艦船擬人化創作
長かった寒い日々に、叙々に暖かい日々が割り込んでくるようになった。私が艦船だった頃は一日一日に手一杯で、そんな季節の変わり目を感じることなんて出来なかったけれど、改めてそのありがたさに気付く。
「とーーーーーさーーーーーっ!!!!」
そんな感傷に浸っていると、いつもの乱入者がどたどたと私に向かって突進してきた。それをひょいと避けると、そいつは派手にずっこけて私が今し方いた位置に不時着した。
「摂津、廊下は走るなって言われているでしょ、何回言ったら分かるの?」
「いやあ、土佐の姿を見たらついやっちゃうんだよねぇ」
乱入者こと摂津は、あははーと気の抜けた笑みを浮かべた。それに溜息をつくのが、いつしか私の日課になっていた。くそくらえ、そんな日課。
摂津とは艦船時代からの付き合いだ。……と言っても、どこかの作戦で共闘したとかそういうのはなく、標的艦としての同僚であり、そして私が自沈処分される時、その最寄りの港まで曳航してもらったぐらいの関わりしかない。けれど、まあ、彼女には色々と迷惑をかけたし、その様々には今でも感謝している。
「それで? 何か用でも?」
「ううん、別に何も」
「そうかい……」
とはいえ、船魂娘となって、なんの因果か彼女と再会してから、ずっとこんな調子だから、そろそろ若干うざったくなってきたのも事実。いっそのこと離れても良いし、なんなら一度一言も話さなくしたこともあったけれど、悲しいことにそれはそれで少し寂しさを感じてしまったもんだから、結局今でもこうして構ってあげている私がいる。まあこれはもう諦めるしかない。
「あっ、そういえばさー、今夜流星群があるんだって、八雲さんが言ってたんだよねぇ」
「へーそうなんだ」
そうやって返すと、摂津が何も言わずに、じーっとこちらを見つめてきた。
「……何?」
「いやー別にー?」
それでもなお私を見つめてくる摂津。彼女が言わんとすることは、長い付き合いだから分かってしまうのだけど、毎回お馴染みのパターンだし、ちょっと変化球を投げてみることにする。
「言わなきゃ分からないよ?」
「えっ……いや、その、えと……一緒に見たいなー……とか……」
作戦通り摂津の反応が面白くて、ついついイジりたくなってしまう。
「えー、寒いから嫌」
「えっ、ちょっと待ってよ、今のって「仕方ないなぁ」って笑ってくれるところじゃないの?!」
「いや別に行くとは一言も言ってないし。残念でした」
「むう……」
摂津の頬がぷっくり膨らんだ。摂津は良い意味でも悪い意味でも純粋だ。だから、表情がコロコロ変わるし、まあそういうところは気に入っている。それに免じて「冗談だよ」と笑うと、摂津の顔は見る見るうちに、まるで本当にきらきらとエフェクトが入りそうな笑顔に変わった。
「ほんとに?!」
「だけどまだ寒いから少しだけよ?」
「うんっ!! 土佐ありがとう!! 大好き!!」
思いっきり抱きつかれてしまった。もう数え切れないほど思っているけど、本当摂津は犬だ。でも多分世界中探しても、ここまで甘えん坊な犬もいないだろう。
しばらく抱きついたあと摂津は、「それじゃあ今日寮裏にフタヒトマルマルね!!」と言うだけ言って、また忙しなくどこかに消えた。
そして夜。約束の時間きっちり五分前に待ち合わせの寮裏の空き地に行くと、摂津の姿はまだなかった。あのせっかち摂津の事だから、もう既にこんな寒い中待ってると思っていただけに、少し意外だった。
そんな摂津は、待ち合わせ時間から五分くらい遅れて、息を切らせながらやってきた。
「遅かったじゃない摂津」
「ご、ごめん……準備してたら遅れちゃってさぁ」
「準備って、さっきまで部屋にいなかったじゃない」
そう言うと、薄闇の中ふふんと鼻を鳴らせて水筒を差し出してきた。
「おしるこ作ってたの!」
「そう……ふふ」
「ど、どうしたのさ土佐」
