Books 〜東京ロッカーズ周辺など〜

ストリート・キングダム
東京パンク/インディーズ・シーンの記録

発行 : ミュージック・マガジン 1986年(7月増刊号)

著者 : 地引雄一

Comment:
恒松正敏の本ということではないが、恒松が関わった1978年から始まる東京のストリート・ロックを、 見つめ、カメラに収め、そのムーブメントの中に身を置いて体験してきたカメラマン地引雄一の 東京ロッカーズ初期からインディーズ・ブームが到来した1986年までの記録。表紙は指から出血しながらも ギターを弾く恒松の写真が使われてる。

海外のパンク・ロックに刺激を受けた地引雄一は、 小嶋さちほが発行していた日本のアンダーグラウンド・ロックを紹介する「ロッキン・ドール」を購読し、「渋谷屋根裏ライブあり、すぐこい!紅蜥蜴」と書かれたハガキに誘われ紅蜥蜴のライブを見に行った時からストリート・ロックと関わり始める。

フリクションとリザードの紹介に7~9ページ割いている他は、短い記述で多くのバンドが取り上げられ、 その時のストリート・ロックの動きが綴られている。例えば、ジャンプ・ロッカーズから東京ロッカーズ、関西ノーウェイブ、多様なニューウェイブバンド群、スターリンやその後のハードコアパンクバンド。ゴジラ・レコード、PASSレコード、テレグラフ・レコードなどのインディ・レーベル。 ドライブ・トゥ・80s、フライト・7デイズなどのイベント。

都市の路上に出現したロックの勃興から拡散までを当事者ならではの視点で記述、自身の写真も掲載されており当時を知るには必読の書。だが、2004年6月現在は絶版で80年代再評価が進む今、復刊を願いたい(できれば写真を増やすなどして改訂版で)。

STREET KINGDOM
東京ロッカーズと80'sインディーズシーン

発行 : K&Bパブリッシャーズ 2008年12月4日初版第1刷発行

著者 : 地引雄一

Comment:
1986年にミュージックマガジン社から出版された『ストリートキングダム』の待望の再刊。

オリジナル版に1986年~2008年刊行までのシーンの動向を伝える「追章-それからの二十二年」と 当時のチラシ、ポスター、ファンジンを紹介した「パンクアート・ギャラリー」を追加、 本文の下にも当時のレコードジャケットやチラシ、写真等が追加、 さらに恒松のEDPS、S-KEN、リザード、ラピス在籍時のフリクションなど13バンドを収録したDVDが付属 (フリクション以外は全て未発表)、という豪華な形となった。

付属DVDについては「STREET KINGDOM(2008年版)付属DVD」の項を参照してください。

TALKING LOFT
トークライブハウス「ロフトプラスワン」トークライブ集

発行 : ロフト出版 1997年3月15日発行

Comment:
1995年7月6日、新宿にオープンしたトークライブハウス「ロフトプラスワン」。
ARBのドラマー・キースを迎えた第1回目から、この本の出版時1997年3月までに行われたトークライブの数は600を超える。 その中から15本のトークライブの一部を再現、収録している本で、恒松正敏の部分は写真・コラムなど含め14ページほど。

恒松正敏がゲストの回は1996年6月20日、地引雄一とのトークで、 当時解散して間もない町田康&ザ・グローリーについてや、絵画制作の事、 ゴジラ・レコードからのシングル「Do You Wanna Be My Dog.g.g!?」リリースからフリクションに参加した経緯、 フリクションでのレック、ヒゲとの“軋轢”、フリクション脱退時の心境などを語っている。

客席に来ていた映画監督・ヴィジュアリスト手塚眞も参加してのトークでは、 この時期に恒松の絵画「百物語」をCD-ROMにするという企画があり、 CD-ROM機能や恒松の絵画の見せ方・演出としては手塚に全て任せ、音楽を恒松が手がけるという内容で構想されていたが、 予算的に厳しく企画がストップしてしまっている事や、 手塚眞が監督する坂口安吾原作の映画『白痴』の企画書に恒松の絵が使われている事が語られている。 CD-ROMの企画は流れたと思われるが、映画『白痴』は実現し1999年に公開された。

収録されているトークの終盤、マイナーだったものが年月を経て広く評価される事例について、 “基本的にアーティストは来世利益だと思いますよ”という恒松の言葉が印象に残る。掲載されている写真を見るとアコースティック・ギターを抱えた恒松の写真があるので、 トークの他に楽曲のライヴ演奏があったと思われる。

