アサルトリリィ二次創作
「…………はぁ」
一つ大きくため息をついて、起き上がる。不快ではないけれど、変に胸がざわついて、なかなか寝付けない。こういう時はどこか散歩をするのが良いと、梨璃か誰かが言っていたのを聞いた気がする。嘘か本当かは分からないけれど、試してみるとしましょう。
寒さのピークが過ぎたとはいえ、まだ夜は冷え込むので、祀を起こさないようにそっとクローゼットから上着を取り出して羽織る。そんな長く外にいるつもりはないけれど、念のため携帯電話もポケットに入れて、静かに部屋を出る。
そして、宿舎から出ると、途端に春前の夜の冷たい風が上着の隙間から入り込んできて、身体が一瞬震える。もう一枚着て来ればよかったか、と思うけれど、あまり部屋を出入りして、祀や隣の部屋の方を起こしてしまうのも何なので、そのまま行くことにする。ちらと宿舎を振り返ると、丑三つ時を過ぎているのにも関わらず、薄明かりがついている部屋が、それなりにある事に驚いた。事情は色々とあるのだろうけれど、しっかりと寝た方が良いのでは、と思う。まあ、今の私も人の事は言えないけれど。
さて、出てきたのは良いけれど、どこに行こうか。あまり下手に宿舎から離れたくはないから、ひとまず、梨璃たち一年生の宿舎の近くまで歩いて帰ってこようか、などと考えながら歩き出す。
そう言えば、こんな時間に外に出たのは初めてだ。美鈴お姉様の事で悩んで眠れないときは、いつも布団に潜っていたし、というか、そもそも外に出ようなんて言う発想がなかった。定かではないけれど、これが梨璃が言っていたことだとしたら、なんというか、やっぱり色々と心配になってしまう。流石に学院の敷地外へ出ることはなくても、安全だとは限らないのだし。
少し早足目に歩いていると、段々と一年生の宿舎が見えてきた。その前の草原に、誰かが座って空を見上げている。不審者かもしれないと、足音を殺して近寄る。そして、しばらく様子を見ていると、「ふぁ~あ」という、どこかで聞き覚えのあるあくびが聞こえた。
「梨璃?」
思わず声が出てしまった。すると、その声の主は「ふぇっ?!」と驚いたように、こちらを向いた、ように見える。
「え、えと! 私、その! 今日は眠れなくて!! それで、えっとー……!!」
そう早口で弁明をするのを見て、梨璃だと確信する。「安心なさい、私よ」と言いながら近づくと、「あ、お姉様!!」とその声色が明るくなった。
「き、奇遇ですね……」
「そうね……隣、良いかしら」
「あ、はい! もちろんです!!」
寝間着が汚れてしまうかも、と思ったけれど、まあ気になるなら後で変えれば良いかと思い直して、梨璃の横に座る。
「ところでお姉様、どうしてここに?」
「……少し、寝付けなくて」
「え、お姉様もですか?」
「えぇ……。別に、何か気になることがあるわけでもないのだけど……。梨璃は?」
「私もそんな感じです。悩みとかがあるわけじゃないんですけど、何だか眠れなくて」
そう言って、梨璃はまた上を見上げた。真似をして上を見て息をのんだ。あまり意識して上を見たことはなかったけれど、驚くほどの数の星が瞬いていた。
「私が住んでたところの近くに、すごく星が綺麗に見える場所があって、昔はよくそこに行ってこうして眺めていたんですよね。こっちに来てからは、疲れ果てて眠っちゃうことが多くて見れてなかったんですけど……。ここでもこんなに綺麗な星空が見れるだなんて、思ってもいませんでした」
「……そう」
梨璃の話を聞きながら、星空を眺めていて、ふと、何故だか梨璃と初めて出会ったころのことを思い出した。
今でこそ、楓さんや二水さんに茶化されるほどの関係になった私と梨璃だけど、最初の頃は、よくあの子に暗い顔をさせてしまうことが多かった。
その時の言い訳をするなら、当時は今以上に美鈴お姉様を亡くしたことを根に持っていたし、もう誰とも関わらないことが、他の人を、そして何より自分自身を傷つけなくて済むと思っていた。そんな時に、あの子にシュッツエンゲルになって欲しい、と言われたものだから驚いたし、美鈴お姉様すら守れなかった自分に、梨璃を守れるはずがないと思ったから、その申し出を断ろうとした。
結局、楓さんの説得や何度もあの子に救われて、今のような関係になったのだけど、でも、こうして振り返ると、あの子に助けられてばかりで、自分の弱さを改めて実感してしまう。梨璃を護るためにも、もっと強くならないと、と思う。
