121 (2019年10月30日)
「 わかっていること 」
世の中わからないことのほうが多いけれどわかっていることもいろいろある。例えば日本には
四季があるとか。日本の夏は暑いとか。そして地球温暖化の影響かその夏の蒸し暑さは年々
耐えがたいものになっているということも、少しでも日本を知っている人には常識だった。その
最中の7月24日から8月9日にオリンピックが開催される。スポーツ好きでオリンピックが日本で
開かれることを願っている人にとってもこの時期は望ましいものではなかったはずだ。でも最大
スポンサーのアメリカ三大ネットワークの意向をはねのけることはできない。
元々嘘で固めた招致劇だった。福島の汚染水はアンダーコントロールと言い、その季節の日本は
温暖で快適だと。そして東北で開くのでもないのに復興オリンピックと銘打つ。
そのウンザリするような了解事項が開催まで10か月を切った今になって、マラソン・競歩は札幌で
などという案がIOCから提出され、関係者一同チケットを買った観客も含めて右往左往している。
決定は明後日午後2時半に発表されるらしい。
選手たちは商業主義にまみれた現在のオリンピックを本当に待ち望んでいるのだろうか?
それぞれの種目の世界選手権は毎年のように開催されている。そのほうが丁寧に観戦してもらえて
いいのではないかと思う。どうして何種目も一度に同じ場所でしなければいけないのだろう?
ま元々運動嫌いで自分でするのは勿論観ることも少ない私、しかも人が大勢集まるお祭り騒ぎは
敬遠してしまう変わり者の私には何も言う資格はないだろうけれど。
わかりきっていたことで大きな組織が混乱しているのが可笑しくも哀しい。傍観者としてこの事態から
何を学んだらいいのか?一つ聞こえてくるのがこれまで準備に費やしてきたお金が無駄になるという声。
これは多くの公共工事の時に見られるゴリ押しの論理だ。身近な実例で諫早湾干拓がある。今なお
漁業者・農業者・県・国らで軋轢を生んでいる。どこかで防災のためだけの必要最小限の工事に
とどまっていればこれほどの後遺症はなかっただろうに。
そしてまだ完成せず、佐賀県との調整も進まない長崎新幹線。乗り換えなしで本州に行けるのなら
少しはメリットがあるかと思うが、そこが確かでないなら今ある特急かもめで十分なのだけれど。
*翌日マラソン・競歩の札幌開催が正式決定された。 5日の朝日新聞に掲載された
滋賀県の方の川柳「マラソンは冬季五輪に移動する」 室外競技は全部そうすればいいのに。
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122 (2019年11月30日)
「 クッキングと人生相談 」―読書
著者:枝元なほみ&『ビッグイシュー』販売者 発行:ビッグイシュー日本 2019年
「ビッグイシュー」という雑誌をホームレスの人が路上で売っている、ということだけは知っていた。
長崎にもホームレスの人はいるが、長崎では販売されていない。現在九州では熊本のビプレス
熊日会館前だけのようだ。イギリスで始まった、ホームレスの人に仕事を提供する試みで、1冊
350円で月2回発行され、販売者には1冊につき180円の利益がある。
その雑誌で人気の人生相談のコーナーから48回分を選びまとめた特別版がこの「クッキングと
人生相談」だ。値段は1528円プラス税。音訳ボランティアの関係でこの本を読み聞くことができた。
人生相談は新聞や雑誌によくあるが、回答者は有識者や専門家などが多いのではないだろうか?