この他収録されているのは、
音楽関係では初回のARBキースと生江有二がARBの活動やパンク等について、松村雄策と山岸達治が最近聴いてる音楽(ヘザー・ノヴァとかフェイ・ウォン等)、サエキけんぞうと萩原健太がビートルズについてのトークライブが収録されている。他ジャンルでは映画、政治、事件、女子プロレス、特撮ヒーロー等のトークを掲載。

NU SENSATIONS
-日本のオルタナティヴ・ロック 1978-1998

発行 : ミュージック・マガジン  1998年(11月増刊号)

監修 : 小野島大

Comment:
オルタナティヴ=主流と離れ独自の価値体系を築いているロックを作り上げた日本のアーティストのディスク・ガイド、 という視点で編集された本で、フリクションなどの東京ロッカーズ勃興期1978年から、 この本が発行された1998年までを
1st Sensation(1978年~1982年)
2nd Sensation(1982年~1986年)
3rd Sensation(1986年~1993年)
Nu-est Sensation(1993年~1998年)
という4つのピリオドで区切り、それぞれの期間の重要アーティスト紹介記事とアルバム・ガイドを載せている。

恒松正敏の単独記事として掲載は無いが、1st Sensation内のレックのインタビュー、フリクションの紹介、 「東京オルタナティヴ1978-1982/1998」と題された10ページに渡る地引雄一の写真と文による巻頭企画に恒松関連記事がある。

パンク天国4

発行 : DOLL 2002年(5月増刊号)

Comment:
日本の1977年から86年にリリースされたパンク・ニューウェイブのインディペンデント・ディスク(ビデオ、ファンジンも) をまとめたもので、ディスク・ガイドA to Zの間に東京ロッカーズ年代記、フリクションやリザード、ミラーズ、Mr.カイト、SS、スターリンなどのバンド紹介記事、 ゴジラ・レコードやPASS、シティ・ロッカー、ナゴムなどのインディ・レーベル紹介記事、 地引雄一や遠藤ミチロウ、ヒカゲなどへのインタビューなどが収められている。

恒松正敏の参加したレコードではソロシングルの『Do You Wanna Be My Dog・g・g?』、 フリクションの『Crazy Dream』、『ed Live』、E.D.P.Sの『Death Composition』、 オムニバスの『Gozira Special Dinner』、ビデオの『ロッカーズ』、『Passed』、 プロデュースしたStillのEPと12インチが紹介されている。

当時のチラシも掲載されていて「東京ROCKERS LIVE RECORDING」や「発狂寸前!ロッカーズ」、「PASSツアー」、「DRIVE TO '80」などのライヴ告知、 フリクションの1st EPリリース告知などを見ることができる。

ロック画報No.19

発行 : Blues Interactions 2005年3月18日発売

Comment:
日本のロックを特集する雑誌で、19号はフリクションとクレイジーキャッツの特集だった。
Friction「ロック画報19 Sampler CD」の項を参照してください。

FRICTION The Book

発行 : Blues Interactions 2007年1月19日発売

Comment:
巻頭には佐藤ジンの写真で振り返るフリクションの歴史1978年~2006年(20ページ)。レックのロング・インタヴュー(雑誌「ディグ」掲載の再録に新たにおこなったインタヴューを追加)や、 歴代のメンバーへのインタヴュー(チコ・ヒゲ、ラピス、シュルツ・ハルナ、ヒゴヒロシ、佐藤稔、イマイアキノブ、中村達也)。 恒松へのインタヴューは無い。

フリクションの活動、歌詞、サウンド、写真などに対する考察など、読み応え充分、全240ページ余の研究本。 もちろんフリクションのディスコグラフィに、各ディスクの解説もある。メンバーのソロ、他のバンド、ゲスト参加ディスクは一覧で掲載されている。1977年~2006年までの年譜(フリクションの歴史、読んでると新たな発見が...1979年5月5日「東京ロッカーズ・ツアー79」小倉・写楽でのライブ、共演は人間クラブ...)。

