……幸せって、何だろう。
なんてことを誰かに聞いたなら、笑われちゃうかもしれません。少なくとも、私の大好きな皆なら、「真白ったら、また難しいこと考えてる」って言って笑うんじゃないかな、ってそう思います。だからきっと、私が思ってるよりも、『幸せ』って言うのは、そんな難しいものではないのかもしれません。
例えば、いつもお世話になっている一つ上の先輩の由紀さんとお出かけすることや、同じクラスのお友達の希望(のぞみ)さんと恋南(れな)さんが変なことで言い合いしている姿を、面白いなぁ……って見ていることとか、そう言うことを『幸せ』って言うのなら、とっても素敵だなって思います。
それが私たちがこの学院を卒業してからも、ずっとずっと続くのなら、もしかしたらそれこそが、私にとっての『幸せ』なのかなあとも思います。毎日は会えなくなっても、一週間に一回でも、月に一回でも、皆と会って、ご飯を食べに行ったりとか、そう言うことが出来たらなぁ……なんて、それはちょっと欲張りすぎですかね。
そんな事を、グラウンドに降りる階段の前に座って、ぽかぽかと暖かい春の日差しを浴びながらのんびり考えていると、「あっ、こんな所にいた」って声が後ろからしました。振り返ると、由紀さんが校舎のエントランスから出てきていました。
「あ、由紀さん! ガイダンス終わったんですか?」
「うん、ようやく終わったよー……。疲れたぁ……」
大きく伸びをしながらそう言って、由紀さんは私の隣に座りました。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
そう聞くと、「そう聞いてよ真白?」って言って、いつもの由紀さんの愚痴タイムが始まりました。こうして由紀さんの愚痴を聞くのも好きなので、こう言うのも『幸せ』のうちに入るのかなあ……なんてぼんやり思いながら、由紀さんの愚痴を聞きます。
「――大体さー、高等部の二年生が重要な時期、って言うのは分かるんだけどね? もうちょっと説明とか上手く端折れないのかな、なんて思うんだよね。プリントもこんな分かりにくいしさぁ」
そう言いながら、由紀さんがスカートのポケットから四つ折りの紙を取り出して、私に渡してきました。開いてみると、A4ぐらいの紙が三枚、裏表にびっしりと文字が書かれていて、よく本を読む私ですら、ちょっと目がチカチカします。
「真白たち一年生のガイダンスは明日だっけ? 多分ここまでじゃないと思うよ」
「で、ですよね……よかったぁ……」
ちょっと身構えちゃっただけに、少し安心しました。流石の私でも、付いていけるか不安になっちゃったので。
「一応ねー、それに書いてあることをまとめると、レギオンが作れるようになるって事なんだよ。けど、留意事項がその三枚の六割ぐらい書いてあったんだけど、その情報量が多い事多い事。もー頭がいっぱいだよ」
そう言って、由紀さんは盛大にため息を吐きました。
「レギオンといえば、そう言えば由紀さんはまだレギオンに所属していませんでしたよね? やっぱり作られるんですか?」
すると、由紀さんは欠伸をしながら「うん、ほのふもり(そのつもり)」って答えてくれました。
由紀さんは、この聖レリアッチ女学院の中でも、五本指に入るほどの実力を持ってらっしゃるそうで、レギオンに参加できるようになる高等部に上がった時は、色々な所から声をかけられたって、蒼穹(そら)さんから聞いたことがあります。でも、それを全部お断りして、一年生の間はフリーで作戦に参加していたそうです。
もし、本当に由紀さんがレギオンを作るなら、私もそこに入って、由紀さんと一緒に戦いたいなぁ……なんて思うんですけど、でも夢のような話です。だって、私は明日から高等部に入ると言うのに、レアスキルはおろか、サブスキルも覚醒していないからです。
幸い、チャームの起動や、ある程度の立ち回りは出来るので、小規模な作戦に駆り出される事が多い、中等部の間はどうにかなりましたけど、これからは最前線で戦うことも増えるでしょうし、特に由紀さんなんかはそうでしょうから、そんな由紀さんの足を引っ張りたくない、って言うのが本音です。だから、
「そうなんですね、素敵なレギオンを作ってくださいね」
って、少しだけ涙が出そうな目を隠すように、持っているプリントに目を落としながら、言うと、由紀さんは「えへへ、ありがと」って笑いました。
「それでね真白。そんな私の素敵なレギオンに入ってくれないかな」
「……へ?」
そんな由紀さんに、一瞬何を言われたのか分からなくて、なんだか間の抜けた声が出ちゃいました。私が、由紀さんのレギオンに……?
