書誌情報
標題: 宗教と経済
著者: 黒正巌
発行所: 本願寺布教研究所
叢書: 教化叢書第三輯
発行日: 昭和十五年五月十五日
作業中につき、引用注意 章番号は原文にはない
宗教と経済
黒正 巌 述
1. はじめに
私は経済の学問に没頭してゐるものであります。従来の経済学はものに就いての研究をなすもので、こころの問題は之を取り扱はなかったのであります。仏法からいへば外道に属するものでありませう。もっとも仏教においても、物(色)に就いて色々と考へられ、随って経済についての教の蓄へはあるだらうと思ふ。唯物史観の見解が浅薄だといふことは、結局心の態度であるから、精神的に深くなつてゆけば行く程物質に対しての深い意味を発見してゆくわけであります。しかし、今日われわれがやつてをります経済学といふものは、必ずしもさういふ意味のものではないかも知れない。唯物的に、専ら利潤と貨幣について識れといふことであります。まあ、心と物との交渉といふやうなことであらうと思ふのであります。
宗教の信仰といふやうなものは、多くの場合、経済的精神的に恵まれぬやうな場合に救ひに来るやうに見える一面があります。勿論、真の意味の信仰といふものは、真理に対して起るところの崇高なる感情であり、単に漠然と考へられたといふやうな淡はかなものではないのであらうけれども、何か経済的に大きな衝動をうけるとか、精神的な苦しい悩みがあるとかいふやうなときに熱烈に求められる場合が非常に多いやうである。春の海ひねもすのたりの太平な海を、一等船客となつて観光してゐるといふやうなときには助け船は求めないのであります。さういふことは事実あるだらうと思ふ。
私は生来のん気なたちで、どうも煩悶などといふものが無いのであります。しかし、私の若い頃は、流行ったというては変ですが禅宗が流行って、近所の禅寺へ行って一週間ばかりも坐つて、老師から隻手の声とかいふ公案を与へられ、何でも「無」と言うたらよいのだといふわけで「むうむう」とやつたものであります。またその頃は哲学でもショーペンハウエルが流行ったものであります。これは御承知の通り厭世哲学といはれるもので、私どもから見ますと、どうも仏教に近いものがあるやうに思はれるのでありますが、さういふわけで、宗教問題に少しも関心を持たなかったといふわけではありませぬ。そして、当時はまだ、物の問題、経済などを取扱ふことは上品なことでないやうに考へられてゐたものであります。
ところが最近になってから西洋の学者なども深く考へ出して来まして、例へばマックス・ウェバー (Max Weber) が、『宗教社会学』といふ書物を書いた、これは文章が頗る難解なものでありますが、物の問題も心の問題を外にしては解決がつかないといふことを指摘し主張してゐるのであります。即ち宗教と社会生活・経済との関係を深く研究してゐます。さういふ工合で、経済学とは何ぞやといふ定義についても、最近はいよいよわからなくなってしまった、今から二十年位前まではさう困らなかったのでありますが、最近わからなくなって来た。これは私だけではありませぬけれども、経済の問題はどうしても精神といふものを外にしては解決せられないといふことを感じて来たのであります。そこで先づ近頃の経済学界の動向といふやうなことについてお話し、更に今後の経済問題を述べようと思います。
2. 経済学とは何か
いままでは、経済学とは何ぞやといへば、それは、計量し得るものでしかも稀少にあるものについて、さういふものをわれわれの生活の上に、どういふ考へで生産し配給してゆくかといふ体系組織を探求してゆくものであると考へられてゐたのであります。
単に有用な問題、例へば宗教問題、恋愛問題の如き計量することの出来ないものは経済学の対象とはならない、空気とか水だとかといふ、計量は出来るが無尽蔵にあるものも経済学の対象とすることは出来ない。換言すれば、われわれの必要とするもので、しかも欠乏してゐるものが経済学の範疇――目標として取扱はれるわけであります。つまり、わかり易く申しますと、従来「貨幣は社会の公分母である」といふことがいはれてゐるが、われわれの生活に必要とするものにはみな値段が付いてるる、この値段のついたもの、すなはち貨幣でもつて換算出来るものであれば悉く、経済学の対象となるのであります。すなはち
$$物 = 貨幣 = x\text{円}$$
この式にあてはまるものは経済学の対象となるのであります。例へば岩石――山にある邪魔になつてゐるやうな岩山は経済学の対象とはならないが、それが庭間におかれて鑑賞されうるやうになれば、この石は立派に経済学の対象となる。
貞操といふやうなものでも、これは経済学では何ともしてみようのないものではあるが、一度貞操蹂躙について一万円よこせといふやうな問題が起って来るといふと、この人の貞操は五千円するか一万円するかといふ問題になるから、これは経済学の目標となるのであります。ですから、現在のやうな経済社会では、有用のものでも無用のものでも、貨幣によつて換価せられるものであれば、悉く経済的範疇に属し、経済学の対象となるのであります。
3. 使用価値と交換価値
さて、われわれが物を評価するに、大体二つの場合があります。
一は使用価値(利用価値ともいふ)であります。具体的にいふと、人間が生きてゆく上に、食べたいとか着たいとか、或は何かやらうといふときに欲しいものがあるといふやうな場合、その欲望の充足せられる程度とか、その物の供給され得る多少などによって価値の高低が決定せられる――といふやうなものであります。人間の歴史において、その初期、原始の時代は、すべての物の価値といふものが、その使用(消費)することによつて、つまり直接に役に立つかどうかといふことによつて決定せられたものであります。
二は交換価値であります。これは交換・貨幣経済の上に初めて起るもので、一口にいふと、或る「物」が如何に多くの貨幣を獲得することが出来るかといふことによつてその物の価値が認定されるのであります。最近まで、所謂資本主義社会はこの交換価値の上に立つてゐたので、金に換へることの出来ないものは、使用して如何に有用でもその交換価値は零であるとされて来てゐるのであります。例へば、大根が穫れた、豊作の豊年満作であつた。ところが、大阪でも東京でも京都でもそれだけの値段が売れない、従って食べることは出来る、即ち使用価値はあるが交換価値がないから、大根をそのまゝ畑で腐らせるほかはない。町へ持って行けば労働力だけ損になる。折角作ったが仕方がない、畑に放置して何人も貨幣を出してくれなければ、経済価値はないわけであります。これはどうも変な話で合点のゆかぬことであります。