付録の発掘ライブDVDは「LIVE FRICTION 1978-1981」の項を参照してください。

TOKYO STREET ROCKERS 1978→1981 地引雄一写真集

発行 : リトルモア 2009年10月26日初版第1刷発行

著者 : 地引雄一

Comment:
2008年の『ストリートキングダム』の再刊に続き、ついに地引雄一の写真集が刊行された。1978年春、紅蜥蜴のメンバーの写真に始まり、1981年夏のイベント「FRIGHT 7DAYS」最終日、 朝日に照らされた新宿ロフトの写真まで、東京ロッカーズ、アーントサリー、SS、スターリン、非常階段、水玉消防団、 ゼルダ、NON BAND、午前四時、ガセネタ、角谷美知夫、ゲルニカ等々、1978年から81年という正に日本におけるパンク黎明期を170余枚の写真によって捉えたものだ。

著者の地引が海外で勃興したパンクを知ったのは1976年夏、 シングル盤など具体的な音源やもっと詳しい情報を得たのが1977年になってから。日本にも同じようなシーンがないのかと思い始め、 紅蜥蜴や3/3、村八分などを紹介していた「ロッキンドール」を購読し始めるのが1977年末、 翌78年2月4日には紅蜥蜴のライブに行き、ライブの後モモヨに写真を撮らせてほしい旨を伝え、 3月25日福生のライブハウス「チキンシャックⅡ」に出かけ写真を撮っている。 この写真集のトップに掲載されている紅蜥蜴の写真がこの時のものだ。

日本にパンクムーブメントはあるのか、なければ自ら作り出さなければならない(「ストリートキングダム」)、 と熱望していた地引らしく、知り合ってすぐに写真を撮り始めた、即実行、DIY精神に満ちた行動である。

恒松の写真もフリクション参加前からフリクション在籍時、ソロになってのライブまで十数枚が収められている。 表紙はもちろん恒松。クランプスのLPをレックと一緒に眺める恒松っていう写真もいいし、肩にギターを担いで歩く恒松なんていうのもカッコイイ。 坂本ミツワと共に移る女性の手にはツネマツマサトシのファーストシングルが…(オリジナルだ)。

今回は“ストリートという場が最も純粋な形で現出していた”1981年までと区切った写真集だが、この後の写真も何らかの形で出版してほしい。

Thus We Live Bit by Bit Photograph by Kazushige Aoki

発行 : オックス・ブックス 2012年5月21日初版第1刷発行

Photography : 青木一成

Art Direction : 内山園壬

Comment:
“「昔カッコよかった人たち」の、その後を追跡し、撮影した記録”と帯にある。 地引雄一による80年代活動当時の写真を入り口に、それぞれの現在(2011年)の姿が青木一成のカメラによって捉えられている。 2011年10月12日~10月17日に高円寺AMP Cafeで開催されていた写真展をもとに編集された写真集のようだ。 登場するのは、
恒松正敏
地引雄一(テレグラフ代表)
アリス・セイラー(アマリリス)
宙也(アレルギー)
佐藤薫(EP-4)
鈴木創士(EP-4)
BANANA UG(EP-4)
ユン・ツボダジ(EP-4)
ジュネ
杉林恭雄(くじら)
久保田慎吾(8 1/2)
Shim-Con-Kang(コンクリーツ)
SAD(Sadie Sads)
Kazumi(Sadie Sads)
Kan(Sadie Sads)
五十嵐義秀(Sadie Sads)
田波健(Nubile)
関根隆(Nubile)
Tomo(Sarasvati)
ノン(NonBand)
山崎春美(ガセネタ、タコ)
の面々。表紙はEP-4の佐藤薫。
まぁ過去カッコよかったからって、今はオヤジ、オバサンの写真を好んで見る(買う)か、という気もするが、 それなりには楽しめる。やっぱり年輪を重ねているなと感じるものはある。

恒松正敏は16ページにわたり取り上げられていて、 だいぶ髪の毛が白くなって顔つきも年取ったなぁと思うが、 ギターを弾いている写真、ステージでの写真の他、アトリエでの絵画制作の写真、 筆やパレットや定規,ハケなんかの絵画制作道具の写真なんかも面白い。 もうちょっとアトリエ全体がわかるようなカットも欲しかったな。

