10. きみの方も勝って

イギリスのエースとアルゼンチンのエース

はるばるイギリスから電話がかかってきたのは、全米オープンが終わってしばらくたった頃だった。

「久しぶり。今、話せるか?」

「珍しいね、きみから電話してくるなんて。どうしたの?」

「9月30日の週、予定空いてるか?」

急に聞かれたものだから、あわててスケジュールを確認した。

「えーと……何の予定も入ってない」

「ちょうどよかった。東京の大会、おれの代わりに出ろよ」

「い、いきなりそんなこと言われても……きみの代わりって、もしかして」

彼は苦い声になった。

「うん、背中のことで。今シーズン残りは大会に出れないからさ。来年に備えるんだ」

「そうか。治療じゃしょうがないけど、きみとツアーで会えないのは寂しいな」

「ふーん。……東京でがんばったら、ファイナルズに出れるかもしれないぞ」

相手はぶっきらぼうにそう言った。

もしかして、ぼくの成績を気にしてくれているのかな。

でも、彼にとってぼくもライバルの一人だし、そんなことあるはずがない。

「そういうことなら、出場するよ。前に出てから何年も経ってるし」

彼はほっとしたようだ。

「そりゃよかった。ああ、念のため。間違えて北京に行くんじゃねえぞ」

「ま、間違えないよ! 東京はお寿司食べられるところだよね、きみの好きな」

二人で笑った。

「東京の大会、勝てよ。それじゃ」

あっさり電話を切られそうだったので、あわてて止めた。

「ちょっと待って。きみの方も、勝ってほしい」

「おれが?」

「うん。その、手術とか、治療のこと。勝って、元気で来年のツアーで会おうよ」

相手の声はいつもよりやわらかくなった。

「そうか……ありがとう。強くなって戻ってくる。覚悟してろよ」