艦船擬人化創作
「出雲」
「ん?」
出雲が後ろでちょこちょこ歩いているわたしのほうを向いてくれた。
「わたしね、出雲、わたし――」
「あっ、すいません出雲さん!! 少しご相談がありまして!!」
「あ、うん、ちょっと待ってな。ごめん、三笠、また後でな」
「あっ――」
そう言って出雲はまた他の子に引っ張られていく。またわたしは言えなかった。
出雲は艦娘になってからずっとあんな感じだった。わたしと同じように艦船として長く生きて、そして出雲は色々な経験と人脈をその時に作っていて、だから出雲は今のようになにか問題があるとよく呼ばれる。
わたしはそんな出雲のことが好きだった。どこが好きかと言われれば、その姿だったり凛とした声だったりなどなど、挙げればきりがない。それだけわたしは出雲のことが好きだ。けれど、いつもさっきみたいに言おうと頑張っても、いつも邪魔が入る。
「それでまたダメだったと」
「うん……」
そんなわけで出雲の部屋。なんで出雲の部屋にいるかといえば、出雲の妹の磐手ちゃんが色々とわたしのこの件に関して色々手伝ってくれていて、そしてさっきの報告をしに来たのだ。
「元気を出しな……って言っても無理な話か。何度目だっけ?」
「これで早八回目……」
「逆によく諦めないね?」
「だってそれだけ好きなんだもん……」
床にひっくり返る。畳の井草の匂いがいい匂いだ。
「まあさあ私も結構お姉ちゃんに声はかけてるんだよね、三笠ちゃんとももっと喋ってあげてって」
「まあさぁ、前よりは時間は取ってくれるようになったよ? 確かに。けどどこにいてもいっつも何かと邪魔が入るの」
「だろうねぇ」と磐手ちゃんは苦笑いした。
「どうにかできないかなぁ……」
最初はわたしは磐手ちゃんの手伝いを拒否していた。自分の気持ちは自分の努力で伝えたかったし、そうすれば気持ちを伝えられて、それが実った時の嬉しさもひとしおだろうと思ったから。
けれど、それも何回もやるうちに、とうとう嫌気がさしてしまって、でも諦めたくなかったから、間宮さんの甘味を奢るのと引き換えに、結局手伝ってもらうことにしたのだ。しかし結果はこのザマだった。
「んー……。流石に私の思考の弾も切れたよ……」
「あう……。ごめんね、磐手ちゃん」
「や、それは全然かまわないんだけど、さ」
わたしがえらく落ち込んでいる間に、この良くできた出雲の妹は、わたしの為に一生懸命考えてくれていた。
「……そういえば三笠ちゃん」
「んー?」
「金剛さんのとこに行った?」
なぜそこで金剛さんの名前が出るのか。
「いやさ、そう言う話は金剛さんに聞いたほうがいいって峯風ちゃんが言ってたからさ」
「あれ、あの子と仲良かったんだ?」
「たまたま雑用手伝ってたら仲良くなったんだよねぇ」
峯風とはわたしもそんなに面識がない。磐手は終戦間際まで生きてたし、峯風の名声は何回かは聞いたのかもしれないけど。
「それでなんで金剛の名前が?」
「断片的に聞いたところだと、結構金剛さんそう言う話に強いんだって。今度峯風ちゃんも聞きに行くみたいなこと言ってたし」
そんな話は初耳だった。まぁ、わたしの人脈が狭いのにも問題があるんだけど。
「へぇ、峯風は誰が好きなの?」
興味本位というか、今の沈んだ気持ちをどうにか回復させようと、そう話題を振ってみると磐手ちゃんは「それは教えてくんなかった」と笑った。
しかし、有用な情報は得た。金剛とは同じ建造所繋がりで仲が良いし、聞きやすい。
「分かった、とりあえず聞いてくるよ」
そう言ってわたしは体を起こした。磐手ちゃん以外にこの話をするのは初めてだけど、まあ金剛は結構口が堅いのは知っているし、聞くのはそんなに苦じゃない。
「うん、いってらっしゃい。……良い話聞けるといいね」
磐手ちゃんが笑って手を振ってくれたので、わたしも振り返す。磐手ちゃんには本当にお世話になっているからこんど一緒にお出かけした時にでも奢らせてもらおう。
+++
「……何でこういうことに?」
わたしは冷や汗を垂らしながら、金剛に聞く。
