アサルトリリィ二次創作
「えへへー」
東京行きの電車に乗ってから、梨璃はずっとこんな調子だ。
「梨璃、これは私用ではないのだから、しっかりなさい」
と、注意してみるものの、「それはそうですけどー」といった風に、これと言って効果はない。
「……はぁ」
まったく困ったシルトである。
今回私達が東京に向かっているのは、また主要レギオン同士の会議に呼ばれて、出席することになったからだ。
本来は行くのは梨璃だけで良かったのだけど、なんだかんだまだ一年生なのと、純粋に梨璃を一人で行かせるのが心配だったから、今回も私が同行することにしたのだった。そうしたらこの様である。
「そういうお姉様は、こうして私と外出するのは嫌ですか?」
少し悲しそうな顔をして、梨璃がそう聞いてくる。
「……そんなことはないけれど」
そんな表情をされたら、仮に嫌でも嫌と言えないでしょう。別に嫌なわけではないけれど。
「それじゃあいいじゃないですかぁ、また東京に着くまで時間かかるわけですしー」
「とはいえ、他の乗客の方の目もあるでしょう。百合ヶ丘のリリィとして、梨璃はもう少ししゃんとして頂戴」
周りをちらと見ると、奥の方に座っている老夫婦の方が、こちらを見て笑っていた。ほらごらん。
「はーい、分かりました」
ようやく聞く気になったのか、少しだらしなく座っていた梨璃が、姿勢を正した。とりあえずこれで一安心……かと思ったら、梨璃が私の左手を握ってきた。
「じゃあしゃんとするので、これだけは良いですよね?」
「……………………えぇ、まあ」
相変わらず心臓に悪い事をしてくるんだから、梨璃は。楓さんの言葉を借りるなら、これが梨璃の魅力ではあるのだけど……。
+++
昼過ぎに始まった会議は、主に最近の特型ヒュージやレストアに関する情報交換が主だったのだけど、各地で多種多様な個体が発見されていたようで、終わった時にはすっかり日も暮れてしまっていた。
その後、ヘルヴォルの一葉さんや、グラン・エプレの叶星さんの提案で、会議をしていたところからほど近い喫茶店に足を運んだ。
「はぁ……疲れましたぁ……」
喫茶店で席に着いた途端、梨璃が机の上に突っ伏している。注意したいところだけど、まあ今回は会議がかなり長引いてしまったから、目を瞑ってあげることにしましょう。
「すみません、想定より長くなってしまって……。もう少し円滑に進められたら良かったんですが……」
一葉さんがそう頭を下げてくる。
「いえ……今回ばかりは仕方がないわ」
「そうね……、あそこまで新種のヒュージの報告が上がるとは、思いもよらなかったし」
叶星さんも頷く。
しかし、今日の会議の話を聞いていると、少しずつ戦況は悪くなっていっているように思えてくる。決して手を抜いている訳ではないけれど、こうも現実を見せつけられてしまうと、流石の私でも少し気落ちしてしまう。
「しかしやはり、ヒュージの撃滅も重要ですが、私たちリリィの協力関係も一層高めていく必要を強く感じました。なので、皆さん、ぜひ今後ともよろしくお願い致します」
一葉さんの言葉に、私たちは強く頷いた。……梨璃と、さっきからパフェをつついていた佐々木さんは相変わらずだったけれど。
それからは、お互いの近況や雑談を話したりと、ゆったりとした時間を過ごしていたのだけど、腕時計を確認した一葉さんが、「あっ」と声を上げた。
「そういえば、夢結様たちはお時間の方、大丈夫ですか?」
「……そう言えば」
言われて時間を確認すると、二十一時を軽く過ぎてしまっていた。電車の方は大丈夫だと思うけれど、門限には間に合わない。
「もしお二人がよろしければ、ですが、こちらで宿の手配しましょうか?」
聞かれて、梨璃と顔を見合わせる。このまま帰っても良いのだけど、どちらにせよ近場で泊まることになるだろう。