この本ではホームレスの人が自分の人生を振り返りながら温かく相談に応じ、料理研究家の枝元
なほみさんがその悩みにあった料理を紹介している。
悩みはいろいろだが、例えば「家族や友人に弱みを見せられません。本当は誰かに頼りたいのに・・・。
どうやったら頼れるでしょう?」という29歳の女性の相談に、「平気なふりができるなんてすごいなあ~。
(どうしたらいいか)あなたもわかっているんじゃないかなあ。素直になればいいだけ・・・。どこかに足を
ぶつけて痛い時は『イターイッーー』って叫べばいい・・・」とまああまり有効ではないかもしれないが、
何となくほっとするような回答に続いて料理は、「痛い時にはイターイッと言えるよう、辛いものを食べて
カラーイッと叫ぶ練習をしましょう・・」と「タイ風チキンカレー」が紹介されている。
これは I(アイ」)さんという男性が相談者だが、他にSさんTさんなどここには8人がおり、ホームレスの人の
人生も回答の中に垣間見られる。料理はそんなに凝ったものではないが、悩みと料理を結びつける
枝元さんのコメントも微笑ましい。
音訳校正作業が終わると本は返したのだが、その後自分でも欲しくなり、いつもはアマゾンの1円
ユーズドをまず漁る私だが、今回はカンパも兼ねて発行元から定価で買った。でも私が実際に
作ったのはまだ「あまやかしパフェ」だけ。そこの相談は「人の言葉を深刻に受けとめてしまいます」
という22歳の女性からのものだった。私の悩みは彼女とは逆で「人を深刻にさせてしまう言葉を
よく言ってしまい落ち込みます」なんだけど、ともかくパフェはおいしくいただいた。
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123 (2019年12月30日)
「 手離せるもの 」
我が家で最大の自然災害は1991年の19号台風で屋根が飛んことだ。住まいの最低条件である
雨露をしのぐことが出来ない状態になったのは信じられないことで、おろおろしているうちに気が
付いてみれば電気も水道も止まっていた。
屋根がないことは勿論大打撃だが、壊れた家をかまっていて汚れた手を洗おうとして水が使えない辛さ。
そこからは水・水・・・と水の再開を待ち続けた。
友人が20Lタンクで水を持ってきてくれた時には神様に思え、この友人夫婦には飛んだ屋根に
ビニールシートをかけてもらったこともあり、今も頭があがらない。
人の生存に必要なものはまず空気・酸素だが、次は水だ。水と熱があれば生きていける。電気なんか
その後でいい。先日も台風で12時間停電になったが、水とガスで調理しローソクの灯りで食事した。
今年も自然災害が各地を見舞い、この年末もその状態から十分復旧できていない人たちも多いと
聞く。災害の頻度と強度は年々増すばかりだ。
しかもこの自然災害は人間の暮らし方が引き起こしている人工災害と言ってもいいそうだ。
二酸化炭素を排出し、温暖化を招き、海水温を上昇させ、氷山を溶かす。これまでに経験
したことのない脅威が襲いかかってくる。
温暖化に対してすぐさま対策を講じなければならない。スウェーデンの少女グレタ・トウーンベリさんの
怒りは当然なのだ。一人では何もできないという私の思い込みを覆して、たった一人のストライキから
始めて世界中の若い人達を動かしている彼女。動いていないのは動かす力を持った政治家たち
権力者たち。
でも一方でもう遅いのではないかという無力感にも襲われる。一般人としてはかなりの環境オタクの
つもりだった私だが、飛行機は二酸化炭素の排出量が多いからと、ヨットでイギリスからアメリカまで
移動するトウーンベリさんにはかなわない。
知ってしまった便利さを人はどこまで手離すことができるのか?空気と水だけで満足していられるのは
どれほどの期間だろう?
否応なく原始時代にタイムトリップでもさせられない限り暮らし方を変えることはできないのでは
ないだろうか。 そうしているうちに本当に原始時代に後退させる大災害が地球規模で起こるかも
しれないのだけれど。
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124 (2020年1月30日)
「 シュヴァルの理想宮 」
この建物のことを知ったのは、昔澁澤龍彦の「幻想の画廊から」という本だった。
美術出版社発行で、20センチ×20センチくらいの正方形の表紙、白黒だが写真も多く使われた
綺麗な本だった。ヴァルチュスやマグリットなど幻想好きの私に大きな意味を持つ大切なものだった
けれど、今手元にあるのは「澁澤龍彦集成Ⅳ」(桃源社)に納められたもので、写真も一応あるが
2段組みにギュッと縮められた悲しい装丁だ。
元のあの本はどうしたのだろう?図書館で借りたものだったろうか?貧乏学生には高価で、買える
ようになった時には絶版で、集成に納められたもので我慢するしかなかったということだろうか?
