下山 憲治(名古屋大学)
3 行政法制の拡大
(2)「物」―「ゴミ」と「屋敷」―に着目した規制法
「ゴミ屋敷」の問題について、既存の国の法制度で対応することが困難であると指摘されているため、条例による地域的規律が必要とされる。そこで、まず、国の法制度の限界を確認したい。
まず、「ゴミ」=廃棄物とは何か。廃棄物の処理は、一般的には、廃棄物処理及び清掃に関する法律(廃掃法)によって規律されている。廃掃法によれば、廃棄 物とは、「ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他の汚物又は不要物であって、固形状又は液状のもの」である (2条1項)。そして、この不要物に当たるかどうかは、「社会通念」上、その使い方が一般な利用方法であり、客観的な利用価値が認められるかどうかを、性 状、排出の状況、通常の取扱形態、取引価値の有無や排出者の意思などを勘案して判断する(最高裁判所1999年3月10日判決。最高裁判所刑事判例集53 巻3号339頁)。ただし、留意すべき点がある。それは、この考え方は、あくまでも廃掃法の目的を達成するため、同法によって規律される対象である「物」 を特定するための文言であるという点にある。そのため、一般的な意味での「ゴミ」と同じであるとは限らない。
廃掃法は、不法投棄の禁止(廃棄物 をみだりに捨ててはならない)のほか、産業廃棄物の処理などの事業者規制などを定めている。「ゴミ屋敷」の場合、仮に「ゴミ」であるといえても「みだりに 捨てている」から不法投棄に当たると言い難い。また、普通の居住空間である「屋敷」を事業用のゴミ(主に産業廃棄物)の集積場や、家庭ゴミを中心とする一 般廃棄物の処分場とみなすことはできないだろう。そのため、廃掃法で何らかの規制をすることは難しい。
また、「ゴミ」の燃焼によって火災になる こともある。火災に対しては消防法があるが、この法律による規制は、特に燃えやすい石油の管理や延焼防止などの観点から規制されるに過ぎない。ゴミが公道 にでていれば除去等は道路法によって可能ではあるが、私有地に対しては有効でない。
ゴミから発生する「悪臭」については悪臭防止法がある。ただ し、この法律では主に事業者規制のみが定められている。もっとも、国民の努力義務として、「何人も、住居が集合している地域においては、飲食物の調理、愛 がんする動物の飼養その他その日常生活における行為に伴い悪臭が発生し、周辺地域における住民の生活環境が損なわれることのないように努めるとともに、国 又は地方公共団体が実施する悪臭の防止による生活環境の保全に関する施策に協力しなければならない。」(14条)と定められている。この規定に違反して も、違反者が直ちに規制されたり、制裁されたりすることはない。
また、清掃、ねずみ、昆虫等の防除その他環境衛生上良好な状態の維持を義務付け ている建築物における衛生的環境の確保に関する法律は、興行場、百貨店、店舗、事務所、学校、共同住宅等多人数が利用し、その維持管理に環境衛生上特に配 慮が必要な場合に限られている。それゆえ、事業用ではない住宅の「ゴミ」問題はこれら法制度では対応できないことになる。
なお、「屋敷」に注目 すると、建物の安全性を中心に規律する建築基準法は、建築後に建物に持ち込まれた物(「ゴミ」)に対する規制は想定していないといえる。また、近年、人が 居住していない「空き家」はその問題がクローズアップされているが、ゴミ「屋敷」は、通常、人が住んでいる場合が多いであろう。そのため、空き家対策法で 対応することも難しくなる。
このように「ゴミ屋敷」問題に対する「物」に着目した既存の法制度では、十分な対応ができない。この点が、「ゴミ屋敷」問題の解決に向けた取組みを定める条例(以下「ゴミ屋敷」条例)を新たに制定するための大きなきっかけとされている。
以上の「物」に関する規制は、一部を除き、周辺の居住者など、「ゴミ屋敷」を中心に見れば外部の関係者を守るためのものである。このような環境関係法令で は、周辺住民等の生活環境に悪影響を及ぼす者は「原因者」とされ、その影響を除くための費用は原因者が原則として負担することになっている(原因者負担原 則)。しかし、「ゴミ屋敷」問題では、原因者に負担能力がないなどの事情も考えられる。
そうすると、「ゴミ屋敷」にかかわる諸問題(特に近隣関 係)は、既存の法制度では十分な対応ができない比較的狭い範囲の社会的問題群であるといえる。そこで、法律ではなく、地方自治体は、大量の「ゴミ」の集 積、「悪臭」や「火災のおそれ」などを「不良な状態」や「不良な生活環境」として、条例を通じて問題解決に乗り出すことになる。この点の詳細は、後述す る。
このような条例を制定することには、いくつかの重要な意義がある。そのうち、法律による規制を補完することのほか、ここで重要なものをいくつか確認しておきたい。
住民等に義務を課したり、権利を制限したりするためには、条例が必要となる(地方自治法14条2項)。つまり、条例を制定することで、「ゴミ屋敷」の所有 者・居住者等に対して、ゴミの撤去などを命令することができるようになる。この命令に違反した場合には、違反者以外の者がゴミを強制的に撤去する代執行も できるようになる。
他方で、条例によって「ゴミ屋敷」対策を制度化することで、地方議会で解決する必要性が承認され、それに伴い予算獲得も比較的容易になることがある。それは同時に、地方自治体として「ゴミ屋敷」問題に対応する責任者がはっきりし、その取組みが注目されることになる。
ただし、このように「物」や「環境」に着目した法的取組みは、ゴミ撤去や片付けなどにより、それに伴う諸問題が一時的には解決したといえるかもしれない。 しかし、時が経つにつれて、その問題が、再度、顕在化することがあり、抜本的解決になかなかつながらない。ここに「物」や「環境」に着目した法的取組みの 大きな限界がある。
掲載日:2017年1月20日