佐藤薫は20ページにわたり取り上げられているし、 BANANA、鈴木、ユン(各6ページ)をあわせると計38ページになることや、 アマリリス、Sadie Sads、Nubile、タコなど過去の音源に佐藤薫が関係したアーティストが多いことからも、 2012年「5.21」EP-4復活単独ライブと連動した企画でもあるのだろう。 ページ数が多いところでは、SADを始めとするSadie Sadsと数名メンバーが重なるNubile関連で28ページ。 山崎春美が16ページにわたり取り上げられている。 現役ミュージシャン、庭師、学者、遺跡発掘、僧侶、古書店等、様々なその後、2011年の姿。

初版限定特典として2011年10月16日に高円寺HIGHとAMP Cafeでおこなわれた「CASE OF TELEGRAPH 2011」 のライブ(一部他音源あり)を収録したオムニバスCDが添付されている。このCDの内容はSolo Works「Thus We Live Bit by Bit」の項を参照してください。

EATER '90s
インタビュー集:オルタナティブ・ロック・カルチャーの時代

発行 : K&Bパブリッシャーズ 2012年9月28日 初版第1刷発行

編者 : 地引雄一

装幀 : 河村康輔

発行者 : 河村季里

Comment:
フォトグラファーとして東京ロッカーズに関わり始め、さらにインディペンデント・シーンに深く関わり、 テレグラフ・レコードを設立した地引雄一が1990年代に創刊した雑誌「イーター」は、 1995年4月に創刊号が刊行され、2001年4月刊行の第8号まで続いた。 その中からインタビュー記事を音楽関係にしぼり再録、まとめた本で地引雄一いわく、 2008年に再刊された自身の著書『STREET KINGDOM』の続編と言える内容を目指して企画された、ということだ。掲載されているインタビューは下記の面々。

遠藤ミチロウ
恒松正敏
サヨコ
田口トモロヲ
戸川純
大友良英
勝井祐二
ササキヒデアキ
ホッピー神山
KIRIHITO
吉田達也
佐藤隆史
蔦木栄一・俊二
杉林恭雄
北村昌士
灰野敬二
三上寛
山崎春美
NON
JOJO広重
美川俊治
日野繭子
飴屋法水
根本敬
村崎百郎
不破大輔
ヒゴヒロシ
山本精一
江戸アケミ

恒松正敏は、1996年8月刊行の「イーター」3号に掲載されたインタビューを再録している。インタビューは1996年2月26日に恒松正敏の自宅でおこなわれた。 この頃の恒松は絵画「百物語」シリーズが完結し、それを集めた画集『百物語』が刊行された頃。 例の丸い板を選んだ訳や色彩に関する話、日本の古い仏画への興味、芸大時代の恩師の話、絵を再開した時の心境など絵画制作・美術に関係する話も多いが、 音楽関係でもフリクション以前に活動していたバンドはぐれ雲について語っているし、 西洋的なものと東洋的・日本古来のものの融合は絵画については可能だけど、 ロックについては融合をするのは難しいと語っているなど、 恒松自身の絵画と音楽を比較した考えも読めて興味深い内容。 

そのほかのインタビューもこのメンツを見てもらえばわかると思うが、読みごたえは十分。江戸アケミのインタビューでE.D.P.Sの8インチEP『Death Composition』を “ E.D.P.Sの音、やっぱ日本の音だよね、あれ、うん ” とアケミが語っているのが印象に残る。

underground GIG 東京1978-1987

発行 : SLOGAN 2019年5月25日初版第1刷発行

著者 : 佐藤ジン

Comment:
1986年にMusic Visionsから出版された佐藤ジンの写真集『ACTION PORTRAIT GIG TOKYO ROCKERS 1978-1986』が待望の再刊。

オリジナル版は発行部数3,000が完売したとされ、中古市場では高値取引されていた。 私もオリジナル版を何度か中古レコードショップで見たが、定価2,800円をはるかに上回っていたなぁ。再刊版のサイズはオリジナルと同じA4サイズだが、480ページから640ページに増ページで未発表写真追加、新編集、 価格も税抜き本体7,400円と大幅アップとなった(それに重い…)。 オリジナル版に掲載されていて再刊版に未掲載となったアーティストがあるのはちょっと残念。

恒松正敏はツンツンに髪を立たせた1978〜1980年のフリクション時代から、
1981年の黒いストラトを持った恒松正敏、 1982年8月29日京大西部講堂に到着したE.D.P.Sの面々(立て看の写真を見ると“ ツネマツマサトシs EDPSと書かれている)、 1983年の身をよじりギターを弾く恒松が掲載されている。

