第三回 海図の作られ方、使われ方 ― 海上保安庁海洋情報部訪問

開催日時:2013年11月15日、14:00~17:30

協力者:海上保安庁海洋情報部

開催場所:海上保安庁海洋情報部

0.文テクの場

1.三つのキーワード

2.研究会概要

3.研究会を終えて

0.文テクの場

文テク第三回は、まさに日本の海図が作り出される場である海上保安庁海洋情報部を訪問しての開催となった。お台場、ゆりかもめテレコムセンター駅の近くに立地する海洋情報部は、一階に、海の科学的基礎情報や海図や水路図誌に関する相談を広く一般からも受け付ける「海の相談室」と、海図の歴史や測量方法の発展について実物を見ながら学ぶ事ができる「海洋情報資料館」を持ち、講演前に案内いただく事で、基礎的な情報を学び、形態としても非常に興味深い様々な機器を見学する事ができた。講演の間に大量のコンピュータが並ぶ中で実際に海図を制作している現場を見学することができ、通常みる事のできない海図の裏側までを学ぶ事のできる場となった。

海洋情報資料館での見学風景

海洋情報資料館で戦前の製図機を見学

1.三つのキーワード

この分野で最古の現役技術は?

・ロープと錘、六分儀による「測位」「測深」

この分野で最新の技術は?

・自立型潜水調査機AUV「ごんどう」による海底自動調査

AUVごんどう

この分野でもっとも○○な技術は?=「開かれていく技術」

・「海洋台帳」による情報共有と海洋開発

2.研究会概要

A.「海図について」(山本強:海洋情報部航海情報課 上席海図情報官)

山本強

海図と言うのが一体自分たちの身近にはないけれども、どう自分たちに関わっているのか、少しでも実感していただきたいと思う。船舶にとっては海上から見えていない部分、何か沈んでしまって船に接触するような状況になっているのかなどが非常に重要。海図を見ることで、その情報を得て予測と計画を立てられる。海図そのものは江戸時代から民間で作られていたが、幕末明治に国として重要性を認識し、技術を学び始めた。ここで活躍したのが柳楢悦(柳宗悦の父)であり、海図制作のための海岸測量計画の基として利用されたのが伊能忠敬による日本地図だった。ここから諸先輩の活躍を受けて、今の海上保安庁の活動までつながっている。

海図には四つのルールがある。その国の政府機関が関わっていないといけない、世界中のだれにでもわかるように世界水準でなければならない、情報は常にアップデートされなければならない、そして船舶は最新のものを常に備え付けなければならない。このため海図を作っている海上保安庁の責任は非常に大きいものとなっている。

統一的な縮尺で全国が作られている地図と違い、海図には利用目的によって異なるサイズがある。「総図」は1/4,000,000よりも縮尺が小さくより広い範囲を示すもの。「航洋図」は1/1,000,000から1/4,000,000、「航海図」は1/300,000から1/1,000,000。さらに「海岸図」が1/50,000から1/300,000、「港泊図」は1/50,000より縮尺の大きい拡大図となっている。

海図の様々なサイズ

東京に近づいてくる船を例にすると次のような使い分けとなる。「総図」は主にプランニングの段階で利用するもの。プランニングでは地名が重要になってくるため、「総図」には主要都市が記載されている。次に「航洋図」で、沖から直接東京湾の入り口を目指す大きな船などが、目安としてこの近くまで行けるという使い方をする。一方、大きなうねりや荒れたときに怖いという船であれば、できるだけ海岸線を沿って行きたい、いざというときは入り江に避難する。そういうときに利用するものが「航海図」。そして東京湾の入り口まできたとき「海岸図」を用いて、岸壁までにある難所や守らなければならないルールなどを読み取る。東京湾の場合はこれだけでは十分ではなく、浦賀水道などは非常に狭く、船舶が一日に1,000隻も行き来するようなエリアがあるので、浦賀水道だけの海図も作っている。

ここでひとつ加えたいのが、幕末に技術を学んだ時代から英国と密接な関係にあること。実は、英国では今でも世界中の海図を作っている。これまでは日本が発表した情報を元に、三週間程の遅れで英国が海図を刊行していたが、平成十八年にデュアルバッジ海図へと移行した。我々の作った海図が英国の海図でもあるという位置づけとなり、全世界の市場へのアクセスを可能にしている。

B.「海洋調査について」(住吉昌直:海洋情報部海洋調査課)

住吉昌直

海洋調査の業務に関して二つの話をする。一つは測量方法とその歴史、もう一つは、東日本大震災に際しての海洋情報部の対応について。

前者については、海図作成のための水深データ調査(水度測量)を中心にしていく。海の深さは、よく想像されるように一定のものではない。潮の満ち引きによって海面から海底面までの深さは変化してしまう。浅い状態が分かっていないと、船のサイズによっては座礁してしまうことになるので、最低水面の深さを測ることになっている。

実際の水深は三つのステップで測っていく。船の緯度経度、つまり位置を測る「測位」。次にその位置での水深、海面から海底面までの深さを測る「測深」。基準を決めるために潮汐を測る「検潮」である。明治時代から昭和20年代までは、測位に六分儀を使い、測深にロープのついた錘をたらして海底面の深さを測っていた。日本第一号の海図は、六分儀と錘を使って測深したデータをもとにして作った明治五年の釜石港の図。よくよく見ると、水深が海図上に書かれ、なんとなく船が通った場所が分かる。

