02. 2018年FIFAワールドカップ(イングランド代表)
ある歴史
〈イングランド代表監督とカントリーボールの物語〉
このチームの監督に就いてから、おかしな球形の物体を目にするようになった。
大きさはサッカーボールくらいで、白地に赤い十字――まさにこの国の旗を表している。
選手たちの練習を指導しているときも、ベンチで試合を見守っているときも、その物体は自分の足元にいる。
バウンドして私の頭の上に乗っかってくることもある。
「あの子たちは私の子どもみたいなものだ。生徒かもしれない。まだまだ成長途中なんだ。もっと強くなるまで、見守っていたい」
練習を見ながら、私は誰にともなくそうつぶやいた。
それに応えるように、
確かに、あなたはまるで父親か学校の先生みたいだね
そんな言葉が頭の中に響いてきた。
周りを見回そうとしたが、頭の上のものが重くてうまくいかなかった。
そこで、その言葉を発した正体に思い当たった。
――〈これ〉は言葉がわかるのか。
とある試合中、私はいてもたってもいられなくなった。
ベンチを出てピッチの近くまで寄って、選手たちへ声をかけた。
そうすると、例の球体はこちらの心を見透かしたように、戦う選手たちの方へ飛んでいった。
「おい!」
私は止めようとしたけれど、それは攻防する選手たちの周りを跳ね回っている。
やがて〈ボール〉は疲れたのか、ベンチの方へ転がってきた。
まるで交代の選手が戻ってくるように。
そいつに向かって声をかけた。
「頼むよ、みんなの邪魔をしないように」
国旗をつけた球体は、ぴょんと跳ね上がってこちらの足元に落ち着いた。
うなずいたつもりなのだろう。
私はそう決めつけた。
その試合に勝ったあと、選手たちは踊りながら喜んでいた。
いつの間にかその物体もみんなに加わって、うれしそうに跳ねている。
私にはその〈ボール〉が、チームの守り神だと思えてきた。
* * *
準決勝が終わり……3位決定戦も終わった。
みんなで帰国の準備をしていた。
球体はまだ私の足元にいる。
われわれが2回も敗退したのを知っているのか、元気がなさそうだ。
私はそれを両手で拾い上げて、抱えた。
じっと国旗模様を見つめて、声に出した。
「ここまで見守ってくれてありがとう。……私はみんなにとっていい監督になれたかな?」
〈ボール〉は首をかしげるように、両手の中で少し動いた。
そして、霞のように消えてしまった。
私は仰天して、周りを見回した。
「監督! 何を探してるんですか?」
選手たちがやってきた。
「その……ボールを――いや、いいんだ」
若者たちは顔を見合わせた。
そして、全員が一斉に口を開いた。
「監督、疲れてますか? しばらくサッカーのことは忘れて、しっかり休まなくちゃ」
「あなたはぼくたちの先生なんだから、元気でいてください」
「いや、親父さんだよ! ……親父って呼ぶには紳士すぎるけど」
「おれたちみんな、あなたを心配してます」
「あれ、監督、笑ってる? よかった。心配させないでくださいよ~~」
私は心の中であの〈ボール〉に語りかけた。
――さっきの質問、みんなが答えを教えてくれたよ。
* * *
選手たちも、ファンたちも、みんなあなたに感謝してる
この大会はとっても楽しかった
次の大会も遊びに来るよ
よろしくね
私はこの国の歴史
今、あなたたちも私の一部になった
fin.