「別に」
寒いから気を遣ってくれたのはすごいよく分かるのだけど、いつも何かが足りない摂津がそこまで気を回すだなんて、よっぽど楽しみにしてたんだなぁ、と思ったら何だか笑ってしまった。
「あ」
「どうしたの?」
「土佐の分のコップ忘れた」
「……」
……やっぱり、私の目に狂いはなかったな、と少し安心した。
そんな一幕から始まった天体観測は、まだまだ冬の夜、空は澄んで、この鎮守府の周りには特に大きな街も離れているお陰で、空一杯に星空が綺麗に広がっていた。
「綺麗だねぇ……」
「そうだね……」
摂津が持ってきてくれていたレジャーシートに寝転がって、二人して今か今かと流れ星を待っていた。だけど見始めて三十分、まだ流れ星は見れていない。いつの間にか摂津みたいに、夢中になって流れ星を探す私がいた。すると、隣の摂津の身体が、ぶるっと震えた。
「寒いの?」
「寒くないもん!」
「へぇ……?」
「な、何さぁ」
「別に」
素直じゃない摂津に苦笑いを浮かべながら、そっと摂津の手を握ってやると、私の方を見て「えっ」と驚いた。その瞬間、私の見上げていた方角に流れ星が一つ流れた。
「あっ流れ星」
「えっ、嘘」
摂津が見上げ直した時には、その流れ星はもう消えていた。
「もー、土佐のせいで見逃しちゃったじゃない」
「別に私は悪くないでしょ、こっち見た摂津のせいじゃない」
「むー、土佐の意地悪!」
声色はむくれていたけど、なんだかんだ言って摂津は私の手を握りしめていた。
「絶対私が見るまで帰らないからね」
「はいはい」
本音を言えば私も身体が冷えてそろそろ帰りたいんだけど、流石に不意打ちで可哀そうだな、と思ったのと、ムキになっている摂津が可愛いので、もう少し付き合ってあげることにした。なんだかんだ私も柄ではないけど、願い事唱え忘れてたし。
それから私たちは、流れ星を見落とさないようにと、じっと夜空を見つめた。特に摂津なんかは、作戦の時のような真剣な眼差しで食い入って見ていた。まったく、流れ星一つで大げさな、と思うんだけど――
「あっっっ!! 流れ星!!」
「んぇ?! どこ?!」
すぐ目線を夜空に戻すも、その時には既に消えてしまっていた。
「いえーーーい!! 見えたーー!!」
私の方を見て満面な笑みでVサインを作ってるのが、この弱い月光の元でもよく分かった。というか、見えなくても脳内補完できてしまうというのが、なんか気に食わない。ともあれ、まあ目的も果たしたことだし。
「ほら摂津も見えたんだから、部屋に戻るよ、寒いし」
「んぇー、もうちょっとー」
「駄目。風邪ひいたら困るし」
名残惜しそうにする摂津をずるずると引っ張る。
「分かった! 分かったから引っ張らないで! 片付けてくるから!!」
「よろしい」
ぱっと引っ張ると、摂津が一目散にレジャーシートの元に走っていった。
摂津の片づけが終わるのを待ってから、二人並んで宿舎への道を歩く。
「そう言えば土佐は何をお願いしたの?」
唐突に摂津がそう聞いてきた。
「え、何って?」
「何って流れ星にだよ!! お願い事するのが風習って言われてるんじゃん!!」
「あー……」
言われてどう答えようか少し考えた。したにはしたけど、絶対にこの人に教えたくない。から。
「そう言えばするの忘れちゃったな」
「えぇー?! ダメじゃん!! ほら、もっかい見に行こ?!」
「もう良いよ、体冷えて風邪ひきそうだから」
「んぇー、勿体ない……」
自分がした願い事を思い返して、やっぱり絶対にこの人にバレるわけにはいかない、と再確認した。本当こっぱずかしい事を言ったもんだ、と思うけど、まあ嘘かといわれたら嘘じゃないし。きっとこれで良かったんだ。
そんなことを今すぐにでも却下したい自分に言い聞かせながら、宿舎に入った。まあ、摂津は終始なんとか聞き出そうと必死だったけど、絶対に言わないからね。ざまあみろ。