「お姉様、また何か考え事ですか?」
「……どうしてそれを」
「だってお姉様、話しかけても全然反応が返ってこなかったので」
「それは……ごめんなさい」
そう謝ると、梨璃がえへへ、と笑った。
「でも良いんです。こうしてお姉様と一緒にこうしていられることが、一番嬉しいので」
そう言って、私の肩に、梨璃が寄り掛かってきて、梨璃の香りが鼻腔をくすぐった。
「あー、お姉様とあの場所で、星を見てみたいです」
「あの場所って、さっき言っていた場所?」
「はいっ! 私のお気に入りの場所なので! いつか行きましょうね」
「えぇ、もちろん」
梨璃の故郷、山梨には良い思い出がそれほど多くない。もちろん、梨璃の誕生日プレゼントの為に買いに行ったことは、何だかんだ良い思い出だと思っているけれど、それでも、未だに甲州撤退戦の嫌な記憶が勝ってしまう。
「お姉様にとって私の故郷って、あまり良い思い出ないかもしれないですけど、私にとって好きな場所なんです。だから、お姉様にもいつか好きになってほしいんですよね。温かい人も多いし、自然もいっぱいだし……」
そんなことを梨璃が言うものだから、何だか笑ってしまった。
「えっ?! 何か私おかしいこと言いました?!」
「いえ、そう言う訳ではないのだけど……丁度私が思っていたことをあなたが言うものだから」
「え、本当ですか?!」
「えぇ」
そう頷くと梨璃は、「えへへ、なんだか心が通じあったみたいで嬉しいです」と言ってその直後に、大きなくしゃみを一つした。
「今日は冷えるし、あなたはそろそろ部屋に帰りなさい。私も帰るから」
「えー、嫌です。もう少しだけお姉様の傍に居たいです」
そう言う梨璃がなんだか可愛くて、「仕方がないわね」と言って、梨璃を自分の上着の中に引き寄せる。
「ひぁっ?! お、お姉様?!」
「……こうすれば、少しは温かくなるでしょう」
「そっ、それはそうですけど、なんだか恥ずかしいです……」
と言いながらも、梨璃は出ようとしなかった。
それからしばらく二人で宙を見上げていた。少し前の私なら、きっとこういうことにも無関心だっただろうけれど、今の私にはこの星々が本当に綺麗に見えた。……私も、梨璃と、梨璃が言っている場所で、一緒に星を見てみたい。
そのうち、ふと梨璃にこんな事を聞いてみた。
「ねえ梨璃」
「なんですか? お姉様」
「あなたは、私とシュッツエンゲルになったばかりの頃、ルナティックトランサーを発動した時の私を見て、どう思ったの?」
「どう、ですか……」
うーん……と、彼女は考え始めた。今まで私は、自分のルナティックトランサーについて、あまり良いイメージを持ってはいなかった。ただ我を忘れて、敵も味方も見境無く切りつけてしまうだなんて、褒められたものではない。
「でもやっぱり、お姉様のルナティックトランサーも必要だと思います。確かに危険なのは分かりますけど、でもそれに助けられた事もありますし」
「……そんなことあったかしら」
「ありましたよ!! 百合ケ丘にあのおっきなヒュージが襲来した時です!」
「……あぁ」
なんかそんな事もあったような気もする。
「それに、お姉様のことが私が止めますから! だからお姉様は気にしないで下さい!」
そうシルトに言わせてしまうのもどうかと思うけれど、でもまあ、梨璃がそう言ってくれるのだから、少なくとも今は、その言葉に甘えさせてもらおう。
「……ありがとう、梨璃」
「当たり前です!! だって私はお姉様のシルトなんですから!!」
「……」
なんだかすごく複雑な気分ではある。
すると梨璃は大きな欠伸を一つして、私の上着から出た。
「それじゃあ、私、そろそろ帰りますね! お姉様とお話出来て嬉しかったです!」
「えぇ、……また明日」
「はい!! おやすみなさい!!」
宿舎の方に駆けていく梨璃を見送ってから、私も来た道を戻る。梨璃に会うなんて予想もしていなかったけれど、お陰で胸のざわつきもどこかに消えて、ようやく眠ることが出来そうだ。
先程の話もしかり、梨璃には貰ってばかりだし、やはり何かお返しをしてあげたい。
そんなことを考えていたら、すっかり夜が明けてしまった。とても眠いけれど、なんだかこれはこれで悪くない、と思ってしまった。それに、あの子が喜びそうなことも思いつけたのだし。