ブランコ乗りとピエロ(私たちの道徳 ほか)2025年11月15日
ブランコ乗りとピエロ(私たちの道徳 ほか)2025年11月15日
「ブランコ乗りとピエロ」は、「手品師」と同様にすべての教科書に掲載されている高学年の定番教材です。雑誌「道徳教育」(明治図書)の2014年11月号に、執筆者本人による作成秘話が語られていますが、ちょうどこの頃、私はとある会でご本人にお会いし、直接お話をうかがうことができました。「自分だけが正しい」という思いをいかに乗り越えるか、それをピエロとサムの2人から学ぶことがこの教材の最大のポイントだと思います。
自分だけがスターだという気持ちを捨てられたのはなぜか
この教材を扱った授業では、「ピエロから憎む気持ちが消えたのはなぜか」という中心発問を見かけます。「45分の中で、ピエロとサムの2人を扱うには時間が足りないから、ピエロに焦点を絞って・・・」という理由もあるのでしょう。しかし、B 相互理解,寛容は、「主として人との関わりに関すること」です。ピエロとサムの関わりを考えなくては、B 相互理解,寛容に迫ることはできません。
そこで、まずは「ピエロはサムのことをどう思っていたか」「サムはピエロのことをどう思っていたか」をそれぞれ考えることにします。
・ピエロはサムのことを・・・自分勝手なやつ。スター気取りの憎いやつ。他国の大きなサーカス団から招かれたから調子に乗っているやつ。
・サムはピエロのことを・・・古くからのスターだからと言って偉そうなやつ。団員をまとめるリーダーだからと言って説教臭いやつ。
子どもたちがこのようなことを考えたら、すぐに次の発問に行かず、ちょっと立ち止まってみましょう。そして「2人のことをどう思う?」と聞いてみるとよいと思います。 すると、確かに立場や意見が異なる2人だけに、「いがみあっている」や「対立している」といった意見が出てきますが、仲には「似ているところもある」という意見も出てくると思います。そうなんです。実は「自分だけが正しい」「自分だけがスターだ」という思いをもった2人は、まさに似た者同士なのです。でも、当の2人はまだそこに気が付いていません。まさに「自分だけが」という思いで相手を見る余裕もないし、自分のことすら客観的に見ることができていないからです。では、そんな2人の関係が変わるのはいつでしょうか。
私は、「ピエロから憎む気持ちが消えた」ところではなく、もう少し後の「団員たちが引き上げていった控室」の場面ではないかと思います。ここでピエロとサムは、2人きりになります。そして朝日が昇るまで、話し合ったようです。ピエロとサムは、2人きりになったからこそ、互いに本音や弱音もぶつけられただろうし、夜通しかけて(それだけ長い時間かけて)、互いに向き合ってとことん話し合ったからこそ、相手の中に自分と似たものを感じたり、自分自身の至らなさにも気付けたのではないかと思います。 つまり、「自分とは異なる意見や立場を受け入れるためには 、時間をかけてじっくりと互いの思いを聞き合い、自分と相手に共通するところや足りないところがあることに目が向けられると、歩み寄り、補い合い、高め合おうとすることができることに気付ける」ということになると思います。さらに、ピエロとサムがそうであったように、自分と相手が違うからこそ、その違いや、それぞれのよさを生かし合えば、よりよいものを生み出していくことができるのです。まさに違いは豊かさです。
最後に、私はこの控室の場面について、ピエロ役とサム役をたて、役割演技をした実践を見たことがあります。それぞれの役に近い演者を選んだからということもありますが、2人が変化していく様子を見ていて、上記のことが頭の中だけでなく、実感的に理解できたように思いました。