136 (2021年1月15日)
「 ○○評の本ばかり 」
ここ最近私が読んだ本は、「 いつだって読むのは目の前の一冊なのだ」(池澤夏樹)
「ぜんぶ本の話」(池澤夏樹・池澤春菜) 「中古典のすすめ」「忖度しません」(2冊斎藤美奈子)
「画家とモデル」「運命の絵」「恐怖と愛の映画102」(3冊中野京子)など書評・絵画評・
映画評などが多い。
本吉(移動図書館)で借りて読んだだけで自分では持っていない本もあるし、持っていても
「いつだって・・」などは16年分の分厚い読書日記でページ数は700ページ挙げてある本は
444冊らしいので一気には読めなくて、読みかけの本が途切れたときに少しずつ読んでいる
ところだ。池澤夏樹は「スティル・ライフ」「マシアス・ギリの失脚」など好きな小説がいくつか
あるが、全部の小説をそんなに好きというわけではなく書評やエッセイのほうがむしろ好きなのだ。
斎藤美奈子は文芸評論家かと思っていたが守備範囲は広く、書店の社会評論の棚に置いて
あることもある。嫌味のない率直な笑える文体が好きだ。厚さ5㎝13年分の書評集「本と本」(2008)も
持っている。これは買った時全部読んだが、その後に改めて参考になるところも多い。
中野京子は「怖い絵」以来愛読し、一枚の絵にそれほどの背景があったのかと解説に驚く。
また分かったつもりになっていた複雑なヨーロッパの家系図が整理され復習できる。映画にも
詳しかったことも今回知った。
人に何か勧められてもあまり素直には従わない私で、新聞の読書欄もこの頃は書名を軽く
見るぐらいだが、この3人の知識と感性はとても信頼しているので、本でも絵でも映画でもともかく
私も横から覗き込んでいたい。
ただそこに紹介されているものすべてを自分で実際に触れているかというと数の上でまず無理だし、
また読んだり観たりしてみてもあまり心が動かないことも実はある。受け入れる私の土壌が
追い付いていないからだが、でもその読み方受け取り方を知ることには新鮮な喜びがある。
一方で、こんな風にその入り口ばかりうろうろしていて、それで満足していてどうするんだという気も
しないではない。このような入門書は道の始めの若い人のための本で、人生の終わりに読むものでは
ないのではと。 私は常に入り口や外側にいただけの人間だったということなのだろうか?
それを否定するためにとりあえず実物に辿り着いた一冊が、女優水野美紀のエッセイ「私の中の
おっさん」だ。池澤夏樹が2013年に女優とは知らずに読み「脳のすみずみまでほぐされ・・・
ただ者ではない」と書いている。借りて読もうと思ったが図書館には長崎にも諫早にもない。
仕方がないから買って読み、そして「脳のすみずみまでほぐされ」た。
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137 (2021年2月15日)
「 一年経って 」
去年の今頃は新型コロナウイルスへの一抹の不安は覚えながらも、静岡の義母の墓参りを兼ねた
関東圏への旅の途上だった。久しぶりの遠出に胸がわくわくし東京の「ハマスホイ展」や「アーティゾン
美術館オープニング展」を観て金沢の21世紀美術館までも足を延ばし予定通りに帰宅した。
がその後県外に出たのは11月に日帰りで北九州の「マチネの終わりに」のギターコンサートに
平野啓一郎見たさに出かけただけ。県外の人との接触は7月に車でやってきた広島の孫一家、
9月にJRで帰省した福岡の娘との2回だけだ。これらすべて以後2週間の行動はできる限り自粛し
異常なしで終わった時はほっとした。
この1年仕事や職場や住む家もなくなり路頭に迷っている人たちが多いのに、元々年金生活だったから
収入の減少は今のところなく、出かけなくなったから支出が減り経済的にそんなに困っていないのは
申し訳ないことだ。
性格的にも一人でじっとしているのが好きだし、美術館のボランティアは中止再開また中止を繰り返して
いるが、音訳校正のほうはステイホームで音訳者さんの読みははかどっているようで以前より増えている。
直接の人との接触は減ったけれどこれまで遠いことで交流しにくかった友達や親戚らとLINEが始まり随分
距離が縮まった。また出かけるのが難しかった講演会などもZOOMで視聴できたのは有り難いことだ。
ただこの先いつまでこの状態が続くのだろう?
