ドイツ国民社会党の経済政策を探る2  黒正巌


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独裁国家建設を目標

ヒットラーの率ゐる一党はわが国では俗に国粋社会党と呼ばれてゐる。文字通りに翻訳すれば、国民社会主義的ドイツ労働党といふ長い名称であるが、ドイツでは単にナチスと称する。以下では便宜上ナチスと呼ぶ。ナチスは、一の政党ではあるが、単に政権を獲得せんとする政治家のグループではなく、即ち政治を行ふ方策、手段のみを異にすることによって成立した政党ではなくて、極めてハッキリとした社会思想、宗教思想、国民思想の実現を政治によって行はんとし、しかも議会を通してその主張の実現を期するものである。もとより今日では、議会に多数の議席を占むることによって合法的にその主張を実行することは過去の議会主義、デモクラシーの成績によって、全く不可能であることが明かなるがゆゑに、議会において絶対多数を獲得した場合には独裁国家を建設し、少数の支配を行ふことを予想しているのである。ゆゑに今日ナチスが懸命になってあるひは中央議会において、あるひは地方議会において多くの議席を獲得せんとしてゑるのは単に過渡的方法にすぎないといってよい。即ち今のところでは合法的方法によって議会に進入し、絶対多数を占めた後に議会を否認し、独裁政治を行はんとする。

ユダヤ人排撃

ゆえにかかる状態に至るまでには国民にアッピールする政策を掲げねばならぬ。しかしてその政策は他の諸国の政党と同じく、多くの項目を掲げてゐる。中にはそれが果して同時的に存立し得るや否や疑はしきものをも列挙されてゐる。

ナチスの政策は「国民社会主義的ドイツ労働党のプログラム」なるパンフレットにおいて詳細なる説明が行はれ、大体廿五項目に分れている。しかしこの廿五項目はナチスの旗印たるハーケンクロイツ即卍字においてコンデンスされ表明されてゐる。卍字は元来ユダヤ人排斥を意味する。即ち純粋のドイツ国民による国家、金融資本による搾取の除去を意味する。ナチスの天国と考ふる第三国(ダス・ドリツテ・ライヒ)において、初めてドイツ国民はその固有の文化を発現し、幸福を見出し得ると考へるのである。ゆゑに経済政策を論ずる前に、まづ政治社会としての第三国のいかなるものかを見ねばならぬ。

ドイツ的なもののみ

ナチスが何ゆゑにその理想国家をもって第三国と呼ぶかといふに今日の不都合なる社会状態、政治関係の存するゆゑんは、純粋のドイツ国民によるドイツ主義が失はれたからであり、しかしてドイツ国民の神聖なる帝国がナポレオンの帝国主義によって破壊され、さらに金融資本主義の必然的結果たる世界大戦争によって旧帝国が崩壊し、列国がドイツ国民を搾取したからである。ゆえに金融資本の搾取より解放され国民の真の幸福を将来するために、さらに第三国を建設しなければならぬが、これをなし得るものはナチスにみであると考へる。

第三国の人的構成は言語、宗教、民族、文化を同うする純ドイツ民族でなければならぬ。ドイツ国家以外にドイツ国家なく、ドイツ国家に反するすべてのものを排斥しドイツ国家のためにのみ存在するものを尊重する。約言すればドイツ的なるもののみを国家の存立のために認めるのである。ゆゑにユダヤ人の高度理智の産物たるマルキシズムを排撃し英国の貴族的議会政治に現れたる自由主義を否認し、ルーソー以後フランスにおいて発達したる民主主義を排斥するのは当然である。従って右のごときもろもろの主義に立って結成せられたる政党には断乎として反対し自ら絶対的権力を有する政党となり、同時に全く統一的なるドイツ国民の独裁的国家そのものに転形し解消しようといふのである。

利子奴隷よりの解放

しかしてこの独裁国家が成立する時は、こゝに初めて「個別的利用よりもまづ共同的利用」の原則が行はれ「利子奴隷よりの解放」が実現されるといふ。その具体的手段として右に述べたるがごとく廿五の項目を列挙してゐるのである。これは次稿において説明するであろう。

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