「ちょ、ちょっと待ってください……!! その、本当に、良いんですか?」
「ん? どういうこと?」
「だ、だって、由紀さんなら知ってると思いますけど、私はまだレアスキルはおろか、サブスキルだって覚醒していないんですよ……? 一応チャームを起動させたり、立ち回りも一通りは出来ますけど……」
恐る恐る言うと、由紀さんは「あぁ、そう言う事」って笑いました。
「大丈夫、それを承知で言ってるさ、もちろん」
「じゃ、じゃあ、どうして……?」
「そりゃあ、気心知れた人とやりたいじゃない? 他にも蒼穹や恋南とか希望にも声をかけるつもりだし」
「で、でも、皆の足を引っ張っちゃうかもしれないし……」
すると、由紀さんは「こーら」って優しく言いながら、そんな私の頭をそっと撫でました。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。いくら私と真白との仲だって、流石に何の見込みもなかったら誘わないよ。それに、やる前から『無理』って言っちゃうのは勿体無いよ?」
それに、と由紀さんは続けます。
「真白も分かってるとは思うけどさ、私たちは自分の命を賭して戦ってる。確かに、自分の戦力と見合った人と組んだ方が良いかも知れない。けど、私はそれなら、仲良い皆と一緒に戦えたら、例え途中で命を落としたとしても、悔いはないかなって、そう思うんだ」
「由紀さん……」
そんな由紀さんの話を聞いていたら、もう断るに断れませんでした。私は小さく息を吸って、由紀さんに「それなら……その、お願いします」って頭を下げました。すると、一変して由紀さんは「本当?! 良かったぁ」って、少し真面目だった表情を崩しました。
「それで断られたらどうしようかな、って一瞬考えちゃったじゃない。いやぁ良かった良かった」
「へ? それじゃあさっきのは……?」
まさか、口車にうまく乗せられたのかな……って思っていると、「あぁ、あれは本当のことだよ」って私に頭を撫でました。
「見込みがあるから誘ったって言うのは本当。それに、そもそもこの学院に入れたってことは、何かしらの素質があるはずだし、それに、『人には得手不得手がある』とはよく言うじゃない? だから、真白は真白のペースでやってくれればいいよ。出来る限り特訓とかも付き合うしさ」
「……ありがとう、ございます」
なんだか釈然としませんが、でも、由紀さんと同じレギオンで戦える、って言うのは純粋に嬉しいので、誘ってもらえたからには頑張ろう……って、改めてそう思いました。
+++
それから一週間後、私は由紀さんに呼び出されて、高等部校舎の三階にやってきました。ここは、レギオンの控室が並んでいる階で、高等部のトップレギオンって言われてる、スヴェントヴィトや、リトグラフの控室が並んでいるその中に、私が由紀さんに「来て」って言われた部屋がありました。
――LGベロボーグ。
扉右横の柱にかかっているネームプレートには、そう書かれています。私は一つ深呼吸をしてから、扉の引き手に手をかけると、「あーーーもう!!」っていう、聞き覚えのある声が聞こえました。そっと扉を開くと、そこには見覚えのある皆が、もう揃っていました。その中でも、見覚えのある人が、椅子の背もたれに向いて座っている人に向かって、指を刺していました。
「だからぁ! あたしが買ってきてって言ったのは、こっちの水じゃないってば!!」
「それなら自分で買いに行けば良いじゃない……!」
「だーってめんどくさいんだもん!! それにじゃんけんが弱い希望が悪い!」
「えぇ……?」
「おー相変わらずやってるじゃん」
すぐ後ろからそんな声がしてびっくりして振り返ると、由紀さんが私の後ろに立っていました。すると、恋南さんと希望さんの言い合いを、苦笑いを浮かべながら聞いていた蒼穹さんが、「あら、由紀に真白さん。いつの間に」って声をかけてきました。
「あ! 真白!! 盗み見は良くないわよ!!」
「真白はもう少し堂々とした方がいいと思う……!」
似たような事を言って、またとやかく言い合い始めた恋南さんと希望さんを、「まったく仲が良いんだか悪いんだか」って苦笑いを浮かべる由紀さんに、「ほら」って促されるがまま、部屋の中に入ります。
中は、元々教室として使われていた名残なのか、鞄を入れられそうな棚が左壁にずらっと並んでいて、窓からはグラウンドや奥の中等部校舎が見えます。そんな中に、他の教室にもあるような、学習机と椅子が複数個並べられていて、あとは右奥の壁の隅にまとめて置かれていました。
「とりあえず恋南と希望は一旦喧嘩はやめなさい。後で好きなだけさせてあげるから」
「「別にしたくてしてるわけではありません(……)!!」」
「相変わらず仲が良いわね……」
蒼穹さんがそんな二人を見て、また苦笑いを浮かべていました。
「まあまあ一旦止めなさい。大事な話をするから」
そう由紀さんが言うと、恋南さんと希望さんはまだ少し不服そうだったけれど、それでも大人しく喧嘩をやめて、近くの椅子に座りました。私も手近な椅子に座ります。
「とりあえずまずは、私のレギオンに参加してくれてありがとう。皆が入ってくれるか、ちょっと不安だったけど、こうして集まってくれて嬉しいよ」
「ま、由紀からの誘いとあれば、断る理由はありませんから」
「そうですよ! 中等部からの仲じゃないですか!!」
そんな蒼穹さんと恋南さんに、由紀さんは「ふふ、ありがとう」って微笑んで、「それでね」と続けます。
「皆が入ってくれるって言ってくれたその日に、レギオンの申請を出していたんだけど……まあ、もう皆ここにいるから分かっていると思うけど、この度、正式にレギオンとして認められることになりましたっ!!」
「わー! おめでとうございます!!」
「ちょっと恋南、さっきからうるさい……」
「何ですって?!」
