまま授業のねらいにしてもいいように思えますが、中学3年生に対してはまだちょっと浅い気がします。そこで、元さんの「新たな出発」についても考えることにしましょう。それがまさに作成者の言う「生き方を問い」にあたると思います。では、元さんの「新たな出発」(新たな生き方)とは、どのようなものでしょうか。手掛かりはその直前に、「二通の手紙を見比べながら」「二通の手紙のお陰ですよ」と言っている部分にあると思います。つまり、どちらか一通ではなく、二通の手紙から見出した生き方ということになります。それは、子どもの安全や組織の秩序を守り、かつ人としての温かさや愛情をも大切にする生き方ではないかと思います。
元さんの姿に失望の色はなく、晴れ晴れとした顔で職場を去っていきます。そこには、自分を責めて落ち込んだり、後悔に苛まれるのではなく、学んだことを次につなげようという前向きさや潔さが感じられます。自らの過ちに真摯に向き合い、この年からもまた人生を歩みだそうとする元さんの心意こそ、中学3年生と一緒に考えたいことだと思います。