下山 憲治(名古屋大学)
3 行政法制の拡大
(5)「不良な」生活環境の規制の特徴
①規制の対象:「不良な状態」ないし「不良な生活環境」の認定
「ゴミ屋敷」として法制度上認知されるのは、多くの条例では、自治体の長が「不良な生活環境にある」とか「不良な状態にある」と認めたときである。この「不良な状態」または「不良な生活環境」とは、条例によって定義が少しずつ異なる。
以下では、次の条例を取り上げる。
・足立区条例:足立区生活環境の保全に関する条例(2012年10月25日条例第39号)
・大阪市条例:大阪市住居における物品等の堆積による不良な状態の適正化に関する条例(2013年12月2日条例第133号)
・京都市条例:京都市不良な生活環境を解消するための支援及び措置に関する条例(2014年11月11日条例第20号)
・郡山市条例:郡山市建築物等における物品の堆積による不良な状態の適正化に関する条例(2015年10月7日郡山市条例第73号)
・世田谷区条例:世田谷区住居等の適正な管理による良好な生活環境の保全に関する条例(2016年3月8日条例第8号)
・岡崎市条例:岡崎市生活環境保全条例(2016年3月25日条例第22号)
・豊田市条例:豊田市不良な生活環境を解消するための条例(2016年3月30日条例第2号)
・神戸市条例:神戸市住居等における廃棄物その他の物の堆積による地域の不良な生活環境の改善に関する条例(2016年6月29日条例第8号)
・横浜市条例:横浜市建築物等における不良な生活環境の解消及び発生の防止を図るための支援及び措置に関する条例(2016年9月26日条例第45号)
たとえば、比較的初期の足立区条例では、不良な状態とは「適正な管理がされていない廃棄物、繁茂した雑草又は樹木により、土地又は建築物の周辺住民の健康 を害し、生活環境に著しい障害を及ぼし、又はそのおそれがある状態」と定める。この足立区条例をベースにすると、多数の動物の飼育を加える京都市条例、さ らに、害虫と悪臭発生を加える大阪市条例、「火災が発生するおそれ」を定める郡山市条例や神戸市条例や「防犯上の支障」を加える豊田市条例などがある。
さらに、足立区条例は、周辺住民の健康と生活環境に「著しく障害を及ぼす状態」またはその「おそれがある状態」を対象としている。概ね、同様の定め方をしているものに、郡山市条例、大阪市条例や世田谷区条例などがある。
これらとは若干異なるのが京都市条例で、「生活環境又はその周囲の生活環境が衛生上,防災上又は防犯上支障が生じる程度に不良な状態」と定めている。つま り、程度の際であるが「著しい」という修飾語がない。同様の定め方をしているのは、神戸市条例、豊田市条例、世田谷区条例などがある。また、横浜市条例で は、「近隣における生活環境が損なわれている状態」と定めている。
このような条例による対象は、次の②で見るように、居住者に対する「支援」と物に対する「措置」のうち、例外もあるが、いずれを重視するかで異なっていることが多い。
また、これらの判定・評価は、悪臭については悪臭防止法と同様に、臭気指数によってできるだけ客観的に判断することが必要となる。というのも、悪臭かどう かの判断は相当適度に主観的であって、人によって感じ方が異なる場合があるからである。一方、たとえば、横浜市では、横浜市建築物等における不良な生活環 境に関する判定基準要綱を定め、その定量化と客観化を目指している。その運用を含めて、今後検証が必要となる。
さらに、「繁茂」の度合いや害虫 等の発生の確認方法のみではなく、その定量的評価基準、火災のおそれの定量的指標がない。周辺住民の健康を害していると認められるのであればともかく、 「周辺の生活環境」や「地域の衛生又は生活環境」に対する支障がどのようなものか判然としない。周辺の住民の多くが苦情を申し立てれば、それによって「支 障」が認定されてしまうかもしれない。したがって、その判断が内容面で適正妥当なものかに加えて、公正な判断かなど組織的・手続的に担保するための仕組み が不可欠となる。この点は、次の②と関係する。