またも恋南さんと希望さんが喧嘩しそうになっているのを、由紀さんが「はいはい喧嘩しない!」って宥めました。
「それでえっと……、これももうみんな分かってると思うけど、私たちのレギオンはLGベロボーグっていう名前になりました。ただ、これだとちょっと味気ないなあって思って、私たちの中の呼び名を決めました」
「呼び名……ですか」
私が聞くと、由紀さんは「そう!!」って笑って頷きました。
「えっ、なんですか、早く聞きたいですっ!」
目をキラキラさせて身を乗り出す恋南さんに、「まあまあ、そんなに急かさない」と言って、私たちに向き直りました。
「その呼び名は――『五星隊(ごせいたい)』」
「わぁ……っ! 素敵です!」
私がそう言うと、由紀さんは「ふふ、真白、ありがと」って笑ってくれました。『五星隊』っていう響きが何となく綺麗で、気に入っちゃいました。でも、一方蒼穹さんは、ため息をついて、「ねえ、由紀?」とジト目で見つめました。
「何よ、蒼穹」
ちょっと不満そうに由紀さんが言うと、蒼穹さんは「何でもかんでも星にまつわる名前にするのはやめなさい、といつも言っているでしょう」と呆れたように言いました。
「えーっ、だって素敵じゃない。真白もそう思うよねぇ?」
「へ?!」
まさか私に振ってくるなんて思わなくて、しとろもどろになりながらも、「はい、素敵だと思います」って頷くと、「ほら」と少し得意げに由紀さんは胸を張りました。
「そういう振り方をしたら、思ってなくても頷かざる得ないでしょう……。まあ真白さんの事だから、嘘は言わないでしょうけれど」
「でしょでしょ?! いやあ真白は良い子だからねー!」
「ふぇ?!」
そう言って、私のことを後ろからぎゅっと抱きしめてきました。心なしかちょっと力が強くて苦しいんですけど、でも、ちょっと嬉しい……。いや、でもやっぱり苦しいです……。
「ほら、真白さんが苦しがっているでしょう。やめなさい」
「あ、ごめん真白」
ようやく解放された私は、思いっきり深呼吸をします。ちょっと埃くさいんですけど、でも息が出来るって素晴らしい事なんだなあ、と改めて思いました。それぐらい苦しかったです。そんな私たちを宥めるように、んんっ、と蒼穹さんは咳払いをしました。
「私も『五星隊』という名前自体は良いとは思うけれど、それにしては色々な物につけすぎよ。この前だって、この学園にいる野良猫に、『ステラ』って名付けていたじゃない」
「だってお洒落じゃない? それに可愛いし」
「それはそうだけれど……まあいいわ、どうせ言ったってまた付けるでしょうし」
ため息混じりに蒼穹さんがそう言うと、由紀さんは「さっすが蒼穹! 話が分かる!!」って言って、今度は蒼穹さんに抱きついていました。そんな由紀さんを見て、近くに座っていた恋南さんが、「前々から思ってたけどさ、由紀さんって普段冷静でかっこいいのに、結構ひっつき虫だよね」って私に耳打ちをしてきました。まったく、本当にその通りだと思います。
そんな由紀さんに、希望さんが「あの……」とおずおず手を挙げました。
「ん? どうしたの希望」
「お話を聞いている感じだと、この五星隊にも何か由来があるんですか?」
すると、由紀さんは蒼穹さんから離れながら、「うん、あるよ」と頷きました。
「由来は、冬に見える星団のプレアデスから来てるよ。和名はすばる。星団だからそれだけじゃないんだけど、目で見えるくらい明るい星が五つ集まってるのが特徴なのよ。それに、私たちも五人じゃない? だからちょうど良いなって」
「へえ……確かに、私たちにぴったりだと思います」
「でしょー?」
「まあ、名付けは安直だけれどね」
ぼそっとそう言う蒼穹さんに、由紀さんは「何よー、蒼穹の意地悪」って口を尖らせていました。そんな由紀さんを見ながら、私は心の中で『五星隊』と呟いてみました。蒼穹さんはそう言いますけど、私は希望さんと一緒で、ぴったりな名前だな、って思います。
ともあれ、これからこの五人でリリィとして戦うんだ――そう思ったら、なんだか、こう思うのは違うかも知れませんが、少しだけわくわくしました。
+++
そんな私たちのレギオン、五星隊が正式に発足してから一ヶ月後、ついに出撃する機会が訪れました。
ヒュージが出たと通報があったのは、私たちの通う学校から、そう遠くない住宅地で、そこに当番だった私たちのレギオンが出撃することになったのです。
「確認されたヒュージは、大体五体程。近くにケイブの存在が検知されなかったことを考えると、多分どこからか飛来したのでしょう」
その通報のあった場所に向かう道中で、蒼穹さんが簡単に現状を説明してくれました。昔――私たちが中等部の時から、大抵作戦の概要を説明していたのは蒼穹さんだったような気がします。
「なるほどねぇ……。近隣の住民の方の避難状況は?」
「一キロ範囲内の住民の方々の避難は終わっているそうよ。幸い被害も出ていないみたいだし」
「了解。とりあえず、見つかったっていうヒュージをまず最初に片付けちゃいましょう。それから、念のためケイブがないかどうかも見回りたいところね……恋南さん、どう?」
由紀さんが、レアスキルの鷹の目を使っている恋南さんに声を掛けると、恋南さんは「すみません、まだ見つかりません……。どこかに擬態してるかもしれないです」って報告をしていました。そんなやり取りを見ていると、私も早くレアスキルやサブスキルを使えるようになって、お役に立ちたいなってそう思います。
「……っ! いました! 二時の方向、路地の中にスモール級らしいヒュージを三体確認!」
「二時の方向の路地……って言うとあそこね。了解――行くよ、皆!」
「「はい!!」」
由紀さんの号令に頷いて、私たちは家々の屋根から屋根を飛び移って、その場所に向かいました。
路地の手前に着地して、その路地を少し進むと、恋南さんの報告通り三体のヒュージが、どこかに向かっている姿がありました。