その他、フリクション、リザード、スピード、ミラーズ、ミスター・カイト、エスケンの東京ロッカーズから、ボーイズ・ボーイズ、自殺、81/2、マリア023、突然ダンボール、チャンス・オペレーション、オートモッド、 グンジョーガクレヨン、裸のラリーズ、灰野敬二、EP-4、じゃがたら、スターリン、スタークラブ、ギズム、エクスキュート、 アレルギー、ゼルダ、戸川純、ハナタラシ、非常階段、ブルーハーツ、有頂天、等々の国内アーティストのライヴ写真やオフショット、 海外アーティストではトーキング・ヘッズ、ジョニー・サンダース、イギー・ポップ、ルー・リード、ニコ、ジョン・ライドン、 ノイバウンテン、等が掲載、 追加された1987年にはトム・ヴァーレイン、忌野清志郎、イアン・デューリー、ウィルコ・ジョンソン等が掲載された。

ミスター・カイトのシングル盤のジャケット写真や灰野敬二のアルバム『わたしだけ?』のジャケット写真、 カムズのアルバム『パワー・ネヴァー・ダイ』のジャケット用フォトセッションの写真なんかも興味深いし、 ライヴ会場で撮影されたオーディエンスの写真も雰囲気が伝わっていい。

1986年のオリジナル版は佐藤ジンのHP「Gin Satoh The Works of Photograph」内の、出版した本についての案内コーナー“ 「GIG」-東京ロッカーズ 1978-1986-”で表紙と掲載アーティストのインデックスを見ることが出来る。

『GIG』再刊に先がけて2017年10月28日〜11月5日には杉並区高円寺のUp Town Koenji Galleryにて“ Action Portrait: GIG -Koenji Edition- Photo by Gin SATOH ” と題した写真展を開催。その展覧会ではA5サイズ、64ページの写真集 「GIG -Koenji Edition-」が図録として限定500部販売された。

CHIRASHI
Tokyo Punk & New Wave '78-80s

発行 : SLOGAN 2022年3月31日初版第1刷発行

編集 : 飯嶋俊男+古川博一

Comment:
1978年〜1984年までの東京(ほぼ首都圏)のパンク・ニューウェイヴ・シーンで撒かれたチラシ(ビラ/フライヤー)を収録した本が刊行された。 編者はRecord Shop BASEの飯嶋俊男、雑誌DOLLやロック画報に記事を書き、MARBLE SHEEPや荒涼天使のメンバーでもあった古川博一。 A4判、巻頭にカラーページ32ページを含む、チラシ700枚強収録、480ページというヴォリュームで、ほぼ年代順に掲載されている。

巻頭カラーページでは恒松が当時在籍していたフリクション関連のチラシ
1979年4月22日、新宿ロフト「LIVE 東京ROCKERS」のライヴ告知
1979年5月9日公開の津島秀明監督映画『ROCKERS』告知
1979年8月20日、フリクションの1st.EP「Crazy Dream」(PASS RECORDS)リリース告知
1979年10月27日、高円寺次郎吉のライヴ告知
が掲載されている。