基本的な技術は長年変わらなかったが、昭和三十年からは測位は電波を使い、測深は音波を使った測深器を使ってデータを取得するようになった。電波測位は電波を発信する基地局を設け、その電波の到達時間から船の位置を決定する仕組み。音波で海底面を測るためには、船をある間隔(測線間隔)をあけて走らせて音波を海底で反響させ測深する。間隔を開けすぎると未測深のところが出てきてしまい、たまたまそこに高い山のようなものがあったとき非常に危険。それを防ぐために、測線間隔を設定し未測定のないように調査をしていく。最近は測位にはGPSを、測深に関してはマルチビーム音響測深器を使っている。初期の音波測深はシングルビームで、船の走る航跡に沿った「線」で情報が得られるというものだったが、マルチビーム音響測深器は「面」的に海底の地形を捉えることができるようになった。

航空レーザー測量という、光を使った測深もある。飛行機は非常に高いところから観測するので、一気にデータをとることができる。ただしレーザー光といえども海の中を光が通るのは厳しいので、透明度の良い沖縄の海のようなところでもせいぜい水深50mよりも浅いところでしか観測できない。またAUVと呼ばれる自立型潜水調査機もある。事前にプログラムされた経路を自動調査し、データを取ることができるという装置。「ごんどう」という名前がついていて、測量船「拓洋」に搭載されており、今後の活躍が期待される。

続いて、東日本大震災への対応について説明する。震災では津波の影響などで、道路や鉄道などが完全に寸断される中、なんとか海から物資を供給したいというようなニーズがあった。しかし、瓦礫の流入や地形変化によって、港が使用不可能な状況になっていた。港を開港するためには、海底がどうなっているかということを調べなければならないので、海上保安庁では測量船を緊急派遣した。「明洋」「海洋」「天洋」は震災発生後24時間までに出動、調査中だった大型船「昭洋」「拓洋」も3月13日に帰投し、3月14日に出動した。海洋情報部では航路障害物を発見し、海図上のどこに危ないものがあるかという情報を提供、港湾管理者が実際に撤去するというような流れで、3月15日には釜石港が復旧した。港全体をすぐに測れるのではないので、船が通れるような海水域と、船をつけることができるような岸壁を調査し、開港できる港の仮決定を行っていった。3月26日の気仙沼港復旧で、大部分の主要な港湾が復旧したが、被災地の海図の改版は現在も続いている。

海底での障害物の発見

C.「海洋台帳について」(長岡継:海洋情報部海洋情報課 主任海洋空間情報官)

長岡継

近年の情報化の進展につれて、海洋資料の公開と活用が重要な課題になってきた。カーナビなどにも使われている、GISによって図上に付加価値のある情報を載せることができるが、こういったツールを使いながら、海洋情報を公開するということをしていこうというのが「海洋台帳」。

海上保安庁では、海図をはじめ様々なデータを収集し発行してきた。基本的にはそれぞれに目的があって、一つの図で完結したコンテンツとなっていて、その上に何かを重ねることは想定されていなかった。もちろん、船乗りが使うということが目的の大前提なので、港ごとに作るなど、図のエリアがニーズによって決まっていて、汎用性は乏しかったのが今までの状況。しかし、技術発展に支えられて、海洋空間情報をGISにのせてインターネットで公開するWebGISとして出そうという発想も実現できるようになった。

背景にあるのは、海域に対するニーズの高まり。我が国のフロンティアである海の活用に向けて、海洋基本計画や海洋基本法が整備され、長期ビジョンが必要だというニーズが生まれてきた。一方で、海洋立国を目指しながらも、各省庁団体に海に関する情報が点在して、一元化されていなかった。一元化に向けての具体的な制度設計の中で、海洋空間情報の整備・管理を行なう組織として海上保安庁が名乗りを上げたと言う事。

海洋台帳の特徴は、まず一元化されていることと、それら一元化されたデータを様々な切り口で図の上で見せられるということ、見える化して提供するということ。海底図があって、その上にいろいろな情報を重ね合わせることができる、そういうツールになっている。具体的には情報の項目は100項目くらい、背景図もいろいろなものを用意している。インターネットで公表されるというのは初めてのデータ、船舶通行量の確認もできるし。社会情報と言うカテゴリーでは、漁業権や国立国定海域公園、保護区、海事情報として港湾警備局や海上保安部、インフラ情報としては風力発電や潮力発電など。海洋情報として水面の潮汐や水深も当然ある。

海洋台帳

例えば洋上風力発電のプラントをどこに作れば良いかという検討をする際に海洋台帳を使ってもらうことを想定している。また海洋エネルギー開発分野、海洋環境保全分野、海洋教育分野にとっては重要なツールとなると考えているし、防災という切り口もある。まだ知名度が低いので、今はもっぱら宣伝・PRをしており、できるだけたくさんの方に海洋台帳の存在を知ってもらえればと考えているところ。

将来的には国の持っているデータだけではなく、民間で持っている情報や大学・研究機関等が持っている情報も一元化できれば美しい。こういったことは海洋基本計画の中にも謳われており、理想的な終着点として考えられている。とりあえず今は、役所の持っている情報を少しずつ一元化しながら、公開していこうという動きの中で海洋台帳が出来上がっている。

海洋台帳はこちらからアクセス可能です。「海洋台帳」http://www.kaiyoudaichou.go.jp/

研究会を終えて

これまでの研究会を通して、様々な記録の重要性とともに、記録された情報活用の重要性は繰り返されてきた。中でも今回のテーマである海図、そして最後の講演で紹介された海洋台帳は、記録され更新され続ける情報活用の活きた事例である。安全に直結するという意味では一種の緊張をも孕んだ、非常によい事例であった。今後本分科会でも、新たな企画としてあるイベントの記録を残していく計画案が立てられているが、記録と社会が接し新たな文化資源を生み出す場の確立された先行事例を学ぶことができ、学会の将来にとって意義の大きい研究会になった。

研究会記録:高田あゆみ

文責:中村雄祐・鈴木親彦

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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