「私と蒼穹で二体を引き付けるわ。残り一体はあなたたちに任せるわね」
「はい!」
恋南さんが頷くのを見て、「じゃあ頼んだわね! 行くよ、蒼穹!」と由紀さんと蒼穹さんは先に前のヒュージに向かって、駆け出しました。それに気づいたヒュージが、由紀さん達の方に向きました。
「私たちも行くわよ! 希望、真白!」
「うん!!」
少し遅れて私たちも駆け出して、余ったもう一体のヒュージに、まず恋南さんが「ほら、あんたの敵はこっちだよっ!!」って叫んで斬りかかりました。すると、そのヒュージは腕を振り上げて、恋南さんに殴りかかろうとして、その隙に今度は希望さんが死角から斬り込みました。虚をつかれたそのヒュージは、程なくしてその動きを止めました。
「良いタイミングだったじゃない、希望」
「ん……ありがと」
珍しく素直に恋南さんにお礼を言う希望さんを見て、ほっと胸をなでおろしていると、そんな希望さんの後ろに、どこからか湧いてきた二体のヒュージが、今にそんな希望さんに殴りかかろうとしていました。
「希望さん――――っ!!」
「へ――?」
希望さんの反応よりも早く私は動いて、まずは希望さんに一番近いヒュージを斬ります。そして、すぐに反転して、もう一体の方のヒュージにも攻撃を浴びせて、希望さんから離れさせます。あとは、学校の授業で習ったように、なるべく一対一になるような立ち回りを心がけて戦います。すると――
「よく気づいたね真白ッ!!」
相手にしていたヒュージを倒し終わった由紀さんが、すぐにカバーに入ってくれました。そのお陰で、下手に苦労することもなく、希望さんに殴りかかろうとしていた二体のヒュージを倒すことが出来ました。
「真白すごいじゃない!! いつの間にそんなに動けるようになったのね!」
恋南さんが手放しでほめてくれました。
「うん、あの反応速度と言い、成長したね真白」
由紀さんにもそう褒めてもらって、私は何だかとてもくすぐったいです。
「助かった、真白。ありがと」
希望さんも、少し安心したように笑いながら、ぺこりと頭を下げてきました。そんな私たちに、蒼穹さんが、「ほら、まだ作戦中なのだから、あまり気を抜かないように」とぱんぱん、と手を叩きました。
「まったく、蒼穹ったら真面目なんだから」
「逆に由紀はレギオンのリーダーとして、もっとしっかりするべきよ」
蒼穹さんに怒られて、由紀さんは「もう……分かったわよ」と口を尖らせました。
それから私たちは、避難指示の出ているこの地域一帯に、はぐれたヒュージがいないかや、ケイブがないかパトロールして回ります。そして、何の問題もない事を確認した後、ヒュージを討伐したことを伝えるために、避難所に向かいました。
避難所に着いて中に入ると、中にはたくさんの人達が、不安そうな表情を浮かべていました。そんな皆さんの前に、由紀さんは一歩前に出て、「通報のあったヒュージの駆除、並びに周辺の索敵を行い、安全が確認されました」と報告すると、そんな皆さんの表情は和らいで、「良かったー」とかそう言う安心したような声があちらこちらから聞こえてきました。
そうして避難していた人が施設から出て行くのを、私たちは入り口の近くに立って見送ります。傍を通る人たちが、口々に「ありがとう」とか「助かったよ」って声を掛けて下さる中、最後まで残っていた小さな女の子が、お母さんの元から駆け出して、私たちの前にやって来ました。
そして、きらきらと目を輝かせながら、「お姉さんたちありがとう! 私ね、大きくなったらお姉ちゃんたちみたいな、かっこいいリリィになるの!」って元気な声でそう言ってきました。
そんな女の子を可愛いなぁ……って思っていると、由紀さんが女の子の目線の高さまでしゃがんで、「そっか、色々と大変だと思うけど、立派なリリィになってね」って優しく声を掛けていました。そんな私たちの元に、その女の子のお母さんらしき女の人が近づいてきて、「突然すみません、どうしてもって聞かなくて……」と謝ってきました。
「あぁ、いえ、大丈夫ですよ。そのぐらいの年の子ですし」
そう言いながら、由紀さんはその女の子の頭を優しく撫でました。その子はすごく嬉しそうに目を細めて笑っていました。そんな由紀さんに女の子のお母さんは「すみません、ありがとうございます」ともう一度お辞儀をした後、女の子と手を繋いで出て行きました。出て行くときに、私たちに向かって笑顔で手を振ってくれたのが、なんだかすごく印象に残りました。
施設から誰も居なくなったことを確認してから、私たちも学校に帰ることにしました。蒼穹さんの冷たい目線をよそに、由紀さんが「疲れたねー」って笑います。
「それにしても、さっきの女の子可愛かったっすよね!」
「そうだね、どんなリリィになるのかなぁ」
そんな恋南さんと由紀さんの会話を聞きながら、私も心の中で想像してみます。あんな性格の子なら、きっと大きくなったら恋南さんみたいになるのかなぁ、って思ったらなんだか笑っちゃいました。
「? どうしたの、真白」
怪訝そうに由紀さんが恋南さんの横から顔を覗かせて聞いてきたので、「いえ、何でもありません」って笑いながら答えて、私たちは学校までの道を歩きました。
+++
そんな皆と過ごして、気付けば梅雨もそろそろ終わりそう、っていうある日のお昼、私は由紀さんに誘われて、カフェテリアで一緒にお昼を食べていました。聞けば、今日は蒼穹さんが委員会でお昼いないのだそうで、そんな由紀さんの今日も今日とて止まらないお話を聞きながら、お弁当のご飯を口に運びます。
すると、由紀さんは思い出したように「あ、そうだ」って声を上げて、そして「ねえ真白、七月のさ、六日から八日って空いてるかな?」って聞いてきました。
「えっと……少し待っててください」