ペストは何世紀もの間世界中で荒れ狂い、スペイン風邪は日本では38万人が死んだとされ第一波から
第三波が終息するまで足かけ4年かかっている。
今回は科学技術の進歩で予想より早くワクチン接種は始まるようだからそんなに悲観することはないのかも
しれないが。
当初から不可解だったのは日本のPCR検査の少なさである。感染を止めたいと思うならまず検査し感染者を
見つけ出し他の人に広めないよう手立てするしかないと思われるのにそれに向かわない日本政府とは何だった
のだろう。医療者すら「検査しても仕方ない、検査をしないことで感染を抑えている」という奇天烈な理論を
唱えるのには頭がおかしくなりそうだ。
軍事にだけは熱心だが、コロナという重大有事に対しては無能を曝した挙句病気を理由にさっさと責任を
放棄した前総理。地味でも口下手でもやる気と誠意が感じられればいいが携帯を安くしてやるから
他は自助でとGOTOしか考えていなかったふしの現総理には幻滅しかない。
文句ばかり言っていても仕方ない。そして2日前の福島・宮城の大地震、津波がなかったのは不幸中の
幸いだが、10年前の余震とは自然は恐ろしいという恐怖ばかり募る。
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138 (2021年3月15日)
「 無事だったお雛様 」
あまりしきたりとか伝統行事とかには関心がないほうで子どもを育てる際にも同様なのだが、
自分が経験したことは同じようにしてやりたい気持ちはある。
3・4歳頃着物を着て人形を持つふてくされた顔の私の写真が記憶にあるので、娘ら上が7歳
下が3歳の時親戚から借りた着物を私が着せて神社でスナップ写真を撮った。
また私が育った家に古い鴨居まで届く雛飾りがあり毎年飾っていたので、娘ら二人にも揃えてやりたく
二人目が生まれた年やっと夫に定職が決まり余裕も少しできたので、雛飾りを奮発することにした。
いろいろ物色していると、大がかりでも数万円のものもあれば男雛女雛の一対だけでも何十万も
するものがあり、金銭感覚が麻痺してくる。結局こじんまり(畳半畳高さ60cm位)として顔立ちが
上品な十五体三段組二十万円のものにした。当時の自分たちにとって途轍もなく高価だったが
一括現金で購入した。以後のわが家の歴史の中でも家関係や旅行費用を別にすれば、
車もないのでアップライトピアノ四十万に次ぐ高額商品である。
そして毎年雛の節句に愛でていたが、娘たちが18歳で家を出て行ってからは出すこともなくなり、
亡くなる前の母が来た時出したことがあるがそれもニ十年近く昔のことだ。
一度出してみなければと気になりながらそのまま、去年終活で家の中をかなり片づけた時も
優先順位の高いものを先にしているとやがて暑くなり手つかずで終わってしまった。
が今年の三月三日、校正も来てない他の雑用も特にない、しかも好天、今しかないの決意で
天袋から大きな桐箱一箱紙箱二箱を引っ張り出した。蓋を開き段を組み立て人形を一体一体
取り出していく。驚いたことにどこも異常は見当たらない。虫も来ていない。雪洞の和紙の
部分が茶色になっているだけだ。対策としてはピアノの乾燥剤を封筒に小分けして入れていた
だけなのに。雛匠武政の本仕立雛あっぱれである。
しかし冠や烏帽子をかぶせるのは難しく、官女や五人囃子の小物を持たせても今にも落ちそうだ。
随身は付属品が多すぎる。 また三段に十五体どうやって納めていたのか? 親王と三人官女が
同じ段でいいのだろうか? 忘れていることわからないこと細かで面倒くさいことだらけだが
何とか飾り終えた。昔の気品は勿論そのまま。お内裏様は「麒麟がくる」の玉三郎によく似ている。
無事であったことに安堵し、一日風を当てると夕刻には片づけた。
しかしこうして変わらぬ状態であったのは、この地が大火事にも大地震にも豪雨にも津波にも
襲われることなく今に至ったからだ。30年前台風で屋根の片側が見事に飛ばされるという経験を
しているけれど、これをしまっていた一階の押入は雨風を免れた。恵まれていたに尽きる。
昨今の頻繁な大災害、10年前の3・11は原発事故という人災も加わり未だ何も終わっていない。
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139 (2021年4月15日)
「 伊藤理佐(さん)の漫画 」
これでいいのだろうかと自分で思うくらいこの頃新聞を読まない。
毎日昼頃初めて新聞を手に取り、裏の番組欄をさっと眺め次に全国コロナ感染者数を見て
(これはなぜか毎回多い少ない各10都道府県の順を確認する)、朝日川柳・かたえくぼ欄は
丁寧に読み、他は見出しを見てその気になった記事だけを読む。土曜日の読書欄も書名
著者名評者名を確認するくらい、月1回の文芸雑誌の広告(朝日はこれが大きい)はどんな作家が
名を連ねているか確認。今連載中の池澤夏樹の小説は終わってからまとめて読もうと毎日切り