「ワタシ一人で答えを出すよりは皆で考えた方が効率的デース!!」
「だからってティータイムメンツを揃えなくたっていいじゃないのよッ!!」
あれから金剛に紅茶でも飲んでのんびり話そうと言われて、いつものティータイムの時間にいつもの庭に行くと、それはもう金剛姉妹四人に、ウォースパイト、さらに最近着任したというアークロイヤル、それに守銭奴ドレッドノートというフルメンバーがそろってしまっていた。
「Hi、ミカサ、早く今日も元気そうでなによりね」
ウォースパイトに至っては金剛から話を聞いたのか、すごくニコニコしている。
「まぁ座って話を聞くデース!」
「金剛後で覚えときなさいよ?」
「オー、今日も三笠は怖いネ……」
「それは怒りますって、お姉様」
榛名がそう言って金剛を宥めた後、「ごめんなさい」と代わりに謝ってくれたので、とりあえず今日のところは許してあげることにして、わたしも席に着いてお茶を一口すする。無難にセイロンティーだったけど、なんとなくいつもより美味しい気がする。またドレッドノートが衝動買いしたのだろうか。
「それでー? 今日はどういう案件なの?」
反対に何も話を聞いてなかったのだろうドレッドノートがスコーンをぱくつきながら聞いてくる。
「……」
流石に自分で言うのも躊躇われたので、金剛にアイコンタクトで言えと催促を送る。
「今日は三笠の恋愛相談ネー」
「へぇ。三笠さんは誰が好きなんです?」
「……出雲」
「あー、いいよですねぇ出雲さん。頼りがいあるし物知りだし」
こっちの事情なんて露知らないドレッドノートが飄々とそう言ってのけるので頬を抓ってやろうかと思った。
「それが芳しくないみたいネー。頼りがいありすぎて引っ張りだこのせいでなかなか言えない、デスヨネ?」
わたしは何も言わずに頷く。
「確かにティータイムに参加してきても呼ばれてすぐいなくなっちゃいますものね」
ウォースパイトがそう頷く。というか。
「出雲参加してたの?」
「あれ、御存じありませんでした? 出雲さんも最近顔をお見せするようになったのですよ」
「何で?」
「さあ……お茶を濁されてしまったのでなんとも」
確かに出雲はしょっちゅう色んな集まりに顔を出しているイメージがある。この前は長門さんたちの呑みの集まりに顔を出していた気がした。わたしは呑めないから遠目で見ただけだけど。
「……しかし、本当に出雲さん引っ張りだこですよねぇ……。あの提督でさえアテにしてるようですし」
「それもどうかと正直思うのですけど」
何回も参加しているから知ってはいたけど、やっぱりここのメンツもしっかり考えてくれる良い人たちだった。最初っからここで話題にしていても良かったのかもしれない。
しばらく沈黙が続いた後、ドレッドノートが、「あ、ならこういう案はどうでしょう」と口を開いた。
「周りに少し助言をして、出雲さんにばかり頼るのを軽減するのです。そうすれば恐らく自然と頼る回数は減ると思いますし、少しは考えるようになるのでは」
「……どうしたドレッド。衝動買いした良いセイロンティーを飲んで思考が冴えたか」
「まだその時ではないので。というかしてませんってば。今回は」
「でも、それはそれでみんなに迷惑じゃないかな……」
そうしてもらえるのはわたし個人としては出雲と一緒にいられる時間ができるかもしれない、という点で魅力的ではある。けど、それで他の子に迷惑をかけるのは最年長組で会ってもいかがなものかと思ってしまうのもまた事実だった。
「そこに関してはおそらく大丈夫だと思われますよ。この中でも結構出雲さんに頼りすぎだという話は出てきますし、他のところでもぼちぼち出始めているようですから。三笠さんが懸念している状況にはならないと思います」
ウォースパイトがそう笑いかけてくれる。
「ソウデス! なら話は早いですネ、磐手は出雲に隙を見つけてふたりきりになる時間を確保するデス! その間に私たちも簡単に助言くらいは呈しておくデース!」
「……ありがと」
自然にその言葉が自然に自分の口から出た。