制服の内ポケットから手帳を取り出して、予定を確認します。七月のカレンダーのページを開くと、その三日間は授業があるのと、毎年皆と行ってる、清水の七夕祭り以外は、特に予定は入っていませんでした。
それを伝えると、由紀さんは「じゃあさ、私の名前使って良いから、公欠届出しておいてくれない?」って言ってきました。
突然どうしたんだろう、ってちょっと戸惑っていると、由紀さんは「そこね」って言って、説明してくれました。
「その期間、毎年静岡県内のガーデンが集まった会議があるみたいなんだけど、蒼穹が最近忙しくて時間が取れないみたいでさー。私が一人で行っても良いんだけどそれはつまんないし、それなら真白連れていきたいなーって思ってさ。どうかな?」
そう由紀さんに誘われて、私は少し考えます。公欠になるので、欠席にはならないとはいえ、その分の授業や訓練は受けられないわけで、まだ何もレアスキルもサブスキルも発現できていないから、あまりお休みをしたくはありません。でも、由紀さんのお手伝いをしたいのもまた事実で。
悩みに悩んで、お昼休みの終わりごろ、私は由紀さんに「さっきのお話の件なんですけど……私でよければご一緒させてください」って伝えました。すると由紀さんはそんな私の手を握って、「本当?! ありがとう真白っ!」ってすごく笑顔で、ぶんぶん手を振りながら喜んでくれました。由紀さんが喜んでくれるのは嬉しいんですけど、なんだか裏があるような気がするのは気のせいでしょうか……?
+++
そうしてやってきた、七月六日。いつもより少し早めに学校に来た私は、学校が手配してくれたバスに由紀さんと一緒に乗り込みました。私たちの他にも他のレギオンの方々がもうすでに乗り込んでいて、みんな由紀さんに「おはよう」って声をかけてきて、由紀さんがそれぞれ「おはよー」って返していました。何人か顔の知っている先輩方がいるとはいえ、流石に私みたいな一年生は一人もいなくて、ちょっと心細かったです。
それからしばらくして、牽引の教導官の先生が人数を確認した後、バスが走り出しました。国道一号線を走って東名高速道路に乗った頃、窓側に座っていた私は思わず「うわぁ……っ」って声が漏れちゃいました。清水でよくみてるはずの海が、高速からの眺めとはまた違って、何だか新鮮だったから。
「ふふ、楽しそうね」
横で文庫本を読んでいた由紀さんが、そんな私をみて笑いました。
「はい。あまり高速とかに乗って、遠くまでお出かけとかしたことがなかったので……」
私は中等部からこの聖レリアッチ女学園に入って、リリィとして戦う道を選んだのもあって、いつヒュージが出現して、出撃するか分からない生活を送っていたから、お母さん達とこうして遠くまでお出かけする、っていうことはありませんでした。
「そっか。私は元々東京のリリィの養成塾に通ったりしてたから、なんだか慣れちゃったな」
「へぇ……そうなんですか」
由紀さんから、あまりそういう由紀さん自身の話を聞いたことが無かったから、そんなリリィの養成塾に通ってたって言うのは、初めて聞きました。それに、由紀さんのお父さんやお母さんの話もあまりしたくないみたいで、この前も話そうとした蒼穹さんを止めていました。
「……そういえば、どうして由紀さんはリリィになりたいって思ったんですか?」
なんとなくそう聞いてみると、由紀さんは「蒼穹には内緒だよ」って笑って前置いた後、話してくれました。
「まだここに入る前にね――だから、小学生の頃かな、ヒュージに襲われた事があってさ。その時にね、お母さんに助けてもらったことがあるんだよ。その姿が格好良くてさぁ……だから、お母さんみたいになりたいって思って、ここに入ったの」
「へ? それじゃあ、由紀さんのお母さんってリリィだったんですか……?」
驚いてそう聞くと、由紀さんは「うん、そうだよ」って頷きました。
「確かレリアッチがリリィの育成を初めて、最初の卒業生って言ってたかなあ。私もあまり詳しくは知らないんだけどね」
「へぇ……」
なんだか由紀さんから貴重なお話が聞けたみたいで、少し嬉しいんですけど、でも、なんだか由紀さんもすごい人なんだって改めて思い知らされたようで、余計にどうして私なんかとお話ししてくれるんだろうって思っちゃいました。今日だって、私じゃなくたって恋南さんや希望さんだって良かったはずなのに……。
+++
それから一時間ほどバスに揺られて、私たちの乗ったバスは、富士市の大きいホールの前に到着しました。そのホールの入り口の上には、『第十四回静岡県ガーデン総会』と書かれた大きい横断幕が張られていて、もう既に到着していた他の制服を着た方々が、ちらほらと見えます。それに、なんだか雰囲気も少し張り詰めているみたいで、場違いな所に来ちゃったような気がします。
「あはは、そんな気を張らなくても大丈夫だよ。大体は私がやるし」
雰囲気で負けそうになっている私を見てか、由紀さんがそう声を掛けてくれました。
「そうそう、それに今日は挨拶ぐらいで、会食とかは無かったはずだし」
「へ……?」
なんだか聞き慣れない声がして振り返ると、私と同じ制服を着た、でも見慣れない方がバスから降りて、私たちの方に歩いてきていました。隣にいる由紀さんが「あら、希依」って声を上げました。
「希依様……?」
なんだか名前は聞いたことがあるんですが、いまいちピンと来なくて首を傾げていると、「あぁ、真白は知らないかもね」って由紀さんが紹介してくれました。
「この人は藤枝希依。LGスヴェントヴィトの新しい隊長だよ。あれ、希依って高等部編入だったよね?」
由紀さんがそう聞くと、「えぇ」と希依様は頷きました。
「元々は鎌倉の百合ヶ丘女学院に居たんだけど、お母様が身体を壊してしまって」
「ゆ、百合ヶ丘女学院って……、あの、ですよね……?」
「えぇ、そうよ」
