第一回 記録や保存のテクノロジー

開催日時 2013年6月7日

講演者 凸版印刷株式会社

開催場所 トッパン小石川ビル

0.文テクの場

1.三つのキーワード

2.研究会概要

3.研究会を終えて

0.文テクの場

第一回は企業の研究会との共催ということもあり、文テクの方向性を示すような空間での実施となった。夕刻、トッパン小石川ビルに集合後、文化事業推進本部の内山氏、奥窪氏に先導していただきセキュリティー・ゲートをくぐって案内していただいた。

壁一面の巨大スクリーン

壁一面を使った巨大なスクリーンでは、解説を聞きながらVRの没入感を実感することができた。さらに、安西氏がネットジョッキーとして話題に上るキーワードを次々と検索し、画像を映してくれた。他方、ホワイト・ボードという手書きメディアを駆使して、リアルタイムに発言をメモする安武氏もライブ感にはふさわしいものだった。中山氏の三次元プリンターの話題では、すぐにレプリカを出してもらい、直接触って感触を確かめながら議論ができたのはデジタルとリアルが交錯する現場ならではの経験であった。総じて、生の議論のライブ感とデジタルのライブ感がシンクロする貴重な場となった。

1.三つのキーワード

今回は、凸版印刷より4名の専門家に技術を提示いただいた。

全体から三つを選ぶのではなく、全員の発表からキーワードに沿ってテクノロジーを抽出した。

当日利用したホワイトボード

研究会当日の記録に利用したホワイト・ボード

この分野で最古の現役技術は?

=VRコンテンツ「システィーナ礼拝堂」

=三角測量

=物理的なデータ保存メディア各種(ハードディスクなど)

この分野で最新の技術は?

=VRコンテンツ「洛中洛外図屏風舟木本」「三蔵法師の十一面観音」

=三次元モデリング

=三次元再現技術(三次元プリンターなど)

=石英や紙によるデータ記録

この分野で最も○○な技術は?=ディスカッションで最も盛り上がった技術

=データベースを基にしたコンテンツ提供の諸相

2.研究会概要

A.VRコンテンツ

B.三次元計測と三次元再現

C.三次元モデリング

D.データの物理的保存

A.VRコンテンツ(文化事業推進本部 内山悠一氏)

凸版印刷株式会社文化事業推進本部は、デジタルアーカイブを活用したバーチャルリアリティー(以下VR)コンテンツを作ってきた。

現役のコンテンツで最も古いのは1998年に制作した「システィーナ礼拝堂」。このコンテンツは、大画面でデジタル化されたアーカイブの利用を特徴的に示しているので、現在でも紹介によく使われる。フレスコ画に取り囲まれた礼拝堂は、文化財空間の臨場感を楽しむ体験をよく伝える。特定の視点から見た状況に固定されているのではなく、好きな視点を設定して自由に全体を見ることができる。技術の発展を受けて最新のVRで利用している画像は大きな容量を持っているのに対し、システィーナでは画像の容量はかなり圧縮されているが、今見ても十分に楽しむことができる。

新しいコンテンツの一つに、「洛中洛外図屏風舟木本」のVRがある。絵に取り囲まれている感覚が出ているうえ、非常に高い解像度の素材を利用している。そのために実際に屏風に数センチのところまで接近しないと見ることができないような部分を精緻に観察することができる。「人の目では普通は見えない」部分までをデータベースとして残すのかという問いがあるが、データベースとしては「そこにある情報をすべて残す」必要がある。それを加工編集してコンテンツとして上映する際には、目的に従って情報を落としたり付加したりする。

なお、直近(2013年6月)だとデジタルアーカイブ化した数々の仏像を様々な手法で鑑賞する「三蔵法師の十一面観音」のVRが東京国立博物館TNM&TOPPANミュージアムシアターで上映されている。東京国立博物館のシアターで紹介しているコンテンツでは、ビジュアルだけでなくサウンドでも「取り囲む」を追求している。仏像の伽藍配置や曼荼羅でも、昔から人を感動させる時に取り囲むという手法が用いられている事を改めて感じており、今後もそれがキーポイントになるのではと思う。

B.三次元計測と三次元再現(文化事業推進本部 中山香一郎氏)

文化財の三次元計測データを用いて三次元プリンタで形を復元出来るようになった。これらは最先端技術と思われがちだが、実は基礎にあるのは非常に古い技術。距離を計る基本は古代エジプトで成立した三角測量で、そこから一歩もでていない。また三次元プリンタも積層により形を作りだすという点で、規模は違えど原理は縄文土器と同じである。

実物にアクセスしなくても研究が出来るようにするため、東京国立博物館所蔵の重要文化財の土偶を三次元計測し、その後VRコンテンツの資料として複製品を作った。普段は持てない・触れない文化財を体感する事が出来る。

