15. きみの時間がやってくる
フランスの先輩の先輩語り
これと同じ頃
<2013年全仏オープン決勝の後>
表彰式で、おれのパートナーは今にも崩れ落ちそうだった。
こうやってそばにいて支えていなければ、倒れてしまいそうだ。
「時間が空いたら、二人でじっくり話をしよう」
そう提案すると、彼はぼんやりとうなずいた。
* * *
表彰式後のイベントから、おれたちはやっと解放された。
静かな場所を求めて、結局自分の部屋に落ち着いた。
「ここに座って」
彼は素直にソファーに座ると、黙って自分の膝を見つめた。
おれも隣に座って、つとめて明るい声を出した。
「この2週間、すごく楽しかった。きみのおかげだ」
「おれも、先輩と試合に出るのがうれしいです。でも、今日は悔しい……あと少しだったのに」
そこで後輩は口をつぐんだ。
肩が小さく震えているのに気が付いた。
思わず手を添えると、彼はこちらの肩に頭を預けてきた。
まるで表彰式のときのように。
「いつも『あと少し』なんです」
くぐもった言葉を黙って聞いていた。
「例のウィンブルドンのときもそうだった。今日も同じだった。表彰式では自分に『いい試合だった、good loser(負けても潔い、立派な敗者)だ』って言い聞かせたんです。でも、おれはそのために選手になったわけじゃない」
後輩の話に耳を傾けながら、うなずいた。
彼のこれまでの苦労を思った。
そうだ、きみはもっと報われてもいいはずだ。
「……他の誰かと組んでいたら、あなたは優勝できたかもしれないのに」
後輩は低い声でつぶやいた。
おれは黙っていられなかった。
「そんなことを言うな。きみと一緒じゃなくちゃ、ここまで勝ち進んでこられなかったんだ」
わかってくれるといいんだが、と思いながら言い聞かせた。
「他の誰も、ローランギャロスの決勝には来れない。他の誰も、ウィンブルドンで3日間も戦い続けることはできない。他の誰も、きみのようなプレーはできない」
後輩は目を丸くして、こちらの顔を見ている。
「おれはきみのプレーが好きだよ。だから今大会は楽しかった」
彼はやっと笑顔になった。
* * *
翌日顔を合わせた後輩は、恥ずかしそうに笑った。
「昨日は取り乱してごめんなさい。先輩には何でも話せるような気がして」
太陽の光に、彼の金髪が照らされて光って見える。
……どういうわけか、彼がシングルスの優勝トロフィーにキスしている情景が目に浮かんだ。
髪も、トロフィーも、金色に輝いている。
「――きみはもうすぐ、シングルスで初めてのタイトルを獲る。おれがそう決めた。きみの好きな季節だからね」
それを聞くと、後輩は笑った。
「ほんと? すごいな……でもあなたの言うことなら、信じます」
おれはうなずいて、言葉を続けた。
「いつかは、四大大会でも優勝できるかもしれないよ。ダブルスだったら、おれもその場にいたいな」
彼は今度は真剣な顔になった。
「……また、おれとダブルスを組んでください。先輩が懲りてなければ。そして、次は絶対優勝したい」
「もちろん。次は二人で勝とう」
パートナーはこちらの目をまっすぐに見つめた。
どちらからともなく、手を差し出した。
その手を握りながら、考えた。
きみがこれまで続けてきたことは間違っていない。
ずいぶん待たされたけど、もうすぐきみの季節が――きみの時間がやってくる。