「はあ……はあ……やっと、着きました……!」
百合ヶ丘の最寄りの駅から、電車に乗って三十分くらい。ようやく私は、天葉さんに言われた駅にたどり着きました。今日は平日なのに、思ったよりも電車にたくさん人が乗っていて、ちょっと人酔いしちゃいました……。
電車から降りて、とりあえず私はホームの椅子に座って、一つ息を吐きました。そして腕時計を見ると、約束の時間までまだ少しあって、時間まで少しここで休んでいくことにしました。
色々なことがあって大変だったけど、天葉さんやいっちゃん達のおかげで、なんとか続けてこれたリリィとしての生活が、とうとう昨日、小さいころからずっとお世話になってきた、百合ヶ丘女学院を卒業する形で終わりました。
なんだかまだちょっと実感が湧かないんですけど、でもここでこうしてぼんやりしていると、少しずつ終わったんだなぁ……なんて、ちょっと感慨深くなります。
本当は昨日天葉さんも、私の卒業式に来てくれる予定だったんですけど、急遽予定が入ってしまったそうで、少し残念だったんですけど、その代わり、依奈様や若菜様がお祝いに来てくれて、一緒に卒業する亜羅椰ちゃんやいっちゃん達と一緒にご飯を食べて、とっても楽しかったです。
でもやっぱり、天葉さんがいてくれたら、もっと楽しかったなあ……なんて思うんですけど、でも、今日からは、また天葉さんと一緒に過ごせるから、それで良いんです。
そんな事をぼんやりと思っていたら、持っていた携帯が震えて確認すると、天葉さんからの電話でした。急いで出ると、『あっ、もしもし、樟美?』っていう、久しぶりの天葉さんの声が聞こえました。
「は、はい! 何でしょうか?!」
なんだか緊張してしまって、そう返すと、『あはは、そんなかしこまらなくても大丈夫だよ』って天葉さんに笑われてしまいました。恥ずかしくて、ちょっと顔が熱くなりました。
『思ったよりちょっと早く着いちゃってさ。今どこらへん?』
「あ、えと、天葉さんが言っていた駅について、今ホームの椅子に座ってるところです!」
『あ、ほんと? もうちょっとで改札着くからさ、来てもらってもいい?』
「分かりました! すぐに行きます!」
そして電話を切って、持ってきたキャリーケースを引っ張って、エレベーターで上がります。そして、改札にたどり着くと、私を見つけた天葉さんが、「樟美!!」って呼びながら手を振ってくれました。
ちょっと早足になって、改札を出ると、「樟美!! 会いたかったよ〜〜〜っ!!」って言いながら、抱きついてきました。
「わっ、天葉さん?!」
「昨日は行けなくてごめんねー!! 若菜さんから様子聞いてさ、本っ当に行きたかったぁぁぁぁぁっ!!」
そう言いながら、まるで猫のようにすりすりしてくる天葉さんが、すごく可愛いし、こうして久しぶりに会えたのもとても嬉しいんですけど、でも……。
「あ、あの、天葉さん……?」
「ん? どうしたの樟美」
「あの……その…………そろそろ、行きませんか……?」
「…………あっ」
私が言いたいことを察した天葉さんは、顔を真っ赤にして、「そうだね、行こっか」と早口気味に言って、私の手を掴んで歩き出しました。
流石に改札の前でそういうことをすると、周りの人が、すごく微笑ましいって感じで見てくるのが、怖いわけじゃないんですけど、すっごく恥ずかしかったです、天葉さん……。
なんだかちょっと気恥ずかしくて、私と天葉さんは俯いて、手を繋ぎながら駐車場に向かって、黙って歩いていました。こうして歩いていると、なんだか天葉さんとお付き合いし始めたばかりの頃を思い出します。
「そ、そういえばさ、樟美はお昼食べた?」
「へっ?! あ、えと、ま、まだです……」
「そか、じゃあ家行く前に、どこかで食べよっか」
「そ、そうですね……」
