論文名 労働に歓喜するドイツ青年3

初出 大阪朝日新聞昭和11年6月9日

見出し 四十萬の労働奉仕 全く軍隊的訓練 労働に歓喜するドイツ青年3

注意:

1. 新字体 旧仮名づかい 旧送りがなつかいとした。

2. 作業中につき 引用に注意

3. 民族差別の内容を含みます。

国家労働奉仕軍の経済的貢献

国家労働奉仕は教育の義務、兵役の義務とともにドイツ国民の三大義務である。これが今日の如き制度になるまでには種々の理論的研究も行はれ、またナチス党員の自由意思による労働奉仕隊が組織され、多年実践的成果を重ねたのである。ゆえにこの制度に関する文献は頗る多種多様である。ナチスは議会に多くの議席を占めて以来、これを国民全体に実施すべく努力したけれども、先のブリューニング内閣においては遂に実現を見るに至らなかったが、ナチスがいよいよ天下を取り、コンミュニストが影を没し、失業者が減少するに至つたので、遂に昨年六月議会の協賛を経て、十月一日よりこれを実施し、去る三月二十二日をもって第一期の奉仕隊が除隊されたのである。もっとも女子部は来年より実施する予定であって、いまは任意奉仕制を採り専ら幹部の養成につとめている。

労働奉仕法第一条第二項は、「すべてのドイツ青年はその性の如何を問わず、国家労働奉仕においてその国民に奉仕するの義務を有す」と規程してある。奉仕の義務は満十八歳にはじまり廿五歳をもって終り、この年齢の間において六ヶ月間必ず労働に奉仕しなければならぬ。労働奉仕に徴発せらるゝ人員は必ずしも一定していないが、一期間に約二十万人とせられ、従って一年を通じて見れば四十万人の青年が奉仕に任ずるわけである。奉仕期は十月一日より三日末日までのものと、四月一日より九月末日までのものがある。

国家労働奉仕は内務大臣の所管に属し、内務大臣の下に国家労働司令官があって国家労働奉仕に対し命令統率の権を行使し、労働組織を規程し、労働の配置を統制し、かつ労働奉仕者の訓練と教育と指導に任ずるのである。その組織は全く軍隊的であって系統的に上下の身分的区別を厳にし、上官には絶対に服従するの義務がある。服装の如きも全く軍隊的であって、ただ、銃の代りにシャベルを持っているのが違ふだけである。

労働奉仕を屯営するところを労働奉仕営(Arbeitsdlenstslarger) と称し、全国に約千八百カ所あって、各営所には約二百五十人の奉仕青年が居住してゐる。この労働奉仕営所六個乃至十個をもって労働団を形成し、五個乃至十個の労働団をもって労働管区を形成する。今日ではドイツ全体を三十の労働管区に分割している。労働奉仕営所は全国すべて同一の構造であって、木造の極めて質素簡単なものである。蝶つがひで取り外しが出来るやうになった組み立て式である。何となればその奉仕隊が一定の仕事を完了すれば、更に他の労働場所に移動するからである。非常に簡単な構造だから素人でも営所の建設が出来、従って奉仕隊員が共同でこれに当ることになっている。

なほこれは☆かな余談であるが、過日完成した大阪府青年塾堂の如きは青年を訓練するの道場としては余りに立派すぎはせぬか、あれだけのものを作る金があれば、ドイツ式のものなれば百カ所も出来ると思ふ。今後青年訓練の道場を設ける場合には指揮者は一応考え直す必要はあるまいか。

この質素なる営所に起居し、青年は厳格なる訓練をうけるのである。朝は六時に起床し、夜は十時に就寝するのであるが、その間午後三時より十分間新聞を閲覧し、三時半より五時までスポーツをなすのほか、寸暇もなく労働と訓育とを行ふのである。そして万事カメラードシャフトの精神をもって共同生活をなし上下の分を明かにし、奉仕の義務を忠実に履行するのである。ゆゑに僅か六ヶ月間の訓育ではあるが、労働奉仕に参加すれば心身ともに鍛錬され、立派な青年となり、国民となり、殊に団体生活に最も適した人間となりうるのである。それがいかによく団体生活をなしうるかは、奉仕隊員の行進または閲兵式をみれば、一体どこでいつの間にこんな訓練をなしうるか判らない。その団体行動の整然たること全く軍隊と同一である。ゆえに社会においても労働奉仕の修了者は非常に評判がよく、就職の場合にも殆ど優先的に就職しうる状態である。奉仕修了者は修了を証するマークを襟につけて、得意然たる有様である。=カットの写真はフランクフルトにおけるドイツ労働奉仕隊の行進

(当時の紙面 pdf)

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