「そうね……お願い出来るかしら?」
「分かりました!」
そう言って、早速一葉さんは携帯を取り出して、どこかに電話をかけ始めた。しかし、その表情はみるみる曇ってきた。
「あの、一葉さん、お気持ちは嬉しいけれど、無理はしなくても……」
そう言うと、彼女は携帯を離して言う。
「いえ、取れるには取れるんですけど、その、ツインの部屋が生憎満室で、ダブルのお部屋になっちゃうんですけど……よろしいですか?」
ダブル。つまりは、一つのベッドで梨璃と二人で寝る。考えただけで、なかなか私には刺激が強すぎる話だ。別に寝泊まりできればどこでも良いのだから、自分たちで探すのも――。
「はい! それで大丈夫です!!」
「梨璃っ?!」
私が答えるより先に、梨璃がそう答えた。
「分かりました!」
一葉さんがまた電話に戻ったところで、小声で梨璃に「あなた、一葉さんの言った意味を分かっているの?」と抗議する。
「え、分かってますよ? お姉様と一緒に寝られるんですよね?」
「…………事実そういう事だけれど、あなたはそれで良いの?」
「えっ? 私は全然構いませんけど……お姉様は、私と寝るの嫌ですか?」
梨璃に言われて、懸命に思考を巡らすけれど、これといって良い言い訳が見つからない。
「いえ……そういう訳では、ないけれど……」
「じゃあ良いですよねっ」
「…………」
さて困ったことになったと、一生懸命どうしたものかと思考を巡らせていると、一葉さんの電話を切って笑顔でこう言い放った。
「お宿の予約取れましたっ!」
+++
「うわあ、凄いです! さすが東京のホテルですっ!!」
「これは……」
一葉さんが押さえてくれたホテルは、駅からほど近い格式が高そうなところで、一葉さん側がお代を持ってくれる、との事だけど、流石の私にも居心地が少し悪い。
「うわあ、このベッドすごくふかふかですっ! お姉様!!」
「梨璃、少しは落ち着きなさい」
いつにも増して子供っぽい梨璃に苦笑いを浮かべながら、とりあえず荷物を置く。……それにしても本当に広い部屋だ。私の部屋の二倍はある。……今度一葉さんに会う時は、お礼の品を何か持っていくことにしましょう。
「とりあえず私はお風呂入れてきますね!」
「えぇ、お願いするわ」
一通りはしゃいで落ち着いたのか、梨璃がお風呂場に消えていく。その中でも、また梨璃が大はしゃぎしている。……本当、梨璃は純粋だ。
「そう言えばお風呂って、お姉様と私、どちらが先に入ります?」
「そうね……梨璃がさ――」
先、と言いかけて、はたと気付く。梨璃を先に入らせたら、後から私が梨璃の残り香を嗅ぎたい、みたいに梨璃に思われないだろうか。いや、梨璃に限ってそんなことはないと思うけれど、万が一を考えて、「私が先に入るわ」と、冷静沈着に答えた。
梨璃が入れてくれたお風呂に浸かりながら、今夜どうやって寝るか、と言うことをひたすら悶々と考えていた。いや、特に下心があるわけではない。なんなら、この前泊まった時は結局二人で一緒に寝たけれど、あれは状況が状況だっただけに、仕方ない事だったのだ。
なら、今回も致し方ないと言えなくはないし、別に梨璃の匂いを嗅ぎたいとか、そういう低俗な考えはないけれど、単純にシュッツエンゲルとシルトが一緒に寝るというのは、いかがなものだろうか。……別に、梨璃と寝ることが嫌なわけではないけれど、純粋に落ち着かないのだ。
そこで私はふと気付く。そう、そんな未来があるか分からないけれど、仮に百合ヶ丘を卒業した後、万一梨璃と生活するようになった時の為の、その予行練習だと思えば良いのだ。そうだ、それならば変に意識をしなくても済む。
「梨璃、上がったわよ」
何かあった時の為にと持ってきていた寝間着に着替えて、梨璃に声をかける。
