久保田千晴

コンプレックスと描く

油絵具、キャンバス(333x224)

コンプレックスとは、衝動や欲求・記憶などのさまざまな心理的要素が無意識下で複雑に絡み合って形成されるものである。

コンプレックスは私の一部だ。

本作品では、手元がほとんど認識出来ないような薄暗い環境下で絵を描くことで、作品そのものやその制作過程を通して自身の無意識下に存在するコンプレックスに向き合い、それらを表出する。

Drawing With(out) Complex

Oils, Drawing canvas (333x224)

A complex is a form where various psychological elements such as impulses, desires and memories are unconsciously intertwined and complicatedly.

The complex is part of me.

In this work, I draw a picture in a dim environment where I can hardly recognize it, face and express the complex that exists under my own unconsciousness through the work itself and its production process.

一年の記録

2021年度個人研究パワポ_久保田千晴 - 久保田千晴

2021年度個人研究レポート

法政大学国際文化学部19G0810 久保田千晴



1.稲垣ゼミにおける個人での研究活動


 今年度の稲垣ゼミの活動は、茨城県ひたちなか市那珂湊地域を中心とした芸術祭、「みなとメディアミュージアム」(MMM)への参加から始まった。そして、ゼミ全体で決定した”My Place”プロジェクトは、新型コロナウイルス感染症の拡大による多くの影響により、昨年11月に大学キャンパスでのサテライト展示とオンラインでの公開を並行して行う方針で進められた。同プロジェクトでは、那珂湊に住む人々の個人的な体験についてインタビューを行い、そのテキストを基にゼミ生一人一人がそれぞれ作品を制作した。そして次に行ったのは、秋学期個人研究である。ここでは自分自身で研究テーマを自由に設定し作品制作を進め昨年12月に展示を行った。

 本レポートでは、稲垣ゼミにて私自身が行ったこれらの活動記録を論じている。


2.MMMに向けた作品制作


 MMM展示に向けた"My Place"プロジェクトにおいて、私は”My Time (わたしの時間)”と題したパフォーマンスアートを制作した。同作品は、那珂湊という場所での時の流れ、そこに住む人々が築き上げてきた歴史を本作品で表現することに試みるものである。 作品を構想するにあたって、新型コロナウイルス感染症の拡大による影響は想像以上に大きなものであった。現地を行き来することも不可能となってしまったため、作品を制作するうえで、一度も訪れたことのない地域に対していかにアプローチし関係性を保つのかという点にもっとも悩まされた。そこでインスピレーションを受けたのは、稲垣先生の過去作品である"My Place"だ。この作品は、特定の地域に住む人々にインタビューを行い、それを文字に起こして内容に関連する場所に展示するというもので、今回のMMMでのゼミ展示のコンセプトの大元となっている。同作品を受け、私は個人のもつ過去の体験の記憶に関心を持った。私たちは時間を常に共有しながら、ひとりひとりが異なるタイミングで各々の出来事を経験し、それが記憶として当人の中に現在まで残存している。そしてそれらは、各個人にとっての歴史として蓄積していくのである。那珂湊の人々へのインタビューの原稿を読み、その人がもつ歴史の一部を知ることが出来たときには温かい気持ちになった。他人の存在を実感しにくかった状況下で、自分以外の人間が生きていることを感じられたからだ。そして私は、その感覚を作品の中に落とし込みながら、那珂湊という場所で流れる時間とそこで過ごす人々の歴史をひとつの作品として目に見える形にしたいと考えた。

