繰り返しになりますが,ここでは,法令の「専門家」になるためのひとつの方法論を述べていきます。
当たり前の話ですが,「専門家」になるためには,相応の時間と負荷を掛ける必要があります。良くあるビジネスマンの啓発本などにみられる「スキマ時間を活用・・」「通勤時間に・・」というのを勉強と呼ぶかどうかはさておいて,それらの類いは,ここでいう専門家になるための勉強には含まれません。求められる知識や理論を修得するためには,その分野にどっぷりと浸かり,そこで得た知識を血肉としなければなりません。何故,近年,専門分野のスペシャリスト養成に専門職大学院教育を設けるようになったかを考えてみると分かりやすいでしょう。
では,どのような勉強法が良いかについてですが,以下の4つの要素が挙げられます。
①最新の条文
②専門書
③過去問
④判例
ちなみに,海事代理士試験の試験政策的な観点を考慮して,重要なものから順に並べてみました。順次みていきましょう。
①最新の条文
敢えて「最新の」条文としてあります。士業と呼ばれる資格は,ときには何の訓練も無く実務にあたることがあります。そのために,最新の条文を押さえる必要があります。試験でも出ないとは限りません。 何より,法律に携わるのであれば,最大・最良のツールは条文です。巷に溢れる内容の精度が保証されていない書籍や,Web上の情報(情報の精度が保証されていないもの)ではありません。何か分からない事があれば,真っ先に戻るべきツールそれが条文です。常にこれを意識してください。
その条文は,海事六法等もありますが,海事代理士試験の法令数が極めて多数に上ること,以下でみる過去問に当たる際に検索する必要性が極めて高い事を考えると,条文については,
の利用をお勧めします。これを出題範囲に含まれる条文をPDF形式で保存して,ノートPCやタブレットのPDFソフトやアプリを使って検索できるようにしておいてください。また,やはり書き込みや,読み込みの便宜のためにプリントアウトして常に読めるようにしておいてください(なお,同システムのデータの精度には問題ありません)。
ただし,プリントアウトについては,条文の多さから海事法令集を購入するよりコストがかかることもあります。そこは,各自で格安のプリントサービスを利用するか,最初から海事法令集を買うかのいずれ かを決めて下さい。
②専門書
ここでいう専門書とは,然るべき専門家,研究者が書いた書籍を言います。とくに,当該法令分野の研究者(大学・大学院等)のものです。所謂「合格指南本」の類いは含みません。購入にあたっては,最後 のページに著者の略歴があるのでそれを参照して下さい。
具体的にどのような書籍が良いかを参考までに挙げておきます(法令についての初学者向け)。
・憲法:憲法1 人権 (有斐閣アルマ) 渋谷 秀樹 (著), 赤坂 正浩 (著) 憲法2 統治 (有斐閣アルマ) 同(著)
・民法:民法入門全 潮見佳男 (著) 有斐閣
・商法(海商法):海商法 中村 眞澄 (著), 箱井 崇史 (著) 成文堂
・その他の海事法令:概説 海事法規 神戸大学海事科学研究科海事法規研究会 (著) 成山堂書店
*国土交通省設置法等については以下で述べます。
*民法の必要最小限度の知識を入れるには極めて有益です。ただし民法改正との関係に注意して下さい。
*「概説 海事法規」には,海事代理士試験科目の法令が全て記述されていません。あくまで海事法規の概観です。
*改訂版,最新版を含めて各自調べて下さい。
以上はあくまで参考です。価格は比較と評価の問題ですが,高価と感じられる方もおられるでしょう。また,経済的に難しい方,難易度の高さに購入をためらわれる方もあるでしょう。専門書の購入が難しい 方は,居住する近隣大学図書館や,公立図書館等で取り寄せるなどしてみてください。特に近隣大学図書館は,一般公開してあるという条件が必要ですが,専門分野の勉強には一番お勧めです。専門書を読みこなす事に不安を感じられる方については,読みこなすコツを後に述べます。
③過去問
海事代理士も試験である以上,過去問を解くのは必須の勉強法です。また,信頼できる唯一・絶対の公式問題集です。
過去10年分程度は,解答を含めてHPからダウンロードしてプリントアウトして下さい。繰り返しますこれは絶対必要です。解き方については後に述べます。
④判例
判例は,法律を学ぶにあたっては必須の要素です。しかしながら,海事代理士では,一部を除いて判例の判旨や,その理論,判例の射程等の詳細は試験政策上求められる事はほぼありません。ただし,判例の結論程度は,憲法,民法,ときには商法で出題されることがあります。
本来,法律を学ぶためには,判例の原文を読み,考える必要があるのですが,海事代理士の試験政策上,上記②専門書記載の判例の解説(要約)で良いと思います。特に,判例集を揃える必要はありません。
もちろん,勉強速度の速い人,既に勉強をしていて時間的余裕がある方は,判例集を購入しても,無駄にはならないどころか,今後,自らの知識をより高度なものにしてくれるでしょう。
⑤補足
最後に,受験予備校の類いで,受験指導を受けなくてはと考える方もいらっしゃるかと思いますので,この点について補足しておきます。
結論から述べると,不要です。この点については,多数の資格試験に該当するのですが,当該分野について,しかるべき専門教育・訓練を受けた指導者(研究者)であれば問題ないのですが,巷にはそうでないものが氾濫しているのが現状です。テキストでも同様です。
繰り返しますが,頼るべきは条文(ときには判例),然るべき専門家によって書かれた専門書です。