下山 憲治(名古屋大学)
3 行政法制の拡大
(1)「ゴミ屋敷」問題とその社会化
「ゴミ屋敷」は、「ゴミ」と「屋敷」からなる言葉である。この2つが統合され、周辺地域に居住する住民が問題視することで「ゴミ屋敷」問題が顕在化、社会的に認知される。「ゴミ」という物、「屋敷」という地域社会に固定して存在する物、そして、それを巡る居住者とその周辺住民という人。「ゴミ屋敷」を巡る社会的問題への対応では、その構成要素である「物」と「人」を別個に取り扱う傾向もみられる。しかし、その問題を掘り下げて、より根本的な解決を目指すには、それぞれを関連付けつつ、検討する必要があろう。
また、「ゴミ屋敷」それ自体はおそらく相当以前から存在していたのではないかと推測される。そうであれば、近年まで、その存在が社会的、法的に対応すべき課題として認知されてこなかったのはなぜか、この点も検討する必要があろう。「ゴミ屋敷」が放置されたり、無視されるか、仮に「ごみ屋敷」が問題として認識されたとしても、あくまで私的自治の問題、つまり、近隣居住者間の、個人間の紛争で当事者による解決が重視されたのではないかとの仮説も成り立つだろう。そうであれば、その理由も探究する価値があると思われるからである。
いずれにしても、なぜ、近年になって社会的に(特に都市部で)注目され、しかも、地方自治体において法的に取り組むべき課題として認知され、条例等が制定されてきたのか、また、条例の内容や仕組みなどについて分析する必要が出てこよう。社会的観点は、前述されているので、ここでは、法的観点からの検討にとどめたい。
そこで、以下では、まず、現在の国レベルの法制度とその限界を確認し、条例が制定される必要性があると認識された点を明らかにし、その内容を検討する。
(2)「物」―「ゴミ」と「屋敷」―に着目した規制法
「ゴミ屋敷」の問題について、既存の国の法制度で対応することが困難であると指摘されているため、条例による地域的規律が必要とされる。そこで、まず、国の法制度の限界を確認したい。
まず、「ゴミ」=廃棄物とは何か。廃棄物の処理は、一般的には、廃棄物処理及び清掃に関する法律(廃掃法)によって規律されている。廃掃法によれば、廃棄物とは、「ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他の汚物又は不要物であって、固形状又は液状のもの」である(2条1項)。そして、この不要物に当たるかどうかは、「社会通念」上、その使い方が一般な利用方法であり、客観的な利用価値が認められるかどうかを、性状、排出の状況、通常の取扱形態、取引価値の有無や排出者の意思などを勘案して判断する(最高裁判所1999年3月10日判決。最高裁判所刑事判例集53巻3号339頁)。ただし、留意すべき点がある。それは、この考え方は、あくまでも廃掃法の目的を達成するため、同法によって規律される対象である「物」を特定するための文言であるという点にある。そのため、一般的な意味での「ゴミ」と同じであるとは限らない。
廃掃法は、不法投棄の禁止(廃棄物をみだりに捨ててはならない)のほか、産業廃棄物の処理などの事業者規制などを定めている。「ゴミ屋敷」の場合、仮に「ゴミ」であるといえても「みだりに捨てている」から不法投棄に当たると言い難い。また、普通の居住空間である「屋敷」を事業用のゴミ(主に産業廃棄物)の集積場や、家庭ゴミを中心とする一般廃棄物の処分場とみなすことはできないだろう。そのため、廃掃法で何らかの規制をすることは難しい。
また、「ゴミ」の燃焼によって火災になることもある。火災に対しては消防法があるが、この法律による規制は、特に燃えやすい石油の管理や延焼防止などの観点から規制されるに過ぎない。ゴミが公道にでていれば除去等は道路法によって可能ではあるが、私有地に対しては有効でない。
ゴミから発生する「悪臭」については悪臭防止法がある。ただし、この法律では主に事業者規制のみが定められている。もっとも、国民の努力義務として、「何人も、住居が集合している地域においては、飲食物の調理、愛がんする動物の飼養その他その日常生活における行為に伴い悪臭が発生し、周辺地域における住民の生活環境が損なわれることのないように努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する悪臭の防止による生活環境の保全に関する施策に協力しなければならない。」(14条)と定められている。この規定に違反しても、違反者が直ちに規制されたり、制裁されたりすることはない。