その本の一つの章が「幻想の城 ルドヴィヒ二世と郵便屋シュヴァル」で、ノイシュバンシュタイン城などの
狂王ルートヴィヒ二世とともにこのジョセフ・フェルディナン・シュヴァル(1836-1924)のことが紹介されている。
フランス東南部ドローム州オートリヴの郵便配達夫シュヴァルが43才の時、配達途中に躓いた石の形が
奇妙だったのがきっかけで石を集めるようになり、集めた石で作り上げたのが、長さ26メートル、幅14メートル
高さ12メートルのこの宮殿だ。
たった一人で33年かけて村人から狂人扱いされながら屈することなく完成させた。すっきり洗練されたとは
いいがたい、アラビア風というかインド風というか色々な様式が入り混じり、洞窟のような内部を独特の像や柱や
廻廊が取り巻いている。シュヴァルはこの美意識をどこでどう培ったのだろうか?いつか本物を見たいと
調べたがかなり行きにくい場所のようだ。
それが映画になっている。フランス2018年監督ニルス・タヴェルニエ。
名画座セントラルでその回5人の観客の一人として観ることが出来た。
写真のシュヴァルによく似たジャック・ガンブランという俳優が演じている。シュヴァルは、妻を亡くし、幼い息子を
妹に預け、再婚し、娘が生まれ、城を作るのはこの娘のためとされているがその娘も病気で亡くし、成人してから
交流のあった息子も亡くし、そしてまた二度目の妻も亡くす。
配達の仕事は地道に続け、勤続30年で表彰される場面があったが、この間配り歩いた道のりは地球5周分に
あたるという。
城の様子が詳しくわかるというより、貧しく無口で頑固な男がたった一人33年間ひたすら石を集め石灰をこね
城を築き上げたという、シュヴァルのいる田舎の風景が印象に残る静かな美しい映画だった。
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125 (2020年2月29日)
「 パラサイト 」と「 万引き家族 」
今年のアカデミー賞で、韓国映画「パラサイト」が作品賞・監督賞・国際(旧外国語)映画賞・脚本賞の
四冠獲得と報じられた翌々日、出かけたついでにTOHOシネマズでこの映画を観ることができた。
確かに面白い。よくできている。「半地下の家族」という副題は、日本だけのものかもしれないが意味
深長だ。豪邸の佇まいは、レベルは違うけど黒澤明の「天国と地獄」をなぜか思い出した。抒情的な
最後もいい。
でも凄すぎる部門四冠に期待しすぎたのかもしれないが、文句なしのエンターテイメントの親玉という
感じでそれ以上でも以下でもない。まあそれで十分なのだけれど。
貧困家庭の話、意表を突く展開という説明を聞いて是枝裕和の「万引き家族」と勝手に結び付けていた
私が、勝手に少し物足りなさを感じている。「万引き家族」にあった心にずっしり響くものがない。
面白いというだけ。
「万引き家族」もカンヌではパルムドールを獲ったけれどアカデミー賞は何もない。こちらこそ安藤
サクラの女優賞を加えて五冠でもいいのに。
映画賞の基準はその年の状況・環境・審査員の心情に左右されるし、受賞していることが数ある
映画の中でそれを観てみようかと手がかりになることがあるが、裏切られたりがっかりすることもある。
人の心に訴えるものとは人それぞれでいいのだと思う。自分なりの視点を持ち、また他者の様々な
観方を知る。
「パラサイト」の俳優たちは演技賞にノミネートされていない。外国語だと演技の評価も難しいかと一瞬
思ったが、それはない。言葉はわからなくても通じるものがある。
以前テレビで「ミス・ポター」を観るつもりなく少し観ていて、レニー(レネイ)・ゼルウイガーから目が
離せなくなり最後まで観てしまった。今回彼女は「ジュディ」で主演女優賞を獲っている。
俳優の演技が上手なのか下手なのか私はあまりわからないのだけれど、みるともなくみさせてしまうのが
上手さなのだろうか?
昔、面白くなくてあまり観ていなかったNHKの朝ドラに、倍賞千恵子が出始めたらその回だけは
吸い寄せられるように観てしまった。逆にある俳優が出ているとイケメンなのだけど画面がつまらない
気がしてやめてしまうこともある。感じ方って面白い。
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