現在、材料(樹脂)分野の進化は進んでいるが、プリンタ自体が造形を行う技術はあまり発展していない。高い技術を持った人間がフィニッシュワークをしてあげないと役に立たないので、職人の作業を軽減化し、更なる高みへいたらすのではと考えている。最終的には人間の手が重要である。文化財計測の現場やデジタル化は、実際には泥臭い作業の積み重ねである。どうすればより簡略化し「先端化」できるかを探している所である。

C.三次元モデリング(文化事業推進本部 郭泳咏氏)

CGのモデリング、コンテンツ制作に携わっており、その話を紹介したい。コンピュータ上で立体形状を作る場合、パラメータや数字で形状を定義する方法は人間にとって直感的ではないため、有機的な形状を作ることは難しい。現在使っているのは、ペンタブレットを用いて、力を加えることで3DCGの形状を変化させるツール。人間の力加減で形状を変化させる粘土のイメージに近く、形を作っていく過程は縄文時代の土偶製作と変わらないところもある。数学的に形を定義する手法から人間の感覚で形を作ることに戻ってくるというのは興味深い。数学的に形を定義することと人間の手で形を定義すること、二つの手法を用いて、表現に最適な方法をとっていく。

三次元計測で得られたデジタルアーカイブとは物体の情報であり、それは数字の羅列であり位置情報でしかない。それをコンテンツにするためには人間の作業が必要。データは「材料」であり、それをどう「料理」するかはコンテンツを作る過程にある。計測データをもとにして、色づけ、加工を行い、本物に近い状態に再現する。データを加工をするときは、何を見せたいのかを考えなくてはならない。デジタルアーカイブは情報のアーカイブ、数値化された情報のみを伝える事が出来る。CGのコンテンツでは色と形状について正しく示す事を目指してアーカイブしている。それ以外の、例えば質感等は記録されない限りは再現されない。十一面観音という仏像についての本を書けば、それもアーカイブである。三次元データと本とは、アーカイブという視点においては近い関係にあると考えている。

D.データの物理的保存(文化事業推進本部デジタル 高橋英一氏)

長年課題になっているデータ保存について考えてみたい。1990年代にデジタルアーカイブという言葉が生まれ、データにすれば永久に保存出来ると信じ込んでしまったのがそもそもの悲劇だったのではと思う事がある。データを保存する事に関して、保存メディアについて改めて考えてみたい。現役最古の技術として使われているのはハードディスク。1956年に世界初のハードディスクがIBMマシン内で誕生した。他に様々な保存メディアが登場しては消えて行った。

データにすれば情報そのものは劣化する訳ではないので「永久保存」いうのは間違いではないが、保存に使われているメディアそのものは長持ちしない。メディアだけに頼っている状態ではまずいという事で、データの運用面について研究を行うなど、問題意識が共有され始めている。さらに問題になるのが、データフォーマットが継承されない事(現在は変換ソフトで書き換えをしながら保存している)と読取システム(ハードウエア)がなくなる事。これらの問題を受けて、目で見れば読み取れるもの、物理的に書き込む方式へ移し替えることで、後で見ても分かる様にする動きがある。

最近のニュースで、石英ガラスの中に情報を埋め込むものも紹介された。石英ガラスの中にデータを封印するというのは、琥珀の中に虫が封入されているのと近い感覚ではないかと思う。何かに入れこんで安全にとっておくという感覚はローテクだが理に適った話だと考えられる。またデータを0/1の状態で紙やテープに記録し、それを美術館や博物館等の収蔵環境が整った場所に置いておくという事も行われている。

メディアそのものの保存/フォーマットの保存/読取機の保存が理想だが、1000年後には3つとも変化しているに違いない。デジタルメディアの保存はまだ発展途上であり今後が楽しみな分野である。現在は「データを一定期間ごとにリフレッシュしていく」というのが主流。別メディアで読み取れる状態や別フォーマットで書き込み等、運用面でカバーしながら残していかなくてはならない。

3.研究会を終えて

デジタルアーカイブによる記録と保存の技術は文化資源が後世に伝わることを支えている。またアーカイブされた情報をアクセス可能なコンテンツに編集する技術は、研究対象を提供するという意味において学問としての文化資源学を支えている。アーカイブとコンテンツ化、この両輪となる技術を現場で働く人々と学会員が共有できた第一回研究会は、「文テク」の方向性を示す大きな意義を持った。

高橋氏が指摘した「データ化による永久保存という誤解」と、郭氏の述べた「デジタルアーカイブは関係する情報のアーカイブ、モノそのものではない」という問題は、それを利用する我々研究者がデジタルによる保存とは何なのかを改めて考え直す契機にもなった。実際、文化資源学の属する人文社会系の過去のプロジェクトには、様々な「再利用できないアーカイブ」を生産してきた負の歴史も隠れている。今回はネガティブな面まで踏み込んだ議論はできなかったが、今後も問題意識を反映させて行く必要があるだろう。

研究会記録:岡村万里絵

文責:中村雄祐・鈴木親彦

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

This 作品 by YusukeNakamura&ChikahikoSuzuki is licensed under a Creative Commons 表示 - 非営利 - 改変禁止 3.0 非移植 License.