更に一例を以てしますと、こゝに米が十俵ある、それは価格にして百五十円するとしても、五六人の家族が一ヶ年食べられる。ところがここに一カラットのダイヤがある、それが二千円もする、二千円もするけれどもダイヤそのものは食べるわけにはいかない、ダイヤを食べたら消化不良で、あるひは盲腸炎を起すくらゐなもので、人間が生きることに害こそあれ、効用はない。しかも資本主義社会にあつて、若しこの米を差し上げるからどうぞ御持ち帰り下さいといったら、どなたも例外なくこのダイヤを持つて帰るでせう。若し米を十俵持ち帰る人があったら、それはどうかして居るのである。併しこれはよく考へて見るとどうも妙なことであります。
然らば何故にこんな事が当然とされたか、米よりもダイヤが高価に評価され人が欲するかといふに、それはそれ自身の使用価値ではない、いかにも不思議な沙汰である。
昔、天明の飢饉でしたか、大金持ちが居て、一夜千金を費さうとしたことがある。これはどうしても社会的な問題となります。他は多くの金を蔵しながら餓死しなくてはならないといふやうなことは問題とならざるを得ない。これは、社会に大きな欠陥があるに違ひない――といふことは、誰もが感ぜざるを得ない。そこで、資本主義経済といふものには矛盾がある、資本主義的な考へ方はわれわれを幸福にするものではなくて、却って不幸を齎すものであるといふことになるのであります。かうした機を捉へて、巧に人心を掴んだのが社会主義であります。
4. マルキシズムの躓き
普通に、マルクス以前の社会主義経済学を「発明せられたる社会主義経済学」といひ、マルクスの社会主義を「発見せられたる社会主義経済学」と呼んでをります。サン・シモン (Saint-Simon) (1760-1825)、フーリエ (François Marie Charles Fourier) (1772-1837) といふやうな人達が主張した社会主義は即ち前者に属するものであります。
フーリエが社会主義を称ふるに至った動機は、彼が奉公して居た小麦の問屋が沢山の小麦を買い占めてゐた。ところが小麦の大豊作で暴落したので、値段を上げようとして密かに海の中に小麦を捨てに行く役を命ぜられたので、彼は初めて社会の矛盾を痛感したのである。人間の生活に必要なる小麦を捨てなくては人間が生活して行けないといふやうなことは変なことである。この矛盾は何処から来たのかといふことを探求して、その原因を社会組織の欠陥に在りとし、種々の研究をなした結果、ユートピアを考案し、之なら人間は幸福になるだらうと主張した。彼等は自分の頭の中で理想の社会を発明したのであるから、必ずしも現代と一致しなかった。
そこで、マルクス (Heinrich Karl Marx) (1818-1883) は、現代の社会の中に矛盾を捉へて、所謂「唯物史観」――歴史的展開相を考へて「斯くあり」「斯くあらねばならぬ」ことを発見したわけであります。マルクスの理論に重大なる欠陥の存することは今更いふまでもないことであるが、彼は、歴史的・動的に社会の発展変化の必然性を発見したのであつて、私等の見解に対して親しき示唆を与いた事は明かである。併し結局「唯物」であつて、物の表面の相だけより見得なかった。物を生み出す精神力、心あつて物が生きて、生々発展して止まないといふ精神史を見なかった、つまり、心と物の統一を見失ったのであります。茲にマルクスの理論に重大な躓きがあったのであります。
5. 貨幣の錯覚
さて、如何なる社会でも、生産と消費とは常に必ずしも均衡がとれて居るわけではない。一応のズレに依つて経済的混乱が起って来る。資本主義以前の社会に在っては、パニック(恐慌)といふと、普通には生産よりも消費の多い場合であったのであります。必要だけれども物が無いといふ場合に起ったのでありますが、資本主義社会に在っては、消費よりも生産が多いといふ場合に起って来る。例へば日本に於ても、資本主義の最も発展したのは世界大戦後である。大正八九年頃になって到て充分物を作り得る状態となった、次第に物が余ってどんどん物が出来だした、即ち社会の生産力が著しく増大したのである。ところが物が出来てきて却って困って来る。盖し資本主義社会に於ては交換価値が第一であつて、物が豊かといふ事は意味はない、その物によって如何に多くの貨幣を獲得しうるかが大切なのである。故に物が多くなれば却って不幸になる、貧乏するといふのであります。これをわれわれは、資本主義社会に於ける「貨幣の錯覚」の結果だと考へてをります。すなはち、貨幣はあらゆるものを量化して了ふ、さういふところから何でも貨幣を多く獲得しようとする。そこに間違ったことが起って来るのであります。量化して了ふのですから物の本質といふものは考へる必要がなくなるのであります。
さらに俗語でいへば「地獄の沙汰も金次第」といふが、馬鹿でも金を持つてゐると何か偉い人に見える。「貧すれば鈍する」といふが、貧乏すると阿呆に見える。女でも、金持ちの娘の方が貧乏人のお嬢さんよりも美しく見える。それはまあ、心理的にいくらか自己催眠にかけられた結果で、金持ちになると何だか落ちついて来て少し気転の利いたやうな顔になることもないとはいへまいが―――これはしかし考へて見ると妙なことである。まさしく「貨幣の錯覚」であります。物の本質的な価値、本体が見失はれ、混乱を来してをるのであります。すなはち、貨幣は何物をも量化する、人格でも、貞操でも量化して了ふ、生命の根源といふやうなものは見ないのであります。そこに大きな矛盾が生じて来るのであります。
6. 経済的合理主義と宗教
かくて、近代社会にあつては、利潤の志向(指導原理ともいふ)――すべてのものが貨幣に変って行く、貨幣を目指して突進して行ったのであります。物の価値が貨幣によつてはじめて決定せられるのだから、何もかもが貨幣へと向って行った。これが資本主義社会の一つの特徴、最も根本的な特徴の一つであります。
資本主義経済は計算可能性と計画性を本質とし、之がため利潤の追求と営利が行はれうるのである。而して計算が為めには更に万物を量化せねばならぬ。千差万別の質的なものでは計算が出来ぬ。故に資本主義が合理主義であるといはれるのは、資本の利潤を増大する事を最高目的とし、その目的に合致するやうにするための合理主義であり、従って凡てのものを物質化し量化し、然らざるものを非合理主義と称する。量化し得ないもの、即ち宗教その他の精神現象は何れも非合理主義の支配するものと考へるのである。