 こうして構想されたのが、"My Time"だ。"My Place"が「場所」に着目しているのに対し、"My Time"は「時間」に重点を置いている。パフォーマンスの具体的な内容としては、まず那珂湊の人々へのインタビュー中に登場する個人の体験が、それぞれ実際に発生した年をすべて集計した。その結果、もっとも昔に起こった出来事が1956年、最新のものが2021年となり、合計で13の出来事が集まった。そして、その65年間という時間の幅を約2分間に縮尺し、それぞれの出来事が起きたタイミングで水槽にビー玉を落として入れる。終始パフォーマンス中には、バケツに貯めた雨水が、給油ポンプを用いて水槽に移し流されている。雨水を使用した理由は、絶えることなく流れ続け、各個人のなかで歴史として蓄積する時間を土地に降り注ぎ浸み込んでいく雨に擬えたためである。これらのパフォーマンスの様子をiPhoneで撮影し、編集を加えて映像作品として展示した。

 現時点での自分の力を使って、時間という形のない抽象的概念を表現する方法を思索した結果、作品自体は単純で比較的ミニマルなものに仕上がった。しかし、ミニマリズム的発想を採ったとき、私の作品にはまだ余分なものが多く存在していた。たとえば、給油ポンプのモノとしての機能やバケツが水槽とは対称的に不透明であること、映像に映り込んだ排気口などだ。使用した物や映っている物がもつ機能や外見の意味が嚙み合っておらず、作品から外れた場所で独立してしまっていたのである。そのため、"My Time"はアート作品としては不成立であることがいえる。この反省を機に、私はミニマリズムの奥深さに気が付いた。この気づきは今後の研究にも活かしたい。


3. 秋学期個人研究


 秋学期個人研究では、"Drawing With(out) Complex"と題した作品を制作した。

 秋学期は、とにかく自分自身がストレスを感じることなく制作することを目標としていた。そこで私は絵を描きたいと思った。元々、絵そのものや絵を描く人を見ることが好きで自分自身も挑戦したいと感じていたからだ。しかし、実際に描くときには苦手意識や理想とはかけ離れた現実を悲観してしまい、楽しむことが出来なくなっていた。そのため、そのような心理状況、つまり自身のコンプレックスを克服しながら絵を描くことを楽しむ方法を考えた。そうして考え付いたのが、手元がほとんど認識出来ないような薄暗い環境下で絵を描くという手法だ。絵を描いている最中に受ける視覚的情報を抑制することによって、無意識下に存在するコンプレックスを克服出来るのではないかと考えた。この発想は、シュルレアリスムにおけるオートマティズム手法と通ずるものがある。先入観を取り除き、人間の意識下にある世界を探求するのだ。ここで私自身が要点としたのが、描画時の環境を真っ暗闇ではなく、絵がうっすら見える程度の薄暗さにすることである。自身の絵をまったく見ないことでコンプレックスを完全に除去することも可能であったが、今回私はコンプレックス自体も作品として含めることに挑戦したかった。また、作品タイトル中の"With(out)"という表記は、コンプレックスが自らを構成する要素の一部であることを示している。さらにそういう意味合いで描画の対象も鏡に映る自分の姿にした。このようにして本作品では、制作過程から完成した作品そのものを通して自身の無意識下に存在するコンプレックスに向き合い表出することを試みた。

 結果的に目標としていたストレスフリーな作品制作は成功し、構想段階から制作にかけて全体的に楽しみながら研究を進められたのが一番良かったことだ。今回は作品として意味を成すものだけを作品として展示することが出来たため、MMMでの反省点は克服することが出来たのではないだろうか。今後改善すべき点としては、展示の際に油絵具が乾ききっていなかったことがある。実物展示を行う際には、実際の展示方法や期間を想定しながらもっと計画的に制作を進めるべきだった。


4.1年間の総括


 1年間を通して計2つの作品を制作した訳だが、それぞれ形式は違えど、形のない抽象的な対象の可視化に試みていた点が共通していた。そのため、自分が表象したい事柄が、作品として鑑賞者に伝わる形で成立しているか、ということを常に懸念していたように思われる。特に"My Place"では、人への伝わり方についての学びが多くあった。今後の個人研究では、制作が自己満足になるだけでなく作品として成り立つような在り方を目指したい。


(2909字)