モノクロページには、下記の掲載あり、
1978年5月28日、ミスター・カイトのライヴにギタリストとしてゲスト参加した、六本木S-KENスタジオ「PUNKジカケ-99%」(チラシに恒松の表記は無し/Mr.Kite『Live Innocent』CDブックレット年表より)
1978年12月17日、恒松がフリクション参加後の初ライヴ、新宿ロフト「TOKYO ROCKERS SHINJUKU LOFT No.2」
1979年1月、ツネマツ・マサトシの7インチ・シングル「Do You Wanna Be My Dog.g.g!?」(GOZIRA RECORDS)リリース告知
また、この頃同時期と思われる、GOZIRA RECORDS告知
(「GOZIRA LABEL UNSEALS TOKYO!」として下記3タイトルを紹介している)
 MIRRORS「衝撃X / ミラーズ」GZ555 SOLD OUT!
 Mr.Kite「共犯者 / Exit.B9」GZ999 SOLD OUT!
 TSUNEMATSU MASATOSHI「き・を・つ・け・ろ / いいかげん」GZ444 発売中!
1979年2月16日フリクション、下北沢ロフト「WATCH OUT NO WAVE CONCERT #6」
1979年3月11日フリクション、新宿ロフト「東京ロッカーズ LIVE RECORDING」
1979年4月27〜28日フリクション、名古屋今池芸音劇場
1979年4月30日フリクション、京大西部講堂
1979月5月24日フリクション、新宿ロフト「FRICTION v.s. MIRRORS」
1979年6月22日フリクション、浦和市民会館「発狂寸前!ロッカーズ IN URAWA」
1979年6月28日新宿ロフト「GOZIRA LABEL First Gig!!」(恒松出演の記載は無いがD伊藤マキ/G逆井治[ex-ルージュ]/B江口勝俊[S-KEN]というメンバーで出演/再発CD「Do You Wanna Be My Dog.g.g!?」解説より)
1979年8月29日フリクション、新宿ロフト「DRIVE TO '80」
1979年9月20日フリクション、渋谷屋根裏
1979年10月27日フリクション、高円寺次郎吉
1979年11月3日フリクション、武蔵野美術大学芸術祭「TOKYO ROCKIN' TONITE」
1979年11月17日フリクション、神奈川大学大講堂「ELECTRIC CIRCUIT for 80's」、ALL NIGHT Concert
1979年12月15日フリクション、名古屋E.L.L.「THE STAR CLUB PRESENT'S THE PUNK PUNK PUNK NIGHT」
フリクションの25cmLP「79 LIVE」(WATCH OUT)リリース告知
(録音は12月16日京都磔磔におけるライヴ、リリースは1980年12月)
1979年12月31日フリクション、京大西部講堂「REVO'1980」
1980年4月26日フリクション、青山ベルコモンズ9F「PASS TOUR '80」
1980年5月25日フリクション、神奈川大学生協大食堂「PASS TOUR iN YOKOHAMA」
1980年6月11日フリクション、白山三百人劇場「ポップ・ザ・ヒーロー」
1980年6月15日、神奈川大学301教室「ROCKERS フィルムコンサート」(津島秀明監督映画『ROCKERS』上映と思われる)
1981年3月8日ツネマツ・マサトシ、新宿ロフト
1981年4月18日ツネマツ・マサトシ、新宿ロフト
1981年5月15日ツネマツ・マサトシ、法政大学学生会館大ホール「GARAGE GIG!」ゲスト
1981年11年27日ツネマツ・マサトシ、横須賀セカンド・ニューヨコスカ「CABARET GIG」
1981年12月22日ツネマツ・マサトシ、目黒鹿鳴館「SCANNING POOL」
1981年12月31日ツネマツ・マサトシ、新宿ロフト「BRAND NEW AGE / MIDNIGHT GIG」
1982年5月26日E.D.P.S、新宿JAM「EMOTIONAL MARKET」
1982年7月3日E.D.P.S、立教大学タッカーホール「ST, PAUL'S TACKER GIG!」
1982年7月7日E.D.P.S、青山SHY「TSUNEMATSU MASATOSHI -new Project」
1982年8月28日E.D.P.S、大阪バラード
1982年9月25日E.D.P.S、原宿クロコダイル「MID・NIGHT PULSE」
1982年10月1日E.D.P.S、横浜シェルガーデン
1982年10月10日E.D.P.S、法政大学学生会館大ホール「GARAGE SPECIAL FRONT」
1982年11月13日E.D.P.S、渋谷TAKE OFF7「NEW SOUNDS, NEW FACES」
(本には1981年と掲載されているが1982年のスケジュールと思われる)
1982年11月25日E.D.P.Sの1st.20cm EP「Death Composition」(TELEGRAPH RECORDS)リリース告知
1982年11月28日E.D.P.S、池袋西武STUDIO200「通俗・異端・音楽実験室」
1983年4月2日E.D.P.S、四谷フォーバレー
1983年8月27日E.D.P.S、新宿ロフト「CASE OF TELEGRAPH PRODUCTS-5」
1983年11月25日E.D.P.Sの1st.Album(JAPAN RECORDS)リリース告知
と、恒松関係を追っただけでも結構な掲載枚数がある。

他バンドではBOYS BOYS、ゼルダ、オート・モッド、バナナリアンズなど非常にデザイン性に優れているチラシも多く楽しめる。同じ日のライヴでもバンドによってそれぞれがチラシを作っている事もあり面白い。 当時のシーンを振り返るには非常に興味深いドキュメントだ。 