ところが、われわれ人間の生活は凡て量的にのみ計量しうるものであらうか、又量的に計算しうるもののみが合理的なものであらうか。茲に大きな問題が起って来るのである。いまさら六ケ敷いことは詳述しないが、凡そわれわれの生活といふものにはかへる意味からすれば、むしろ非合理的なものが多いのではあるまいか。このことは、日常生活に於て、ことに生活の根幹を為すところの家庭、親子夫婦を為すところの愛情、親の子に対する愛情、子の親に対する愛情などに於て最も顕著に現れて来るものであります。
宗教といふものの概念は、この非合理なる基盤の上に立つものであると私は考へてをります。失礼なことをいふやうですが、いったい、地獄・極楽といふけれども真当に地獄・極楽の如何なるものか論証したものはない。論証の出来ないものは合理主義を以て論ずる訳には行かぬ。併し極楽・地獄の概念は成立しうるのである。それは信仰の世界でもあることで、天文学者たちの間には火星人が実在するといふことを信じてゐる人がある。火星人は地球上の人類よりも一割がた進歩してゐるといふ、政治も経済も非常にすぐれてゐるといふけれども、誰も見たことがない。かういふことは全く主観的なものであって全然論証することの不可能なものであります。さういふ意味でマックス・ウェバー (Max Weber) は「宗教は非合理の典型的なものである」と言うてをります。併しこの非合理といふ言葉は何も正常でないといふのではなく、一定の目的に対してその手段が計量出来ぬといふ意味である。
実は、人間は、太古から――少し大げさですが――さうした矛盾に噛みついて来たのであります。ヘーゲル (Hegel) の弁証法といはれるものもまたこの矛盾を解決しやうたのであると言うてよいでせう。
百姓が米を多く獲りたいと思ふことはいふまでもないことであるが、多過ぎてそれが為めに安いとなると場合によっては減らさうとするやうになる。米を高く売つて多くの貨幣を得、優しの着物を買ひ帽子(生活必需品)を得ようとする、これが合理的であります。かくて、非合理的なる人間生活が、金(貨幣)によつて次第に合理化されて来た。終には神仏までも数量化しようとする、稲荷さんに十銭のお賽銭をあげて百円の儲けをさせていたゞきたいといふ、十銭儲けさせていたゞいたから百円を御礼のために差上げたといふバカはない、信仰をも計量化して合目的的にしてゆかうとするのであります。ここに資本主義の行き詰りがあるのであります。
7. 宗教の性格と経済の性格
いはゆる分化の意味で宗教と経済とは両極端であると言はれる。昔は経済といふことは経世済民といふことであった。経済といふものは他の文化から離れて独立して存在してゐない、自律性を持つてゐなかったなのであります。このことは単に経済のみでなく、宗教にしろ教育にしろ芸術にしろすべてさうであった。ところが今日ではそれぞれ自律性を持つてゐる。各自が別々のものとして分化して来たのであります。
そこで、この両極端である宗教と経済とがうまく結びつき得るものであらうか、或は不可能なことであらうか、また結びつき得るとすれば、如何いふ風に結びつき得るであらうかといふことが問題になつて来る。この問題を考へて行くには、まづ一番、宗教とはどういふものなのか、経済とはどういふものなのか、その各々の性格を確めなくてはならないわけであります。
そこで、先づ経済とは如何なる性格をもつてゐるか、経済的なるものといふのはどんなことなのかといふ、所謂経済といふものに対する先入概念といふか――さういふものを考へて見ると
一、物の生産に関することを考へることである。要求せらるるものを、如何にして、如何に多く生産してゆくかといふことを考へるのが経済である。
二、生産せられたる物を如何に配給してゆくかを考へるものである。在る物を如何にして、如何に都合よく分配してゆくかといふことを考へるのが経済である。
この二つの事柄が、だいたい従来の経済若しくは経済学に関する考へ方であります。
ですから、経済の性格といふか、経済的といふことの意味は、「最少の経費をもつて最大の効果を得ようとするものである」といはれたのであります。併しこれは経済のみならず、学問とか恋愛とかの上にでも考へられないこともないが、われわれ人間の生活は必ずしもかういふ法則のみで動くものではない。むしろ、効果はなくとも最大最高の生命をすら捨てる事がある。「義を見てせざるは勇なきなり」とか、「意気に感ず、功名また誰か論ぜん」といふ、徒らに効果を追求するものではない。殊に、宗教の性格はむしろ最大の経費を費して最少の効果を獲てなほかつ満足しよろこぶものであらうと思ふ。
さうしてみると、宗教と経済とは、その様相は全く正反対なものであって、結びつくどころか道連れにもなれさうにないかに見えます。併し根は同じ根があり、相関して止まないものであり、その指導精神も変化するものである。
8. 経済概念は変つて行く
さて、今日の社会は、貨幣概念をもつて立つてゐるものであるが、これは前述するが如く、岩石のやうな使用価値の社会には適用しないものである。永遠に未来の社会にも一貫して通用するといふわけにはゆかないものであります。すなはち、経済概念といふものは時代とともに遷り変つてゆくものである、これは注意すべきことであります。
今迄の経済学はアダム・スミス (Adam Smith) (1723-1790) 及びその系統の経済学をもつて正統派と呼ばれて来ました。彼の著『国富論』(1776) は、今日迄、最も正しくして安全なるものとして経済学のバイブルの如く崇められてゐたものであります。いま、彼の学説についての批判を詳述する余裕がないが、一口にいると、元来スミスの学説は仮定の上に立つてゐるものであります。即ち彼は経済人 (Homo economicus) なるものを仮設し、経済人とは利己心によりて動き最少の労費を以て最大の効果をあげようとするものとした。併し人間が凡てかくの如きものではないが、他の事情にして同一でありとするならば人間はこんなものだとの仮説を立てて理論を進めて居るのであります。
仮説を立て抽象化された状態に於て研究する事は経済の学問だけのことではないので、今日の自然科学といはれてゐるものは総て仮説によってゐるというてよいのであります。例へばラヂオは、国民誰にでも何度ででも聴かれてゐるものであるが、それが真に、如何にして聴こえるかといふ理由はわからない。ただかくかくの仮説により論理に合致する製作をしたら聞えると仮定してやった所聞えたのである。何故に聞えるかといふ真の理由はよくわからないといふ。この様にあべての精神現象や自然現象は一定の仮説から出発されてゐるのであって、その根源は何も解っては居ない。只目前の事実を全能なものと考へるのは大なる誤りであります。
