北京オリンピックのスイスコンビ
先輩はシングルスの試合を終えて、チームの元へ戻ってきた。
みんなは「お疲れさま」とか「残念だったね」などと声をかけた。
彼はおれの姿を認めると一直線にこちらへやってきた。
無言で腕を引かれて、引きずられるようにその場を離れた。
「せ、先輩! どこへ……」
彼は答えない。
気がつくと、人気のない廊下へ来ていた。
先輩は廊下の壁を見つめていた。
そして、ゆっくり頭を壁に押し付けてつぶやいた。
「おれは試合に臨むときはいつも、自分が勝つつもりでいるんだ。でも次のダブルスの試合は」
何となく、耳をふさぎたいような、そこから逃げ出したいような気分になった。
「――とても自信がない」
彼がこんなことを言うのを初めて聞いた。
おれは頭を必死で回転させた。
彼のためにできることは何だろう。
「ダブルスは一人じゃないよ。おれじゃ頼りにならないかもしれないけどさ」
おれは先輩の肩に手を置いた。
「何ていうか、あなたと一緒に出場できるだけで満足なんだ。できれば、長くコートにいたいけど」
最後の言葉は、冗談ぽく聞こえればいいと思った。
すると彼は、顔を壁からこちらの方に向けた。
「本気でそう思ってるのか? メダルを狙えるくらいに」
その目は、試合中のように鋭かった。
まるで二人でコートに立っているような錯覚を覚えた。
「うん。どこのチームよりも長くコートにいたい。そして……」
先輩の口が、何かを言いたそうに動いた。
おれはそれにかまわず言葉を続けた。
「金メダルがほしい」
二人の声が重なった。
* * *
チームのところに戻ると、何をしていたのかとみんなから質問攻めにあった。
「ダブルスの作戦会議です。そうだよね、先輩?」
彼は照れたように微笑んだ。