②規制の枠組みと「支援」と「規制」の関係
前記各自治体の条例のうち、規制の仕組みを比較すると、この問題に対する取組み姿勢が垣間見える。
たとえば、岡崎市条例のように、既存の生活環境保全条例に数か条を挿入する形でこの問題に対応しようとする場合、ゴミ屋敷居住者への支援という視点が条例 上は見えてこない。それに対し、独自の「ゴミ屋敷」条例を制定している自治体の場合には、福祉関係部局と環境関係部局が協力体制を組み、「人」に対する支 援と「物」に対する措置の両方を併存させている場合が多い。
たとえば、豊田市条例は、その1つの典型的な仕組みを取り入れている(図-1参 照)。それは、近隣住民等の相談・苦情をきっかけにして、調査等を行い、支援、指導・勧告に始まる措置、そして、切迫した危険性がある場合の緊急安全措置 の三種類の対応が準備されている。また、命令違反等には、制裁として過料の規定も置かれている。なお、基本的には、支援を優先する姿勢のようであるが、条 例上は、これら三種類の対応が並列・並立している。そして、不良な生活環境の解消をもって、条例による取組みは終了するため、どちらかといえば、対症療法 型である。このような制度設計で、「ごみ屋敷」問題をどこまで解決しようと意図しているのか、条例には現れていない対応措置があるのかなど、さらに実態調 査等を含めた検証が必要となる。
図-1 豊田市条例の仕組み
出典:豊田市パンフレット「ごみ屋敷にしない・させないために」より。
他方で、基本的な構造は類似していても、大きく異なるのが、京都市条例と横浜市条例が採用している仕組みである。
豊田市条例では、不良な状態を解消するための命令を発したり、代執行を実施する前に、医師や弁護士等の専門家によって構成される審議会の意見をきくことが 義務付けられる。そして、このような仕組みを取り入れる自治体が多い。それに対し、京都市条例の場合には、必要があるときに、専門家の意見聴取ができると 定めるに過ぎない。京都市条例で定めるこれら措置の対象が豊田市条例と同じく「衛生上,防災上又は防犯上支障が生じる程度に不良な状態」とされ、「著し く」との表現がないことからも、規制措置や強制措置を取りやすい構造になっているといえよう。これら権限を行使するための条件である「不良な生活環境」の 判断の客観性を十分担保できるか、また、命令等の措置を講じるだけの必要性があると適切に判断されるかなどの疑問も生じてくる。そのため、少なくとも、権 限行使が濫用されることのないよう、慎重な判断を保障するための組織的・手続的仕組みが必要であろう。
その一方で、横浜市条例の場合には、支援 を基本とすることが条例で定められ、指導・勧告以下の措置をとる場合は、支援による解消が困難な場合に限られるとされている。また、「不良な生活環境」が 解消しても、横浜市条例は「発生の防止」も目的としているため、継続的な支援や「見守り」等による根治療法型に近い仕組みとなっている。
図-2 横浜市条例の仕組み
出典:横浜市「いわゆる『ごみ屋敷』対策条例のリーフレット」より
このような措置として命令+代執行を取り入れる条例とは異なり、世田谷区条例では、指導・勧告を中心とし、民事上の方法など他の法令に基づく措置を講ずる仕組みを取り入れている点が、特徴的である。
今回の中間報告では、比較的最近の条例を取り上げ、その基本的な構造と特徴をまとめたに過ぎない。重要なのは、これら条例を実際にどのように運用し、問題 解決に取り組んであるかである。そのため、継続的な調査研究が必要である。また、たとえば、横浜市条例は制定されて間もないため、地域住民との連携・協力 関係をどのように作っていくのか、そこにおける自治体の役割など、具体的な運用などの調査・検討が必要となる。
掲載日:2017年1月20日