だから、本当の科学者は非常に神を恐れるのであります。ニュートンなどは晩年には迷信家といはれた程であったといふことであります。神を否定する、宗教を迷信あつかひするやうなものは半可通であり、本当の人生のわからない奴であります。何となれば所謂科学とか知識なるものは真理の一集合の極めて一小部分を理解しうるに過ぎない。微々たる科学や知識で証明の出来ぬものは非科学的とか迷信とか怪奇とかの言葉で片づけるのは天の罪で大なる大自然の冒涜であります。大なる科学者は極めて敬虔なる人々であります。それは自己を知つて居るからであります。
さうなると、宗教は仮設でもつて論証出来る性質のものではありませぬ。迷信などでも論証するといふやうなものではないのであります。科学などとは性質が異るからであります。だいたい宗教といふものは演繹的なものであらうと私は思ふのであるが、経済学は主として帰納的方法によって研究するのでありますから、行き詰るといふと仮説を設けて探求し論証するのであります。例へば「人間といふものは利己心の権化である」といふ命題は「若し他の事情にしてさうであるならば」といふ前提の上に立たなくては言へないのであります。しかし、これにしても、われわれはさういふ我利々々亡者であるやうなことも非常に多いのであるが、さう断定されてみるといふと、まんざらさうばかりでもない事実が多いのである。ただ「他の事情が同一でないから」止むを得ず打算的に活動し、利己とか功利主義とか言ふのであります。
9. 「労力」と「分業」
われわれ人間はカインの末裔で原罪を負うてゐるのだとクリスチャンは教へてくれます。併し原罪を如何に論証するか、むつかしい事であるが、他の事情にして同一なりとするならば、どの人間もさうであるかの如く思はれます。私は真宗のことはよく存じませんが、以前池山榮吉氏の『歎異抄』のお話を承ったことがあります。「善人なほもて往生をとぐ、いかにいはんや悪人をや」といふことは印象深く聴いたことでした。それは必ずしも親鸞聖人の論理の上に立った論証ではありますまい、深い宗教的なこころの叫びであり、主観的大事実であったに異ひないのであります。ただ経済的に見ると、われわれは悪人である、止むを得ぬから善人面してゐるが止むを得たらどうであり得るといふやうな考へと非常に一脈相通ずるものではあるまいと思ふのであります。
経済といふものでも、さういった傾向があるのであります。ほんたうに深く考へて見るといふと、物の生産といふことは出来ないやうになるのであります。朝早くからサラリーマンが働いてゐるが、それはただサラリーのために、ボーナスのために働いてゐるのか。女房子供のために止むを得ず働いてゐるのか。止むを得たら働かないか。人間の経済生活といふものはそんな簡単なものでないことは明瞭な事実であります。身を捨て、命を捨て国家の為に働いて下さる兵隊さんを、さういふ営利的・目的的な経済生活といへるか、経済的目的のために止むを得ず御苦労して下さるのだといふやうな理論が成立ち得ない事は言ふ迄もない。かいる考へをもつ人は人類文化の敵であります。若し、人間が若し利己心の権化だと仮定するならば右の如き論理は成立ち得るのであります。併しアダム・スミスはかくいはないで、単に生産・分配の方面にこの仮設を用ひたから今日迄問題にならなかったのであります。
スミスは人間に利己心があるから分業が発達する。例へばこゝに針を造る仕事について考へて見ると、針を一人で造つてゐると一日に一本しか出ない。ところがそれを分業でもつて造るとなれば能率が生じる、五人が分業ですると三千本出来るといふ。だが、そこには分業のために追ひまはされて、結局個人の人格にしてみれば苦しむだけであります。ですから、スミスの思想の根底をなすものの一つであるが「労力は必要なる害悪である」といふことになるのであります。つまり、人間は止むを得ず生き止むを得ず働かなくてはならないのだといふ考へであります。ここに大きな問題が起って来るのであります。
その後、マルサス (Thomas Robert Malthus) (1766-1834) とかリカルド (David Ricardo) (1772-1823) とかミル (John Stuart Mill) (1806-1873) とかが出て来まして種々の学説をなしてをりますけれども、このスミスの思想から一歩も出たものではありませぬ。
スミスは、物を多く作り出しさへすれば人生は幸福になるといふ建て前をとつて居るのであります。ところが資本主義生産組織が発達して莫大なる生産力を生じて来たが、併し生活が楽になるどころかますます貧乏になつて来た。富 (Wealth) を獲るといふことが英国経済学の根本の目的でありますが、現実には富が出来ても幸福でない。富が出来るに従って貧富の懸隔が甚だしくなる、労力を売らなければ喰へない者即ち労働者といふ一つの階級が出来て新しく困難な問題が起って来た。そこで、これはおかしいといふわけでカール・マルクスなどの社会主義経済学が相次いで生れて来たのでありました。
マルクスの書を一貫するものは「われわれの社会は巨大なる商品の蓄積である、同時に労力は商品である」といふ言葉であります。さういふ考へ方といふものは、根底ではスミスの思想と何等異るものではない、たくいくらか角度を更へて見たにすぎない、すなはち、唯物の史観的考へ、現代を唯物的に見てゐるといふ点に特異な点が見られるといふだけであります。マルクスはドイツ産のユダヤ人でありますが、独逸を追はれて倫敦(ロンドン)に亡命中にあの書物を書いたのであります。而してその学問なり考へ方の基礎をなし材料とされたものは英国の社会事情・経済事情である。故に彼の思想の概抵は、見方が違ふだけでスミスの夫れと何等異る所なきものであります。
10. 海賊の経済学
いったい、英国の経済といふものは、その根本の成り立ちが頗る妙なものである。それは一言にして云へば、海賊精神から出て来てをる、いはば「海賊経済」であります。ですから、スミスやマルクスの経済学は、ドイッの所謂歴史学派あたりの経済学とは大いに趣きを異にしてゐるのであります。
例へばスミスなどのいふところは、大体自由放任主義である、経済といふものは各人をして勝手にやらせたらよいものだといふ考へ方であるが、かういふことは、余程力の強いものでないと言へない、礼を知り秩序を重んずるものゝ言ふことではない。泥棒のいふことであります。
それに対してドイッの歴史学派の人々は、自由経済・自由貿易といふけれども、それには自ら一定の限度がある。普遍的法則なるものがあるかの如くいふけれども、事実には一以て古を貫くといふやうな法則はあるものではない。一定の時代、一定の民族、一定の国家には夫々異る経済事情が行はれる。その時代、その処における現象に対して独自の理論を立て、行かなくてはならない、すなはち、世界の国々はそれぞれ歴史異なり事情異なり、その国々の経済事情が異つてゐるのだから、その国々の立場なり事情なりに適した国民経済学を立てねばならぬと主張するのであります。―――勿論今日では純粋経済理論といふものがあって、専に理論探求をやつてをる。これはまあ非常に難かしいもので、しかも現実の事態に触れてゐないやうなものもあるけれども、それはそれとしてまた別に考へるところもあるわけであります。
