第四回:祭の記録を考える 映像で見る神田祭

開催日時:2014年3月23日、15:00~18:00

協力者:神田明神

開催場所:神田明神

0.文テクの場

1.三つのキーワード

2.研究会概要

3.研究会を終えて

0.文テクの場

本年度最終回となる文テク第四回は、今回のテーマである「神田祭」の核である神田明神を会場に実施された。快晴の神田明神には多くの参拝客が訪れており、祭のみならず地域の信仰や観光の起点としての神田明神を再確認することができた。

研究会は、これまで文化資源学会で神田明神研究会や祭りに向けた花笠作りなどを行ってきた祭務所地下ホールにて開催。文化資源学会員の他、富岡八幡宮に長年バリ・ガムランを奉納してきた「深川バロン倶楽部」の鳥居誠氏、荒野真司氏両名をゲストに迎え、祭にふさわしい多様なメンバーによる研究会となった。神田明神からは、講師を引き受けていただいた岸川権禰宜、文化資源学会の神田祭附祭参加を長年にわたり支援いただいている清水権宮司に出席いただいた。

会場で映像に見入る木下教授

会場で神田祭の写真に見入る

1.三つのキーワード

この分野で最古の現役技術は?

=江戸時代から現在まで記録・伝達に使われる「紙での記録」

この分野で最新の技術は?

=今回利用した昭和33年の映像など、過去の映像の再公開や、当日の生中継などに活用されている「デジタルとWeb」

この分野でもっとも○○な技術は?=「土台となる技術」

=神田祭の舞台となり、変化の主体でもある人々が暮らす「神田の街並み」

2.研究会概要

A.「昭和33年神田祭映像鑑賞・解説」(岸川雅範:神田明神権禰宜)

岸川権禰宜

今回の講演には大きく二つの目的がある。「記憶と活用」と「神幸祭の『もっとも大切な要素』」を知ってもらう事。

①記憶と活用:自分は神田明神の資料館と広報担当であるので、神職として記録と活用を考えていきたい。文化資源学との関わりにおいては、今回の考察は次回の附祭創造のためのひとつの参考としていきたい。

②神幸祭の「もっとも大切な要素」を知る:今日参加されている方々のように附祭に参加すると神幸祭全体を見ることはできない。神幸祭というのは町が清められることが目的であることを知ってほしい。そして現在の神幸祭のエッセンスが昭和33年の祭であるということも知ってほしい。

神田祭は江戸時代以来続いているが、天下祭と称されている。これは神田祭と日枝神社の山王祭だけが、定期的に江戸城・内曲輪に入り将軍や御台所の上覧を受けたことによる。江戸時代は幕府が神輿の経費負担をし、人足は大伝馬町・南伝馬町から調達した。当時は山車、附祭、御雇祭があり、山車の行列が江戸の祭の特徴と言える。前回2013年に出された「花咲爺さん」は江戸時代の御雇祭をモデルに復興した曳き物と練物だった。御雇祭は境内に宮入しなかったので、曳き物と練物が境内まで入ったのは新たな歴史といえる。

明治に入ると「神田神社」に名称が変わり、明治元年には准勅祭社、明治4年には東京府社と社格が与えられる。明治5年には神職は世襲でなくなり、年中行事や神社祭式の制度が整い、新嘗祭などが加わっていく。氏子台帳がつくられ氏子区域が誕生し、氏子の寄付による運営が成り立っていく。一方で、明治5年の違式詿違条例により祭の格好や祭礼への取締が行われ、町の人にも自粛が広がるなどの動きもあった。

明治時代には山車が徐々に無くなっていった。祭も明治25年より9月から5月に変更され、神輿が中心の祭に変わっていく。電信線の障害や不景気などもあり、山車が巡行するのでなく各町の神酒所で飾り付けられるだけという状況も生まれた。また山車が記念式典の時だけ出されるような事例もある。各地方に売り出された山車もあり、青梅市や鴨川市の恵比寿の山車、鴨川市の源頼義の像などが現存している。大正11年には決定的な変化があり、2基の神輿が、宮惣が手掛けた大鳳輦1基に集約していく。宮司は馬車に乗っていたのが、神主轅(かんぬしながえ)が復興し、それに乗るようになる。考古学者の関保之助が考証を行っている。この動きは他の神社でも見られ、当時の流行ということも出来る。

関東大震災で神田明神社殿はじめ境内は崩壊。大鳳輦や祭具も消失し、氏子町も甚大な被害を受たが、昭和元年には3日間、簡易な鳳輦である葱花輦(そうかれん)=御羽車(おはぐるま)1基の渡御が行われた。皇紀2600年(昭和15年)には5日間の祭が行われ、奉祝祭では神田明神・富岡八幡宮・日枝神社の町神輿が皇居前で担がれた。その後、戦時下では日程は3日間に短縮、簡略化されたが、この短縮された神幸祭が戦後踏襲されていくことになる。