抜いているが面倒なので、早く終わるか掲載場所を紙面の一番下にしてほしいと思っている。
こんないい加減な新聞との付き合い方だが、隔週金曜の伊藤理佐さんの「オトナになった女子
たちへ」は毎回楽しみにし、ここ3年ほどは切り抜きもしている。連載が始まったのは2012年のようだ。
エッセイと雑な感じの一コマ漫画。そこに描かれた著者の姿から本人もそうだろうと想像していたが、
いつか編集者が「フツウの女の人でびっくりしました。もっとこうだらしない人がくるかと思ってました!」
と言う一コマを見たことがあるので本人とのギャップは少しありそうだ。あまりイメージをこわさないで
ほしいが。そういえばデビュー30年で新聞に載っていた写真はオトナしそうだった。
「お父さんの休日」「やっちまったよ一戸建て」「おんなの窓」などは単行本も手に入れた。
題材は、家族のこと、飼っている猫のこと、家を建てた顛末、独身という境遇(一度は結婚していた
ようだが)、再婚(相手の吉田戦車の「伝染るんです」は昔話題となり1冊持っている)、育児、ママ友、
近所の人たち・・・全部著者の身辺の出来事だ。
とにかく面白い。爆笑というほどではないが、ちょっとした可笑しさがなんとも言えない。今まで手付かず
だった脳の領域に刺激が与えられ、くすぐられ、新鮮な気持ちで笑わせてくれる。でも笑えるところを
説明しようとしても、改めてどれか取り上げてもそんなに面白いわけでもなく、それをすると彼女を誤解
されそうだ。新聞連載にも毎回次の週に前回の内容についての読者の投書が載っているがそれを
見てももうずれた感じがする。 笑いというものは刹那的で、説明しようとしてもその時から可笑しさは
失せていく。
笑いのセンスは私にはないし求めてもいないが、この日常のずれた見方その新しさは、私も月1回ほどの
ここの文章の中に表現したかったもの感じたかったものなのではないかという気がしている。
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140 (2021年5月15日)
「シェイプ・オブ・ウオーター ―映画・読書―」
映画のノベライズがなぜ必要なのだろうと思っていた。元々小説だったものが映画化されることは
よくあり、本を読んでなくても映画を観たことで読んだ気になっている人もいる。でも映画の後の
ノベライズは文字に映像のイメージがついてまわり本来の小説ではない。映画のヒットに便乗した
売らんかな主義の産物だろうと思っていた。
がアニメ「名探偵コナン」のノベライズを音訳で知り、視覚に障害のある人が副音声と共に映画を
聴くよりノベライズを聴くほうがいいのかもしれないと思うようにはなった。
である日「シェイプ・オブ・ウオーター」という文庫本を古本屋で見つけ、こんな本があったことを知り、
その分厚さに商業主義のノベライズとは違うものを感じ買って読んでみた。
映画のギレルモ・デル・トロ監督は、「パンズ・ラビリンス」で好きな監督なのだが、その後ほかの
「パシフィック・リム」「ミミック」「クリムゾン・ピーク」では特別な共感を覚えることはなく、「パンズ・
ラビリンス」の良さはまぐれだったのかと忘れかけていたところ、「シェイプ・オブ・ウオーター」で
感動再びとなったのだった。
ヒロインと半魚人との奇妙といってもいい愛、1960年代のレトロな背景、映画館の上の質素な住まい、
懐かしい雰囲気の音楽、水、窓の水滴の幻想的な美しさ。アマゾンの神ともされていた半魚人(ギル神・
デボニアン)の姿が「パンズ・ラビリンス」のパン牧羊神に似ているのは監督の好みなのだろう。
ただ残酷な場面が「パンズ・ラビリンス」と同じく一部あり、そこは指の間から観ることになるのだが。
アカデミー賞の作品・監督・作曲・美術の4部門を受賞した。受賞作品でも共感しないことがあるが
これは心の底から納得できた。
あの映画のノベライズがどんなものかと読み始めたが、600ページのこの本は映画への共感をさらに
深いものにし、それぞれの登場人物像を生い立ちに遡り語り尽くし、映画では脇役であった人々、
掃除婦仲間ゼルダ・隣人ジャイルズ・司令官ストリックランド・その妻レイニー・研究者ホフステトラーが
生き生きと描かれ、ヒロインのイライザを取り巻く群像劇が浮かび上がり、すべての人たちを愛おしく
感じさせてくれる。
この小説はギレルモ・デル・トロとダニエル・クラウスの共著となっているが、始まりは「政府極秘機関の
清掃員が、施設内で見つけた水陸両生のクリーチャーを脱出させて家に連れて帰ったらどうなるだろう」
というクラウスのヒントがきっかけで映画も小説も生まれたのだという。
読後もう一度HDDに保存していた映画を観たが、イライザの首の傷跡や靴のこだわりへの理解も深まり、
最初の感動が薄れることはなかった。映画も小説もそれぞれ素晴らしい完成品なのだ。
クラウスの他の本も読みたいが残念ながらまだ翻訳されていない。
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