さういふわけで、一般に英国の経済学をポリチカル・エコノミイ (Political Economy) といひ、ドイッの経済学をナショナル・エコノミイ (National Economy) と言うてをります。
私は、べつに排英運動でこんなことをいふのではありませんけれども、アングロサクソンといふ民族はその附近の海賊が集合して出た混血児であって海賊 (Viking) がその家業でありました。ところで面白いのは、この海賊といふものが近代企業の元祖をなしてゐるといふことが云へるのであります。
海賊には三つのエレメント(要素)がある。すなはち、親方と乾分と匿名組合であります。匿名組合といふのは所謂出資をするもので、儲かるか儲からぬかわからぬ冒険的に資本を貸す。アフリカの蛮地へ綿布を持って行く、非常に儲かるけれども、ことによると一物もなくなる、さういふ危険な事業に対して資本を貸すのであります。すなはち海賊といふものは全く一攫千金であるが、一旦強力な敵軍にでも出会はすと何にもならない、その海賊の親方に船を貸す、武器を貸す。そして航海に出かける時には平和的に貿易し時に相手が弱ければ掠奪する。一定期間後帰国してその利益を海賊の親方、乾分たる船員、金主たる匿名組合に分配する。これが企業であります。
これを今日で申してみますと、親方は事業の経営者であり、乾分は労働者である。匿名組合は株主である――これは現在大阪あたりの商人によつて組織せられて、現在にあるのであります――であります。その獲物の分配は、匿名組合へは利子、働者へは賃銀、親方へは利潤である。かういふ風に、海賊から出発したものが英国の経済組織の根幹を為してゐるのであります。
海賊は即ち泥棒は物の創造はしない。他人が労苦して作ったものをかすめ取って仲好く山分けが分けるだけであります。ですから英国の歴史を見ればよくわかる、事実、英国は支那の利権をどうして獲得したか、それは英国の歴史に非人道的な阿片戦争などで掠奪したものである、印度、豪州、アフリカ、オーストラリア、一つとして詐欺と海賊行動によらざる無しであります。掠奪して来たものは分配するだけであるから労働はしない、だから「労働は必要なる害悪である」といふ理論が出て来るのであります。
かうして英国経済は発展して来たのであるが、今日となつては世界の何処にも掠奪する獲物は残つてゐない、世界の資源は凡そ十九世紀の中頃までに取り尽してしまうた、そこで体裁よき平和論となり現状維持を主張せざるを得ないわけであります。泥棒がもはや取つて来るところがなくなって、いままでとったもので、急に堅気のやうな顔をして生活を初めたけれども、根が泥棒だから創造精神が欠けてゐる、そこで行き詰るであります。英国経済の崩壊は歴史的必然であります。日本は夢にもそんな真似は出来ない、してはならないのであります。
11. 西洋文明と日本文化
一体、英国などを世界一等の文明国だとする迷信が、日本に汎く行はれてゐるやうであるが、これは是正しなくてはならない。ある英国の皮肉な文明批評家は「文明(西洋文明を指す)とは泥棒して来た品物を最も美しく且つ巧妙に陳列することなり」といつてゐる、卓抜な名言である。試みにロンドンの博物館へ行ってみるといふと、それは悉く他国から掠奪うて来たものばかり列べてある。日本の皇室の御物などがある、実に貴重なものが集められてはあるけれど、何時行っても同じ物ばかり列べてある。他国から奪ひ取つてきたものばかりで、自分の国で創造したものは一つもないから、それだけより陳列されない。そこへ行くと日本の三越の陳列館へ行ってもわかるやうに、一と月経つと陳列替へをやつてゐる――たとひ海賊にとられたとはいへ、創造してゆくのだからいくらでもある――実に広大なものである。そこへなると、アメリカなどは歴史も若いし、まことに野鄙な国であって、美術品なども大抵は模造品であります、アメリカ民族が創造したものはない、みなにせ物であります。創造の精神といふものは見たくもない、伝統も精神もない全く荒涼たるものであります。
また、西洋と日本の文化についてもう一つ著しい差異点を挙げるならば、西洋文化は、社会における所謂上層部に於て発達したものでありますが、日本文化は民族全体の底にある、むしろ下層階級に多いといふことであります。試みに『万葉集』を紐解くと全くの平民の歌の多いことは驚くべきことである、防人の歌など、常陸や信州などの鄙の部の庶民の歌であるが、中央の奈良の都の歌人と唱和してゐるのであります。しかも万葉の時代には、日本にはすでに奈良の都があつて繁栄してゐた、立派な都市計画によつて文化を誇つてゐたが、当時はロンドンもパリもなかったのであります。
かく、都鄙を通じ上下に偏ねく文化がひらけてゐるといふことは、吾々階級、すなはち日本民族が如何に創造精神が強いかといふことを語るものでなくて何でありませう。
大君のみことかしこみあまぐもの
たなびく山をこえて来しかな
私の愛誦する一首であります。実に偉大な詩であります。これが一防人の歌であります。詩といふと、支那の詩が本場であるといふことをいふのであるが、支那の詩人といふものは詩の商人であります。李白がよい杜甫がよいといふけれども、あの連中は売文人であります。万葉の歌人は商人ではありませぬ。悉くの人がアマチュアであります。
要するに、何れにしてもこの功利精神、泥棒精神、商売根性を征伐しなくてはならない。この泥棒根性をたたき直すことが目前の日本の宗教の任務であると深く信じてをります。
12. 明哲保身と没我精神
ところが、人によると、日本人は模倣は上手だが創造をしない民族だといふやうなことをいふ、しかも所謂識者の中で偉らさうな顔をした連中の中にさういふ奴がをる、実に怪しからぬ、物を知らぬにも程があります。如何にも日本は、殊に明治以来西洋文明の摂取に忙しかった。しかしそれは決して模倣ではない、「模倣は摂取するが故に進化する」といふことがあります。他の文化を摂取すると、一見亜流のやう一見模倣のやうに見えるけれども、それは新しく進んでゆく、新文化を創造してゆく姿であります。