私が知っている『百合ヶ丘女学院』は、鎌倉にあるとても有名で、強豪と言われているガーデンの一つです。入学するのに必要なスキラー数値こそ、確か私たちのこの学校と一緒だったはずですが、実際に入っている方たちは本当に優秀な方ばかりだって、私が昔からよく読んでる『ワールドリリィグラフィック』っていう雑誌に書いてあった気がします。そんなところに希依様が居たなんて、凄すぎてもう何だかよく分からなくなってきました……。
「ま、そうは言うものの、別に何か戦果を残してきたわけでもないし、というか、そんなに作戦に絡めた訳でもないんだけど」
「そ、それでも百合ヶ丘に入れたってことが凄いと思います……」
そう私が言うと、希依様は「ふふ、ありがとう真白さん」って言って笑ってくれました。
「それにしても、あなたが言う通りの子ね、由紀。あなたが真白さんの事ばかり話す理由が何だかちょっと分かった気がするわ」
「だーっ!! ちょっと希依、それは言わないって約束したじゃないっ!!」
珍しく顔を真っ赤にして、手をばたばた振りながら抗議する由紀さんに、「ふふ、相変わらず由紀は楽しそうね」ってまた別の声が聞こえました。その声がした方を見て、私はびっくりしちゃいました。
「あっ! 果菜!! 聞いてよ、希依がさー……!」
由紀さんがそう助けを求めている方は、結成して一カ月で、私たちの学校の中で最強と呼ばれている希依様のレギオン、『スヴェントヴィト』に匹敵するほどの実力を持っている、って言われているレギオン『トリグラフ』の隊長の三嶌果菜様でした。その後ろには副隊長の一条聡美様も見えて、なんだか、本当に私がここにいるのが間違ってるんじゃないかな、って思うような皆さんが私の周りに集まっていました。
「はいはい。その話は後でゆっくり聞いてあげるから、そろそろ移動した方が良いわよ? もうすぐ開場の時間だし」
「えっ、嘘、もうそんな時間?! 行くよ真白!」
「へ?! ふぇっ?!」
いきなり由紀さんに手を引っ張られて、半ば引きずられるように、私は由紀さんとホールの方に向かいます。振り向きざま、そんな私たちを呆れていたり、微笑ましそうに見つめている皆さんの顔が見えて、何だかすごく恥ずかしくなりました。
+++
「あーーー……疲れた……」
「お疲れ様です、由紀さん……」
会議の一日目が終わって、学校側が用意してくれたビジネスホテルの一室に、私と由紀さんはやってきました。初めてこう言うホテルに泊まった私は、なんだかちょっとそわそわして落ち着かないんですが、一方の由紀さんは、私の代わりに色々とやって下さったからか、お部屋に入るなりベッドの上に倒れ込んでいました。元々由紀さんのお手伝いをするために来たのに、何も出来なかったな……と思って、少しへこんでいると、「真白」と由紀さんに呼ばれました。
「は、はい……何でしょう?」
「明日の予定は?」
「あ、明日ですかっ?! えっと……朝九時から十二時まで会議で、その後十三時からはレリアッチの他のレギオンの皆さんとの会議、その後十八時からは会食の予定……です」
すぐに確認できるようにと、手帳に書いておいた予定を読み上げると、由紀さんは「明日も地獄じゃん、やだなぁ……」とぼそっと呟きました。
「でっ、でも明日は午後空いてますし……」
「そうだと良いんだけどさぁ、ぜーーったい希依の話長くなるし、果菜とかも真面目になるととことん詰めるから、時間ギリギリになると思うんだよねーーーーあーやだやだ」
一通り愚痴った後、ガバッと起き上がって「だから真白」と至って真面目な顔で名前を呼ばれました。
「明日の予定全部終わったら、ご褒美に一つ言うこと聞いて」
「はっ、はい!! ……え?」
一瞬何を言われたのか分からなくって、反射的に頷いてしまって、そして気付いた時には由紀さんの満面な笑みを浮かべて、「本当?! ありがとう真白!!」と由紀さんに抱きつかれていました。
「え、えっと……?」
「言ったからね真白!! 後から「やっぱ無し」は無しだよ?!」
「へ……? え、えっと……は、はい……?」
何が何だか分からなくって、色々と理解が追いつかないのですが、いったい由紀さんは私に何をさせる気なんでしょうか……? なんだかすごく不安になってきました。
+++
そんな由紀さんからの『お願い』を言われたのは、次の日の予定が全部終わった時でした。時刻はもうすぐ二十二時近くになろうとしていて、私はもう色んな人に揉まれて疲れてしまっていたのですが、由紀さんは昨日よりも大変だったはずなのに、昨日よりも元気そうでした。
会議や会食の会場の出入り口で、由紀さんは希依様に呼び止められて、「真白、先に下に降りてて」と言われたので言われた通り下で待っていました。遠目から何を話してるのかな、って思いながらそんなお二人を眺めていると、そのうち由紀さんは「じゃあお疲れ!!」と手を振って、私のところまで駆け寄ってきました。
「お待たせ、それじゃ行こっか」
「はい!」
そう頷くと、由紀さんは私の手を引っ張って、ホテルとは真逆の方に向かって歩き出しました。
「あれ、由紀さん、ホテルは逆ですよ……?」
滅多に方向を間違えない由紀さんが、どうしたんだろう? と首を傾げる私に「んー、知ってるよ」と言いながら、歩く足を止めません。段々と不安になってきて、「あ! あのっ!」と由紀さんの手を払って、足を止めると由紀さんが「どうしたの真白」と振り返って首を傾げました。
「どうしたのじゃないです……っ! 由紀さんは、その、どこに行こうとしてるんですかっ!」
少し怖かったけれど、なんとかそう言い切ると、由紀さんは「あぁ」と声を上げて笑いました。そして「ごめんごめん、そういえば真白にちゃんと言ってなかったね」って言った後、「今日は何月何日?」って聞かれました。
「え、えっと……今日は七月七日……あっ」
昨日今日と一日忙しかったから、すっかり忘れてしまっていましたが、今日は七夕でした。……でも、それが何の関係があるのでしょうか?