また、清掃、ねずみ、昆虫等の防除その他環境衛生上良好な状態の維持を義務付けている建築物における衛生的環境の確保に関する法律は、興行場、百貨店、店舗、事務所、学校、共同住宅等多人数が利用し、その維持管理に環境衛生上特に配慮が必要な場合に限られている。それゆえ、事業用ではない住宅の「ゴミ」問題はこれら法制度では対応できないことになる。
なお、「屋敷」に注目すると、建物の安全性を中心に規律する建築基準法は、建築後に建物に持ち込まれた物(「ゴミ」)に対する規制は想定していないといえる。また、近年、人が居住していない「空き家」はその問題がクローズアップされているが、ゴミ「屋敷」は、通常、人が住んでいる場合が多いであろう。そのため、空き家対策法で対応することも難しくなる。
このように「ゴミ屋敷」問題に対する「物」に着目した既存の法制度では、十分な対応ができない。この点が、「ゴミ屋敷」問題の解決に向けた取組みを定める条例(以下「ゴミ屋敷」条例)を新たに制定するための大きなきっかけとされている。
以上の「物」に関する規制は、一部を除き、周辺の居住者など、「ゴミ屋敷」を中心に見れば外部の関係者を守るためのものである。このような環境関係法令では、周辺住民等の生活環境に悪影響を及ぼす者は「原因者」とされ、その影響を除くための費用は原因者が原則として負担することになっている(原因者負担原則)。しかし、「ゴミ屋敷」問題では、原因者に負担能力がないなどの事情も考えられる。
そうすると、「ゴミ屋敷」にかかわる諸問題(特に近隣関係)は、既存の法制度では十分な対応ができない比較的狭い範囲の社会的問題群であるといえる。そこで、法律ではなく、地方自治体は、大量の「ゴミ」の集積、「悪臭」や「火災のおそれ」などを「不良な状態」や「不良な生活環境」として、条例を通じて問題解決に乗り出すことになる。この点の詳細は、後述する。
このような条例を制定することには、いくつかの重要な意義がある。そのうち、法律による規制を補完することのほか、ここで重要なものをいくつか確認しておきたい。
住民等に義務を課したり、権利を制限したりするためには、条例が必要となる(地方自治法14条2項)。つまり、条例を制定することで、「ゴミ屋敷」の所有者・居住者等に対して、ゴミの撤去などを命令することができるようになる。この命令に違反した場合には、違反者以外の者がゴミを強制的に撤去する代執行もできるようになる。
他方で、条例によって「ゴミ屋敷」対策を制度化することで、地方議会で解決する必要性が承認され、それに伴い予算獲得も比較的容易になることがある。それは同時に、地方自治体として「ゴミ屋敷」問題に対応する責任者がはっきりし、その取組みが注目されることになる。
ただし、このように「物」や「環境」に着目した法的取組みは、ゴミ撤去や片付けなどにより、それに伴う諸問題が一時的には解決したといえるかもしれない。しかし、時が経つにつれて、その問題が、再度、顕在化することがあり、抜本的解決になかなかつながらない。ここに「物」や「環境」に着目した法的取組みの大きな限界がある。
(3)「人」に着目した法―「ゴミ屋敷」の居住者への社会法制
そこで、前記のような「物」に着目した各種規制制度にはさまざまな限界があるため、「ゴミ屋敷」に住んでいる「人」に眼を向けた法制度も検討する必要がある。
たとえば、生活保護法に基づく受給者であれば、ケースワーカーによる自宅訪問などによって、ゴミ等の撤去に向け働きかけることがある。同様に、介護保険法に基づく介護サービスを通じた働きかけや各種支援も考えられる。しかし、生活保護法、介護保険法等の受給者でなかったり、あるいは、その前段階の問題として、社会との接触・コミュニケーションがなかったりする場合には、これら法制度は十分に機能しない。
このような社会的課題に、行政のみではなく、地域コミュニティをオーガナイズする専門家やコミュニティーソーシャルワーカー、医師や地域の人々がどのように取り組むか、地域社会における人々のネットワークのあり方も検討すべきことになる。