只、歴史が明かに示してゐるやうに、外国文化が一旦日本へ入って来るといふと、何でも彼でもそのものは感化されて了ふのであります。仏教などもさうである、端的にいへば、支那には仏教は無い、仏教は印度から支那へ支那から日本へと外形的な伝播をしたけれども、印度や支那には真の仏教は無かった、勿論今も無い。そして日本に入った、これは初めて真の仏教として育成されたといふよりも純然たる日本仏教を創造したのであります。われわれ素人が眺めても、日本仏教は印度・支那のそれとは別物に思うてゐる、ことに鎌倉時代になつて来ると最早印度や支那の匂ひもないことはよくわかるのであります。
儒教にしても支那にはない、孔子の廟は残ってあるけれども儒教はない。あつてもその儒教は今日の日本人の考へてゐるものとは全く別個のものである。儒教の儒は元来弱者といふ意味だといふ。その説教ももともと村内の掟であって天下万民の正論ではなかった。話がだいぶん横路へ入りますけれども、いったい儒教といふものは国を亡ぼすものであります。私は到るところで儒教爆撃論をやつてをります、これは爆破粉砕しなくてはなりませぬ。本来の日本民族の根本精神たる「没我」――自らをよろこんで滅却せしめるといふ偉大な精神を稀薄ならしめたものは儒教であります。
道学先生は「子曰く」といふわけで勿体ぶるけれども、『論語』など読んでみると無茶苦茶なものである、よくもこれだけ嘘八百が云へたものだと思ふ。「自ら省みて直くんば千万人と雖もわれ行かん」と云うて威張つてゐるかと思ふと、孔子ともあらうものが、自分の思ふやうにならぬ時には「天道是か非か」と、あらうことか、天をのろひ運をうらんでゐるのであります。まことに怪しからぬ話であります。彼等の思想を一貫するものは全く明哲保身の何物でもないことは『論語』を少し気をつけて読むと直ちにわかることであります。それにだまされた、あまり口先がうまいものだからだまされたのが日本の儒学者であります。ことに徳川時代になると変な「主従三世」といふやうなことを云うて大名の御機嫌をとる幇間的儒学者が出て来て、人民をおさへつけて支配階級が枕を高くして眠らうとする明哲保身の学を盛に流行らせた、徳川が三百年も続いたのは、この意味で儒教のおかげですが、全く怪しからぬことであります。これは海賊精神と本質的に同じものであります。「中庸」などといふことは、喧嘩をしたり意思をいためつけて物を取り上げてから「マアマァあまり角を立てずに現状を守れ、事を荒だてるのはおだやかでない」といふのです。何のことはない説教強盗である、説教強盗の元祖は孔子であります。
現代の支那に於ける思想―――三民主義にしろ、また新しく高唱されてゐる新民主義にしろ(「新民」といふのは『大学』の言葉であるが)、その根本精神において、どうもスッキリしないものがある、といふのもやはり儒教といふ一つ根から生えた芽であるからだらうと思ふ。如何に取りつきがよく、繋げられた綱領が立派であらうと、根本の立場といふものが功利的であり、明哲保身の個人主義的なものであつては、新秩序は生れないのであります。
自らの身も心もよろこんで滅却する、しかも何物をも代償を求めない、自らを滅却することに凡て価値と歓喜をもつ「没我」の大精神――この偉大なる日本精神を曇らせたものは儒教である。それに、今時分、教育の枢要に居るものが儒教の訓示をやつたりなどする、まことに怪しからぬことであります。私は茲に「論語の逆か読み」といふことを提唱します、『論語』は決して有難く受けにしてはならない、悉く裏から解釈してゆかねばいけないのであります。話が聊かそれて行つたやうですが、かういふことによつて私の話のねらひを御了解願ひたいのであります。
13. 所有精神と創造精神
さて、仏教といふものは、一言にいふと、死ぬことによつて――自己を滅却することによつて真に到達する――新しき生命を創造する教へであると思ふ、それでなくては嘘であります。宗教といふものは、本来創造である。宗教といふものは、断じて自らを守る為めのものであってはならぬ、それでは少なくとも現代並に将来の時代を指導する価値のないものであります。
そこで、この創造精神は宗教精神である、仏教の所謂「無我」の精神こそ、物を創り出すところの心であります。
いったい、われわれが行動を起す動機・生活とはすなはち行動の謂ひでありますが――には二つの衝動によるものであります。一つは創造精神(衝動)によるものであり、一つは所有精神(衝動)によるものであります。この何れが人間の本体であるかといふことも深く考へてゆかねばならぬ問題ではありませうが、いまはあまりさういふことには触れません。しかし、幼児などを見てみると、物を欲しがる、自己の所有物としようとすると同時に、その物を通して自己を表現しようとするものであります。これは創造的衝動が人間の内面性であることを示すものでありませう。
結局これは、国民性によって異ふといふのが一番わかりよいと思ふ、事実国民によって異つてゐるのであります。すなはち、海賊民族の行動は所有精神によるほか何物でもない、日本の如きは、創造精神によるものであるから、経済に対する考への如きも、所謂儲けるため、損得のためではない、功利的でないのであります。天野屋利兵衛でなくとも、日本人は商売の為めに生命をかけるのである、自己の生命を守る為めではなくて、自己の生命を活かさんが為めなのであります。近頃どうも恥知らず、などといふことが行はれてゐるやうであるがまことに嘆かわしいことである、これは日本精神を失うたものである、日本人ではないと云はねばならない。
こうしたことを宗教的な立場から考へて来ると、そこに宗教と経済との結びつきが必然的に現れて来るやうであります。実際の経済の上で見て、宗教的法悦の溢れてをる地方の人々と、さうでない土地の人とは、仕事をしてゐる上に異ひが起って来てゐるのであります。
敬虔な人には「この仕事をするためには死んでもよい」といふ、一つの法悦といふか、三昧といふやうな態度が見えるのであります。すなはち、創造精神による行動は、目的在内活動であつて、結果を問はないので、目的がすなはち行動そのものである、行動の外に結果を予想してとらないものであります。これに対して、所有精神によるものは目的在外活動であるからして、仕事によつて得るところの報酬の量が問題となって、したくないのだけれども目的のために仕方なしにやるといふことになる。ですから、量的に同じであっても質的に異るのであります。