MUSIC MAGAZINE 1980年7月号 

発行 : ミュージック・マガジン社 1980年7月1日発行

Comment:
PASSレコードから作品をリリースしていたアーティストがプロモーションを兼ねて名古屋、京都、大阪、富山、長野、前橋、仙台と巡るパッケージ・ツアー 「PASS TOUR '80」の一部に評論家・大鷹俊一と写真家・佐藤ジンが同行した記事 “ フリクション、グンジョー、 段ボールたちの日本列島ななめ斬り パス・レコード・ツアー同行記 ” を全10ページで掲載。

同行したのは5月1日〜5月4日、
5月1日京都「クラブ・モダーン」フリクション、ボーイズ・ボーイズ、突然段ボール、グンジョーガクレヨンの4バンドでおこなわれたライヴ、5月2日大阪「スタジオ・ムッシュ」ではフューが参加し、フリクション、ボーイズ・ボーイズ、突然段ボール、グンジョーガクレヨンと当時のPASS全アーティストが揃ったライヴ、このあと突段、グンジョーがツアーを離れ、本来5月3日に行われるはずだった富山のライヴは、大阪からの移動で渋滞に巻き込まれ開演時間に間に合わず翌日に延期、5月4日富山「メディア」ではフリクション、ボーイズ・ボーイズの2バンド(プラス地元高校生バンド)でおこなわれたライヴをレポート。

ツアー中のグンジョーガクレヨン、突然段ボール、フリクションへの短いインタビュー、また各地でのオフステージのエピソード、 ツアーを終えてレックの感想も掲載、佐藤ジンによる各バンドの写真もあり。表紙は河村要助によるフリクションのイラスト。

DOLL 2006年1月号 No.221 

発行 : (株)ドール 2006年1月1日発行

Comment:
1984年12月21日渋谷Live-Innで行われたE.D.P.Sのラストライヴを収録したライヴ・アルバム『LAST LIVE』リリース(2005年10月) のタイミングで行われた恒松正敏へのインタビューを4ページにわたり掲載している。

ライヴから21年の時を経た『LAST LIVE』リリースの経緯とラストライヴ当日の様子、絵画制作について、 恒松正敏としての“ プレ東京ロッカーズ ”…ゴジラからのシングル「Do You Wanna Be My Dog.g.g!?」製作時のエピソードや その前に恒松が組んでいたバンド、はぐれ雲に関する話題が読めるのがうれしい。

よくブルース・バンドだったと語られるはぐれ雲については、“ブルース・ロック的なオリジナルをやるバンドだった ”が、 当時より恒松はブルースをそのままコピーする日本のブルース・バンドには批判的で “ 3コードでもいいから、自分の音楽をやる ”バンドにしたかったという。 恒松的には“ ドクター・フィールグッドみたいな方向にどんどん行っていた ”というから、 ソリッドにブルースやロックンロール、R&Bを演奏する方向に行きたかったのだろうが、 他のメンバーとその音楽性が違っていき、はぐれ雲は解散。フリクション加入時に、他にもスピードやスクリュー・バンカーズから加入の誘いがあったこと、 伊藤マキとジョニー・サンダース&ハートブレイカーズみたいなスタイルでやろうかという話もあったことが語られている。

このインタビューでは今後の活動について、 1960年代に好きだったビートもの、トロッグスの「ボクは危機一髪」(原題・I Can't Control Myself)とかを入れたカヴァーアルバムを作りたい、 と語っているが実現していない…。

なお、はぐれ雲については雑誌「イーター」3号(1996年8月)のインタビューの中でも語られていて、 そのインタビューは2012年に刊行された『EATER '90s オルタナティブ・ロック・カルチャーの時代』(K&Bパブリッシャーズ刊)に再録されている。

DOLL 2008年2月号 No.246
東京ロッカーズ 30周年記念 巻頭特集

発行 : (株)ドール 2008年2月1日発行

Comment:
東京ロッカーズと呼ばれるムーブメントが始まった1978年から30年後の2008年。
雑誌ドールでそのムーブメントの意義を再検証すべく東京ロッカーズを巻頭特集。関係者インタビュー、関連ディスクレビュー、ムーブメント・ヒストリーで19ページの特集となっている。

恒松正敏本人へのインタビューは無いけれど、この特集で貴重なのは “ プレ東京ロッカーズ・高円寺アンダーグラウンドロックシーン1971〜1977 ”と題された、 ステュー、ワク、ヒゴヒロシ、ラピスという4名のインタビュー(4名で約6ページ)が掲載されていることだ。 インタビューに登場する彼等が参加していたバンドとは…