(4)対症療法と根治療法
前述のように、「ゴミ屋敷」問題そのものは、物としての「ゴミ」を撤去してきれいにすれば解決するものではない。それは、一時しのぎの「対症療法」に過ぎず、社会的問題と位置づけられるその根幹部分の解決に向けた取組みである「根治療法」がなければ、問題状況が繰り返し発生したり、場合によっては深刻化するだけであろう。
その結果、最近の「ゴミ屋敷」条例では、福祉部局による取組みなどの根治療法への取組み努力や地域社会のあり方を再考する試みが見られている。ただし、その場合であっても、社会的問題と位置づけられる根幹部分は何か、この点の問題のとらえ方、解決すべき社会的取組み課題のコアをきちんと把握できているのか、検証する必要が出てくる。この点は、今後の課題となる。
(5)「不良な」生活環境の規制の特徴
①規制の対象:「不良な状態」ないし「不良な生活環境」の認定
「ゴミ屋敷」として法制度上認知されるのは、多くの条例では、自治体の長が「不良な生活環境にある」とか「不良な状態にある」と認めたときである。この「不良な状態」または「不良な生活環境」とは、条例によって定義が少しずつ異なる。
以下では、次の条例を取り上げる。
・足立区条例:足立区生活環境の保全に関する条例(2012年10月25日条例第39号)
・大阪市条例:大阪市住居における物品等の堆積による不良な状態の適正化に関する条例(2013年12月2日条例第133号)
・京都市条例:京都市不良な生活環境を解消するための支援及び措置に関する条例(2014年11月11日条例第20号)
・郡山市条例:郡山市建築物等における物品の堆積による不良な状態の適正化に関する条例(2015年10月7日郡山市条例第73号)
・世田谷区条例:世田谷区住居等の適正な管理による良好な生活環境の保全に関する条例(2016年3月8日条例第8号)
・岡崎市条例:岡崎市生活環境保全条例(2016年3月25日条例第22号)
・豊田市条例:豊田市不良な生活環境を解消するための条例(2016年3月30日条例第2号)
・神戸市条例:神戸市住居等における廃棄物その他の物の堆積による地域の不良な生活環境の改善に関する条例(2016年6月29日条例第8号)
・横浜市条例:横浜市建築物等における不良な生活環境の解消及び発生の防止を図るための支援及び措置に関する条例(2016年9月26日条例第45号)
たとえば、比較的初期の足立区条例では、不良な状態とは「適正な管理がされていない廃棄物、繁茂した雑草又は樹木により、土地又は建築物の周辺住民の健康を害し、生活環境に著しい障害を及ぼし、又はそのおそれがある状態」と定める。この足立区条例をベースにすると、多数の動物の飼育を加える京都市条例、さらに、害虫と悪臭発生を加える大阪市条例、「火災が発生するおそれ」を定める郡山市条例や神戸市条例や「防犯上の支障」を加える豊田市条例などがある。
さらに、足立区条例は、周辺住民の健康と生活環境に「著しく障害を及ぼす状態」またはその「おそれがある状態」を対象としている。概ね、同様の定め方をしているものに、郡山市条例、大阪市条例や世田谷区条例などがある。
これらとは若干異なるのが京都市条例で、「生活環境又はその周囲の生活環境が衛生上,防災上又は防犯上支障が生じる程度に不良な状態」と定めている。つまり、程度の際であるが「著しい」という修飾語がない。同様の定め方をしているのは、神戸市条例、豊田市条例、世田谷区条例などがある。また、横浜市条例では、「近隣における生活環境が損なわれている状態」と定めている。
このような条例による対象は、次の②で見るように、居住者に対する「支援」と物に対する「措置」のうち、例外もあるが、いずれを重視するかで異なっていることが多い。
また、これらの判定・評価は、悪臭については悪臭防止法と同様に、臭気指数によってできるだけ客観的に判断することが必要となる。というのも、悪臭かどうかの判断は相当適度に主観的であって、人によって感じ方が異なる場合があるからである。一方、たとえば、横浜市では、横浜市建築物等における不良な生活環境に関する判定基準要綱を定め、その定量化と客観化を目指している。その運用を含めて、今後検証が必要となる。