今日の社会は所有精神の上に立つてゐるのであるから、それは必然的に量が問題となるので、所有精神をいよいよ増長せしむるものであります。現代において所有精神によらない行動といふものは殆ど絶無であるといつてよいのであります。まあ、異るものといへばスポーツ――それもアマチュアのスポーツだけでありませう。スポーツは創造精神によるものであります、自己の表現――「われここに在り」といふデモンストレーションである。野球などを見て御覧なさい、目的論的に見て、経済に合ふものではない。結果論的に見て馬鹿な話である。泥まみれになつてエネルギーを消耗するだけのものである、子供のやうな球遊びをして何になる、といふのは所有精神的な考へ方であります。あの馬鹿なと思える、算盤に合はぬと見える、その行動の中に入り込んでしまふ、そこに初めて創造精神に生きるものであります。
仏教は「自己の往生」といふことをいふけれども、それは決して物的存在をいつまでも続けさせてゆくといふ意味ではあるまい、生命をつぎ込んだ事業によつて――すなはち、常に創造することによって永遠に到達せんとし、それは即ち自己創造となるのであると思ふ。勿論、宗教における創造といふことは精神的なもので、いはば創造精神を旺んならしむるものでなくてはなりませぬ。これを日本の経済の歴史と、地方に於ける宗教状態といふやうなものから具体的に調査してみると面白いのでありますが、一般に見て、日本においては農民が一番宗教的であるといはれるのであるが、農民といふものは経済的面からいふと算盤を持つては食うてはゆかれない筈である。けれども日本の農民は商品生産のためではないのであります。日本の農民の生活を西洋流に計算するといふと、賃銀、資本といふ風に算盤をおくと全く悲惨なものである、馬鹿らしいのであります。だが日本の農民といふものは商売人ではないのであります。それは悉くがスポーツマンなのであります。創造精神の発露である、真の日本精神は百姓様に残つてゐる、其処に日本の強さがある。そしてさういふ風に農民を育て、また、さういふ風だから庶民の間に弘まることの出来たのが日本の宗教であると思ふのであります。
14. 宗教への一問題
ところで、ここに一つの問題があります。具体的な事実について述べて見ませう。
以前、夏季大学の講習の為め日光へ赴いたことがあります。その時私共に当てられた寺で見た話に尊い事があります。といふのは私と一緒に行った友人が、寺の講義の合間に縁側で菓子を食ひその屑を置いて行ったが、夏の事とてかさかさに乾いてゐる。そこへおばさんがやって来て、「うまあ勿体ないことだ」といふわけで、縁側から掃き下して庭へ撒いてゐる。「何をしてゐるのか」ときくと、「蟻にやつてゐます、腐つた餅でも蟻は生命をつなぎますから、蟻にやるのです」といふ。私は直感的にピリツと頭へきたので「お前は一向宗の門徒だらう」といふと、女中が喫驚した。「さうです、どうして知ってますか。私は越後の生れで、家は一向宗であります」といふ。
端的に一宗派の一つの教旨といふか、宗風といふか、さういふものを端的にあらはしてゐるのであります。さういふことは、少しく気をつけて、所謂宗教地理学といふやうな立場から観察していくとよくわかることであります。しかし乍らこの思想は問題であります。もの、生命を尊び、あらゆるものをあはれみ、はぐくみ、生かすといふ精神、暖かい慈悲のこころ、それはまことに涙のこぼれる程ありがたいこころであります。
ところが世の中はうまくいかないもので、さういふ精神の強いところ、宗教的信仰の深い土地ほど経済の搾取がはなはだしいのであります。これは宗教地理学が指摘してゐるところであります。つまり悪辣な奴がはびこり易いわけである、まことに善良な、敬虔の心をもつ人々の中へ数量を計算する奴が出て来たときは、まるで小児をだます、だますだけではない、赤子の手をねじ上げるやうなことをするのであります。西洋においても宗教の盛んな土地ほど資本主義が熾んなのであります。これをどうするか、これは大問題であらうと思ふ。或いは誤られた伝道によるものであらうかとも思ふのであります。敢て宗教家の方々に対して一個の課題として提出する次第であります。
さういふ慈悲のこころといふことは一向宗は一番徹底してをることは事実であります。昔の施政者もこの点を注意したやうであります。その具体的な一例として一向宗徒には堕胎がすくないといふことである。東北地方においては非常に堕胎が多かった――これは貧困がなさしむるところ伝うて来たやうであるが―――その弊を除かうとした上杉鷹山は、越後の女を移入したのであります。越後の女は一向宗の女である、彼女達は堕胎をしないことに眼をつけたのであります。「律義者の子沢山」といふが、真に敬虔な、生命を尊ぶものは堕胎を行はぬのであります。この精神こそは物を産むこころである、ものを創造るこころである、「勿体ない」と物の生命を拝むのは創造精神の発露であります。
かくて、いままでは相反してゐたところの宗教と経済が、ともに一に帰結せねばならぬ二つの途を歩きはじめたのでありました。
15. 経済組織も変つて行く
述べて来ましたやうに、従来の経済組織は貨幣を中心とする交換経済であり、量の経済であり、人格といふやうな事は経済概念に這入って来なかった。だつて宗教と経済とは互に相反する途を歩いてとったのでありましたが、いまや経済は歩みを転じたのであります。
一例を採って見ると「金」であります。只今は事変の最中でありますから金が重要である、国際関係など複雑なものがあって、非常に金といふものが重要であります。けれども一面また今日金は意味を為すものではないとまでいはれてをるのであります。いまは金の問題、日本の正貨の問題には具体的には触れません、ただ金を本位とした交換経済といふ組織が、現実に物の本質的な価値に目覚めてゆきつつある、そして、その上に新しき経済体制が考へられ、また生れて来つつあるといふことを御了解願ひたいのであります。
嘗てドイツでは「スパンダウの塔の金」といふ言葉が国民の間に云はれたのであります。戦争になると金が要る、何でも金でないと物は出来ないといふわけで、苦心して国民から金を集めてスパンダウの塔に金を保管した。ところが戦争がいよいよ長引いて来るといふと四面みな敵である、外国から何も買ふことが出来なくなった。金は物を買ひうるから意味がある。金の使用価値は少ないものである。その時独逸人は初めて金の本質的価値を認識したわけであります。今日のアメリカを御覧なさい、世界の金の七割と世界の銀の殆んど全部とを持つて困つてゐる、世界で一番不景気なのはアメリカであるといはれるのであります。金があるといふだけでは意味がない。金と共に物が動き流通し、人間が働いて立派な生活をなしうる時に初めて意味がある。独逸は米国と反対に金は殆どない、併し今日の如き大発展をして居る。金ではなく物と人間であります。
そこで、現在我が国は、事変下にあって一番物が大切である、ことにさうした新しき経済の組織が変ってゆきつつある現在はなほさらであります。さういふ考へで、政府もまた所謂「物動計画」をやつてをります。これは昭和十六年で終ることになつてをりますが、国民は何としてもこれを完遂せしめなくてはならないのであります。物動計画は大体五つの項目から成つてをります。すなはち