「あっ! はい、お姉様! じゃあ私も失礼しますねっ!」
そう言って、梨璃も寝間着を持ってこちらに駆けてくる。すれ違いざま、「わぁ、お姉様からいつもと違ういい匂いがします!」と一言言って、お風呂場に消えていった。
「……まったくあの子は」
よくそう簡単にああいう言葉を言えるものだ、と改めて思う。さっきまで色々と、変な思考に走ってしまった私が、なんだか恥ずかしくなってしまった。少しぐらい梨璃の純粋さを分けてほしい。
「はぁ~、今日の疲れが癒されましたぁ~~」
梨璃が髪を拭きながら、お風呂場から出てきた。
「梨璃、髪はしっかり乾かしてきなさい」
「えー……でもどうせそのうち乾くじゃないですかぁ」
「髪が傷むでしょう、こっちに来なさい」
「はあい」
なんだか少し納得していなさそうな梨璃だけれど、大人しく私の前に座った。そして、私がさっきまで使っていたドライヤーと櫛を使って、梨璃の髪を乾かしてやる。その間、梨璃はなんだかご機嫌だった。
「嬉しそうね」
「えへへー、なんだかお姉様と、二人暮らししてるような気分になっちゃって」
「……そうかもしれないわね」
梨璃がそう言うものだから、ぼんやりと想像してみる。毎日同じ部屋か家で寝て起きて、ご飯の時もずっと一緒で。きっと梨璃はだらけた生活を送りそうだから、それを見つけるたびに怒って。今ですらこんなに大変なのだから、一緒に住むとなったら、さらに大変になるのは目に見えているけれど、でも、そんな生活も悪くはないのかもしれない。
「……お姉様、少し、熱いです……」
「あっ……」
そんな妄想に浸っていたら、ずっと同じところにドライヤーを当ててしまっていた。これでは私が梨璃の髪を傷めてしまう。さっきまでの妄想を振り払って、私はまた梨璃の髪を乾かし始めた。
+++
梨璃と二人で今日の会議の話を振り返ったり、寝る支度をしたりとしていたら、気づけば時間は二十四時を軽く過ぎてしまった。梨璃もうつらうつらしている。
「ほら、梨璃寝るわよ」
「はい……お姉様…………」
もそもそと梨璃が布団に潜るのを見届けて、私も入る。やっぱりなんとなく気恥ずかしくて、少し梨璃と離れて横になる。と、
「お姉様ぁ……」
梨璃がそれ以上何を言うでもなく、代わりに私に抱きついてすやすやと寝息を立て始めた。あまり聞かない梨璃の甘い声に、一瞬びくっとしてしまった。きっと楓さんがいたなら、飛んで抱きついていそうな程、可愛かった。
「……仕方ないわね」
梨璃を起こさないように、ベッドの真ん中に梨璃ごと寄る。梨璃の体温が伝わってくるようで、やっぱり落ち着かない。後ろから梨璃の寝息が聞こえてきて、余計に胸が騒ぐ。
こっそり寝返りを打つと、思ったよりも近くに梨璃の寝顔があって、声が出そうになった。そして、思えば戦闘以外で、初めて梨璃の寝顔をまともに見た気がする。良く神琳さんが、嬉々として雨嘉さんの寝顔がかわいい、と言う話をしているけれど、その理由がなんだか分かった気がする。
「……梨璃、いつもありがとう。大好きよ」
梨璃が寝ていることを良いことに、ぎゅっと優しく抱きしめる。すると、「私も、大好きですお姉様」と声が聞こえた。
「梨璃?! お、起きていたの……?」
思わずばっと離れる。梨璃が私の方を見て、少し眠たげながら、恥ずかしそうに笑っている。
「えへへ、お姉様と寝ていると思ったら、何だか寝付けなくて」
その瞬間、さっき自分が言った言葉を思い出して、途端に恥ずかしくなって、反対方向に寝返る。
「……さっきの事、忘れて頂戴」
「嫌ですっ、忘れませんから!!」
そう言って、梨璃がぎゅっと抱きしめてくる。あぁ、もう、この子といると本当に調子が狂う。そう悪態を心の中でつきながら、目を閉じる。けれど、まあ……、今日はなんだかよく眠れそうな、そんな気がする。