「気にするな。それくらいはしてやるさ」
「そうです!もっと私たちを頼ってください!」
アークロイヤルや榛名も頷いてくれた。本当に早いところ相談しておいても良かったなと思った。
+++
そんな金剛たちの協力もあってか、心なしか出雲に助けを求める人が少なくなった気がした。
そんなある日、出雲が一人で歩いている姿を見つけた。
「出雲っ」
「おー、三笠ー。どうした?」
せっかくここまでしいてもらったんだ。ちゃんとしなければ。
「……あのさ、今夜あたり空いてる?」
「空いてると思うぞー? なんかここ最近客人も少ないし」
「今夜、さ。わたしの部屋来てくれる?」
「いいぞー。敷島とかは? いいのか?」
「そもそも部屋違う…し」
「あーそっか、分かった」
「……それじゃわたし一旦戻るね」
「あ、うん」
こうして、わたしは上手い事約束を取り付けることに成功した。今夜こそは成功させたい。
そしてやってきた夜。部屋のノックがして、ドアを開けると出雲が立っていた。
「邪魔するよ」
「うん」
どうやって言おうかはずっと変わってない。そして今回も。
「出雲」
「ん?」
「わたしね、出雲。わたし、その、出雲のことが――」
そう言いかけた瞬間、出雲の電話が鳴った。
「ごめん、ちょっと待って」
あぁ、またか。九回目も失敗に終わるのかな、折角、ここまでしてもらったのに……。
「……んで。どうしたのさ」
「あれ、いいの?」
「おー、ちょっと先客があるって言ったよ」
てっきりまたいつものようにいなくなるとばかり思ったのに。
「あ、えと、その……」
言え。言いなさい自分。じゃなきゃ、もう、こんなチャンスは巡っては来ないだろうから。
「好きなの!! 恋愛感情として! 出雲のことが!!!」
「……だろうと思った」
「え?」
思ってなかった反応が返ってきてびっくりした。
「磐手に怒られたんだよ、『乙女心に気付かんのかこの馬鹿お姉!!』って。……悪いね、全然そう言うことに疎くて」
……磐手ちゃんには絶対今度スイーツバイキングでも奢らせてもらおう。じゃなくて。
「で、その……」
「まあ、私でいいなら全然構わないけどね」
「え、じゃあ……」
「よろしくお願いします、って言えばいいのかな」
出雲の笑顔を見た瞬間に色々混ざった感情が暴発して、思わず泣いてしまった。
「もー……出雲のバカ!!」
「えぇっ?!」
明らかに出雲が戸惑っている。けど、仕方ないじゃない。
いつも一緒にいるときでも呼ばれたらすぐ言っちゃうし。
もっといろんな話をして、色んなところ行きたかったのに。
何回も言おうとして言えなかったし。
だけどずっと心の秘めた思いをようやく言えたんだから。
「出雲のバカ……」
「悪かったってば……ね?」
出雲が優しくわたしの頭を撫でてあやしてくる。嬉しいのに、やたら腹が立った。しばらくして。
「それにしても何で私を好きになったの。昔私の命令を無視したじゃない」
「……それもある。それをずっと謝りたかった。けど、それ以外にもさ、出雲の凛とした声だったり、性格だったり、あとは、その、すごい美人だし……」
「三笠だって美人じゃない」
素でそんなことを言われておもわず顔を隠してしまう。恥ずかしい。
「? どうしたのよ」
「恥ずかしいの! この鈍感!」
「えぇ……」
出雲が苦笑いしている気がした。
「……ねえ出雲」
「ん?」
「今度さ、横須賀にまだ残ってる、わたしの船、見に行こ?」
「あーいいねぇ。昔を懐かしみに行くか」
わたしの艦船だった頃の姿は、この国のみんなのおかげで、解体されずに、今もまだ姿が残っているのだそうだ。本やテレビでは何回か見たことはあるけれど、今の身体で見にいったことはない。だから正直、見に行きたかった。
「ん……じゃ、楽しみにしてる」
「私も楽しみにしてるね」
出雲がそう笑ってくれた。その笑顔もわたしは好きだった。
こうして、ようやくわたしの気持ちを出雲に伝えることができた。けれど、ここからが本番だと、この時のわたしに知る由もなかった。