せっかく天葉さんからお話してもらえたのに、なんだかうまく返せませんでした。あんなに電話もいっぱいしたし、天葉さんのお家にも遊びに行ったのに、いざこうして久しぶりにお話しすると、なんだか緊張しちゃって、うまく話せません。
駐車場に着いて、天葉さんがお母さんから借りてきた車に乗り込みます。そして、お話しすることもなく、天葉さんは車を走らせました。
「あっ」
しばらくして、天葉さんは何かを思い出したように声を上げました。
「ごめん樟美、ご飯食べ行く前に、やっぱり一回家に寄るよ」
「へ? あ、は、はい! 大丈夫です!」
確か、天葉さんが私と一緒に住むお部屋に引っ越したのが一週間ぐらい前だから、まだお片付けも終わってないでしょうし、だから何か忘れ物でもしたのかな、って思いながら頷きます。私も引っ張ってきたキャリーケースも置けますし、その方が丁度良かったりします。
「そういえば樟美の荷物って、届くの明日だっけ?」
「はい! その予定です!」
「そっか。じゃあ荷物届いてからさ、この車返しに行きがてら、うちのお母さんたちに顔出しに行ってもいい? 樟美が卒業するの、まるで樟美のお母さんかのようにソワソワしてたからさあ」
「はい! 大丈夫です!!」
そんな風に天葉さんとお話をしているうちに、段々いつもの感覚を思い出してきて、やっとお話しできるようになってきました。すると、あるアパートの前の駐車場に、天葉さんが車を止めました。
「とりあえず一旦あたしたちの家に着いたよ。またご飯食べに出るけどね」
そう笑いながら、天葉さんが車を降りて、私もそれに続いて降りて、後ろの席に置いたキャリーケースも一緒に降ろします。
アパートの二階に上がって、そして右側の部屋の鍵を開けて、天葉さんが「先入って良いよ」って言ってくれたので、キャリーケースを抱えてお部屋の中に入ります。すると――。
「わぁ……!」
「まだまだ片付けてる途中だけどね。でも、悪くないでしょ?」
「はい……! とっても素敵だと思います……!!」
そんな天葉さんのお部屋は、観葉植物やお花がたくさん飾ってあって、いかにも天葉さんのお部屋、って感じでした。それこそまるで、私が昔夢で見た、あのお部屋のような感じで、本当にあの日々が、これから始まるんだ……って思うと、なんだかちょっと泣きそうになりました。
「樟美」
「? なんですか、天葉さ――」
呼ばれて振り返って、答えるよりも早く、天葉さんが抱きついてきました。
「そ、天葉さん……?」
「ずっと待ってたよ、この日が来るのを。樟美と約束したあの日から」
「……天葉さん」
そして、天葉さんは私から、離れて少し目尻に涙を溜めて、笑って言いました。
「だからさ、これからよろしくね? それと、おかえり、樟美」
「はい……っ! よろしくお願いします、天葉さん!!」
私が頷くのを見て、服の裾で涙を拭った天葉さんは、「よし、それじゃご飯食べに行こっか」って笑って、玄関に向かいました。
「へ? 天葉さん、何か忘れ物したとかじゃ……?」
そう思っていたから、何も持たないで出ようとする天葉さんに聞くと、「んー? 特になんもないよ?」って言った後、「あっ、でも」と続けました。
「あたし達の日々を取りに来たっていうのはあるかな。あたしと樟美が出会った時のようなさ。二人で一緒に過ごす日々を」
「……もう、天葉さんったら、そういう事をすぐ言うんですから」
「あはは。今に始まった話じゃないでしょ? お腹空いたし、早く行こ、樟美」
「はいっ!」
そんな天葉さんに駆け寄りながら、これからどうなるんだろう、って始まる新しい生活に胸を膨らませました。私も天葉さんも、もう何回も描いてきた、ずっと憧れてた日々だから、今まで以上に幸せなものになればいいなぁ……なんて、そう思います。