軍需、生産拡充、貿易(替為)改善、官需、民需
であります。勿論事変下でありますから、この計画は軍需が最大緊要のものであることはいふまでもないことであります。生産拡充といふことは、物を中心とする経済にはいよいよさしせまった問題であり、為替管理は統制経済にあってその成否の鍵であります。そこで、どうしても切りつめなくてはならないところは官需と民需であるが、官需には自ら限度がある――民需には限度がないといふのではないけれども――から、結局国民がしっかり襷を締って物を大切にするといふことが、この物動計画を成就せしむる唯一の途であります。
さて、金を根柢とする経済が、常に物を中心とする経済に転動してゆきつつある趣きを述べましたが、それはさうなるべきで、本来人の為めの物であり物の為めに生れた金であった筈が、近頃では金の為めの物となり人となった、輸出する為めに(金を)得る為めに物をつくる、さういふところに悩みがあるわけでありますが、結局、金と物とでなくて人と物とを如何に統合していくかといふことが問題であり、それがすなはち宗教と経済とを如何に統合――言葉が適当でない気もしますが――していくかといふことになるのであります。
この統制といふことは、単に経済商売とか生産とかだけではないのであります、またそれだけの統制では効果はありませぬ。政治も経済も、宗教も教育も、すべてを統制していつて初めて統制の意義がある。かくて所謂自由主義の経済組織といふものは実際上解体せざるを得ぬのであって、「物」の動員といふものは極めて重大な意味を持つものであります。
16. 不動の宗教的信念
いま、大学でも経済学者は講義に困つてゐるのであります。生きた経済、殊に異常な変動をしやうとする時期に、云ふべきことがないのであります。現実は目にはさだかに見えぬけれども非常に変遷してゐるのであります。
かうした世の中が変動するときには、どうしても動ぜざる精神力をもつて乗り越えていかねばならぬ、所謂不動の宗教的信念といふことが要請されるのであります。ことに物の欠乏してゐる状態にあつては格別なものがあります。ドイッの如く論理的民族として自らも誇り他も許す国に於いてさへ、この前の大戦後の大混乱には例へば大本教の如き変な宗教が却つて風靡したものであります。
いったい、新しい宗教の起るときには思想が惑乱を来してをるのである、裏からいふと、思想が惑乱し、経済が変動してゐるときには新しい宗教が起るのであります。所謂宗教に携はる人は余程腰をすえてかゝらなくては、怪しげな宗教の為めにやられてしまふやうなことになるだらうと思はれます。正しき宗教の為めに、真理の為めに――正しき国の為めに、敢て宗教家に告げる次第であります。
17. 物心一如
さて、物の世となって、いよいよ物を尊重しなくてはならないのでありますが、物を大切にするといふことは西洋人もやるのであります。けれども、そこに、根抵に於いて日本人のそれと異るものがあるのであります。すなはち、西洋人のそれは個人的であります。自己の為めの物である、所有精神に本づくものである。だから西洋人は節食といふことを最高道徳と考へない、いざといふ時に銭や物をもつて自分を守らうとして貯へるのであります。これに対して日本人の考へ方は物心一如である、物が自分自身を現すものである、物が自分なのであります。このことは、我国の歴史の上に於いて、また日常生活の上に於いて顕著にして厳然なる事実であります。
ですから、同じ機械を使うても、そのはたらきが異ふ、精があらはれて来るのであります。試みに一二の例を挙げるならば、紡績に於いて、日本の鑑のは英国の鑑の五分の一であるが生産能率は世界一である。レイヨンまた世界一である、綿布に於いては遅れて参加した日本の綿布が一番よいのであります。この日本の生産力の増加していく理由が西洋人や支那人にはわからぬのであります、ワンダフルな謎だと驚くのでありますが、これは不思議でも何でもない、西洋人や支那人は所有の為めの物といふことが根柢で、どうしても物心一如といふことはわからぬのであります。「御飯をこぼすと目がつぶれる」、正月になると機械に注連縄を張る、これがわからぬのであります、宗教学的には或ひはタブー的なものといふかも知れないが、物に神を見、物の心を拝み、物の生命を尊みて冒さない、この創造精神はわからないのであります。
ずつと前でありますが、私は満洲で、軍に買い上げられた自然の馬を売って行つてゐる行列を見たことがありますが、馬の背に幣をつけ、一世一代の晴れ姿をさしてやるといふ心遣ひから、美しい布などで飾ってやつて、まるで自分の娘の嫁入隊の如くよろこび戯れて馬の口を取って歩いてゐるさまは、涙ぐましいものがある。これが西洋人であると、どうせ馬は動物であり生産の用具であり貨幣の対象にすぎないから、何も暑いのに引いて行く必要はない、自分でぽんと乗って行くでせう。これは理屈ではありませぬ、「とつた手綱に血が通ふ」のであって、馬は単なる馬にあらずしてそれは自分なのであります。
さて、列強の国富がどれだけあるかといふことは、計算する人によつて差はありますが、大体、米国は八千億圓、英国は三千五百億圓、ロシャ、フランスは一千五百億であり、友邦独逸は最近の諸国合併迄は約八百億、イタリーは五百億にすぎませんが、我が日本は朝鮮・台湾を除いて二千億(人によっては二千五百億圓と計算してとる)といふやうにいはれてとります。どうも日本の資源は種類は多いが量が少いので困るのであります。しかし、繰返しているが如く結局人間力であります。物心一如の大精神こそ日本を真に偉大ならしめ、八紘一宇の大理想を実現せしむるものであります。其がために資源の乏しい日本が僅か四十年の間に世界第三位の富を蓄積し、年額二百五十億の国民所得をあげるやうになったのであります。私の今日申上げやうとする「宗教と経済」の問題の一致があってこそかへる奇蹟があるのであります。
甚だ烏滸がましい次第でありますが、最後に一言申し上げたいことがあります。それは、この時局に於いて、社会経済の転換時期に於いて、若しも宗教家が国民思想を正しく指導し得ないならば、恐らくは十九世紀のそれの如くに、既成宗教は新興宗教の為めに粉砕し去られるであらうといふことであります。真に宗教は今や生活の原動力ともいふべきであり、偉大なる信仰は経済を動かすものであります。従来の眠れる宗教の如く経済に寄生し、夫によって自己の生活を営まんとするが如きは、宗教本来の使命を忘れたものといはねばなりません。
(終)