ここで昭和33年の神田祭の記録映像が流れ、そこに映っている神田の町並みや主要な人物について岸川権禰宜から解説が行われた。

(映像が表示されない場合、神田明神のWebサイトからも閲覧可能http://www.kandamyoujin.or.jp/movie/

戦後の神田祭は昭和17年のものを軸に行われてきたが、映像で示した昭和33年の神幸祭は完成度が高い。現在の祭の原型のひとつと考えられる。ただし現在の巡行路は昭和33年に比べるとかなり省略されている。

昭和33年という時代は日本・江戸文化への回帰が志向されていた。映像に映し出されていたように、氏子・見物人も祭の重要な要素であり、一体感がとても大事だった。神田祭に限らず祭は歴史や文化の様々な影響によって変化する。江戸時代の祭、昭和33年の祭、現在の祭を比べてみると、現在の祭というのは昭和33年のものに肉付けされていった祭と言える。

文化資源学会の附祭復元プロジェクトは、神職、木下直之先生、福原敏男先生、中村雄祐先生といったそれぞれ個人の企画の相互作用で創造されていったものである。祭では無数の諸個人の相互作用の集積が、歴史を動かす原動力となっている。今後は昭和33年当時の諸個人の神田祭への関与の仕方についても考察していきたい。

B.「神田祭と文化資源学会の取り組み」(木下直之:東京大学大学院人文社会系研究科教授)

木下教授

文化資源学会は2007年以来、神田祭と関わってきた。それは400年にわたる長い神田祭の歴史のほんの一部ではあるが、わたしたちもたしかにこの歴史に参加しているのだと、古い映像を見て実感した。地元民以外の参加である御雇祭が江戸時代にもあったが、まさにわれわれは御雇い祭をやっているわけである。今日見た昭和33年の祭は東京の都市風景も映し出され、自分も昭和29年生まれなので、ぐんぐん成長していく自分と日本が重なって見えた。

祭といえば、自分の地元静岡にも「浜松祭」というのもある。宗教性がまるでない都市の祭である。日露戦争のころの進軍ラッパを今も吹いている。時代とともに祭は新しい要素を取り入れ、どんどん姿を変え、ゆえに文化財指定を受けていない。文化財指定も受けていない祭はどんどん変わっていくが、祭を考える時には「変わるものと変わらないもの」をどうとらえるかが重要である。時代によってスタイルを変えていく祭は、生きている祭とも言えるが、常に変わらないものは、氏子たちの暮らす町を御祭神が巡行するということだろう。よく言われることではあるが、神・土地・そこに生きる人(天・地・人)は変わらない。時代が変わってもそれらは生き続けていく。祭とはこの三者のつながりを確認する機会なのだろう。

一昨日、『西洋美術研究』という雑誌の特集「スペクタクル」について座談会に出た。そもそもスペクタクルとはラテン語の「見る」が語源だそうで、観客の存在が前提となる。神田祭においても、観客の存在が欠かせない。江戸時代はとくにそうだった。人はなぜ行列を組んで練り歩くのだろうかといった関心から、神田祭を話題にした。明治時代になって始まる国家的な祝祭にも、神田祭は対応した。行列は人類普遍の現象なのだろう。

附祭についても、これからどのような方向を目指せばよいのか、みなさんと議論したい。文化資源学会のいわゆる御雇い祭は、何となく始まったものなので、明確なビジョンがあったわけではない。江戸の附祭を復活させることの今日的な意味や、昭和33年のころのようにもっとゆっくりと時間をかけて町を練り歩くべきではないかといったことなどを考えていきたい。ちなみに去年の附祭に出た大鯰のバルーンは雨に濡れてとてもよかった。これからは鯰に水をかけながら行列したらどうか(笑)。以上が映像を見た私の感想です。

3.研究会を終えて

今回は、文化資源学会が2007年から協力し続けてきた神田祭をテーマとした。記録するという行為に使われるテクノロジーが紙、絵巻、写真、映像、Webと変化するとともに、記録される対象である祭もまたも変化してきたという点で、これまでの研究会とは一味違った感想を抱いた参加者も多かった様である。長年附祭に参加してきたが、今回やっと神田祭の全容をつかみ、その中で学会がどのような役割を果たしてきたかを実感できたという声も上がった。

この分科会ではこれまでテクノロジーを軸に文化資源学と文化資源を考えてきたが、テクノロジーが支える対象そのものにも注目する、いわば原点回帰につながる研究会となった。2014年の「文テク」では新たな取り組みを予定しているが、神田祭をより一層盛り上げる企画も考えている、今後も文テクにご期待いただきたい。

研究会記録:松本郁子

文責:中村雄祐・鈴木親彦

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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