「そう。恋南達から聞いたんだけど、元々今日は清水の七夕祭りに行く予定だったんだけど、断ったんだって? ごめんね」
「いっ、いえ! そんなっ、私は由紀さんのお手伝いがしたかったから……」
確かに、毎年恋南さん達と行っていた七夕祭りが今年は今日までで、結局行けずじまいで終わっちゃいましたけど……。でも、きっと来年もあるし……。
「ふふ、そっか。ありがとね真白」
そして由紀さんはほら、と私に手を差し出してきました。その手を私は握り直して、また歩き始めました。
「それでね、七夕らしいこと出来てないからさ、せめて天の川でも見に行こうかなって思って。さっき丁度希依にも許可貰ってきたし」
「へ、それじゃあさっきお二人がお話しされてたのって……?」
「そっ! その話。あれ、もしかして真面目な話してるって思った?」
由紀さんが笑ってそう聞いてくるので、私は小さく「は、はい……」って頷きました。今日の私たちの学校内のレギオン会議でも、由紀さんと希依様は真面目なお話をしていたし、その補足の話をしているのかな、って思ってました。
「あはは、まあちょっとだけ真面目な話もしてたけどね。けどそうなんだよ。だから別に、この時間に出かけても大丈夫」
「は、はぁ……」
なんだか変に気が抜けてしまいました。由紀さんったら、たまにそういう変なところというか、何を考えているのか、よく分からないようなところがあるから、ちょっと合わせるのが大変です。
そんな由紀さんに手を引かれるがまま、近くで待っていて貰っていたというタクシーに乗り込んで、長いこと揺られていました。さすがに疲れていたのか、由紀さんは眠ってしまって、私はただ一人、どこに連れてかれているんだろう、って不安でした。結局、どこに行くかまでは教えて貰っていませんし。
そうして、タクシーはどこか真っ暗な場所で泊まりました。
「お客さん、着きましたよ」
「――ん、あぁ、すみません。こんな時間にありがとうございました」
由紀さんがそうお礼を言いながら、運転手さんに運賃を払って、タクシーから降りて、私は「うわぁ……」って思わず声を上げちゃいました。
「ふふ、綺麗でしょ」
タクシーの方から、由紀さんのそんな声がしました。
「はい……もしかして、由紀さんがここに来たのって……」
「そそ、この星空を真白に見せたくてさ」
由紀さんも私の横で、木々の間から見える、満点の星空を見上げました。
「明日はお昼過ぎのバスまで、予定無いしさ。丁度良かったんだ」
「へぇ……でも、よくこんな素敵な場所、知っていましたね?」
「あー、まあね。実はここ、案外レリアッチの中では有名な場所なんだよ」
「へ? そうなんですか?」
「うん」
学校のある場所から、かなり離れたところだと言うのに、そんなところがあったなんて知りませんでした。
「本当は昨日の方が、多分他の人とかもいて良かったんだろうけど、昨日はめちゃくちゃ忙しかったから、その気力もなかったし、今日もどうかなーって思ってたけど、来れて良かった」
「はい…………」
由紀さんへの相槌もそこそこに、私は見た事の無いほどの星空に魅入っていました。私のお家からも星は見えるんですけど、この数の星は、見たことはありません。
「ほら、そのままでいたら首痛くなるから、あっち行くよ」
「へ、あ、はい!!」
いつの間にか、ちょっと先に行っていた由紀さんに、私は返事をして駆け寄りました。
+++
タクシーを降りた所から、廃れた建物の横を通って、さらにもうちょっと歩いた所に、芝生に囲まれた広場があって、そこに由紀さんがカバンから取り出した、小さなレジャーシートの上に寝転がりながら、並んで星空を眺めていました。写真でしか見た事のないような、天の川が綺麗に広がっています。
「綺麗だねえ……」
「はい……」
そうして眺めていると、不意に「そう言えば真白」って由紀さんに呼ばれました。
「はい? 何でしょう?」
「この景色を見せたかった、って言うのもあるんだけど、もう一個ここに来た理由があるんだ」
「理由……ですか?」
由紀さんが起き上がったので、私も起き上がって由紀さんの方を見ると、「うん」と頷いたのが、暗がりながらも分かりました。
「さっき真白が聞いた、大事な話は、もちろん希依にもあったけど、でも、どっちかって言うと真白、あなたにあるんだ」
「へ?! 私」
「私に……ですか?」
「うん」
そうして、由紀さんは私の方に向き直って、「真白」と真面目な声で呼ばれました。そして――。
「私とさ、『双子星の契り』、結んでくれないかな」
「…………へ?」
一瞬、由紀さんに何を言われたのか分からなくって、ぽかんとしてしまいました。そして、思わず「えぇ?!」って驚いてしまいました。
「ふ、『双子星の契り』……って、あ、あのですよね?!」
「そうだよ、それ以外に何があるのさ」