3/3(初期はブロウアップ)Vo&Gレック、Dヒゲ、Bステュー→ヒゴヒロシに交代、途中参加G有田武生→後にGアンドウ
フランケンシュタイン Voヨシ、Gワク、Bステュー、Dパディ→アツシ(宮川篤志)

キックス Vo&Gワク、Bステュー(Bコッペ、Gステューの時あり)、Dアツシ
ブロンクス Vo&Gラピス、Gマギー、Bトラヴィス、Dアツシ(キックスと掛け持ち)

スーパー・ヒューマン・クルー Vo&G有田武生、Bステュー、Dビショップ

1977年3月レック、数ヶ月後ヒゲが渡米し3/3は自然消滅、残されたヒゴとアンドウは以前一緒にウィンド・フォールというバンドで活動していたマツモトを加え1977年秋頃にミラーズを結成。 フランケンシュタインはVoヨシの脱退によりキックスとなり、その後Voジーン、Gワク、Dアツシ、Bタカシというラインナップで1977年7月にミスター・カイトを結成。 1978年になるとミラーズとミスター・カイトは、スピードを加えた3バンドで “ ジャンプ・ロッカーズ ”としてシリーズ・ギグを開始、 1978年3月レックとヒゲがニューヨークから帰国、ブロンクスを脱退したラピスを加えてフリクションを結成。 間も無く東京ロッカーズと呼ばれるムーブメントにつながっていく。

ミラーズを結成しゴジラ・レコードを立ち上げたヒゴは比較的インタビューやライナーノーツで見かけることはあるが、 ステュー、ワク、ラピスがこの時期を語っているのは貴重と思うし、もちろんヒゴも含めて彼らの証言から東京ロッカーズ前夜の一端を知る事ができる。 ワク、ヒゴについてはプレ期だけじゃなくミスター・カイト、ミラーズに関しても語っていて、特にワクは30年後だからこそ語れる心境、事情を読む事ができて興味深い。

清水寛(協力:地引雄一)による東京ロッカーズ・ヒストリー。1977年の動きから1979年8月の “ Drive To '80s ”までを4ページに凝縮。 “ 東京ロッカーズ・ディスク紹介 ”は4ページにシングル、アルバム、アナログ、CD、VHSをまとめて46タイトル、カラージャケ写と解説文付きで紹介。 恒松参加ディスクもゴジラ・レコードからの7インチシングルやPASSからの4曲入り12インチ、 フリクションのEP、シングル、アルバムやツネマツソロ期のVHSヴィデオ『PASSED』などを掲載。 中心人物の一人、S-KENのインタビューは写真を含め4ページ。

プレ期をインタビューで、ムーブメント勃興から活発な活動時期を清水寛のテキストで、 波及したバンドの紹介をディスクガイドで、まとめ的にS-KENのインタビューという構成。 特集1ページ目に掲載されている、1978年7月〜8月の日曜日6回に渡ってS-KENスタジオで行われたシリーズ・ギグのチラシ、 長らく“ BLOW UP! TOKYO ROCKERS ”とされていたが、“ BLAST OFF TOKYO ROCKERS!! ”だったんだな。

プレ期といえば恒松正敏がフリクション加入以前に活動していたというバンドはぐれ雲については、 同じ雑誌ドール2006年1月号No.221の恒松のインタビューで読む事ができる。

夫婦茶碗

発行 : (株)新潮社・1998年、
新潮文庫 2001年

著者 : 町田康

カバー装画:恒松正敏

Comment:
町田康+Gloryでは恒松がギタリストとして共に活動をしていた町田康が1997年に発表した小説「夫婦茶碗」と「人間の屑」の二篇を収録し刊行された『夫婦茶碗』。 表紙には恒松が1995年に制作した「百物語(デッサン22)」が使われている。1998年に単行本が、2001年には文庫本が刊行された。画像は文庫版。

青衣童子

発行 : (株)角川春樹事務所・ハルキ・ホラー文庫 2001年

著者 : 森真沙子

装画:恒松正敏

装幀:芦澤泰偉

Comment:
森真沙子がハルキ・ホラー文庫に書き下ろした古代ホラー小説『青衣童子』。
表紙には恒松が1992年に制作した「百物語(五十二)」が使われている。