さらに、「繁茂」の度合いや害虫等の発生の確認方法のみではなく、その定量的評価基準、火災のおそれの定量的指標がない。周辺住民の健康を害していると認められるのであればともかく、「周辺の生活環境」や「地域の衛生又は生活環境」に対する支障がどのようなものか判然としない。周辺の住民の多くが苦情を申し立てれば、それによって「支障」が認定されてしまうかもしれない。したがって、その判断が内容面で適正妥当なものかに加えて、公正な判断かなど組織的・手続的に担保するための仕組みが不可欠となる。この点は、次の②と関係する。
②規制の枠組みと「支援」と「規制」の関係
前記各自治体の条例のうち、規制の仕組みを比較すると、この問題に対する取組み姿勢が垣間見える。
たとえば、岡崎市条例のように、既存の生活環境保全条例に数か条を挿入する形でこの問題に対応しようとする場合、ゴミ屋敷居住者への支援という視点が条例上は見えてこない。それに対し、独自の「ゴミ屋敷」条例を制定している自治体の場合には、福祉関係部局と環境関係部局が協力体制を組み、「人」に対する支援と「物」に対する措置の両方を併存させている場合が多い。
たとえば、豊田市条例は、その1つの典型的な仕組みを取り入れている(図-1参照)。それは、近隣住民等の相談・苦情をきっかけにして、調査等を行い、支援、指導・勧告に始まる措置、そして、切迫した危険性がある場合の緊急安全措置の三種類の対応が準備されている。また、命令違反等には、制裁として過料の規定も置かれている。なお、基本的には、支援を優先する姿勢のようであるが、条例上は、これら三種類の対応が並列・並立している。そして、不良な生活環境の解消をもって、条例による取組みは終了するため、どちらかといえば、対症療法型である。このような制度設計で、「ごみ屋敷」問題をどこまで解決しようと意図しているのか、条例には現れていない対応措置があるのかなど、さらに実態調査等を含めた検証が必要となる。
図-1 豊田市条例の仕組み
出典:豊田市パンフレット「ごみ屋敷にしない・させないために」より。
他方で、基本的な構造は類似していても、大きく異なるのが、京都市条例と横浜市条例が採用している仕組みである。
豊田市条例では、不良な状態を解消するための命令を発したり、代執行を実施する前に、医師や弁護士等の専門家によって構成される審議会の意見をきくことが義務付けられる。そして、このような仕組みを取り入れる自治体が多い。それに対し、京都市条例の場合には、必要があるときに、専門家の意見聴取ができると定めるに過ぎない。京都市条例で定めるこれら措置の対象が豊田市条例と同じく「衛生上,防災上又は防犯上支障が生じる程度に不良な状態」とされ、「著しく」との表現がないことからも、規制措置や強制措置を取りやすい構造になっているといえよう。これら権限を行使するための条件である「不良な生活環境」の判断の客観性を十分担保できるか、また、命令等の措置を講じるだけの必要性があると適切に判断されるかなどの疑問も生じてくる。そのため、少なくとも、権限行使が濫用されることのないよう、慎重な判断を保障するための組織的・手続的仕組みが必要であろう。
その一方で、横浜市条例の場合には、支援を基本とすることが条例で定められ、指導・勧告以下の措置をとる場合は、支援による解消が困難な場合に限られるとされている。また、「不良な生活環境」が解消しても、横浜市条例は「発生の防止」も目的としているため、継続的な支援や「見守り」等による根治療法型に近い仕組みとなっている。
図-2 横浜市条例の仕組み
出典:横浜市「いわゆる『ごみ屋敷』対策条例のリーフレット」より
このような措置として命令+代執行を取り入れる条例とは異なり、世田谷区条例では、指導・勧告を中心とし、民事上の方法など他の法令に基づく措置を講ずる仕組みを取り入れている点が、特徴的である。
今回の中間報告では、比較的最近の条例を取り上げ、その基本的な構造と特徴をまとめたに過ぎない。重要なのは、これら条例を実際にどのように運用し、問題解決に取り組んであるかである。そのため、継続的な調査研究が必要である。また、たとえば、横浜市条例は制定されて間もないため、地域住民との連携・協力関係をどのように作っていくのか、そこにおける自治体の役割など、具体的な運用などの調査・検討が必要となる。
掲載日:2017年1月20日