「変な真白」って由紀さんが笑いました。
「へ、え、『三つ星の導き』じゃなくて……ですか?」
「うん。だって真白以外に結びたい人もいないし」
なんか、すごく信じられなくて、戸惑ってしまいました。
『双子星の契り』って言うのは、鎌倉の有名ガーデンの、百合ヶ丘女学院にあると言われている、『シュッツエンゲルの契り』を元にした、レリアッチ女学院独自の「契約」制度……と言うのは知っています。結んだからといって、何か特別な力が授けられる、なんてことはないみたいですけど、すごく仲の良い先輩後輩のリリィが、特別な関係になりたい、っていう時に結ぶもので、ある意味告白みたいなものだ――って、少し前に希望さんが熱弁していたのを、ぼんやりと覚えています。
ちなみに、それとはまた別に、『三つ星の導き』と言って、先輩と後輩なら、どういう組み合わせでも結べる、っていう制度もある、って聞いた事があるんですが、今由紀さんが言ったのは、そんな『三つ星の導き』ではなく、『双子星の契り』でした。
「どうかな、真白」
「え、えっと……」
正直にいえば、凄く嬉しいです。中等部の時に編入してから、一番お世話になって、そして今でも仲良くして下さっている方なので、そんな由紀さんに、そう思って貰えたのは、本当に嬉しいです。でも。
「嬉しいですけど、でも私以外にも、恋南さんや希望さんだっているじゃないですか。それなのにどうして……」
そう言う私に、由紀さんは「良い? 真白」と顔を近づけてきました。
「『双子星の契り』って言うのはね、実力で選ぶものじゃないの。「この人と本当に結びたい」って、そう想い合った者同士で結ぶからこそ、意味があるんだよ。それが、私の場合は、真白、あなただった」
「で、でも、それだったら『三つ星の導き』でも――」
そんな私に、由紀さんは「あーもう!!」って声を上げて、そして――。
「――っ?!」
私の唇に、温かくて、優しい感触が走りました。
「ぇっ……」
「こういう事、させないでよ。真白のばか」
由紀さんに、その、キスされるだなんて思わなかったから、まだ 恥ずかしそうな、由紀さんの優しい声が、耳に響いて、段々顔が熱くなってきました。まだ春前で、少し肌寒いはずなのに、なんだか、すごく暑いです。
それに、その、あの由紀さんに、キスされるだなんて思わなかったから、なんだかまだ、少し夢を見ているような、ふわふわしているような、そんな気がします。
「それで、真白。どう、かな」
由紀さんが、さっきと打って変わって、少し恥ずかしそうに、小さい声で聞いて来ました。……由紀さんに、ここまでされてしまったら、もう断れません。
「ぁ、えと……是非、結ばせて、下さい……」
正直、『双子星の契り』がどういうものなのか、私はあまり知りません。でも、希望さんや、さっきの由紀さんのお話を聞く限り、それがどれだけ大切なものなのかは、なんとなく分かります。
そんなものを、それでもこんな私で良いってそう言って下さるなら、断る理由はもうありません。
「……ほんと?」
「は、はい……」
すると、由紀さんは「良かったあぁぁぁぁ」って声を上げて、私に抱きついてきました。
「真白をレギオンに誘った時よりも緊張したじゃない! 素直にうん、って言ってくれれば、それで良かったのに!!」
「す、すみません……」
「良い、真白だから許す」
そうして、由紀さんは私から離れて、「真白」って今度は、優しい声で呼びました。
「この三日間、一緒について来てくれてありがとね。色々と助かったよ」
「い、いえ……何もできなくてごめんなさい」
「ううん、そんな事ないよ。こう言ったら語弊があるけど……お陰で楽しかったし」
「それでね」って真白さんは続けます。
「『双子星の契り』を結ぶとさ、寮の部屋も一緒にできるんだけど、どう? 一緒の部屋で過ごさない?」
由紀さんと、学校が終わっても一緒に過ごせるなんて、すごく素敵だなぁ……、なんて、もちろんそうしたいな、って思うんですけど。
「……その……由紀、さん」
「んー?」
「私、寮じゃなくて、家から通ってるんです、よね……」
「え」
「はい……」
すると由紀さんは、「うえぇぇぇぇぇ?! 分かった、じゃあ今から入寮しよ?! そしたら多分一緒の部屋に出来るし!!」って私の肩を持って、駄々っ子みたいに、ゆさゆさと揺らしてきました。
「そ、そうしたいのは山々ですけど……通うだけで手一杯なので……」
「それなら学費はうちから出すから!! ね?!」
「いえ、それは申し訳ないで、そこはお断りさせて頂きますっ!!」
その後も、由紀さんはずーっとあれやこれや理由を引っ張り出してきて、一生懸命お迎えが来るまで説得してきたんですが、こればっかりは私も折れるわけにはいかないので、ひたすらお断りさせて頂きました。由紀さんと一緒のお部屋で生活をするの、少し憧れはするんですけどね……。